夏は心の状態なんだぜベイベエとか言いながら、タイトルに「初秋」とか付けちゃってる時点でいかんともしがたい。ほぞを噛むぜ。
という訳で、大阪から帰還した訳だが、とにかく今日の朝に初めて聴いたにもかかわらず、Base Ball Bearというバンドのことが好きすぎてたまらん。しかしまだまだ本当は自分が好きな物で出会えていない物っていうのはあるものだなあ、と思うのだ。来週水曜に、おそらくカラオケに参戦せざるをえない状況においやられるのだが、ぜひともその際には「changes」と「神々LOOKS YOU」は歌えるようにしておきたい。できれば「レモンスカッシュ感覚」「SIMAITAI」「ホワイトライト」あたりを歌いのだが、さすがに非シングル曲は入っていないと思われる。しかし、どうやら日本武道館でやるぐらいの人気バンドのようなので、もしかして入っている可能性もある為、準備は万全に整えておきたい。キーはおそらく、-2で問題ないと思う。ちなみに、ハロプロ系を歌う時は+5で1オクターブ下げます。カラオケではハロプロ系しか歌わないという俳優の渡辺いっけい氏はどのようにしているのだろうか。全くもってどうでもよい。
大阪には2007年の8月2日に初めて行った。それまでにも興味がない訳ではなかったけれども、何せ旅行とか遠出とかが全く好きではなかったもので。きっかけは、その日の2月ぐらいからどんどんのめり込んでいったモーニング娘。道重さゆみである。ラジオを聴いたり、過去のテレビ出演映像などを見たりしているうちに、やはり生で見てみたくなった。しかし、ハロプロのコンサートは決まって土日祝日に開催され、私はそういう日は必ず仕事が入っている為、行くことが出来ない。仕事を犠牲にしてまで行くのは、それはちょっと何かが違う。ここのところの線引きは明確にしておかないと、私の性格からいって取り返しのつかないことになるのは明白だった。
8月2日木曜日に、道重さゆみが光井愛佳と一緒に大阪のラジオ公開番組の収録を行うことは知っていた。しかし、まさか行こうなんていうことは直前まで思ってもいなかったのだ。前週の金曜日に突然ひらめき、その日はもともと仕事も休みなので、これは行くしかないだろうと大いに盛り上がった。たかだか数十分のラジオ公開放送のために、東京から大阪まで新幹線で行く価値はあるのかという意見もあるだろうが、もうそれどころではなかったのだ。ところが、週のはじめ、月曜日になって急用が入り、行くことが難しくなった。すっかりその気でいた為に、これにはテンションが著しく落ちた。しかし、まあ仕方がない。またいつかの機会に、と思っていたら、翌日7月31日火曜日に、亀井絵里・道重さゆみ・田中れいなが代々木でFM公開生放送に出演するという情報をキャッチし、とりあえずそっちで我慢することにした。
公開放送というと、よくテレビの収録にあるように、舞台があって客席があってというのを想像していたのだが、実はそれとは全然違っていた。整列して、数名ずつが収録中のガラス窓越しに数十秒だけ見ることが出来る。制限時間がすぎたらすぐ引きはがされ、また見たい場合は列の最後尾につくというシステム。私はこういうのが初めてだったので、完全に出遅れ、メンバーの顔が見えるいい場所を確保することが出来なかった。しかし、目の前、ガラスを隔てた数センチの所に、逆方向を向いた道重さゆみがいた。すぐそこにいるのに顔が見えない。何という焦らされ感。かろうじて斜め後ろから、後頭部と横顔とまつ毛だけが確認できた。それでも、道重さゆみが本当に存在するのだということをこの目で確かめられただけでも一歩前進だ。
諸条件をなんとか調整し、8月2日早朝に大阪へ向かって出発した。生まれて初めてである。新幹線から在来線へ乗り換え、会場の大阪城公園で下車すると、とても暑く、セミの鳴き声が響き渡っていた。ラジオ収録はオーサカキング会場内のOKステーションというサテライトスタジオで、午後1時から行われる。会場は午前11時から。列の前の方には、いわゆるヲタTを着た若者の姿なども見えた。そこらあたりを散策し、ミネラルウォーターを自販機で買って、列に並んだ。会場すると、どっと人が一気に流れ出した。OKステーションに向かうと、すでにたくさんの人が集まっていて、私は真中からやや少し後ぐらいに陣取った。いかにもアイドルヲタク然とした人々や、モーニング娘。のうちわを持った小学生女子もいた。局アナのような人や噺家のような人が夏にちなんだ懐かしの曲をかけたりしながら、まったりと放送していた。まだまだ時間はあるのだが、場所を離れると明らかに取られる。ものすごい炎天下で、帽子を用意していなかったことを後悔した。待つこと約2時間、やっと番組が始まった。
MCに紹介され、道重さゆみと光井愛佳が登場した。初めて正面からその顔を見る。スタジオで座っているので、前身は見えない。ピンクの服と髪飾り、化粧はやや濃くて、思ったよりもハッキリした顔立ちに見えた。確かにラジオで何度も聴いた声、話し方である。私の中でイメージとして存在した道重さゆみが、数メートル離れた場所に実物として存在していることの現実感覚が」よく掴めずじまいだった。そして、ラジオ収録は終わった。
その後、メイン会場でテレビ番組「ちちんぷいぷい」内の1コーナー、ポン菓子を作って子供達に配るという企画に、道重さゆみと光井愛佳が出演することになっていた。コーナーが何時何分から始まるのかはっきりしたことは分からないのだが、会場にはすでに一目でそれと分かる人々を含め、ヲタクたちが集まっていた。コーナーが近づくにつれ、一般人に対するヲタクの割合は増え、道重さゆみ・光井愛佳の登場でピークを迎えた。一般人の女子中学生風が、あきらかにヲタクたちに嫌悪感をあらわにしていた。
少しせり上がったステージ上に道重さゆみが上がり、脳内で構築していたイメージよりも脚が長くて細い。美しい。その時、私の中で何かが弾けていたのだ。

まず、芸能人を見る為に遠出をするということ自体、私には初めての経験だったし、確かに中学生や高校生だった頃にアイドルを好きになったことはあるが、ここまで関心を持ったことはない。すでにこの時点で、道重さゆみは私にとってかなり特別だったのだ。地元や家族を愛する素朴で優しい女の子であり、可愛いものが本当に大好きで、体が弱かったり性格が暗かったり運動神経がなかったりするのに前向きに頑張る、葛藤するその姿にどんどん引き込まれていった。ここまでリアリティーを感じさせる芸能人は、私にとってはそれまで1人もいなかったし、まさかいまさらこんなことになるなんていうことは、全く想像していなかったのだ。とにかく、私に何が起こったのかさっぱり分からない。アイドルの写真集を買っているなんてどうしたことだろう。しかし、もう止められない。
番組の収録が終わり、道重さゆみがステージから去った。もう、この会場いても仕方がない。大阪観光でもして帰ろうと、新大阪に向けて電車に乗った。何だろう、気分がとても重い。何だか分からない、大人になってから感じたことのないような感情が溢れだしてきて、泣き出す直前のような悲しい気持ちがそのままずっとしばらくは続いた。ついにその存在をこの目で確認した道重さゆみの存在が圧倒的すぎた。はるか昔に夢は叶わないものと決まってしまった。どこかで決めなくてはいけなかった。そして、生きるか死ぬかを考えたのだが、やはり人を悲しませることが出来なかった。あるいは、ただ勇気が出なかったのか。とりあえず死ぬことはやめたが、かといって積極的に生きるべき理由があった訳でもない。いずれにしても、思うようにはいかないし、夢が叶うことももうすでにない。ただ、死ぬまで空気吸うだけ。しかし、所詮はそんなもので、若かりし頃に描いた夢や理想は全て幻であり、そんなものはいっそ忘れてしまった方がいい。期待しなければ裏切られて傷つくこともない。無様に葛藤してまで獲得する価値など、この世にはもう何一つ無い。そんなふうにして、日々を過ごしていた。果たしてこれが「生き」ているといえるだろうか?それでも無難に続いていたのだ。死ぬまで続けることだって出来たはずだ。しかし、その日、気付いてしまった。
道重さゆみが圧倒的に素晴らしいのに、その存在に関連する何事とも自分は全く無関係である。ステージの上の道重さゆみをずっと見ていたいと思ったし、この時が永遠に続けばいいと思った。こんなふうに思えたことはいつ以来だっただろう。いつも早く時間が過ぎてほしいとか、早くここから逃げ出したいと、そんなことばかり考えて過ごしていた。なぜ、道重さゆみの存在はそんなにも輝いているのだろうか。それこそが私を正しい道へと導く光だったからである。
もう一度、オーサカキング会場へ引き返し、もうとっくにそこにはいない道重さゆみの幻影を追い求めた。ケンドーコバヤシのケンコBARでおつかレイナという名前のオリジナルカクテルを注文して飲んだ。ほろ酔い気分で会場を歩き、カレーやかき氷などを食べたりした。いや、悪くない。
大阪駅で降りてみたが、百貨店があるだけで、観光するような感じではなかった。普通にたこ焼の屋台が街中にあるのは、初めて見たので新鮮だったが。大阪といえば、あのグリコの看板だとかかに道楽はどこにあるのだろう。下調べなど全くしていなかったから、梅田あたりを歩いていればそれにバッタリ行き当たると思っていたのだ。どうせ来るならちゃんと調べておけばよかった。そう思ったが、そもそも道重さゆみに会えることで、それだけで頭の中がいっぱいだったのだ。
新幹線で東京に帰り、自宅に着いた。このよく分からない感情ははるか昔に経験したもののようであり、未知のもののようでもあった。しかし、私を正しい方向へと導いてくれそうな予感がした。そして、どうにかこれを記録しておこうと、ココログでブログを解説した。それまでも、別の場所で音楽のことや懐古ネタなどを扱うブログをやっていたが、これは全く異なった種類のものだった。道重さゆみは不器用に葛藤するが、その姿そのものが美しかった。それこそが、私が本当の意味での生を奪還し、よりよく「生きる」ということをもう一度きちんとやり直す為に必要なことであった。「卒業-さゆみんに向かって」という題名で始まったそのブログは幾度かのタイトル変更を経て、現在は「「生きる」ブログ。」として続いている。つまり、ここのことなのだが。
私はとにかく全て壊し、失うことからやり直してみようと思った。しかし、実は案外と役に立つ物も結構あった。周囲にはなかなか理解されず、どうかしてしまったのではないかと思われたり、悪い方に誤解をされたりした。しかし、目的は明確であった為、続けていった。そして、全てはあるべき場所に落ち着きはじめ、ここから新たな創造が生まれる段階にまでやっとたどり着いた。
戦わず、安全な場所から不幸なふりをしてすれっからしのペシミズムを気取ることのくだらなさを、そして、不器用でも一生懸命に葛藤することによってしか獲得できない物事の意味の濃さを、道重さゆみの圧倒的な存在だけが私に教えることが出来た。その全てのきっかけとなった大阪という場所は、私にとって特別な意味を持つ。
翌年、2度目に大阪へ行く機会があり、その時は下調べを入念に行った。ガイドブックを3冊読み込み、スケジュールも綿密に立てた。ジンベイザメがいる海遊館、大阪城の周辺でその年も開催されたオーサカキング、やっとたどり着けたグリコの看板やかに道楽がある道頓堀、大阪うどんのスープのおいしさには感動した。他にも551蓬莱の豚まんや阪神百貨店スナックパークのいか焼、阪神梅田駅ジュースコーナーのミックスジュースなど、ベタなのだが安くて旨いものの数々に感動した。自由軒のカレーも食べたし、新世界にも行った。あの独特の雰囲気がたまらない。通天閣は思ったよりもレトロ感が強くて感慨深かったが、多数ある串揚げ屋さんはちょっとハードルが高いように思えて、結局入れずじまいだった。
それ以降、今年の5月、そして今回と、さらに2回訪れた。別の用事があってのことなのだが、その合間にまた行ったことのない場所やお店などに行っている。前回はついに勇気を振り絞って、新世界の串揚げ屋さんに入った。システムなどあまり把握していなく、地元民がほとんどと思われるあの雰囲気の中で、ビールを飲みながら食べた串揚げの味は格別であった。達成感があった。ガイドブックで読んでいたとおり、揚げ物にもかかわらず、食べても食べてもお腹いっぱいにならずに次々といけてしまう不思議。また、アメリカ村や心斎橋、オムライス発祥の店ともいわれる北極星や梅田エストにあるねぎ焼やまもとなどにも行って、名物メニューを堪能した。
今回は釜たけうどんのちく玉天ぶっかけというのを真っ先に食べに行った。かなりの人気店で行列必至ということと、営業時間が午前11時から午後4時までと短い。地図を見ながら、迷いながらも、なんとか開店前に着いたが、すでに店の外には列が出来ていた。よしもとの劇場であるなんばグランド花月やbaseよしもとのすぐそばということもあり、店内には芸人さんのものと思われるサイン色紙が多数貼られていた。遠目からはなかなか誰のサインか判別しにくいのだが、野生爆弾、天竺鼠、NON STYLEなどは確認できた。讃岐うどんなのだが、とにかく麺のコシがすごく、また未知なる領域を体験したという感じだ。ちくわ天が大きくてカリッと揚がっている。途中で半熟玉子の天ぷらを潰して、月見風にして食べた。
千日前から道頓堀の方へ歩き、そのまま心斎橋筋商店街を散策した。本屋でTVガイドの道重さゆみの1ページまるごとインタヴューを確認した(雑誌は帰りに新大阪駅のブックス談で買った)。地下鉄に乗って、大阪城公園へ行ってみた。2007年のオーサカキング会場だったと思われる場所はグラウンドのような状態になっていて、奥の方のブロックでは野球をやっていた。屋台やステージが多数組まれ、たくさんの人が訪れていたあの日の記憶を探ってみた。

森ノ宮駅まで歩き、それから上町へ行った。雑誌で見て気になっていた船場カリーの牛すじねぎカリーというのを食べようと思っていた。お店はいくつかあるのだが、せっかくだから本店でと思っていたのだが、すでに昼の営業を終了していた。すぐ近くのアトレ店はまだやっているとのことで行ってみたのだが、服の問屋のような所に2階で、昔ながらの雑多な感じがなかなかいい味を出していた。イカスミを使った黒いカレー、牛スジが入っているが、そこにネギを混ぜ合わせて食べるというスタイル。おそらくおいしかったのだが、うどんを食べてからまだ2時間ということで、途中からお腹が苦しくなってきた。
14時にホテルにチェックインするが、実は地下鉄の待ち時間などにケータイでモ娘(狼)を閲覧したりしていたのだが、前回同様、「ロンドンハーツ」出演の道重さゆみに対する批判を一般人のブログや日記から探して貼り付けたりしている努力家の人がいた。ちょっとお腹が苦しかったのと、ここで現場からちょっとした問題の報告があった為、休憩も兼ねて駄文を作文していた。そしたらあっという間に16時近くになっていて、現場の問題も解決した為、ホテルを出て地下鉄で梅田に行った。
毎回恒例となった阪神駅改札前でミックスジュース、阪神百貨店地下でいか焼の後、なんばのはり重でビーフワンを食べる。はり重ははりシゲではなくはりジュウなのだが、すき焼きとかをやっている高級な店なのだが、庶民向けにカレーショップもやっていて、そこのメニューの1つ。ビーフがお椀に盛ってあるからビーフワンらしく、牛丼に卵が入ったものというか、親子丼のお肉が牛なものという感じ。庶民的で安くておいしいのだが、またしてもお腹がいっぱいになった。道頓堀で夜食用にたこ焼を買うことにした。屋台で営業している本家大たこというお店で、たこ焼屋さんはニュー・ウェイヴ系などもいろいろあるが、地元民に根強い人気なのがここらしい。確かにたこも大きいし、6個300円と価格も安い。ところが、お持ち帰り用ではなくてその場で食べる用で出されてしまった。とりあえずこれも経験ということで、ついにいままで出来なかったたこ焼食べ歩きを初体験した。昔から家や学校で買い食いが厳しく禁止されていて、その影響でいまだに抵抗があってなかなか出来ないのだが、ついに出来た。これでまた野望に一歩近付いた。551蓬莱で夜食用の豚まんを仕入れる。
地元在住の某読者様からメールが届いて、会うことになった。中之島公園を中心にやっているという水都大阪2009なるイベントを見に行くことにした。川べりがライトアップされていて、レトロ風の建造物などもいい感じだ。公園では霧が噴射されていたり、風力で涼しげな音が出る仕掛けだとか、いろいろな趣向がこらされていた。なかなかロマンチックなムードで、カップルの姿もちらほら見られた。それから新世界の方へ行ったのだが、ジャンジャン横丁の八重勝はギリギリでオーダーストップになっていた。いずれにしてもお腹がいっぱいで無理だったのだが。
ホテルに戻り、「爆笑レッドシアター」をつけて、エビスビールを飲みながら豚まんといか焼を食べる。女子のデザートと一緒で、スナックは別腹かと思いきや、ビールを飲み切った瞬間に突如として気持ち悪くなる。が、持ち直した。「今夜もうさちゃんピース」の前に、ローソンで買ってきたアイスキャンディー、ガツンとみかんを食べながらお風呂に入るという贅沢を満喫する。お風呂の中でアイスキャンディーを食べるというのは1人暮らし中に発見した楽しみなのだが、家でやると確実に妻に怒られるので、こういう遠出した時の小さな贅沢として楽しんでいる。全くもってどうでもいいが。深夜は怒涛のように「今夜もうさちゃんピース」テキスト起こし。今週も極度に面白い。
一夜明けて、Napsterの新譜として追加されていたBase Ball Bearのアルバムを聴いたところ、完全にハマってしまった。さっそくケータイに転送、ホテルを出て地下鉄で大阪天満宮へ。近くにある寄席の繁盛亭も写真を撮っておく。その後、日本一長い商店街こと天神橋筋商店街を端から端まで歩く。予定していた食事スポットをすでに網羅してしまい、さて今日はどうしたものかと思案する。とりあえず梅田へ行くも名案が浮かばず。かやくごはんが有名だという大黒というお店に行こうと思い、なんばへ移動。ところが、見るからに入りづらい雰囲気に怖じ気づき、それならやはり串揚げだろうかと思い、またまた地下鉄で動物園前。ところが八重勝は今日はお休みであった。他にもお店はたくさんあるんだが、こうなるとやはり道頓堀今井のきつねうどんかな、ということで、再び難波へ。やはり最高に旨い。前日と同じ元祖大たこでたこ焼6個入りを買い、今度は堂々と自主的に食べ歩き。地下鉄で新大阪まで行って、ロールケーキだとか京都に来た訳じゃないのに生八ツ橋とか細々したお菓子だとかをお土産に買って、新幹線で東京へ帰ってきた。
そもそもあの日に道重さゆみがラジオの公開放送に出演していなければ、大阪に行くことなんてなかったのかもしれない。他にも道重さゆみがきっかけで行った場所や興味を持ったこと、食べられるようになった物などがいろいろある。他には、生活の中で食事や睡眠を大切にするようになったり、煙草をやめたり、これも完全に道重さゆみのラジオでの発言がきっかけ。昨年、12年ぶりに北海道の実家に帰って、長年くすぶっていたことに決着をつけたり、それがきっかけで妹が交際相手を初めて家に招待することになり、結果として再来月に結婚するなど、道重さゆみに出会ってから、本当にいいことづくめである。こんなにも私に良い影響を与えながら、それでいて本人は極度に可愛いのだから最高である。道重さゆみと同じ時代に「生きる」ことを運命づけてくれた神様に感謝したい。おやさゆみん。