シンデレラ the ミュージカル、ふたたび。
こんなはずではなかったのだが、1週間前の8月7日に続いて、14日も新宿コマ劇場で開催されている「シンデレラ the ミュージカル」を観劇してきた。そもそもオレはいろんなものをちょっとずつ見たり聴いたりするほうが好きな性分であり、同じ公演を何度も観に行ったり特定のアーティストにばかり傾倒したりするタイプの人たちについて、てっきり自分とは別種なのだとばかり思っていたのだ。しかしなんというかこれは少なくとももう1回は観に行かなくてはという気分が抑えきれずに、オンラインでチケットを購入してしまった。
当日窓口引き換えという方法であり、チケットを受け取ってみるまでどの辺りなのかさっぱり分からない。前回は当日券でまったく期待していなかったのだが、舞台に向かって右端の席とはいえ前から7列目であり、妖精役のときの道重さゆみはこっちへくる頻度が高く、なかなか満足がいく席だった。しかし、やはり舞台の真ん中奥辺りがまったく見えなかったり、フィナーレのパフォーマンスでは道重さゆみが反対側にいることが多く、欲を言えば逆側から見てみたいという気持ちもあった。結果的に受け取ったチケットの席は9列目の18番、ということで結構前のほうだし、さらに前回とは逆側で、かつ舞台の全体も見えるということで、ほぼ願ったとおりであった。欲をいうともっとあるが、ファンクラブにも入っていないし、こんなギリギリになってチケットを取っているのだから、贅沢は言えない。
前回は道重さゆみばかり見ていたので、今回はもっと劇全体を楽しもうという思いもあったのだが、始まってしまえば案の定、他はまったく見ていやしないという状態。前回は見えなかった部分も見られてよかった。たまたま隣の席に座っていた大柄な男性が着ているTシャツから物販コーナーで購入したっぽいファイバータオルまで、一目で分かる光井愛佳ファンであり、色々な場面でセリフを喋っている演者ではなく妖精や町娘のほうばかりをオレと二人並んで目で追っているのが分かり、なかなか面白かった。
劇の後半のほうで妖精の女王を演じる宝塚の方と道重さゆみ、光井愛佳が3人で踊る場面があるのだが、道重さゆみがいきなり転んだ。一瞬ハッとしたのだが、宝塚の方と光井愛佳がすぐに起こし、そのまま踊りは続けられた。演出のひとつだったのかと思ったのだが、前回見たときはこんなのは無かったと思う。しかし、リアルに転んだにしては道重さゆみのその転びようがかなり大きくマンガ的なものであったし、その後の宝塚の方と光井愛佳のフォローも自然すぎた。しかし、カーテンコールのときに、これがアクシデントであったことを知った。芝居中に転んだことをカーテンコールの挨拶や舞台後のトークショーで笑いにしようとしていた道重さゆみだが、思いは複雑だったことであろう。
改めて、主演の高橋愛が劇中歌をモーニング娘。のときとは全く異なる発声法で歌いこなしたり、新垣里沙の凛とした王子様役、シンデレラのお姉さんを演じた亀井絵里、田中れいなもたくさんのセリフ、歌をこなし、共演の宝塚の女優さんとアイコンタクトで呼吸を合わせたりアドリブを入れたりと、楽しみながらやる余裕も出てきているようだ。
舞台後にトークショーがあり、モーニング娘。からは高橋愛、亀井絵里、道重さゆみ、田中れいな、光井愛佳が出演していた。テレビ東京の新人女性アナウンサーが進行役として登場し、1人1人を改めて呼んだのだが、道重さゆみは座る席を間違え、光井愛佳に注意されていた。舞台中に転んだ話題のときにはあきれたように「さゆ~」と言いながら笑っていた隣の光井愛佳ファンも、このときは「道重、いい加減にしろよ」とちょっといらついていた。
グループアイドルにおいてはそれぞれのキャラクターだとか得手不得手が異なっていたほうが面白いし、可愛いという概念には未熟さや技術の足りないところ、殊勝さなども含まれるため、オレが道重さゆみを可愛いことにかけて天才だと思う理由には、こういうところも含まれている。それにしても、道重さゆみはよく転ぶ。この舞台だけではなく、いつかの「ハロー!モーニング」の何でもない道路だったり先日の「今夜はうさちゃんピース」で話していた現住所最寄駅前のコンビニの出入り口だったり。転びやすい女性の傾向と対策については、研究のための資料集めを始めたところなので、ある程度まとまったら発表するかもしれないが、これまで予定していたいろいろなことと同様に飽きたらしないかもしれない。
それはさておき、基本となるべき技術が不足している。そのことについては努力して向上しなくてはと思いつつも、それ以外の個性の部分を周囲がそこそこ認めてくれたりする。しかも、それが特殊で圧倒的だったりもする。自分自身も基本的に自己愛が強いほうなので、こうやっていまのままの自分を支持してくれる人たちがいると、それに甘えてあまり真剣に直そうとしない。それも含めて自分であり、自分を好きでいてくれる人はそこのところもきっと好きなのだ、と。これはオレ自身のことを言っているのだが。
しかし、それではダメなのだ。オレは道重さゆみに出会うことによって、そういう気になった。道重さゆみはアイドルとしてはいまだ日本のトップクラスにいるモーニング娘。というグループに所属しているがゆえに、次々と逃れられない課題が突きつけられてくる。それはもう逃れようがない。たとえ自ら望んで入った世界とはいえ、たかだかまだ10代の女の子である。よく分からない顔の見えない不特定多数の人たちの目にさらされ、好き勝手なことを言われ、それでも前向きに精一杯葛藤して、頑張っている。その姿をオレは美しいと思い、感動したのだ。そして、オレも逃げてはいけないと思った。目の前に突きつけられた超えなくてはならない壁をぶち破る為に、恥や衒いなど捨てて、不器用にこんがらがりながらも格闘してみようと思ったのだ。この過程を経ずして成長はない。
モーニング娘。は先週からずっと新宿コマ劇場に出ていて、この公演は再来週の月曜日まで続く。公演の無かった13日も休みではなく、「ハロモニ@」の収録があったようだ。本当に忙しい。我々には想像のつかない努力をしているはずである。
現在の道重さゆみは、キャラクターとしてぜひこのままでいてほしい部分とそれでもここは超えていなくてはいけない部分とのジレンマがあるように思える。まったく大きなお世話なのだが、この辺りの煮え切らなさは、本人も感じているような気がしてならないのは、おそらく完全に気のせいだろう。しかし、トークショーで役作りのことなどを宝塚の女優さんと楽しそうに話す亀井絵里や田中れいなを見て、道重さゆみは何を思っていたのだろうか。これは、日々オレが日常で直面している場面のいくつかとよく似ている。だからオレは道重さゆみにリアリティーを感じるのだ。そんなものお前が勝手に作り上げた偶像に勘違いで自己投影しているだけのキモい妄想に過ぎないじゃねえかと言われればそれまでかもしれないが、これがオレにとってのリアルなものだから仕方がない。
とはいえ、トータル的には道重さゆみの透明感溢れる美しい姿をたくさん見ることができて、充実感はひじょうにあった。持ち歌のパフォーマンスも前回よりもしっかり観ることができて、このときは本当に道重さゆみしか見ていなかったのだが、その必死なダンスパフォーマンスには感動したし、「なのにどこ行っちゃったんだよ~!」や「ヘルミー!」には思わず胸が熱くなった。1年前に大阪で見たときには、その世界のあまりの遠さに衝撃を受け、しばらく感じたことのない悲しさに襲われた。しかし、現在はそこに自分が目指すべき理想をリアリティーとして感じることができる。もちろんオレがアイドルになって歌って踊るという意味ではあるはずがなく、モーニング娘。の道重さゆみのように葛藤そのものが美であるような充足した生を獲得するという意味である。
そんなことを考えながら、すぐに帰る気にはなれず、あてもなく明治通りを散歩していった。暑い夏の都会は嫌いではない。というか、むしろ大好きである。原宿から渋谷、恵比寿へと歩き、懐かしい思い出や顔が思い出せない人たちのことなどを考えていた。そういえば実家からメロンが届いていたので、携帯から電話をかけてみた。9月に13年ぶりに帰る予定だということもまだ言っていなかったから。気まずくならないように会話の流れを構成してみたのだが、呼び出し音6回ぐらい鳴らしても誰も出ない。そういえばお盆だった。おそらくお墓参りをかねてどちらかの祖母の家にでも行っているのだろう。なぜだか誰も出なくてほっとした。恵比寿駅東口側、チェーン店系のラーメン屋さん、光麺の向かい側に2階にネイルサロンと歯医者さんが入ったビルがあるが、そこを入って左折して少し歩いたところにある瞠(みはる)という店で味玉ちゃーしゅーめんを食べた。カツオ節とニボシをベースにしたダシ系トンコツであり、チャーシュー、玉子、メンマに至るまで、素材もひとつひとつが味わい深いお気に入りの一店。魚介系がベースであるため、濃厚でありながら、夜遅くてもあっさり食べられるのが魅力である。ビールも飲んでしまい、中目黒まで歩く気力はすっかり失せてしまった。いつかの夢が死んだ場所だが、いや、もはやどうでもいい。感傷に酔っ払っている場合ではない。とにかく無理にあせる必要はないが、出来るだけ早く決めてしまわなければ。
どっちへ行くべきか、どうしていくのか、その輪郭ははっきりとしてきていて、もう少しでひとつの像を描きそうになる。変えるべきものと守るべきもの、その間でゆらぎ、そんなことを考えながら歩く。いや、歩きながら考える。どっちでもいいや。とりあえず、今日のところはうさちゃんピース。
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