宇部と桜など。

さて、前の記事の続きである。

とりあえず時間がもったいないので、持ち物を全部バッグに突っ込んで、ホテルをチェックアウトした。それにしても最後までシャワーのお湯が温かったな。昨日とはうって変わっての快晴であり、絶好の花見日和である。何せ昨日はヒョウが降るぐらい冷え込んだらしいから。テンション上げて携帯電話で電車の時刻を調べると、ちょうど宇部線新山口行きが出るところ。どうやっても間に合わない。仕方がないので、エムラ跡地のバス停のところまで歩き、時刻表を見ていると、「常盤公園経由」と書かれたバスがやってきた。ツイてるぜ!即これに乗り込んで、数分間で目的地到着。

いやー、素晴らしい。さすが日本の桜100選に選ばれているだけのことはある。今年は開花が3月22日と例年よりも早かった為、4月まで持つか心配していたんだが、天候不順の為に突然失速し、今週末に満開とのこと。ちょうどさくらまつりに合わせてきたような感じだ。広い公園敷地内の至る所に桜が咲き誇っている。昨年はここが桜で有名だなんてことを全く知らずに訪れて感動したのだが、午後からの暴風雨でノートパソコンとiPodが壊れ、画像を収めたデジタルカメラはWindowXPでしか取り込みが出来ない旧タイプのものだったから、いまだに取り出せないでいる。今回も前日の流れからして嫌な予感がしたのだが、十分に堪能することができた。平日の午前中ということで人も少なく、ホットドッグだとか焼き鳥だとかの屋台も一切営業していなかった。この最高の桜を見ながら飲んだり食べたりできたら言うことないだろう。この週末はかなり盛り上がりそうなので、凱旋コンサート参加者で時間に余裕がある方にはぜひおすすめである。桜のライトアップは夜10時まで。周南市文化会館のある徳山からは新幹線化か山陽本線の電車に乗って新山口で下車。そこから宇部線に乗り換えて、常盤駅で降りる。駅前に大きな地図があるので、それを頼りに徒歩約15分というところ。

ところで、昨夜に買った地元山口県の日本酒が少し残っていて、持ち歩くのも面倒だし捨てるのはもったいないしで、実は朝、ホテルを出る前に全部飲んだのだ。それが次第に回ってきはじめて、頭がグラングランしてきた。愚の骨頂である。とりあえず公園を出て、常盤駅周辺を散策することにした。ちょうど今週の「今夜もうさちゃんピース」で話題に出たペンギン村も訪ねてみた。青い表示はあるものの、どう見てもただのアパート群にしか見えない。他に何かがあるのだろうか。そして、お姉ちゃんとねずみ花火をとばしていたであろう海の方にも行ってみた。

昨日、常盤駅にいつもいた背の低いおじさんがいないなと思ったのだが、知らないうちに無人駅になっていたのだ。昨日は気が付かなかったがとても寂しい。常盤駅を初めて訪れてから1年半ぐらいのオレですらこうなのだから、地元住民の方々はかなり寂しい思いをしているのではないだろうか。事務所のように使われていた室内は空っぽになっていて、在りし日の鍋島の写真だとかカッタ君のことを手書きで書いた紙なども無くなっていた。その前はいろいろなキャラクターの小さな人形なども置いてあって、何とも味があったのだ。どのような事情かは定かでないのだが、当分営業を休むというふうに、宇部新川駅長名義で告知されていた。前回訪れた時に、最後にここの窓口で切符を買っておいてよかった。初めて訪れた時には、ホームから海の方をデジカメで撮影するオレに、いろいろと話しかけてくれた。このように記憶の中の好ましい人達は、ある日急に会えなくなってしまう。だから、悔いが残らないようにしなくてはならない。

電車が来るまで40分ぐらいあったが、酒が回ってきたのと何だか眠くなってきたのとで、ベンチに座ったまま仮眠することにした。どこからかラジオ体操の音楽が流れてきて、おばあさんが腰を曲げて畑仕事をしていた。宇部線の電車がホームに入ってくる音で目が覚めた。宇部新川行きに乗ると、珍しく若者、というか私服の女子中学生がたくさん乗っている。まだ春休みなのか、何かの事情で学校が休みなのか。ブランドとは無縁の垢抜けないながらも、何とかお洒落に可愛くしようという服装に、何とも懐かしい気分になる。かと思えば、ギャル路線を狙っていると思しき女子も見られるのだが、ナチュラルにこっち系をやっている子がいないせいか、サングラスとか服装とか、明らかにやり過ぎになってしまっている。この辺りも同じく地方都市出身者のオレにとっては懐かしい感じがある。電車の端と端を行ったり来たり何度もしている者もいれば、何かの話で大声で盛り上がっているグループもいる。かしましい方言がかなり盛り上がっている。そして、宇部岬駅で一斉に降りる。向かう先はどうやらみんなフジグラン宇部みたいだ。洋服を見たりゲームセンターでプリクラを撮ったりフードコートでアイスクリームを食べたり、宇部の女子はこうやって休みの日を過ごすのだろう。フジグランの中では、同じように男子のグループもよく見かけた。

宇部全日空ホテルの前にあるベンチに腰かけたジャズマンの演奏を猫が聴いている彫刻は、オレの実家がある北海道旭川市の買物公園にもある。

フードコートで、めん蔵というファーストフード風ちゃんぽん屋さんの明太ちゃんぽんと牛すじがのっかったご飯のセットを食べた。今回の目的で果たせなかったのは下関の太い辛子明太子だが、せめて明太子が入ったメニューだけでも食べておこう、という気持ちの表れ。ショッピングセンターのフードコートらしい味わいであった。

最後は山口宇部空港まで歩き、土産物などを物色しつつ、午後2時35分の東京行きで帰ってきた。

それにしても、この街はオレにとって一体何なのだろう。道重さゆみの姿や声や話は、オレに美を認識させてくれるが、間違いなくこの街はそれを生み出す上で重要な地ということで、意味がある。しかし、もはやそういうこととは関係無しに、とにかくここに流れる空気感であったり時間感覚であったりが、オレにとってひじょうに重要なものになりつつある。不思議だが本当だ。

4月4日土曜日に周南市文化会館に行かれるみなさんは、ぜひぜひ思う存分楽しんで、盛り上がってきていただきたい。オレには何もできはしないが、気持ちだけはそこに行っている。

そして、動画。

動画


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いよいよ山口凱旋コンサートが今週末に迫っている訳だけれども。

4月4日土曜日、道重さゆみにとってもファンにとっても待ちに待ったモーニング娘。の山口県でのコンサートが、周南市文化会館で開催される。先週の「ヤングタウン土曜日」でも、おじいちゃんやおばあちゃんが見に来る、おじいちゃんからメールが来た、などとはしゃいでいて、実に微笑ましかった。また、先週末にKRY山口放送で放送された「山口発見!Tokyoツアー!Ⅲ」においてもコンサートの告知、及び、道重さゆみの出番はとっくに終わっていつにもかかわらず、「泣いちゃうかも」がエンディング曲として流れたりしていた。

これは実におめでたいことである。だが、しかし、土曜日というと、オレにとっては毎週やんごとなき事情により、いつものコンサート同様、何がなんでも参加することができない。残念無念である。しかし、やはりいてもたってもいられない訳で、またしてもよく分からない初期衝動だけで、旅立ってみたりはした訳である。

まあ今回は視察旅行という表立っての目的はあったものの、よりによってこのタイミングでこっち方面をチョイスする辺りに意図的なものを感じずにはいられない、というか、絶対にそうだろ、という話。

水曜日にもかかわらず「今夜もうさちゃんピース」の抜粋書き起こしができなかったのは、前の夜が月の末日であった為に、いろいろとやっつけなくてはならぬ案件があったからなのだが、実のところ、こっちの準備というのもあった。さっき、ホテル室内で4時半ぐらいに起きて仕上げたので、この下の方ぐらいに上がっているはずである。もう、なんか、常盤駅とかペンギン村とか普通にラジオで言っちゃっているな。どのあたりまで書いてもいいのか、いつも悩んでいいたりもするのだが。

さて、そんな訳で、結構明け方近くまで片付けなくてはいけない案件と格闘していたものの、仮眠をしてしまっては予定のフライト時刻に間に合わない予感がしたので、シャワーだけ浴びて、午前4時半ぐらいに仕事場を出た。荷物を整理していたら、昨年12月のツアー時のものがいろいろと出てきて、その中に飛行機の座席が書いた紙があった。搭乗前に携帯のバーコードをかざすと出てくるやつだ。裏側がマクドナルドのクーポン券になっていて、なんと、ビッグマックとポテトMとプレミアムコーヒーのセットが当たっている。駅前のマクドナルドが24時間営業だったので、ちょうど小腹が空いていたこともあり、こりゃいいやと思い、レジカウンターにて引き換えを行った。そこで気付いたのだが、この時間帯は客席の営業はしていなくて、テイクアウトのみだったのだ。仕方がないので、駅の隅の目立たないところだとかホームの目立たないところふだとかで、人に見られないようにして食べた。しかし、これがかなりのボリュームで、早朝から寝不足と胃もたれに苛まれるという、やや嫌な感じでスタートした訳である。

電車の中で仮眠をとりながらも予定通りに華麗に乗り換え、羽田空港へ。定刻通りのフライトとなった。前回のように霧で着陸できずに福岡まで行くということはなかったが、突風の影響で約10分遅れの9時25分ぐらいに空港に到着。ここからもしっかり下調べをしていたので、すかさず周南市文化会館に向かう。まず空港バス停から新山口行きの高速バスに乗車。まったく知らなかったのだが、このバスは常盤駅入口にも停まるのだ。おなじみの風景を眺めながら、30分ぐらいで新山口に到着。周南市文化会館の最寄駅である徳山へは、ここから新幹線で1駅、もしくは山陽本線で数駅。時間短縮を優先する為、新幹線に乗る。車中で携帯サイトを開こうとするものの、断続的にトンネルがある為に、ままならず。駅とかでは新しい広島市民球場の広告がすさまじい。徳山に着いて、駅前のバスターミナルで文化会館に行くにはどれに乗るかを尋ねると、初老の案内係の方が地元の訛りで丁寧に教えてくれた。徒歩だと20分ぐらいかかるらしく、荷物も重かったので、タクシーでも仕方がないと思っていたのだが、すぐにバスが見つかってよかった。南陽工業高校のセンバツ甲子園出場を祝うのぼりがあちこちにある。道重さゆみが「今夜もうさちゃんピース」内「クイズ!ヘキサゴン」において、よく「徳山県」という誤解答をするのは、ここのせいなのだろう。

バスには地元の老夫婦が乗っていて、その地元の言葉と桜の花びついて話している内容に大いに癒された。5分程度で周南市公会堂前に着いた。すぐ近くには動物園や公園もある。桜鑑賞も十分できる。公会堂の案内図を見ようとすると、そこに「プラチナ 9 DISCO」ツアーのポスターも貼ってあった。公会堂内にも入ってみたかったのだが、あいにく休館日だった。3日後にここに多くの人が集まり、感動のステージが繰り広げられるのだと想像してみた。バスで駅まで戻り、程よい寂れ加減の商店街なども散歩してみたかったのだが、とにかく時間がそんなにないので、電車で移動。新幹線が当分無かったので、山陽本線でまったりと行く。昔懐かしい座席が向かい合うタイプの電車だった。ここでも地元の人達の言葉や話に癒された。新山口から宇部線に乗り換える。なんというか、ひじょうに懐かしい感じというか、乗客1人1人の自然で素朴な佇まいがすごくいい。もちろん東京もそれぞれみんな個性があるのだが、ある一定のコードというのか、それがなんか根本的に違うのだ。お年寄りはの杖には名前が書いたシールが貼ってあり、何やらいろいろな物が入ったビニール袋から小さなノートブックを取り出して、何かを確認している。色白の若い女性が弁当を食べている。眼鏡をかけたおかっぱ頭の女性は、グレーのセーターの上から真珠の大きなネックレスをしていて、弟なのかいとこなのかよく分からない男の子からちょいちょい起こされている。途中で乗ってきたジャージを着た女子中学生達の素朴な感じが、懐かしさを感じさせる。別の駅から少し派手めの女子2名が乗ってきたところ、一瞬彼女達の会話が止まり、微妙な空気が流れる。近くの座席に座ったが、1駅行ったところで、車両の反対側に移動し、またグループの会話が弾み出した。床波駅から常盤駅に着く手前で、左手の窓に海が急に現れる。

常盤の駅にいつものあの背の低いおじさんはいなかった。もしかするとこの前のように、中で映りの悪いテレビを見ながら歯を磨いていたのかもしれない。まったりと散歩をし、空港でフグの形をしたチョコレートを買う。以前、道重さゆみが「ヤングタウン土曜日」にお土産として買ってきた「ときめいて山口」というチョコレートは、いつの間にか見なくなった。あと、道重さゆみが言っていた下関発祥の太い辛子明太子である。明太子といえば福岡のイメージが強く、道重さゆみが言っていた発祥という言葉もいつもの言い間違えだと思っていたのだが、調べてみると、どうやら初めての明太子は下関の前田商店で作られたのが最初なのだという。しかし、福岡にも言い分はあるようで、現在は山口と福岡の間で、あまりどちらが起源だというようなことを話題にしないようにしているらしい。この、どうやら辛子明太子の元祖であるらしい前田商店は、現在では前田海産という屋号になっているが、ここの明太子は山口宇部空港内の売店でも売っている。しかし、思うに、道重さゆみが言っている太い明太子というのは、おそらく唐戸市場の中にある林商店のものではないだろうか。ここの商品は、宇部市内の土産物屋などで見つけることが出来なかった。前田海産のものはそれほど太いという感じはしない一方、林商店のものは、インターネット上で見る限り、明らかに太い。確証はないが、こっちではないかという気がするのだ。しかし、今回はさすがに唐戸市場までは行けないので、こちらは断念。

そして、もう1つの課題である回転寿司だ。空港から宇部新町行きのバスに乗り、またしても地元の老夫婦の会話に癒された訳だが、コジマとかフジグラン手前で右折してしばらく行ってしまった為に、下車して徒歩にて戻ることになった。フジグラン2Fのしらき寿しかその近くにある寿司遊学で食べようと思ったのだが、すでに午後3時前ということもあり、しらき寿しには客が1人しかいなく、寿司遊学の方はそもそも外から中が見えない。1人で回転寿司屋さんに入る習慣など一切無いオレは完全にビビり、もっとお客さんが多い時間帯に再チャレンジすることにした。そろそろホテルにチェックインしようと宇部岬駅方面へ向かって歩いていると、ラーメンの一久が見えてきて、腹も空いてきたので、ここでラーメン定食を食べた。やはり店内に立ちこめる濃厚な豚骨スープの匂いはあまり得意ではないと感じたが、食べはじめるとあっという間に平らげてしまった。

フジグラン前からバスに乗り、ホテルにチェックイン。少しくつろいだり仮眠をとったりしようと思ったのだが、シャワーの水が温かったりiTunesがiPodと同期できなかったり、かと思えば窓に雨が打ちつける音がしたり、さまざまなマイナス要因が一気に押し寄せてきた。昨夜放送の「今夜もうさちゃんピース」をiPodにインポートして聴くという計画が頓挫し、かといって時間もムダには出来ないので、午後5時ぐらいにホテルの部屋を出た。

今回はときわ公園で夜桜見物でもしようと思い、その為にフジグランで酒とかそういうのを買おうとしていたのだが、どうやら山口県内では4月1日からレジ袋が完全に有料化したらしく、といっても5円ぐらいなのでたいしたことはないのだが、なんというか罪悪感のようなものがあり、かといってノートパソコンとか着替えとかでパンパンのバッグにはあまりスペースに余裕も無かったので、一旦先にホテルにチェックインしたのだ。ホテルの近くに井筒屋もあるしそこで買えばいいかとも思っていたのだが、こちらはあいにく定休日。バスや電車もいつ来るか分からないので、フジグランまで歩いた。しらき寿しにはまだ客がほとんどいなかったので、入る勇気が出ず。1階食品売場で、地元の永山酒造の男山という酒と宇部かまの蒲さしを買った。そこから更にときわ公園に向かって歩いている途中で雨が降り出した。草江の近くのローソンで傘を買おうか迷った末に、どうせすぐ止むだろうと思って買わなかったのだが、全く止まず、コンビニもときわ公園入口のセブンイレブンまで1軒も無い。雨は降るし風も強いし、暴風雨でノートパソコンとiPodが壊れた昨年の悪夢がよみがえってきた。今回はホテルに置いてきたので心配は無いが。やっとこさ公園入口に着き、折りたたみ傘を買って園内へ。提灯は灯っているものの、真っ暗でさっぱり分からん。それでも花見している人たちが結構いたし、正門前にも地元の若者達が集まっていた。雨は止まず、傘が反り返るぐらいに風も強い。早々に退散し、常盤駅方面に歩くも、ショートカットのつもりがどうやら完全に道に迷ってしまったらしく、民家の裏側や畑のところの道など、真っ暗な中を傘も飛ばされそうになりながら歩く。なかなか迷路感覚で楽しかった。

電車もなかなか来そうになかったので、結局またフジグランまで歩いた。地元の人じゃなきゃ分からないと思うが、これ、相当の距離である。すると、なんと、フジグランの向かい側にある寿司遊学の中が見えるようになっていて、結構お客さんが入っている。これならば勇気を出して入れそうだ。一応、フジグラン2階のしらき寿しも見てみたのだが、こっちは閉店30分前ということで、小心者のオレとしては、これはもう無理。寿司遊学の方は閉店までまだ1時間半あったので、こっちに入る。あまりお皿が流れてこなく、自分で注文する必要に迫られて少し緊張するが、とろ、いか、貝柱といった無難なものに交えて、道重さゆみの大好物であるあなごなども勇気を出して注文してみた。お店の方は優しく丁寧に、次から次へと頼んだものを握ってくれた。毎日、宇部の魚市場から直送しているらしく、ほとんどが1皿126円という価格でありながら新鮮でおいしい。当り前だが、10皿で1260円である。安いなあ。もうさすがに歩く気はしないので、フジグラン前に停まっていたタクシーで宇部新川駅へ。この女性運転手さんとの会話がまた楽しかった。出張のサラリーマンといういつものキャラ設定を行ったが、ネイティブの宇部方言の方と会話できる感動は大きい。ちょいちょい知っている限りの宇部ネタを盛り込んだりもした。今回の表向きの目的であるマンガ倉庫の視察を行ったが、更にパワフルに面白くなっていた。こういうのやりたいなあ。すぐ近くのTSUTAYAは改装の為、3月31日をもって一旦休業とのこと。中で従業員の方々が撤収作業のようなことを行っていた。セブンイレブンで東京では買えないアイスのブラックモンブランだとかを買って、ホテルに帰った。iPodの同期を何度か試みるがうまくいかず、こんなことをやっている時間もないので、iTunesで「今夜もうさちゃんピース」を聴きながら抜粋書き起こし。さすがに疲れが押し寄せてきて、途中で寝る。4時半に起きて、シャワー浴びて再開。デジカメから動画取り込んだりこの記事書いたりしていたら、あっという間にこんな時間。今日は仕切り直してときわ公園に行ってみて、あと表向きの用事もちょっと済ませて、午後のフライトで東京に戻る。

とりあえず、動画。


動画


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先日の宇部ツアーについて書いていなかったことなど。

とある事情で半月ぐらいハロプロ関連の掲示板だとかファンサイトと疎遠になっていたのだが、聖地巡礼とかミュージカル観劇とかその間に溜まっていた瑣末事などを片付けて、久々にYahoo!掲示板を閲覧してみると、ここのコメント欄を閉じる前によくコメントを下さっていたさゆゆ氏の聖地巡礼ネタがあり、この偶然に驚いた。オレはこの聖地巡礼というイベントを、延べ3回行っているのだが、いずれもこのさゆゆ氏と近い日程に行っている。これがまた面白い。

つい先週敢行したばかりの第3回聖地巡礼については、当日中に文章を書き、動画を編集して貼り付けたのだが、色々と慌てていて駆け足になってしまった部分もある。ここでまだ記憶が鮮明なうちに、その思い出を追体験し、記しておきたい。道重さゆみを生み出した環境とはどのようなものだったのかを知る上で、少しでも手助けとなれれば幸いである。

前回、4月に行った第2回は初日午後からの暴風雨によって、活動時間そのものは短かった。それでも知りうる限りの情報を駆使して、回ったのだ。画像も撮ったのだが、持参していたノートパソコンが雨によって完全にダメになってしまったため、取り込めなかった。使用したデジカメが古いもので、Windows Vistaに対応していない。メーカーに問い合わせてみたが、どうしても無理ということだった。自宅でメインで使用しているパソコンのOSがWindows Vistaであるため、このときに撮った画像や動画はコンピューターに取り込むことができない。カメラで再生して見る以外にない。それでも、収穫は相当にあったのだ。帰宅して2日後の土曜日に「ヤングタウン土曜日」があったが、なぜかそこで道重さゆみの実家のことが話題になり、かなり詳しく話されていた。山口宇部空港にめっちゃ近いとか家の裏がすぐ海だとかその程度のことなのだが。この海というのは、以前に道重さゆみがクラゲを取って来てお母さんに見せた場所だと思われるし、もしかすると兄妹でパン食い競争をやったところかもしれない。Yahoo!の地図などを見ると、いまだに常盤海水浴場と記されているのだが、現在は海水浴はできない。道重さゆみが小学生の頃に泳げなくなったと話していたので、パン食い競争が行われていたのがここなのかどうかは定かではない。いずれにせよ、訪れておかなくてはならないポイントであることには違いない。ということで、近いうちに第3回があるであろうことは、この時点ですでに決まっていた。

6月のある休日に、大阪城公園で開かれる毎日放送のイベント、オーサカキングの開催を知った。昨年もこのイベントは開催されていて、そのラジオ公開録音とテレビ生放送には道重さゆみと光井愛佳が出演していた。オレはわざわざそれを見るために、実はかなりのリスクを冒して大阪まで行った。実物の道重さゆみを真正面から見るのはこれが初めての体験であり、オレはその美しさに感動していた。そして、この時間が永遠に続かないものだろうかと願った。それは同時にオレがいつしか失ってしまった理想やあるべき姿というものを再認識させ、それとその時点での自分自身があまりにもかけ離れていることを否応なく意識させ、たまらなく悲しくさせた。そして、それをきっかけとしてこの1年間の色々なことがあり、いまのところはそこそこうまくいっている。1年前からは想像もできないほどの現状がある。もちろんまだまだなのだが、そこに向かい始めたことの意味がとても大きい。そのまま死んでいった可能性だって大きいのだから。

それが人生で初めての大阪だったにもかかわらず、衝撃があまりに大きすぎたのと情報が著しく不足していたため、時間があればやろうと思っていた大阪観光は結局一切できずじまいだった。何せ大阪街歩きの基本であるキタとミナミという概念さえなく、新大阪駅を降りて適当に歩いていれば、あのグリコの看板だとかくいだおれ人形に出くわす程度に考えていたのだ。この1年間のスタート地点を確認することと今度こそ大阪観光をするために、大阪に行こうとは思っていた。観光ガイドを買って読んだり交通機関について調べるうちに、日本航空に先割というのがあって、1ヶ月前ぐらいに航空券を予約しておけば、実は新幹線よりも安いということを知った。何せ、親戚の冠婚葬祭とかがない限りは関東から出ることがなく、休みも遠くに出掛けるよりは街で遊んでいるほうが好きというオレにとって、この手の情報は本当に薄い。道重さゆみを知ったことによって、大阪とか山口とかに行ったり、その余波で会社のラスベガス旅行のメンバーに選抜されたり、ついに来月には13年ぶりに北海道の実家に帰ろうとしていたりと、驚くほどの行動力である。やはり人というのは本当に好きなもののためには、考えるよりもまず動いてしまうのだな、ということを強く実感させられる。ラスベガスと北海道については道重さゆみと直接的には関係がないが、それでも道重さゆみのことを知らなければありえなかったのではないかと思っている。

大阪の航空券を取ってしまったら、もう昨年と同様に翌週は宇部だろうと、もう興奮状態の脳は止まらなくなってしまい、数分後には日本航空のサイトで購入手続きをしてしまっていた。実は昨年の同じ週に道重さゆみは帰省していたっぽく、もしかして今年もそんなことはないだろうかなどという妄想も働いたのだが、後で考えるとその日は「シンデレラ the ミュージカル」の初日であり、そんなことがあるはずもない。そんな経緯で、いわゆる聖地巡礼の第3回は決まったわけである。

実は前2回はいずれも寝坊してしまい、ハラハラする場面があったのだが、今回は万全な策を練った。まず前の晩の11時半には布団に入ること、携帯のアラームを5分刻みに30分間分セットすることなどだ。その前週には大阪へ行くときに全く同じ方法でうまくいっていたため、自信はあった。ちゃんと予定していた朝4時30分に目覚め、奥さんと猫を起こさないようにして、前日に放送された「今夜もうさちゃんピース」をiPodにインポートした。空港に着いて、飛行機に乗るところまでは順調だったのだが、離陸する直前で乗客の中で急病人が出たとのことで、急遽引き返すことになった。結局のところ、約40分遅れての出発となった。今回は翌日の13時から会社に用事があり、それまでに帰らなければならない。その用事も当初は午前中だったのを無理を言って変更してもらったのだ。かなり厳しめなスケジュールになっている。

9時45分に山口宇部空港に着くと、快晴で相当暑い。昨年同時期の第1回は新幹線と宇部線で移動したのだが、着いたのが午後2時半ぐらいだった。酷く暑くて、コンビニでタオルを買ったが、拭いても拭いても汗が噴き出てきたという印象がある。草江駅の近くにあるローソンで九州と山口県でしか買えないアイスキャンディー、ブラックモンブランを買い食いする予定になっていたのだが、時間がないので急いで移動。道重さゆみがモーニング娘。加入前まで住んでいたと思われる地域は、この山口宇部空港から徒歩で約15分程度、前回は確信が持てなかったが、今回はほぼ特定できているので感慨もひとしおである。細い下り坂を下っていくと、海だった。ここがかつて常盤海水浴場だったところなのだろう。確かにその面影はあるが、現在は人が一人もいない。動画を撮ったりして、移動。周囲を歩いて、雰囲気を堪能する。それから、昨年訪れたファミリーレストラン、フラカッソ宇部東店で食事しようとしたのだが、どうやら午前11時まで開店しない。待っていても仕方がないので、お決まりのときわ公園に向けて歩いていった。公園内にも湖水レストランというのがあり、そこで食べてもいいかというのもあった。あまりに暑かったので、入り口手前のセブンイレブンに入った。店頭には山口県を住みやすさ日本一にしようというキャンペーン的なオレンジ色ののぼりが設置されていた。これは今回偶然目にしたセブンイレブンのどの店舗にも設置されていて、店内では山口県産の食材を使った商品も販売されていた。前回購入したタウン誌「YAMAGUCHI」やそれよりもやや大人向けな「トライアングル」が販売されていた。また、「Kyushu Walker」が販売されていたり、テレビ情報誌の番組表を見ると九州の放送局も併載されていたりと、文化圏的には広島などよりも九州に近いのかなと思った。アイスの冷凍庫を見ると、やはりブラックモンブランがあったが、他の銘柄よりも多めに入っていた。かなりの人気商品なのだろうか。確かにうまいのだが。

ときわ公園は時間に余裕があれば湖の周りを歩いたり彫刻をじっくり見たりレトロ風のアトラクションに乗ったりと、何時間でも楽しめそうなのだが、何せあまり時間がない。湖や遊園地の風景を動画に収める。路上をペリカンが歩いていて、子供が近付いても全然逃げたりしていなかった。子供とペリカンが一緒に歩いているアニメ画像を見たことがあったが、これをリアルで見られて少し感動した。遊園地にスーパーマリオとヨッシーの遊具があり、ヨッシーといえば道重さゆみお得意の物真似レパートリーであるため、記念撮影しておいた。

ここで時間をかなり短縮し、予定通りのスケジュールに近付いてきた。続いては、某進学教室を見に行くことにした。これは、以前、ある携帯サイトで道重さゆみが通っていたことがあると読んだことがあり、てっきり宇部新川駅前にある同名の教室のことだと思っていた。しかし、その後の情報収集により、どうやらそことは違う校舎である可能性が高まってきた。何せ、そこは宇部新川駅前だけかと思いきや、かなり手広くやっている大手の進学教室だったのだ。ソースとなったのは宇部市在住の一般人のブログコメント欄。どこどこの向かいの某進学教室にモー娘。の道重さゆみが通っていたらしい、とか書いてあった。たったそれだけなのだが、地図で見てみると道重さゆみが住んでいた所からは確かにこっちのほうが近いし、バスでも通いやすい。なぜかここに違いないという確信らしいものを得た。いったい何をバカなことをやっているのやら。さすがに歩き疲れたのでバスに乗って、2停留所先で下車、目印のファーストフードレストランは車内からもすぐに分かった。朝に自宅で菓子パンを食べて以来何も口にしていなかったので、とりあえずこのファーストフードレストランに入る。普段入りなれていなく、オーダーの勝手もよく分からなかったので、とりあえず店内ポップで推しているセットを頼んだのだが、これが形の異なったフライドチキン2本組みという普段のオレの食生活からするとかなり濃厚なもの。ジンジャーエールでなんとか流し込み、とりあえずお腹は満足した。携帯電話のワンセグ設定を替えると、ここでも九州の放送局が勝手に設定された。真向かいにあった進学教室の外観を撮影して退散した。

少し歩くと、前2回の巡礼時にも訪れた道重さゆみが通っていたと思われる幼稚園に到着。幸い夏休みらしく、関係者はいなかったので、不審者に疑われることもなく、ここでも外観を撮影した。翌日の飛行機の出発時刻が9時45分と割と早かったため、いまのうちにお土産を買っておこうとここから山口宇部空港まで歩く。といっても例によって今回の巡礼のことは一部熱狂的なオレファンの方々以外には内緒にしているため、地味に山口限定ふぐリラックマストラップなどを購入するにとどまった。前回の巡礼時に買わなかったことを後悔したよく分からない夏みかんのキャラクターのストラップだが、よく見るとボールペンしかなかったので、買わなかった。歩く気力が失せていたので、タクシーでフジグラン宇部へ直行。バッハ書店や食料品売り場などを軽く見る。ヨーヨーすくいなどのプチ縁日みたいなことを地味にやっていた。バッハ書店のCD売り場だが、モーニング娘。の仕切りはあるもいのの在庫が1枚も無いのはいただけない。2階のアミューズメントコーナーは、かつて道重さゆみがよくプリクラを撮っていたと噂される場所だ。そういえば以前流出した亀井絵里と撮ったプリクラに「フジに来てるよ」とかなんかそんなことが書いてあった気がする。亀井絵里が道重さゆみの実家に遊びにきたときに田舎すぎてやることがなく、プリクラばかり撮っていたとかいうエピソードもあったようだ。

バスに乗って宇部新川駅に到着。宇部で一番有名なラーメン屋さんで一久というところがあり、そこでぜひ食べてみようと思っていた。場所は、例の進学教室の向かい側にあったが、店の外にもれるとんこつスープの匂いがとにかく強烈だった。とんこつラーメンは嫌いではないのだが、濃厚すぎるのは実はちょっと苦手なのだ。それほどお腹もすいていなかったので、駅前あたりを散策してみることにした。前回は突風と豪雨に襲われ、傘がぶっ壊れたり着ているものがズブ濡れになったりした通りを、今回は余裕をかまして歩いた。宇部全日空ホテル前のジャズマンと猫の彫刻も撮影した。宇部市はとにかく彫刻に力を入れているようで、ときわ公園内だけでなく、街の中にもあちこちに彫刻がある。ホテルのチェックインまで少しあったので、前回も訪れた総合リサイクルショップ、マンガ倉庫宇部店とTSUTAYAを見る。TSUTAYAではモーニング娘。の「シングル大全集」DVDが第3位にランクインして、ちゃんとPOPも付いていた。近くのローソンでブラックモンブランとカシスオレンジを買い、恥ずかしげもなく路上で飲食。そんなこんなで午後3時半ぐらいに琴芝のビジネスホテル宇部にチェックインした。前回はすぐ近くに別のホテルがあったのだが、そこはもう閉館していた。厳しそうだ。

エアコンの効いた部屋で1時間ほど休憩の後、着替えや充電器や雑誌類を置いて軽くなった荷物を持って再出発。やはりこれは外せないだろうということで、JR宇部線新山口行きに乗車。常盤駅で下車し、駅周辺を撮影した後、フラカッソ宇部東店で食事をすることにした。隣にあった浜勝とどちらにしようか迷ったのだが、結局フラカッソのほうにして、明太子いくらスパゲティーを食べ、グラスビールを飲んだ。それからまた午前中に行った海へ行ってみた。下り坂のところで何か動く物体があり、何かと思って逃げた方を見てみると、排水溝のようなところに小さなカニが何匹もいた。カメラを向けると、素早く横歩きで逃げて行った。また、砂浜に潜って行くのも見た。ところどころに空いている穴はおそらくカニが潜った跡だったのだろう。他にもトンボがたくさん飛んでいたり、あちこちに色々な種類のバッタ類がいたりして、幼少期を田舎で過ごしたオレはかなり懐かしくなった。この辺りの線路の上を通る道のガードレールにはいくつもの蜘蛛の巣があって、小さな虫がそれにかかったりしていた。道重さゆみはこういう周りにたくさん虫がいる環境で育ったのだ。「今夜もうさちゃんピース」で虫の話題が多いのもよく分かる。それにしても、「今夜もうさちゃんピース」で言っていたカエルをぺたぺた触っていたというのは何度思い出しても可愛いし、その後に言っていた蟻とかを手で潰していたというのはたまらない。

この辺りで仕事関係者からよく分からん電話が入り、対処しながら去年と同じ道を歩く。つまり宇部山口空港のところを右折してフジグラン宇部方面へ。この聖地巡礼の主な目的というのは、対象であるアイドルが過ごしていた環境をいかにヴィヴィッドに追体験するかというものであり、一般人から見ると何をやっているのかさっぱり分からないと思うのだが、つまりそういうものなのだ。で、やはりそう頻繁に来られるものでもないので、朝、昼、夜とそれぞれの時間帯を体感しておきたいという発想になる。この辺りは夜になると早いうちに暗くなるという健全性がある。もちろんコンビニエンスストアは24時間営業しているし、フラカッソ宇部東店なども午前2時まで営業していたりするのだが、一般の住宅しかない所などはかなり早いうちに暗くなる。宇部岬駅から宇部線に乗って、最後に夜の常盤駅周辺を体感して帰ろうと思ったのだが、どうやら道に迷ってしまったようで大笑いである。地図はホテルに置いてきてしまった上に、東京のようにそこかしこに地図が設置されていたりもしない。辺りは真っ暗だしいよいよ怖くなってきたのだが、少しでも光が多いほうを目指して1時間ぐらい歩いていたら、何とか駅に着いた。

常盤駅に着いたらキップ入れにバッタのような虫が止まっていたので、撮影した。ホテルがある琴芝のほうへ戻る電車が1時間半ぐらい無い。そこで自力で歩いて宇部岬駅までたどり着くというイベントを発生させてみた。要は昼間にバスで移動した常盤公園入り口から恩田あたりまで行き、そこから左折していけば宇部岬のほうへ行けるはずなのだ。ブックオフとか例のファーストフードレストランとかいくつかの目印は頭に入っていた。しかし、案の定曲がる場所が分からなくなった。で、また迷って適当に歩いていたら山口宇部空港が見えてきたので、近くの草江駅から宇部線に乗って帰ることにした。時間があったので、朝寄る予定だったローソンでマンゴースイーツみたいなのを買って食べた。オレはフジテレビで放送している「爆笑レッドカーペット」などという俗っぽい番組が好きで、その放送時刻になったので携帯のワンセグで見ようとしたのだが、放送している局が分からない。ローソンの雑誌コーナーで番組表をチェックしたら、どうやら山口県の放送局ではどこでもやっていない。九州の放送局で放送していたが、そこの電波は携帯が受信できなかった。宇部線に乗って、琴芝に着いた。この近くにデイリープラネットというインターネットカフェがあることを知っていたので、ブログの書き起こしだとか「こんうさピー」聴きながら感想書いたりしようかとも思っていたのだが、あまりにも疲れたのでそのままホテルに戻ることにする。

近くのセブンイレブンで缶チューハイとか菓子パンとか缶コーヒーとかそばとかブラックモンブランとかを買う。ここで、やはりせっかく来たのだから一久でラーメンを食べておくべきではないかという考えがまたしても起こってきた。確かにあのときはあまりお腹がすいていなかったから、いまならば食べたいと感じるかもしれない。と思い、宇部新川まで歩いた。途中、酔っ払った若者が路上で大の字になって寝転んだり吐きまくったり男女で写メールを撮ったりしていて、なぜだか若いっていいな、と感傷的になった。宇部全日空ホテルの前でギターを弾きながら絶唱している若者もいた。一久の前に着いた。しかし、やはりオレにはちょっとばかり匂いがキツすぎると思い、結局引き返した。確かに美味しいのだろう。店の中はほぼ満員に見えた。ホテルに帰って風呂に入って、そばを食べたり缶チューハイを飲んだりして、ワンセグのテレビをつけながら寝た。何週間も前の「爆笑レッドカーペット」を深夜に放送していた。

予定よりも早く目を覚ましたので、iPodにスピーカーを接続して「今夜もうさちゃんピース」を聴こうかとも思ったのだが、数秒間聴いた段階で、やはりこれはちゃんとした状況で聴かなくてはもったいないと思い、停止した。最近、聴きながら特記すべき内容をメモし、後で感想としてまとめるというのがこの番組を聴くパターンになっている。先週、あまりに忙しかったので移動中に聴いたのだが、結局まとめるためにもう一度聴き直す結果になった。

琴芝駅から宇部線に乗るが、なぜか宇部岬止まり。下車してホームから風景を撮影し、その後に来た列車に乗って常盤駅で下車。朝の周辺を歩き、昨年を思い出したりもする。改札に前2回の巡礼時にもいたメガネをかけた小柄のおじいさんがいた。前日はいなかったので、心配していたのだが。おそらく気のせいだが、何となく覚えられているのではないかという気もした。朝の爽やかな空気の中を歩いた。道重さゆみが住んでいたと思われる辺りから道路を挟んだ向かい側、親戚なのではないかといわれている同姓の医院を確認する。看板はあるのだが、いまはもう開いてはいないようだ。その近くに踏み切りがあるのだが、中学生時代、自転車通学中にぶつかった電柱とはここのことなのだろうかと思いを馳せたりもしてみた。おそらく違う気がするが。山口宇部空港内のCOCO'Sで焼鮭朝食を食べ、9時45分の羽田行きに乗った。道重さゆみが生まれ育った環境を追体験することによる感動はかけがえのないものだったが、それだけに道重さゆみ本人の不在という事実が浮き彫りになり、そういえば新宿コマ劇場に行けば会えるじゃないかということで、東京に戻って会社での用事を済ませてから新宿へと向かったのである。

宇部はあくまで道重さゆみの故郷であり、オレには何の関係もない。しかし、ここを訪れることで思い出したことはたくさんある。それは田舎の風景や匂いであったり、家族と過ごした幼い日々の記憶だったり、もしかするとオレにとってあったかもしれないもうひとつの現在であったりした。そして、オレはその根源的な価値観からもう一度オレ自身の生というものを捉え直してみようと思ったのだ。そして、ついに来月、ずっと避け続けてきた親であったり過去であったりと対面し、これから死ぬまでの人生についての腹を決めるのだという結論に達した。道重さゆみというアイドルに出会わなければありえなかったことだ。本当にありがたい。うさちゃんピース。

↓このときに撮った動画を編集してまとめたもの(この間のと同じ)
宇部動画まとめ

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宇部ツアー2008・夏。

8月6日は新宿コマ劇場で「シンデレラ the ミュージカル」の初日であり、真っ当なファンであれば迷わずこれに駆けつけるはずである。しかも、いつもはコンサートが土日祝ばかりで、休みが平日しか取れないので行くことができないと嘆いているオレにとって、これに行かなくてどうする、とでも言うべき条件である。とはいえ、1ヶ月以上前から先割で航空券を予約していたため、この日は行けずじまい。

さて、遡ること1年前、8月2日のオーサカキングで道重さゆみ・光井愛佳のラジオ公録及びテレビ生収録を目撃したときの衝撃がきっかけとなって、この「われらの時代に-モーニング娘。道重さゆみと平成ニッポン」の前身である「卒業-さゆみんに向かって」は始まったわけだが、実は先週、今年もオーサカキングに行って来た。今年は道重さゆみは来なかったのだが、あの日をきっかけとして起こった色々な変化のスタート地点を確認すべく行って来たのだ。昨年は情報不足で一切できなかった大阪観光もしっかりしてきた。そもそもオレは旅行とかはそんなに好きではなかったのだが、道重さゆみを知ることができたおかげで、こんなことになっている。

昨年は何かに導かれるように、その翌週に道重さゆみを生んだ山口県宇部市への聖地巡礼を敢行したわけだが、この衝撃も大きなものだった。ゆっくりと流れる時間の感覚や豊かな自然など、幼少期を田舎で過ごしたオレに色々な物事を思い出させてくれる感動的な巡礼になった。しかも、後で知ったのだが、どうやらそれと同時期に道重さゆみも山口に帰省していたようなのだ。これがヤンタンの明石家さんまによる親方発言、そして鉛筆投げ事件へと発展していくわけだが。

様々な情報を追加した上で行った4月の第2回聖地巡礼だが、ときわ公園の素晴らしい桜が見られたまではよかったが、午後から暴風雨になり、傘が2本壊れるはiPodは動かなくなるわノートパソコンはダメになるわという大惨事に見舞われた。それでも収穫は十分にあったのだが。そして、帰ってきてすぐの「ヤングタウン土曜日」において、道重さゆみが実家周辺についてかなり詳しく話した。あと1週早く話してくれていればと思ったのだが、これが近々第3回を行わなければならないことを決定づけた。果たして一体何がオレをここまで駆り立てるのかさっぱり分からないのだが、まあ仕方がない。しかしよりによって偶然とはいえ、ミュージカル初日にやらなくても、とは少し思ったのだ。

今回はこれまでは行っていなかった海のほうへ行ってみたのだが、かつて海水浴場だったらしき名残はあった。途中、向かう下り坂の道で何かが素早く動いたのだが、見てみるとカニだった。陸をカニが歩いているのを初めて見て、軽く感激した。あとはトンボがやたらとたくさん飛んでいた。子供の頃にはたくさん見たり捕まえたりしていたバッタもたくさんいて、妙に懐かしかった。

事前に宇部で最も有名なラーメン屋さんだという一久というお店を調べていたのだが、いざ店の前まで行ってみると、とんこつの匂いがきつすぎて、結局行かなかった。地元の本を立ち読みすると、見た目の割にはさっぱりしていて女性にも人気と書いてあったのだが、豚の頭以外の骨を全部使ったスープとも書いてあった。夜遅くにもう一度行ったのだが、やはりあきらめた。途中、酒を飲みすぎた若者のグループが路上で大の字になって寝たりしていた。とにかく歩き回って、歩数計が1日で6万歩近くになっていた。水分補給もこまめにしたが、山口と九州でしか買えないアイスキャンディー、ブラックモンブランも2回食べた。夜中に琴芝のインターネットカフェ、デイリープラネットに行こうと思っていたのだが、結局行かなかった。宇部線の常盤駅では、去年もいたあのメガネをかけた小さいおじいさんが切符を回収していた。山口宇部空港の近くのローソンは、オリジナルのデコレーションなどを凝ってやっている。セブンイレブンの店頭には必ず山口県を日本で一番住みやすい県にしようというようなキャンペーン的なオレンジ色ののぼりが立てられていた。フジグラン宇部の1階では、ヨーヨーすくいなどのミニ縁日みたいなのを地味にやっていた。ときわ公園では、普通に歩くペリカンと初めて遭遇した。

翌日の午後に予定があったので、そんなに長くはいられなかったのだが、すっかり満喫した。そして、やはり「シンデレラ the ミュージカル」をいち早く見なくては、という気持ちになった。

ここで断片的に書いたことの一部は、以下の動画に収録されている。

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おいでませ山口館など。

日比谷シャンテに「JUNO/ジュノ」という映画を観にいこうと思ったのだが、雨が降っていたりして何だか面倒になってきたので、日を改めることにした。とはいえ、都心の方へ出てきてしまったのでどうしたものかと思案したのだが、以前から気になっていたおいでませ山口館というところに行ってみることにした。別名、山口県観光物産センター、東京における山口県のアンテナショップといったところだ。

道重さゆみが生まれ、モーニング娘。に加入する13歳の春まで過ごしたのが山口県であることはいうまでもないが、その特産品などが都内で手軽に手に入るスポットがここである。沖縄の銀座わしたショップや北海道の北海道どさんこプラザの大人気の影響で、ここ最近、地方自治体アンテナショップの出店・改装が相次いでいて、都内には30店以上が存在しているらしい。現地に行かなければ手に入りにくかった地方特産品が、ネット通販の発達などによって身近なものになり、それがお取り寄せブームにつながったりした流れもあるのだが、その過程でローカルフードや地域限定商品に対する興味、関心なども高まってきたのだろう。自治体アンテナ・ショップについては、最近、日経トレンディ誌でも特集を組んだほどである。

地下鉄銀座線を日本橋駅で下車し、丸善のビルの方から出て、徒歩1分ぐらいですぐ、日本橋プラザビル(中央区日本橋2-3-4)の1階にある。

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おいでませ山口館 山口県物産センター

店内では陶器やガラスの食器、ふぐや金魚の形をしたちょうちんや水産加工品、お酒、お菓子などを販売している。食品は贈答やお土産用の詰め合わせのようなものばかりかと思いきや、おそらく地元で売っているのと同じように1個単位で販売している。

ところで、山口県の特産品といわれて何が思い浮かぶだろうか。道重さゆみがきっかけで少し詳しくなる以前までは、せいぜいふぐぐらいしか思いつかなかった。オレの奥さんは、昔、山口県の短期大学に通っていたことがあるらしいのだが、恵比寿の三越などの地方特産品売り場に行くと、いつも山口県のういろうがおいしかったので、また食べてみたいというようなことを言っていた。ういろうといえば名古屋のイメージでしかなく、本当に山口県にういろうがあったのか、何かの勘違いではないのか、というような会話を何度かしたことがあった。実際に売り切れ中だったりそもそも取り扱っていなかったりで、山口県のういろうにお目にかかることはけして無かった。

道重さゆみが名古屋のCBCラジオで「今夜もうさちゃんピース」を始めた初期の放送で、名古屋はういろうが有名だが、山口県にもういろうがあるというような話をしていて、やっぱりそうだったのか、と思った。このおいでませ山口館の5月の売れ筋第1位が御堀堂というメーカーのういろうである。ちなみに、漢字では外郎と表記するらしく、パソコンでも一発で変換できるので結構有名なのかもしれないが、オレは知らなかった。奥さんに確認してみると、確かに短大生の頃に好きだったういろうのメーカーは、御堀堂だったとのこと。探してみると、やはり見つかったが、かなり数が少なくなっていた。色々な種類があったが、とりあえず最もスタンダードな外郎(199円)を購入することにした。

昨年8月、オレは生まれて初めて山口県宇部市を訪れたわけだが、アイドルヲタクの聖地巡礼などと誤解を受けないように、出張で初めて訪れた東京の会社員というキャラクター設定をきっちり行い、酷く暑い日だったにもかかわらず、スーツのズボンと長袖のワイシャツで行動していた。さすがにネクタイはときわ公園のトイレで外したが。道重さゆみがモーニング娘。加入直前まで通っていた中学校を確認し、近くのセブンイレブンからタクシーを呼んだ。乗車して行き先を告げるなり、運転手さんはオレに「今日はオープン・キャンパスですか?」と聞いてきた。よく意味は分からなかったのだが、本当の目的に勘づかれていないことは確信できた。この運転手さんは、宇部市内で利用したタクシーの多くでそうだったように、実に気さくな人で、よく話をしてくれた。オレはキャラクター設定に忠実に、東京の同僚にお土産を買っていかなくてはならないのだが、どういうのがあるかと聞いてみた。もちろん本当に買うつもりなどなかった。ここに来ていることは、各方面の方々に対して、一切秘密だったからだ。しかし、運転手さんは親切に答えてくれた。その時に出たのが前述のういろうと、宇部かまなるかまぼこのことだった。歯ごたえがあっておいしいということだった。それから気になっていたのだが、その時は宇部かまを口にすることはなかった。今年の4月、つまり「われらの時代に-モーニング娘。道重さゆみと平成ニッポン」の構想を固めるための取材と称して、ふたたび宇部を訪れた。この時は、かめうら苑という海浜和風レストランで瀬戸内定食というのをいただいた。トータル的にとてもおいしかったのだが、これに刺身のような感じでかまぼこが何切れか添えられていた。醤油をつけて口に入れてみると、タクシーの運転手さんが言っていたように独特の歯ごたえがあり、実にうまい。ネットなどで調べたところによると、宇部かまは練の芸術品などとも呼ばれているようだ。
ちなみに、「練の芸術品」でGoogle検索すると宇部蒲鉾のサイトなどが引っかかるのだが、これを「練りの芸術品」にすると、いつかのオレのブログ記事がトップに出てくるのはいかんともしがたい。おいでませ山口館でも各種販売していたが、さしみ用の蒲さし(315円)を購入することにした。

かめうら苑の瀬戸内定食にはしそわかめというふりかけがついていて、これをご飯にかけて食べる。しそとわかめを混ぜただけのシンプルなものなのだが、これが実にうまい。ご飯がすすむ。萩市の井上商店というところから出ている歴史ある定番商品らしく、山口県ではかなりポピュラーなもののようだ。これも姉妹品を含め各種販売されていたので、しそわかめ90g(378円)を購入した。この3点を買っても、1000円でお釣りがくる。他にも気になるものが色々とあったが、とりあえず今日のところはこれだけにしておいた。

店の外には山口県の観光パンフレットも各種置いてあった。「はじめてなのに、なつかしい おいでませ山口へ」というパンフレットによると、平成20年7月1日から9月30日まではデスティネーションキャンペーンというのをやっているようだ。「はじめてなのに、なつかしい」というのは全くその通りだと思う。キャンペーン期間中はSLやレトロな列車が特別に走ったりするようだ。SLの企画は、参加するとスピードくじで特製SLチョロQが当たったりもするらしい。これは本当に楽しそうだ。また、「OMOSIROUBE(オモシローベ)」なる宇部市のPR誌が創刊されていて、市長のインタビューや店やホテルの紹介などが載っていて興味深かった。先入観がまったくなく訪れると、産業と自然と芸術がバランスよく共存したとてもよい場所に思え、市長もそのあたりをメリットとして強調しているのだが、どうもその根底に元気がないとか何もないといった消極的トーンがあるように思える。現地で話した人や東京で発見した宇部出身者に聞いても、田舎だとか何もないとかネガティブな発言が多い。ある年配のタクシーの運転手さんは、昔は市街地を中心にとても栄えていたが、今はすっかりさびれてしまったというようなことを言っていた。現地で生活していないオレは、無責任にお年寄りがイキイキしているとか医療施設が充実しているといったところを羨ましく思うのだが、商工会議所会頭のインタビューを読むと、若者が集まるまちづくりが課題だというようなことを話している。あるコラムで、「宇宙の部屋」を略すと宇部とかいっていて面白かった。

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おいでませ山口館がある近辺には、各地方のアンテナショップが集中している。せっかくなので、オレの出身地である北海道の食料品をこだわって集めたという北海道フーディスト(中央区八重洲2-2-1 ダイヤ八重洲口ビル)にも行ってみることにした。東京駅八重洲口の真正面ということですぐに見つかったのだが、東京駅は改装工事中で、あのクラシカルで味のあった駅舎が完全に消滅していたのが、分かってはいたのだが軽くショックでもあった。

北海道の特産品売り場というのは何度も足を運んだことがあるのだが、ここの品揃えはその中でもかなり充実している。色々とテンションが上がったのだが、先日の「今夜はうさちゃんピース」で道重さゆみが最近ハマッていると言っていた帆立の干物ことほたて干貝柱とチーズ鱈ならぬ焼きたらチーズなるものを購入する。帰宅してからこのほたて干貝柱を食べた。おそらく自分のお金で買ったのは初めてで、さらにこれを食べること自体が相当久しぶりだったのだが、これのうまさは異常。当然干してあるものなので、あまり食べ過ぎてはいけないのだが、止まらなくなってしまい、夕飯前にお腹がふくらんで困った。夕飯にはご飯にしそわかめをかけて、蒲さしはわさび醤油で食べた。

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北海道フーディストで懐かしいものと再会した。子供の頃によく食べていたミルクカステーラというもので、スーパーや近所のお店のパンコーナーには必ず置いてあって、パンとお菓子の中間的な位置づけにあった。カステーラとネーミングされているものの、本格的なカステーラよりもかなりお菓子よりな味である。しかし、オレにとってはこれが初めてのカステーラ体験であり、オレにとってカステーラといえば、やはりルーツはこれなのだ。あまりにもポピュラーすぎたので、地域限定で販売されているものだとは知らなかった。おそらく全国販売されていて、ここ数年はさっぱり見かけないからてっきり消えてしまったのかと思ったら、地元ではちゃんと現役だったわけだ。

こういう商品というのは、実は各地に結構あるのかもしれない。昨年の夏にセブンイレブンで九州フェアのようなものをやっていて、九州限定アイスとして、しろくまや氷いちごと一緒にブラックモンブランというのが売っていた。よくあるクランキーチョコタイプのアイスキャンディーのB級品というたたずまいだったので、スルーしていたのだが、仕事先の佐賀県出身のアルバイトに話したところ、それがメチャクチャうまいということで、さっそく買ってみた。確かにクランチチョコ系なのだが、ミルクっぽい甘い味もして、一発でファンになってしまった。ほどなくしてフェアは終わり、ブラックモンブランはもう2度と食べられないのではないかと思っていた。

そして、8月の宇部ツアー・2007年夏である。とても暑い中をひたすら歩いていたのだが、ところどころのコンビニで水分補給を行った。山口宇部空港近くの草江のローソンでブラックモンブランを発見した。九州限定ではなかったのか?東京に帰ってから調べてみると、どうやら九州・山口限定であるらしい。現在の仕事場に親戚が山口県に住んでいるというスタッフがいて、彼女にブラックモンブランのことを話してみたところ、親戚の人とその話題で盛り上がったらしい。ブラックモンブランは子供の定番アイスとしてあまりにも有名で、てっきり全国販売しているものと思っていたという。この商品、なんと40年もの歴史を持っているらしい。ブラックモンブランというネーミングはケーキのモンブランとは一切関係がなく、当時の社長がアルプス山脈の最高峰であるモンブランを訪れた際に、「あの山がアイスだったら…。チョコをかけて食べたらうまいだろうな」と思い、アイスクリームの最高峰を目指そうというとこで、つけられたようだ。ポピュラーさを裏付けるように、なんとテレビCMまで見つかった。

ブラックモンブラン

4月に宇部を訪れた時には豪雨に打たれ、傘が2本も壊れただけならまだしも、ノートパソコンとiPodまで再起不能になってしまった。iPodは保証期間内で新品と交換してもらえたからまだよかったが、ノートパソコンの方は完全終了した。服も下着までずぶ濡れになり、そんな時、ビジネスホテル宇部の風呂につかりながらブラックモンブランを食べた時間は束の間の安息であり、これでさらに忘れられない味になった。

オレが使っていたデジカメはWindows XPまでにしか対応していなかった。メーカーに電話してもVistaでは無理とのこと。メインで使っていたパソコンはVistaだったので、デジカメ画像取り込みはサブの方で行っていた。しかし、サブは宇部の雨にやられて絶命。4月の宇部画像が一切アップできないのはこれが原因である。しかし、昨日、Vistaで取り込める新しいデジカメを買ったので、もう大丈夫。それで最初に撮ったのが上の画像たちだ。ちょうど偶然のタイミングで、「今夜もうさちゃんピース」の公式ホームページで、道重さゆみが番組の内容とは一切関係なく私物のデジカメ画像をアップしていたのには驚いた。道重さゆみのやることなすことほとんど何でも大好きなオレには珍しく、あのラインストーンの貼り方具合がよく分からない。しかし、この不可解さがまた道重さゆみ。本当に汲めども尽きぬ面白さである。オレはヲタではなく研究者、萌えではなく美の追求をこそ目的としているのではないかと、最近考える。

ブログ初期に近い自分勝手な内容になってきて、なかなかいい感じだな。

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宇部市と道重さゆみ

道重さゆみがメディアで出身地を語る時は、山口県とまでしか言わない。田中れいなの福岡県だったり高橋愛の福井県だったりも、市町村まで言っているのはあまり聞いたことがない(まあWikipediaとかを見ればちゃんと載っているのだが)。しかし、道重さゆみが宇部市出身であることは周知の事実である。これは、オーディション合格のニュースが地元の新聞「宇部日報」に中学校名や住所の町名番地名まで掲載されたことやダウンタウン司会の歌番組に出演した際の「宇部線」発言のせいだろうか。ここで何度も書いているように、道重さゆみがモーニング娘。第6期のオーディションに合格した頃は、モーニング娘。どころか日本の芸能人や音楽に一切興味を持っていなかったオレには、過去の資料などから知ることしかできない。

道重さゆみの大きな魅力のひとつに、いい意味での田舎っぽさ、垢抜けなさというのがある。生まれてから一度も髪の毛を染めていないというのもそうだが、美容室が都会の象徴で苦手だとかラジオなどで家族の話を嬉しそうに話したりおじいちゃんやおばあちゃんがかわいいと言ったりする。道重さゆみのファンの一部は、幻想の田舎美少女とでもいうべきノスタルジー(郷愁)を彼女に対して投影しているのではないだろうか。テレビの中のアイドルに憧れる田舎の女の子という構図は、昭和世代の地方出身者には簡単にイメージできる。それが現実に平成の東京の芸能界に存在してしまっているというところが、道重さゆみのおもしろさのひとつではある。

平成ニッポンは経済的不況と不安とストレスが蔓延し、古き佳き時代に癒される。バブル期への郷愁しかり、「ALWAYS-三丁目の夕日」に代表される昭和ノスタルジーしかり。懐古趣味はあまり健康的ではないが、新しい理想的なビジョンというものを描くのが困難なのだ。ただ古いものに退行するのではなく、不確かで幸福感を実感することが難しい現在、過去ではあるが確かで幸福感のある価値観に再び光をあて、それを現在で実行しようとしてみる。

シンセ・ポップ全盛の80年代前半、いつかどこかで聴いたことがあるようで、それでも確かな希望と情熱をたたえた1枚のアルバムが発売された。17歳の天才、ロディー・フレーム率いるスコットランドのバンド、アズテック・カメラによる「ハイ・ランド、ハード・レイン」である。ギターを主体とした懐古趣味とも取られかねないアコースティックな作品ではあったが、この素晴らしいアルバムはUKインディー音楽界の文芸復興とでもいうべきネオ・アコースティック・ムーヴメントを代表するものとなった。日本版発売時のコピーは「懐かしいのに新しい」とかいうもので、奇しくも山口県の観光キャンペーンのキャッチコピー、「はじめてなのに、なつかしい。」とよく似ている。また、「ALWAYS-三丁目の夕日」の続篇において、昭和時代の東京の映画館として登場しているのは、実は宇部市に現存する建物である。

北海道出身のオレにとって、山口県という土地はまったくゆかりのない場所であり、イメージもよく湧かなかった。本州の一番端ということで、地理は覚えやすかったのだが、ただそれだけのことだ。大学時代に山口県出身の女子が同じクラスに2名いたが、ふぐが名物ということぐらいしか地元についての話はしていなかった。そのうちの1人は卒業後に読売新聞に入社し、いまでも名前を検索すると過去の記事が出てくる。

80年代後半にはアイドル歌手への興味も大分薄れてはいたが、この頃、宇部市出身の芳本美代子、西村知美という2人のアイドルがデビューしている。芳本美代子本人にはあまり関心がなかったが、デビュー曲の「白いバスケット・シューズ」はフィル・スペクターのアイドル歌謡的解釈ともいえる傑作で、当時シングル盤を買ったし、今でも名曲だと思っている。西村知美はデビュー前に「うる星やつら」のシナリオ・コンテストに応募して、結構いいところまでいったほどのアニメ好きであり、ときわ公園のペリカン、カッタ君がアニメ映画化された時にはその主題歌を歌った。この曲は現在もときわ公園内で流れている。それにしても、この2人のアイドルが人気絶頂の頃、道重さゆみはまだ生まれてすらいないのだ。

では山口県宇部市とはどんな街なのだろうと調べてみると、重化学工業を基幹としているだとかテクノポリスの指定を受けただとか人口は県内で3番目だとか、あまり田舎という感じはしない。県内唯一の空港である山口宇部空港だってある。このあたりはインターネットだとか資料だとかで調べているだけではなかなか分かりづらいものだ。

モーニング娘。に加入するまで道重さゆみが住んでいた場所は、宇部市の中でも比較的自然が多い場所だ。すぐ近くにはときわ公園や海水浴場もある。ときわ公園はペリカンのカッタ君が有名だが、日本国内でも奈良公園に次ぐ面積を持つ広い公園である。白鳥やペリカンがいる湖や菖蒲園、野外彫刻美術館、遊園地、動物園などがある。動物園はたくさんの種類のサルや鳥がメインとなったなんとも郷愁をさそうものである。また、遊園地は観覧車やジェットコースターという定番アトラクションをはじめ、ロケットの形をした上に上がっていく乗り物やゴーカートなど、これまた昭和の遊園地やデパート屋上を彷彿とさせる何ともいえない味のあるものだ。春には桜が辺り一面に咲く。実に心和む空間である。また、ときわ苑という有名な和風海浜レストランがあり、ここでは山口宇部空港の発着陸を見ながら地元で採れた素材のみを用いた絶品の料理を食すことができる。ご飯にはしそわかめというシンプルだが激うまなふりかけをかけて食べるのだが、他にも貝汁や練りの芸術と呼ばれる宇部かまなどが堪能できる。このような観光名所があるにもかかわらず辺り一帯には普通の真っ当な生活があり、お年寄りが畑仕事をしていたりする。夜は大通りを除くと真っ暗であり、空には星がきれいに見える。

宇部線という電車が通っているのだが、ほぼ1時間に1本しか来ない。バスもだいたい同じような感覚。市街地へ出るにはこのような交通手段を用いるのだが、無人駅がある為か、車内で整理券を取ったり切符や料金を回収したりするシステムになっている。PASMOはもちろん、自動改札機すら設置されていない。時刻表などにはワンマンという文字が記載されており、以前に道重さゆみが「ワンマンバスって電車ですよね?」などと謎の発言をしていたのもこのような事情があったと思える。アメーバスタジオの出演で、道重さゆみは中学時代に雨の日はヘルメットとカッパを着用して自転車に乗らなくてはならず、それがとても嫌だったと話していたが、このヘルメットとカッパスタイルの自転車通学中学生は、現在でも雨の日には見ることができる。お年寄りが畑仕事をしていたり、表にパイプ椅子を出して日向ぼっこをしながら携帯電話で話していたりと、存在感をしっかり持っているという点も、東京に較べると顕著なように思え、これはとても正しいことのように思える。市街地である宇部新川には囲碁センターなるものが存在し、おじいちゃんが小学生ぐらいの女の子に囲碁を教えていた。また、巨大商業施設であるフジグラン宇部では、30歳ぐらいの息子が車椅子の母親と買い物に来ていたり、休憩所でお年寄り同士が昔話で盛り上がっているような光景もよく見かける。

若者は東京に較べるとやはりすれていないように見えるが、ロック系だったりモード系だったりのファッションにこだわる少年少女の姿も割りと見かける。電車の中で「NANA」の世界観に憧れているようなファッションに身をつつんだ女子がクロスワードの雑誌と格闘しているかと思うと、斜め向かい側の席では眼鏡をかけた真面目そうな男子が「ボブ・ディラン自伝」を読んでいた。コンビニやファミレスなどのアルバイト店員は、東京に較べると温性が高いように思える。市街地にはあちらこちらに彫刻の作品がある。そして、岬付近にはコンビナート。自然と芸術と工業の不思議なバランス感覚。

道重さゆみが東京に出てきて一番驚いたのは、電車の本数が多いことだと話していたことがある。かの「宇部線」発言が飛び出したダウンタウン司会の歌番組でのことだ。電車が5分に1分なのと1時間に1本なのでは、当然だが感覚も変わる。5分に1本なら急かされる。便利で自由なようでいながら、加速させられ実は主体性が奪われている。1時間に1本なら仕方がない。無いものは仕方がない。

オレが道重さゆみに見ているものというのは、もしかすると暗かった幼少時代だったり海沿いの田舎町で暮らした昔の記憶だったりするのかもしれない。安全で平和だった。そしておそらくそれこそが大切なのだ。しかし、いずれそれを守るためには闘わなくてはいけなくなる。そこに葛藤が生まれる。そこでどうするのか。

オレはオレでこの平成ニッポンをどう生きていくか、どのような存在意義を持ち、その為にはどのような技術が必要なのか、それを真剣に考え、実行していかなくてはならない。その為には他人から奪うのではなく、与えるのでなくてはダメだ。この原理原則は常に持っていなくてはならない。道重さゆみとは、オレがリアルな現実を生きる為に切実に必要とするアーティストであり、その理由のいくつかはその生まれ育った環境にあると思えるのだ。


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聖地巡礼

「私は山口県の緑豊かなところで育ちました。毎日きれいな空気を吸って、ものすごくきれいな夜空を見てきた日々は、何ものにも代えがたい体験です」

これは「小学六年生」今月号の「ストップ!地球温暖化!」大特集に道重さゆみが寄せたコメントの一部である。ファンの方々ならばご存知のとおり、道重さゆみは過去のコメントやトークにおいても、地元への愛着を度々語ってきた。モーニング娘。のオーディションに合格した中学1年生まで生活した山口県の環境が道重さゆみのパーソナリティー形成に大きく影響していることは間違いない。道重さゆみをより深く知るために、ぜひこの環境がどのようなものであったのか、機会があればぜひ肌で感じてみたいと思っていた。この度、時間は限られていたものの、機会を持つことができたので、簡単にレポートしておきたい。

まず、芸能人とはいえ、やはりプライバシーは守られるべきである。道重さゆみ本人にとって迷惑となるような行為は本意とするところではない。では、道重さゆみの地元の情報は、どこまでが本人の意思で公表されているのだろうか、また、どこまでが周知の事実として知られていて、いまさら公表したところで本人及び関係者に不利益をもたらすものではないと判断してよいのだろうか。ファン歴が浅いオレにとっては、この辺りの判断がなかなか難しい。マスコミに流れた情報というところでは、オーディション合格時に地元の新聞がかなり特定可能なレベルで実家の住所、在学中の中学校及び卒業した小学校の名称までを公表したことがあったようだ。また、一般の書店やコンビニエンスストアなどで販売されている芸能人のスキャンダルを中心とした内容の雑誌には地元住民による談話が載っていたり、友人に宛てた手紙が流出して掲載されたりしていたようだ。また、特にオーディション合格当初は2ちゃんねるの地元スレッドなどに同級生や友人などの書き込みがいくつか見られるが、メディアの性格上真偽の程は確かではない。

道重さゆみ自身がダウンタウン司会の音楽番組「HEY!HEY!HEY!」出演時に「宇部線」という単語を連呼したことから、宇部線沿線に実家があったというところまでは問題ないだろう。また、常盤公園やカッタ君などと結びつけたネタやがファンの間でよく語られることや、地元の新聞に掲載された出身小中学校名から、新山口駅から約30分間の常盤駅近辺であることも特定できる。これは同じく地元の新聞が載せてしまった当時の実家の住所とも一致している。

翌日には予定が入っていたため、許された時間はわずかであった。滞在時間を少しでも長くするため、当日は始発で出発するつもりだった。ところが、寝る前にオーサカキングで収録された「ぷらっと☆ほーむ」の音源がアップローダーに上がっているという情報が入り、これをダウンロードし、iTunes及びiPodに転送して聴いたりしているうちに随分と遅い時刻になってしまった。結局寝すごしてしまい、目が覚めたのは午前8時すこし前。それから出発すれば、宇部線常盤駅に到着するのは午後3時すこし前。常盤公園の閉園は午後5時であり、それ以外にも周りたいところはたくさんある。また、翌日は早朝に山口県を発たなくてはならないため、ほとんど時間がない。交通費と宿泊費だけでも4万5千円はかかる企画である。やるのであればちゃんとやりたい。一瞬だけどうしようかと迷ったが、やはり行きたい。いま行かなくてはダメなんだ。ノートパソコン、デジカメ、携帯、財布、iPod、そして「17~アロハロ!道重さゆみDVD」をカバンに詰め込んで、とりあえず急いで家を出た。

京王線と山手線を乗り継ぎ、品川から新幹線に乗車した。先週のオーサカキング行きが実に7年ぶりの新幹線だったのだが、1週間も経たずにまた乗ることになるとは。午後2時過ぎに新山口駅に到着した。山口県で降りるのは初めてだが、新幹線の駅がある街だというのに緑が多く、時間がゆっくりと流れているような印象を受けた。宇部線に乗り換えると、運転室付近でなにやら大声で叫んでいる初老の男性がいた。窓を美しい自然の風景が流れ、乗客は誰も実に素朴な感じである。常盤駅に到着する手前で、向かい側の窓越しに突然、海が現れた。電車は駅で停まり、ワイシャツにネクタイ、スーツのズボンとショルダーバッグのオレが電車を降りると、背が低く人のよさそうな初老が駅員が「青春18きっぷですか?」と、なぜだかオレに聞いてきた。

01_3 常盤公園は宇部線沿線でも最大規模のレジャー施設という印象があり、そのため駅舎も大層なものを想像していたのだが、実際には小高くなった場所にポツンとある田舎の駅という雰囲気だった。ホームの向こうには海が見え、潮の香りとそこから吹いてくる涼しい風が心地よい。愛してやまない道重さゆみがこのような環境で育ってきたことを思うと、なぜだか鼻の奥がツーンとなり、泣き出す直前のような激しい感情が胸に押し寄せてきた。この海は九州に通じる周防灘というものらしく、海沿いの一帯は常盤海水浴場になっている。道重さゆみが「ラブハロ!」のDVDでバケツにクラゲを獲ってきたと話していた近所の海とは、おそらくここのことだろう。

01_4 宇部市内の地図は駅前の本屋ででも買おうと思っていたのだが、店がありそうな気配がまったくしない。向こうから歩いてきた中学生風の男子に「すみません。この辺りに本屋さんはありますか」と尋ねると、「本屋は無いですね」と答えてくれた。時間もあまりないので、とりあえず大通りまで歩くことにした。常盤公園へ向かう標識が出ていたので、そちらへ向けて歩いていく。田舎の風景がずっと続き、何度も立ち止まり、デジカメのシャッターを押した。

017   常盤公園に着き、大きな湖のそばの洗面所でネクタイを外した。ヒゲをまだ剃っていないことに気がついた。園内にある案内ボードと「ラブハロ!」DVDを重ねて写真を撮ったりしているうちに、白鳥がたくさんいる湖にたどり着いた。小さな子供を連れたお母さんたちが贅沢な時間を楽しんでいる。幼少時のさゆみんとお姉ちゃん、そして母重を想像してみる。遠くには観覧車も見え、思ったよりも大きな施設であることに気づかされる。正面入り口付近では有名なカッタ君のお話が音声で流れていた。タクシーの運転手さんから聞いた話だと、常盤公園の面積は日本国内の公園としては奈良公園に続いて2番目。日本国内の動物園などの白鳥のほとんどはここで生まれている。ペリカンは空を飛ぶ。遠くへ行っても必ず園内に戻ってくる。しかし、過去に園内で花火をやった者がいて、この時に逃げたペリカンは帰ってこなく、そのうちの1羽は北海道にいるらしい。そういえば、さゆみんの通っていた小学校にはよくペリカンが飛んできて、運動会の徒競走にも参加していたなんていう話を読んだことがある。

038 実はその小学校はここから近かったのだが地図も無かった為、そんなことは知る由もなく、コンビニに出会うまで国道190号線をひたすら歩いていった。観光客はおろか、会社員のような人の姿も見かけず、途中何度かパトロール中の警官に怪訝そうな目で見られているような軽い被害妄想にかられた。職務質問でも受けて、携帯のさゆみん待受とカバンの中の「アロハロ!」DVDが見つかれば何の弁解もできないのだが。セブンイレブンで地図とタオルを買い、小学校を確認する。途中ヲタっぽい人を見かけたのだが、まさか聖地巡礼の人ではないよな。新幹線でサンドウィッチを食べただけだったので、国道沿いのファミリーレストラン、フラカッソに入る。冷製明太子スパゲティとグラスビールを注文。地図を広げ、これから巡る予定の場所を確認、コースを考えるが中学校が意外と遠い。さゆみんも確か自転車通学だったはずである。店内は70sポップスが流れていていい雰囲気、途中でお母さんと入ってきた中学生女子の制服が、以前何かの画像でさゆみんが着ていたものに似ている気がした。さゆみんはかつてウェイトレスに憧れていたと語っていたことがあるが、おそらくこの店は実家から最も近いファミリーレストランである。応対してくれた高校生風のウェイトレスはとても愛嬌があり、自然な笑顔が素敵である。精算時に、中学校までの距離を聞こうと思ったのだが、変に思われないようにという取り越し苦労から、向かい側にある病院までの距離を尋ねるふりをした。「あの、東京から来たのですが、○○病院ってけっこう遠いですかね」「○○病院ですか...?」「えーと、○○中学校の近くの」「あー、歩いていくにはちょっと...タクシー呼びましょうか?」という訳で、タクシーに移動手段を変更。

027 当然病院の入り口で降ろしてもらったわけだが、中学校はちょうど向かい側。さゆみんが部活に励んでいたテニスコートも、道路からよく見える。ひとしきり感慨に耽った後、近くのセブンイレブンの前からタクシーを呼ぶ。この運転手さんがとてもいい人。「オープン・キャンパスか何かですか?」「いえ、ちょっと友人に会いに」と訳の分からない嘘をアドリブで言っている。「これからどちらへお帰りですか」「ええ、東京まで」。この後、先程書いた常盤公園の話だとかオレが尋ねた山口県のお土産についてなど、色々と教えてもらった。これはさゆみんもこんうさか何かで言っていたが、山口県のお土産ではういろうが有名。名古屋のものとはまったく違うらしい。また、宇部のかまぼこもかなり美味しいという。ファミレスやコンビニの店員も駅員さんやタクシーの運転手さんなど、今回ふれた人たちは誰も、東京に比べてとても温性に優れ、親切でやさしいように思えた。

042 常盤駅でタクシーを降り、次の巡礼地を目指して国道220号線を歩いていく。この辺りはおそらくさゆみんが住んでいた場所にとても近いはずだ。ちょうど陽が沈んでいく時間でもあり、色々な場所でデジカメのシャッターを押した。さゆみんがおそらく何百回も見たであろう風景だと思うと感慨もひとしおである。病院の名前や政治家の看板、家の表札などを見ていて思ったのだが、この辺りは重という文字が入った苗字が比較的多いようだ。途中、草江の近くのローソンで水分補給し、ふれあい公園や宇部空港を道路越しに見ながら途中で右折。しばらく歩いてガソリンスタンドを右折した踏み切りの手前にさゆみんが通っていたといわれる幼稚園がある。ここを確認し、通りに戻ってそのまま歩いて行くと、最後の目的地であるフジグラン宇部という商業施設に着く。

059 1階には書籍、CD、DVDなどを販売しているバッハ書店や食料品売場、フードコートやアパレル、雑貨などの専門店が入っている。サンリオショップを見て、おそらくさゆみんとお姉ちゃんもここで買い物をしたのだろうなと思う。バッハ書店の入り口付近にはラブ&ベリーの機械も置いてあった。2階にはゲームセンターや映画館があり、さゆみんはよくここでプリクラを撮っていたという。1階にペットショップがあり、ハムちゃんはここで買ったのかなと思ったが、フジグランの隣のホームセンター、ダイキにも大きなペット売場があった。ここで、一家で買い物をする道重家を想像するうちにオレにありえたかもしれないもうひとつの現在などに思いを馳せ、とても切なく泣きたい気分になった。

019 そろそろ宿を探さなくてはならない。なるべくなら常盤の近くがよかったのだが、地図を見ても実際に歩いてみても宿泊施設などありそうにない。とりあえずここからいちばん近い宇部岬駅まで歩くことにする。フジグラン宇部を出ると、向かい側は何かの工場のようになっていて、夕暮れ時であることも伴い、何やら未来的というか不思議な感じの写真が撮れた。駅へ向かって歩いていると、どんどん細い路地へ入っていき、そこには田舎育ちのオレにとって懐かしい感じのする古き佳き生活の匂いのようなものが息づいていた。宇部岬駅から宇部線に乗り、何軒かのビジネスホテルがある東新川で下車した。駅を降りると真っ暗で、ほんとうにこんなところにホテルなんてあるのかと思ったのだが、少し歩くとすぐに見つかった。ロイヤルシティホテルにチェックインし、205号室でカバンを降り、ノートパソコンを立ち上げた。この時点でデジカメのメモリはすでに満タンになっていた。携帯で電車の時刻を調べると、あと5分ほどで新山口行きがある。まだ20時30分くらいであり、ホテルの部屋に長くいても仕方ないので、大急ぎで駅へ向かう。ホームを渡る階段を走って、なんとか電車に間に合うことができた。宇部線はこの時間にもなると、もう1時間に1本くらいしか走っていない。

060 ふたたび常盤駅で下車。夕食をとろうかとも思ったのだが、たいしてお腹がすいていないことに気がついた。さっき見た和風レストランかめうら亭というのが気になっていたのだが、まだ食事はしないことにした。まだ21時だというのに真っ暗である。時折ウォーキングをする人や自転車が通り過ぎるが、他はしーんと静まり返っている。私が覚えている田舎の夜とは確かこんな感じだったことを思い出した。草江のローソンまで歩き、携帯の充電器とタバコとライター、缶チューハイを買う。レジでタバコの銘柄や価格について薀蓄めいたことを延々と話している初老の男がいたのだが、女子高生風の店員は嫌がる風でもなく、世間話でもするように対応していた。携帯で調べると、なんと次の電車まで1時間以上ある。誰もいない常盤駅のホームでタバコと缶チューハイ、携帯でmixiのコメント返しやモ娘(狼)を閲覧したりする。iPodを取り出し、「宝の箱」を再生した。優しいギターのイントロと久住小春の歌いだしに続いて、さゆみんの歌声が確かな質感をともなって歌いかけてくる。「悲しみはそのうち忘れることができる あきらめず進もう、その自分のために 坂道を行って来て登下校の日々 毎日は知らぬ間に季節をめくる 躓いて傷ついて笑顔になって 大人へと近づいてく 幼い頃の宝箱を開けたら、ガラクタだけれどいとおしい思い出よ 喜びは誰かと分かち合えたらなおいい 可能性はいつでも限りなく秘めてる」。デジカメから不要と思われる画像をいくつか消去して、時刻表や改札口に「ラブハロ!」DVDを置いて撮影したりする。

東新川に戻り、ホテルの向かい側のセブンイレブンで出雲風ぶっかけうどんや明太子のおにぎりや缶ビールやミネラルウォーターや着替え用のTシャツを買ってホテルの部屋に戻る。風呂を入れながら食事、デジカメの画像をパソコンに転送、携帯でモ娘(狼)を閲覧などを同時進行で行う。さゆみんのスレッドにこのブログを読んだと思われる人の書き込みがあったため、「それオレかも」とレスするが、「お前じゃねーよ ほんとうに狂ってるんだな」「いまさらヲタになる奴にロクなのはいない」などと瞬殺。確かに狂っているかもしれないし、ロクなものでもないと思う。しかし、つまりはそう言われるようなものこそを求めているのだろう。数分後に元々書き込んだっぽい人がまた現れ、「ここ数日でまとめてなかった? 24みたいでちょっと面白かった」と書き込みがあった。どうやら間違いなくここのことのようだ。

実は今回の目的のひとつにさゆの地元で「ラブハロ!」DVDを見るというのがあり、食事を済ませ風呂にも入り準備万端だったのだが、なんとパソコンがDVDを読み込まない。そういえばこっちのパソコンでこのDVDを見たことは無かった。何度か試してみたのだが埒があかないので、これはあきらめて保存してあった過去のハロモニの動画や静止画像などを見直す。深夜2時過ぎに就寝。

066 7時くらいには出発しなくては予定時刻までに予定の場所に着くことができないのだが、やはり5時前に起きてしまった。この場所のことをできるだけ長く覚えておきたい。できるだけたくさん記録しておきたい。眠っていたフロントの人を何度目かで無理矢理起こして、5時35分くらいにチェックアウト。朝6時前にふたたび常盤駅で下車。朝の空気がきれいで気持ちいい。こんな感じは何年ぶりのことだろう。とにかく時間ぎりぎりまで歩き、写真をたくさん撮り続けた。もうほんとうにこれでお終い。名残り惜しくはあったが、ずっといるわけにもいられない。この美しい風景、おいしい空気、当たり前の自然、やさしい人たち、このようなものが道重さゆみの原風景として存在していて、現在もさまざまな判断の場面で影響していることだろう。「ラブハロ!」DVDやラジオなどでさゆみんが大好きだと公言しているモーニング娘。の「歩いてる」という曲だが、実はオレは歌詞やメロディーが優等生っぽすぎてあまり好きではなかった。しかし、この朝、オレの頭の中ではずっとこの曲がリピートで流れ、ついに理解できたような気がした。「歩いてる その先の空へ まだ見ぬ未来へ 胸に愛を抱いて 遅いなんて言葉なんか耳を貸さずに いつの時も正義がある 瞳を閉じて 世界中の歌が聴こえるような距離になるさ 歩いてる 一人じゃないから みんながいるから 切に平和願って 歩いてこう 澄み切った空気を 新鮮な贅沢を 当たり前の自然を 歩いてる 一人じゃないから みんながいるから 切に平和願って 歩いてる」。

072 朝のホームに宇部線新山口行きの電車が到着する前に、ホームから海の動画を撮っていた。駅員さんが話しかけてくるので、結局また撮り直したのだが、こういう年を取った人がちゃんと存在感を持っている環境というのは、とても真っ当だなと思った。無情にも電車は到着し、いよいよこの町にもお別れを告げなくてはならない。電車の中にはなぜかこの時期に卒業アルバムを広げて、他の生徒のことを話している女子中学生が乗っている。山口弁と他愛のない無邪気な会話に、ついつい山口時代の道重さゆみを想像してしまう。やがて電車は新山口に着き、新幹線に乗れば、そこから品川、渋谷、明大前とすぐに日常が押し寄せてくる。しかし、けして忘れはしないだろう。

おやさゆみんノシ

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