うさピー宇部旅情。

山口県宇部市。今から2年前、この地名はオレにとって、数ある聞いたことはあるが縁もゆかりも無いものの1つに過ぎなかった。しかし、現在のオレが好きな場所を1つ挙げるとするならば、それは紛れもなくここな訳である。

先日、電車の中で何気なくサラリーマン向け雑誌の中吊り広告を見ていたら、「ビートルズ聖地巡礼」という見出しが目についた。ジョン・レノンが生まれた場所だとか「アビー・ロード」のジャケットが撮影された現場なんかを訪れるファンというのは昔からいたが、オレにはこれがよく分からなかった。音楽だけ聴いていればいいだろうと思っていたのだ。しかし、少しだけ考えが変わった。その人が生まれ育った場所の景色や匂いを直に知ることによってこそ実感できるリアリティーというのが確かにあるだろう。どっちの方が程度が高いとかそういう問題ではない。体験するとしないとでは、見えたり感じたりする物事の質が異なってくることもあるだろう、というだけのことだ。

初めは本人の言葉や伝承によって伝わるゆかりの地などを巡って、もうそれだけで充分満足である。そして次の段階としては、そこで普通に生活者として過ごすのはどんな感じだろうと想像してみるのだ。そこで当たり前に生活した日々が、その人の性格や思想にいくらかは影響しているだろうから。

とはいえ、来訪者に過ぎない。所詮はその前提はあるし、そこが限界ではあるのだが、できるだけ抽象的な服装と曖昧な目的で、何時間でも普通に過ごしてみる。

山口県内のバスカードは全社共通であることやワンマンといえば電車のイメージが強いこと、街は化学薬品のような匂いがすることがある。ラーメンといえば普通はとんこつである。おばあさんが昔ながらのスタイルで腰を曲げて畑仕事をしているのはごく普通の光景であり、昼間にバスに乗ると乗客の9割はお年寄りである。

宇部線常盤駅の背の低いおじいさんは、映りの悪いテレビをつけながら歯を磨いている。カッタ君は天の風になりました、と駅窓口に張り紙がしてある。その下には在りし日の鍋島の写真。

常盤湖の周りをゆっくりと歩いている老夫婦。キャンプ場やサッカーや野球場もある。子供たちの平和を願って植えられたという100本の桜。小学校入学記念に植えられたという樹もあり、札を見ると平成7年4月1日と書いてあった。同学年か。

宇部で最も有名なラーメン店だという一久のギフトセットは、フジグランのお歳暮コーナーにもあった。以前に宇部新川駅前の店に入ろうとしたのだが、店外に漏れてくるとんこつスープの匂いが強烈すぎて、断念したのだった。バッハ書店で地元のグルメ本を立ち読みしても、どうしても食べられないという人がいるほど個性を主張している、などと書かれている。

朝8時ぐらいに着いて、帰りは19時50分の東京行き。観光地でもないこの街で過ごすには時間があり過ぎる。かつては栄えていたという市の中心部、宇部新川駅周辺は栄華の名残こそあれ、シャッターが閉まった店ばかりが立ち並ぶ。井筒屋とレッドキャベツ。また、街路の至るところに彫刻があったり路上に小学生の絵が埋め込まれていたり。「下を向いて歩こう」なんて書いてあるから何のことかと思えば。

初めて訪れたのはとても暑い夏の日の午後で、本当に汗が吹き出るという表現がぴったりだった。ある町名と番地だけを手掛かりに、ろくに予備知識も無く、衝動的にやってきたのだ。駅前に本屋ぐらい普通にあるだろうと思ったら大間違いだった。道路沿いをずっと歩いて、洋服の青山の向こう側のセブンイレブンで地図と手ぬぐいを買ったのだ。フラカッソのテーブルで冷製明太子スパゲティをグラスビールで流しながら、地図を広げ、点と点とを線で繋げていったのだ。

あれから1年4ヶ月経ったが、技術の進歩は目覚ましく、携帯電話機にダウンロードしたGoogleの地図が現在地と目的地との位置関係をリアルタイムで更新してくれる。そして、中華そば一久の岬店が見つかった。午後のアイドルタイムということもあり、店内は空いているように見えた。やはりあのとんこつスープの匂いはしていたが、勇気を出して入ってみた。ラーメンがたったの500円。ライスと餃子がついたセットでも680円。しかし、つい数時間前に常盤の浜勝でヒレカツ定食を食べたばかりだったので、ライスはいらない。餃子もお勧めだと何かで読んだ記憶があったので単品で注文する。ラーメンは初めは濃厚な感じがしたのだが、案外あっさりしていて、結局スープもほとんど飲み干してしまった。餃子も8個は多すぎる気がしたのだが、ぺろりと平らげてしまった。

フジグランで流れているオリジナル曲が好きだ。未来への希望に溢れた若い主婦を主人公にしたと思われるその歌詞は、小市民的な小さいけれども確かな幸せについてうまく表現している。

東京の自宅から出発の羽田空港に向かう途中、深夜に放送された「今夜もうさちゃんピース」を聴いた。山口県に住んでいた頃に朝早く起きて、家族で公園にしし座流星群を見に行った話をしていた。調べてみたところ、おそらく2001年11月19日で、極大時刻は午前3時20分。近所のカレー屋さんのそばに小さな公園があり、少し高くなった場所もある。ここに上って夜空を見上げてみた。

帰る頃にはすっかり名残惜しくなっていた。この感じはいったい何だろう。この街の空気に触れれば触れるほど、本当にこの感じが好きだと思える。興味があるので地元の人達が集う掲示板やブログなどもたまに見るのだが、割とダウナーなトーンが強い印象を受ける。色々な問題があるようだ。住んでいない人間はよく知りもせずに外野から好き勝手が言える訳だが、オレはこの無理をしない感じや年を取っても結構楽しく暮らせそうな感じがなかなかいいと思うのだ。自然が多いが、かといって日常生活の買い物に困るようなド田舎ではない。家賃の相場も東京の半分ぐらいだ。古い物件だと一軒家が月4、5万円で借りれたりもする。

まだまだこの街には知りたいことが多いし、もっとたくさんの時間を過ごしてみたいと思う。不思議だが本当だ。

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うさピー関門旅情。

ここはやはり関門であろう。というわけで、JALダイナミックパッケージである。そもそも道重さゆみに出会うまでは旅行や遠出には一切興味が無かったオレであるがゆえ、知識だって全然無かった。初めての聖地巡礼ツアーなんかは電車代とビジネスホテル宿泊費だけで4万円以上かかっていたからな。ところが人間やはり成長するもので、回を重ねるごとにツアー内容も進化している。そしてついにたどり着いたのが山口宇部空港までの往復航空券とちゃんとしたホテルの宿泊券がセットて2万6千円ぐらいというこのパターンですよ。これはいい。うん。

計画もいつものように綿密に練り、前夜は22時に就寝したのだが、興奮のあまりほとんど眠れなかった。朝4時に起きて「今夜もうさちゃんピース」をiPodに入れる。羽田空港までの移動の間に聴きながら記事作成。新しい携帯電話機はパソコンのように同時にいくつものことができるので、もうこれだけあればある程度のことが出来ちゃう。要点をテキストメモに打ち込んで、曲の間にブログ記事作成画面に貼り付け&文章作成とかで、ほぼ再生を止めることもなく、羽田空港ロビーで完了した。

空港の掲示を見ると、山口宇部に雨マークが付いている。天気予報は晴れのはずだったのだが。手慣れたタッチ&ゴー方式を利用し、携帯電話機のバーコードでスマートに搭乗時、ここまでは万事順調だったんだが、山口宇部空港に着陸ができない。どうやら濃い霧のため、滑走路が見えないらしいのだ。何度か挑戦するもののやはりダメで、燃料も尽きてきたということで、約2時間遅れで福岡空港に着陸。この時点で予定が大幅に狂っているわけだが、今回のメインは宇部ではなくて関門だったので、山口県までの交通費をJALが出してくれると考えると、逆にこれは好都合なのである。博多に行くと分かっていれば色々と調べておいたんだが、とにかく時間が無いので、下関へ移動。

駅の中からして巨大なふぐのディスプレイがあったりしてテンションが上がる。駅前からサンデン交通のバスに乗って、唐戸で降りる。レトロな洋館が並んでいて雰囲気がある。関門大橋も早速見えて感動する。海には濃い霧が立ち込めていて、おそらくこれが原因で飛行機が着陸できなかったのだろう。この地域にはよくあることなのだろうかと思ったのだが、テレビのニュースによると、前日の雨と今朝の高気温が原因のきわめて珍しい現象であるらしい。逆にツイている気がしてきた。前々回は異例の暴風雨に見舞われ、ノートPCとiPodがダメになったんだったな。カモンワーフなる商業施設の中にあるふくの関という店でふくの関定食なるメニューを注文する。ふぐならぬふくの刺身、唐揚げ、味噌汁、ご飯などがセットで2200円というお手軽にふくを体験するにはもってこいの価格設定。人生初ふくだったのだが、思いの外コリコリとして歯ごたえがあるという印象だった。近くに今回の目的のひとつである唐戸市場も見つかった。ふく刺身ぶっかけ丼やふくフライなどの店も近所にたくさんあった。

サンデン交通バスに再び乗り、御襟川の停留所で降車。日本史は得意な科目ではなかったのだが、巌流島とかはこの近くらしく、武蔵と小次郎の銅像があった。そして、関門トンネル人道。エレベーターで地下に潜り、山口県から九州に歩いて渡ってしまう。海底トンネルはひんやりしていて不思議な感じだ。山口と福岡の境目もちゃんと表示されている。ウォーキングをしている地元の人達を何人か見かけた。片道20分ぐらいで、軽い運動にはちょうどいい。

地上に上がると北九州の門司港のほうに出る。船がたくさん停泊した海とレトロな風景を堪能しながら歩く。潮風と海の香りが気分を盛り上げる。門司港レトロと呼ばれる駅の近くは、海沿いを中心に歴史を感じさせる洋館や商業施設が立ち並び、観光名所になっている。焼カレーというのが名物で、店も多数あるのだが、オレは山口県の川棚温泉が発祥という瓦そばなるものを食べる。文字通り瓦の上で焼いた茶そばに牛肉や錦糸玉子を入れたものをタレにつけ、レモンや薬味を入れて食べるのだが、あっさりしていてなかなか美味しい。川棚温泉の元祖瓦そばたかせという店が、この門司港レトロにも出店している。他にはバナナ叩き売り発祥の地でもあるということでそれ関連のグッズやバナナマンなるキャラクターが立っていたり、決まった時間にはねあがる橋などがある。やたらとモダンな建物はエレベーターで最上階まで上がると、展望室になっていて、関門海峡が一望できる。鉄道記念館や海峡レトロシップといった面白そうな施設もあったのだが、時間の都合で今回の予定からは外した。お猿の曲芸も楽しかった。

実は個人的な記憶をたどるために小倉にも行った。ここは駅の近くの商店街がいまも昭和の雰囲気を残していて、大いに和んだ。駅から少し歩いたところにある小倉城の近辺に現代的な商業施設が新たにできていたり、古さと新しさが同居した感じが実に良い。

下関に戻り、駅から少し歩いたところにある海峡ゆめタワーというのに上った。地元では恋人の聖地として認知されているらしく、ライトアップや雰囲気など、なかなかロマンチックな感じである。唐戸までサンデン交通バスで移動し、再びカモンワーフ付近を散策する。クリスマスのイルミネーションがきれいだが、飲食店はもうほとんど終わっていた。東京第一ホテルにチェックインしたが、まだ夜7時過ぎで、しかもレンタルノートPCも全台貸出中ということで、とりあえず再度駅のほうまで出てみる。少し散策したが、店も商店などはほとんど営業を終えていた。カラオケボックスから地元の若者が「恋愛レボリューション21」を歌っているのが聴こえてきた。セブンイレブンで買物をして、ホテルの部屋で「爆笑レッドカーペット」を見て、11時過ぎぐらいに寝た。

翌朝5時に起きて、シャワーを浴びてチェックアウト。タクシーの用意ができていると言われ、必要がないと言うと怪訝そうな顔をされた。そして、道重家が大晦日にふぐを買いにきていたと思われる唐戸市場へ。市場の前にはたくさんの車が停まり、業者の人達が台車で魚などを運んでいる。中にはたくさんの売場があり、いままでみたためしのない実にたくさんの海産物を販売している。朝も早くからすごく活気がある。2階のよし食堂で海鮮丼を食べた。ここに来ているのはほとんどが地元の人達で、遠くから来ているのはオレぐらいみたいな感じだったのだが、お店の人達はとても優しく親切に接してくれる。朝の6時前から魚市場の食堂で海鮮丼を食べているオレというのを客観的に見て、とても愉快な気分になった。この食堂には他にもふく刺だとかうにだとかミックスフライだとかの定食があり、朝早くから新鮮な魚介をたっぷり食べられる。値段も内容の割には安いような気がする。ちなみにオレが食べた海鮮丼は味噌汁とお新香がついて1200円だった。市場内の食堂なので、朝は早いが午後2時ぐらいにはもう閉店してしまうようだ。

すでに乗り慣れたサンデン交通バスで宇部方面に移動。念願であった常盤湖の周りをウォーキングというのをついに実現してみたい。宇部線車中は登校する中学生や高校生でいっぱいであり、山口弁が飛び交っている。観光名所めぐりもいいが、こういうリアルな生活感も現地の醍醐味ではある。

いずれにしてもこれらの体験というのは、道重さゆみの存在無しではありえなかったわけであり、改めて道重さゆみがいてくれてよかったと心から思うわけである。

動画は東京に帰ってから編集する。

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大阪の思い出。

去年の8月2日木曜日に、生まれて初めて大阪に行ってきた。その年の春先、モーニング娘。の道重さゆみがやっているラジオ番組、「今夜はうさちゃんピース」で話された内容、小学生時代に大人しい子で通学途中に拾ったダンゴムシを机の引き出しで飼っていた、男子から「みちし原人」と呼ばれていてそれがとても嫌だった、などをインターネットで知り、興味を抱いた。モーニング娘。だとかハロー!プロジェクトだとかにはそもそも興味はなかったのだが、世間一般的にもいい感じで人気が停滞してきて、B級感も漂ってきたので、ネタとしてチェックしはじめた。日曜昼にやっていた「ハロー!モーニング」などを観るうちにメンバーの顔と名前も一致してきたが、6期メンバーの道重さゆみについては自己愛の強いブリッコナルシストキャラという印象で、特に好きなタイプではなかった。しかし、これらのエピソードを知り、また、同番組ホームページで公開されていた私物の髪飾りの画像を見て、オレの中で遠い昔に忘れてしまった、しかし何かとても大切なものが蘇った。その過程については、当時のmixi日記に綴られていて、このブログの冒頭にまとめてある。好きな想いが募れば、本人を直接見たいというのは自然な流れなのだが、モーニング娘。のコンサートというのはだいたい土日祝日しか開かれていなく、そういう日は決まって仕事があり、自由に活動できない。この日の大阪ラジオ公開録音の話は以前から知っていたが、まさか大阪まで行くなどという発想は一切無かった。しかし、ある金曜日の夕方あたりに急遽、閃いてしまったのだ。それは楽しみで楽しみで仕方がなかった。しかし、その3日前の月曜日に突然用事が入り、その日の大阪行きは難しくなった。そうすると今度は7月31日の火曜日に代々木のスタジオでFM放送の公開生放送があるという情報が入った。これには何とか行けそうだ。行ったのだが、スタジオのガラス窓越しに数十秒間だけ見てすぐ移動という形式で、いわゆるループというやつも駆使したものの、オレの位置はちょうど道重さゆみの斜め後ろであり、相当な至近距離でありながら後姿と横顔しか見られないというそうとうな焦らされ感。いや、こういうのは嫌いではないのだが。そして、色々なリスクを背負って、後はどうにでもなれという思いで、当日は新幹線で大阪へ行った。何かに突き動かされるようにこのような行動を取っている自分にびっくりした。

MBS毎日放送が主催しているオーサカキングというイベントの中で、道重さゆみと光井愛佳がラジオ番組の公開録音にゲスト出演する。このオーサカキングというのは関西の方々にはかなり有名なようで、大阪城の周りをかなり広く使って、出店やライブなどいろいろなことをやっている。このイベントもそうなのだが、ラジオ番組はせいぜい1時間ぐらいなので、あとはせっかくなので大阪観光などもして帰ろうと思っていた。しかし、初めて真正面から見た本物の道重さゆみの美しさに衝撃を受けすぎて、他のことは一切する気になれなかった。しかも、よく考えるとオレは大阪の街についてまったく知識がなく、とてもじゃないが観光できるような感じではなかったのだ。道重さゆみを生で観たことにより、オレは放置してきた過去やいろいろなことに落とし前を付け、ふたたび理想を追求していくことを決意したわけだが、先月の7月30日から31日にかけ、このきっかけを確認することと、今度こそ大阪観光をちゃんとしてこようと思い、今度は飛行機で大阪に行ってきた。つまり、道重さゆみとは一切関係の無いただの旅行の覚書を以下、だらだらと書いていく。まったくブログの趣旨がまったく分からなくなってきた。いや、あくまでモーニング娘。道重さゆみさんをめぐる自分探しブログなのだから、これでいいのだ。

今回はガイドブックも3冊熟読し、Googleマップでシミュレーションも何度もした。1ヶ月前からあれこれ計画していたのだ。朝7時半の飛行機で羽田空港を立って、8時35分に大阪伊丹空港着。電車の乗り換えまでちゃんと計算して携帯電話に記録してきたので、この辺りは万全である。モノレールと阪急電車で梅田まで出て、2000円で1日乗り放題というスルッとKANSAI大阪周遊パスというのを買う。最初の目的地は海遊館という水族館である。今回は主にベタでコテコテの大阪を堪能したかったのだが、ガイドブックを見ているうちに、やはり水族館好きのオレとしてはここは外せないという気分になってきたのだ。UFJは初めからどうでもいいと思っていたが、ここは行ってみた。駅から歩いている段階で子供の言葉が大阪弁というだけで相当テンションが上がった。隣にある天保山マーケットプレイスというところにレトロな大阪をテーマにしたフードパークのようなものがあり、ソースやマヨネーズの匂いに興奮を覚えた。海遊館は実に水槽が大きく、目玉のジンベイザメも大迫力。個人的にはデカい亀が大いに気に入った。いくらでも楽しみようはあったのだが、この後も行きたいところが目白押しだったので、36分間で全部見終わる。

梅田に出て、阪神デパート地下のフードパークへ行く。よくあるデパートのフードパークと変わらないのだが、とにかく老若男女さまざまな層の方々がお好み焼やたこ焼きなどを立ち食いしていて、衝撃を受けた。ここでは名物だといういか焼を買った。大阪でいういか焼というのはいかを丸焼きしたものではなく、生地の中にいかと玉子を入れて焼いたもの。平日の昼間だというのに行列ができていた。さすがに立ち食いするほどネイティブに溶け込めず、お土産用にしてもらって、カバンに入れて移動した。1枚160円と激安。次は阪神梅田駅改札近くのジュースコーナーで140円のミックスジュースを飲むことにした。いろいろな果物を混ぜたジュースのことだと思っていたのだが、果物と牛乳を混ぜたもののことだった。これは結構みんな知っているみたいで、単にオレが無知だっただけみたいだ。喉が渇いていたせいもあるのだが、これがまた激しくヘルシーで美味く、感動した。

さて、いよいよ最大の繁華街、なんばへ突入である。ガイドブックを見ている中で一番食べたかった道頓堀今井のきつねうどんをまずは食べるのだ。雑誌やテレビで見覚えのあるタコやカニやフグの巨大看板にテンションが上がるものの、この道頓堀今井といううどん屋さんが一向に見つからない。地図を見ても場所は間違いないのだが。よく見ると、今日は定休日だった。ガイドブックにもちゃんと書いてある。かなり緻密に立てた計画がこの時点でメチャクチャになる。ずぼら屋という土産物屋で限定キーホルダーなどの土産を買い、夕方に食べようと思っていた自由軒という食堂で名物カレーを食すことにする。いきなり髪を染めたインパクトのある女性店員が案内してくれる。ドライカレーのようなものに生卵がのっかっているのだが、これをかき混ぜて食べる。これもガイドブックで見て一目ぼれしたメニューだったのだが、かなり美味かった。それにしても店員と客の会話を聞いているだけでも漫才の掛け合いのようであり、とても面白い。北極というアイスキャンディー屋さんで奥さんに頼まれていたペンギンのキャラクターのキーホルダーを買う。タワーレコードを見たり散策して、地下鉄で新世界へ。

なんばは意外とお洒落で、街で流れている曲もMr.Childrenやaikoなど、思いのほか普通だなという印象があった。そりゃあ大阪だからといっていきなりやしきたかじんだとか憂歌団ばかりかかっているわけがない。しかし、新世界はいきなり70年代歌謡曲のオンパレードである。そして、串焼き屋がたくさんある。白昼堂々とポルノ映画のドギツイ看板があったり、あちこちにある試写室というのは、どうやら東京でいうビデオボックスのことのようだ。有名な通天閣の入り口を見つけたのだが、あまりの寂れ具合に躊躇し、結局上らずに移動してしまった。

ホテルのチェックインまで時間があったので、オーサカキングの会場に入る。今年はオーサカキンギョなる金魚がメインキャラクター。とにかく会場が広い。生演奏やフードやゲームなど、あちこちでいろいろなことが行われている。去年のことを思い出したりしながら、1時間ほどで時間がきたので予約していたホテルにチェックインする。シャワーを浴びて少し休んで、再び移動。またオーサカキング会場を歩いたりカレーを食べたりする。夕方近くになんばへ向けて出発。有名なグリコの巨大看板をデジカメで撮影したりしてテンションが上がる。「ハロー!モーニング」で紺野あさ美も大好きだと言っていた511蓬莱で豚まんを買う。なんばで喫煙を注意されてブチ切れていたご婦人がいたが、20分後ぐらいにそこに戻ると、ブチ切れぶりがエスカレートしていて、警官の数も10人ぐらいに増員していた。警察を追うテレビのドキュメンタリー番組のようだな、という感想を持った。

適当に歩いていたら、どうやら日本橋なるところに出てしまった。この辺りは東京でいうと秋葉原にあたるでんでんタウンなどと呼ばれているようで、家電の店などはもう閉まっていたのだが、アダルトDVDを扱う店などが多数あった。店の外までアダルト女優の立て看板を堂々と出していたり、店の出入り口すぐのところでAVのようなものを流していたりと、その大胆ぶりにドキドキした。よく分からないうちにどういった経路でこうなったのか知らないのだが、通天閣が見えてきた。近くの駅から地下鉄に乗り、ホテルに戻る。夜中に衝動的に街を歩きたくなり、タクシーでまたなんば。TSUTAYAが朝までやっているみたいだ。それから2時間ぐらい歩いて、別に何をするわけでもなく、タクシーでホテルに帰ってくる。

翌日は朝起きてチェックアウトして、奥さんが希望していたぽんぽん船というお菓子を買いに大正という駅のそばにある大六堂という和菓子屋さんまで行く。それからなんばに移動して、念願の道頓堀今井できつねうどん。とにかくスープがたまらなく美味く、これまで食べてきたうどんとは全く別の種類の食べ物という感じがした。満足して、オーサカキング会場へ移動。フローズンスイーツとかを食べながら、場所は異なるが去年は道重さゆみと光井愛佳が出演していたOKステーション前で笑い飯と小藪千豊のラジオ公開放送を聴く。人口雪を降らせるイベントがあったが、雪国生まれのオレからみてもかなり本物に近くて驚いた。魔法の粉もん横丁なる屋台でお好み焼やたこ焼や焼そばを食べる。前日は異なった店舗がそれぞれ出店していたのだが、たこ焼は限定のレトロたこ焼というのが残り5個ということで、それを買った。生地に味がついていて、ソースをかけずに食べるタイプのものだった。今日はスタンダードなソースをかけるたこ焼を買おうと思っていたのだが、気がつくとたこせんというのを買っていた。これはたこ焼を潰してみりん焼せんべいなどと呼んでいた記憶のあるあのオレンジ色っぽい煎餅に挟んだもので、これが食感、味ともになかなかイケる。

少し時間があったのでやはり新世界に行って通天閣には上っておいた。大阪伊丹空港の551蓬莱カフェで冷麺を食べて、19時45分の飛行機で羽田へ発った。実に楽しい大阪観光であったが、道重さゆみのことを知らなければ、おそらく大阪など一生行かないままだったと思う。といったところで、着地点などどこにもないのだが、とにかく道重さゆみのファンになったおかげで、これまで考えてもみなかった体験がいろいろとできて、オレはたまらなく楽しい、ということである。以下、動画。

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