たまには道重さゆみのことでも。

気がつくとラジオテキスト起こしと狼住人に対しての業務連絡以外に道重さゆみ関連の記事を1ヶ月以上も書いていない。そもそも道重さゆみのことを専門に書くために開設したココログだというのに、これはけしからんことだ。

それにしてもあまりにも普通にメディアに出ていすぎて、チェックに対する必死さが若干薄れて来ているというのは正直なところ。いますぐ近所のコンビニで売られているananとSPA!に載っているというのはどうやら事実らしいのだが、これもまだ見ていない。「さんま御殿」は久々にリアルタイムで見たが、あまりしゃべれてはいなかったが、あのテーマ及び流れでは上出来だったのではないか。

数日前の「しゃべくり009」は見ようと思えば見られたのだが、どうしても見たいという思いがそれほど強くはなく、掲示板で道重さゆみが活躍していたという書き込みを多数見ても、いつものことかぐらいの感想で、だからといって何とかして見てやろうというような気分でもない。この番組に関しては結局のところ録画された映像を見ることができたのだが、ひじょうに満足のいく内容であった。この1年間、道重さゆみが単独でのバラエティー番組出演で培った力が、モーニング娘。というホームにおいて十分に発揮されていたといえるだろう。現役メンバーの中でのトークの力は圧倒的だったが、それが田中れいなやジュンジュン、リンリンらの面白さを引き出す空気づくりにも一役買っていた。やはりどうしてもヲタク的かつ閉鎖的なノリになりがちなモーニング娘。の内輪ネタ的ノリは、ゆえに現在のバラエティー空間では浮いてしまいがちである。道重さゆみが数多い誹謗中傷やファンの中からさえももうやめてもいいという声が上がったブリッコナルシストキャラを貫き通したことにより分かりやすくキャラが立ち、その前提があるから、番組でもいじりやすい。これが中途半端だと、いじっていいのかどうかよく分からない微妙な空気になる。お笑い界においてナルシストキャラが定着しているチュートリアル徳井義実が「道重さんは僕と同じ病気かもしれませんね。僕も芸能界で一番ハンサムだと思ってるんで」という発言もうまくハマる。そして、バラエティー大好きな田中れいなのヲタ向けの挨拶「おつか~レイナ」の大唱和、これを番組レギュラーのネプチューン、くりぃむしちゅー、チュートリアルの全員でやる。イタさと面白さの境界線であり、普通、この番組に出ている芸人たちを好きそうな、いわゆる一般視聴者の女性たちなどはこれを寒々しいものと感じ取る。今日、バラエティー空間で人気を得るにはこれらいわゆる一般視聴者の女性たちを味方につけなければならないというのは確かなことだろう。だからといって、恋愛話とかを切り売りして女性視聴者の共感を得るようなタイプの芸能人を目指すとするならば、そこにはもうモーニング娘。である必然性などはない。しかし、「おつか~レイナ」のようなノリをイタいけれども面白いものとしてくりぃむしちゅーとかチュートリアルとかが発信するとするならば、そこに可能性はあるような気がする。このモーニング娘。の濃厚なヲタ的世界観と現在型のバラエティー空間の橋渡し的役割を果たすには、道重さゆみの過剰なキャラクターが必要であった。こう考えると、なんとなく辻褄が合う。今回の番組については、普段は1人だけバラエティーで活躍する道重さゆみの悪口を言ったり揚げ足取りに必死になってばかりいる他メンバーのファンも、心なしか好意的に思えたのだが、これも道重さゆみのバラエティー番組出演がもしかすると自分の応援しているメンバーだったりグループとしてのモーニング娘。に良い影響を与えるのではないか、という可能性を感じたからなのではないだろうか。

私が初めて買ったモーニング娘。のCDは「笑顔YESヌード」であり、道重さゆみ個人の魅力に引き込まれていったのはそれよりも後のことである。しかし、それ以降もモーニング娘。のCDやDVDを買い続けたりテレビやラジオ番組をチェックし続けたのは、モーニング娘。に道重さゆみがいるからという理由に他ならない。今年に入り、道重さゆみの単体でのメディア露出がモーニング娘。本体に還元されていないといった愚痴が、おもに他メンバーから聞かれたりしたが、私個人としてはそんなものはどうでもいいと思っていた。道重さゆみがいなければモーニング娘。にもハロー!プロジェクトにも興味はない。モーニング娘。やハロー!プロジェクトではなかったとしても道重さゆみは応援し続けていく。それだけのことである。

道重さゆみは今年、単独でのメディア露出がひじょうに目立ったが、そのきっかけとなったのは、1月3日に放送された「教科書クイズ」であり、その時の司会もくりぃむしちゅー上田晋也であった。まさに道重スペシャルとでもいうべき大活躍であった。そして、エポックメイキングとなったのは「ロンドンハーツ」への出演であろう。「格付けしあう女たち」で先輩の大物芸能人たちに毒舌を吐き、かつ「私が一番かわいい」ブリッコナルシストキャラの炸裂は、今日の慣れ合いぬるま湯空気読めの、mixiブログ同調圧力的バラエティー空間において、まさにパンクであった。そして、1977年のセックス・ピストルズ同様に、その衝撃は頭の悪い冴えない人たちを怒らせて、カンのいい鋭い人たちの注目を集めた。ファンですら冷や冷やさせる徹底したキャラクターの打ち出し、その芯にはどのような覚悟や理念があったのか。私も私なりに深読みしたりしてみたのだが、その真実はいまだに分からない。その根拠のない野心にとても魅かれる。「美女放談」で公開されたネタ帳には、「ゆわないでこうかいするより、ゆってこうかいした方がいい。」「まわりがどんなにゆってきても負けるな。負けじと強気にはなすコト。しゃべらなきゃうつらない。空気になっちゃダメ」といったことが書かれていた。

「ロンドンハーツ」出演時の強烈なキャラクターの打ち出しにより、いわゆる一般視聴者の方々の同調圧力重視の価値観が脅威にさらされ、それに対する反応としてとりあえず否定してみるという行動に出た。その結果が「週刊文春」の「女性が選ぶ嫌いな芸能人」第10位へのランクインであった。しかし、もはや鋭い人たちはそのキャラクターの面白さと本人のクレバーさに気付いている。何せ道重さゆみは宇宙であり、その天才的な世界観は底知れぬ魅力を秘めているため、一度好意的な方にスイッチが入ってしまえば、そのうちの何割かは快楽のさゆみんワールドに迷い込むことが必至なのだ。もはや道重さゆみのキャラクターに本気で怒ったりイラついたりする、その精神性こそがどうしようもないという雰囲気になるのは時間の問題である。いや、そもそも世間の雰囲気だとか人気のお笑い芸人がどういうスタンスを取っているとかはどうでもよく、周りがなんと言おうと自分が好きなものは好きでいいはずなのだが、現在の自分に自信がなく、mixiだとかブログとかで慣れ合って空気を読んで、そういうことが重要視されるコミュニケーション空間においては、とても重要なことなのだろう。実にくだらん。道重さゆみがカッコいいのは何歳になろうと自分がかわいいと信じている価値観に徹し、チャラチャラした流行のファッション誌とかは一切読まないし、むしろ好きではない、そういうところ。しかし、その道重さゆみがファッション誌のananに単独で載っているという痛快きわまりない現実がある。

とにかく道重さゆみのファンでいることというのはそれだけで人生得しているような気分なので、それがグループとしてのモーニング娘。にとってはどうかなんてことは、本当にどうでもいい。道重さゆみがモーニング娘。やメンバーが大好きだというから、モーニング娘。のCDやDVDを買ったりもしている。道重さゆみは自分がきっかけでモーニング娘。に興味を持ってもらえると嬉しいみたいなことをメディアで言っているけれども、正直そんなのはどうでもいいだろう、と思っていた。しかし、今回の「しゃべくり009」なんかを見ていると、道重さゆみは実は本気でそれを考えているのではないかという気がしてくる。身を削るような必死なキャラクターの打ち出しとかも、もしかするとそうなのだろうか。まあ、どちらでもいいのだが、とにかく道重さゆみのおかげで、今年は本当にたくさんテレビを見たり雑誌を買ったりしたものだ。本当に充実していた。つくづくこの時代に生まれて、道重さゆみに出会えてよかったと思う。

|

ガセネタで人気を捏造してる?


20091215212525

いいえ TVぴあはガチです。

207 :名無し募集中。。。:2009/12/15(火) 21:06:41.49 0
豚重って言葉は生きるさん使わないでw

すみませんもう使いません。

|

道重さゆみの「美女放談」を見て感じたことなど。

先週に続いて、「美女放談」に道重さゆみが出演した。というか、先週放送分の続きである。お相手は、「女性の品格」の著者としても知られる坂東眞理子さん。

道重さゆみといえば、毎朝、鏡に向かって、「よし!今日もかわいいゾ」と言うことが有名であり、一般向けバラエティー出演においては、この部分が、常に不安を抱え自分のことを好きになることが難しいが、横並びで空気を読んだり同調圧力によってかろうじて成り立っている、不機嫌で憂鬱な平成ニッポンのコミュニケーション状況においてはあまりにも衝撃的すぎ、自分に自信がなく常にイライラしているが、同レベルの仲間と他人の悪口や愚痴を言い合うことによってなんとか自我崩壊を免れているようなタイプの方々に脅威を与えた。

これはそもそも、社会人ならば1冊は読んだことがあるであろう自己啓発本の類いによく載っている、常に自分は素晴らしいと自己暗示をかけて仕事に臨めば良い結果に繋がるというのと同類の物である。また、「今夜もうさちゃんピース」で何度か話されているが、お母さんからの教えで、「自分はツイてる」と言い聞かせるようにしているというのも同様である。この類いの自己啓発というのは、自分の目の前にある問題や課題に真剣に取り組み、全力を尽くしてもそれでもまだ不安な時に、藁にもすがる思いで必要とするものだ。このような努力をバカにしたり冷やかしたりして、あたかも自分の方が優位に立ったような気でいる者というのもいる訳だが、たいていは現実の戦いには足を踏み出そうともせず、外野の安全な場所から好き勝手なことを言っているだけのくだらない人間である。そんな連中に充足した生などというものがあるはずもなく、本当に取るに足らない、虚しくも情けない人生である。なぜそのようなことが言えるのかというと、道重さゆみに出会う前の私がちょうどそのような状態だったからだ。道重さゆみが私に教えてくれたこととは、たとえ不様であったとしても、全力で葛藤する、そのこと自体が美であり、充足した生を実現する、ということなのだ。

道重さゆみの「よし!今日もかわいいゾ!」は、単なるイタいナルシストキャラとしてしか理解されないことが多く、まあ別に私はちゃんと分かっているので、世間がどうだろうと知ったことではないと思っていたのだが、さすがに坂東眞理子さんぐらいになると、すぐにこれを男性の自己啓発に結びつけて好評価したりする訳だ。

道重さゆみにとっては「かわいい」ということに最大の価値があり、そこが常に自分がこうありたいと思う理想である。やはり、人間たるもの、理想というものをしっかり持っていなければ生きていることの意味の濃さというものが一切ない。ここが健全な自己愛というものと密に関係しており、自分らしさを殺して空気を読むことこそが最大のコミュニケーションスキルだなんていう状況はくだらないにも程がある。私が「生きる」ことに迷い、暗闇の中で手を伸ばした時に、そこにいたのが道重さゆみであった。高校生の年齢になってもシール集め、流行がどうであれあくまで黒髪、このような周囲に惑わされず、自分は自分と貫く姿勢に感動を覚えた。この傾向は、このような表面的な部分だけではなく、精神的にも強い芯を持っているのだということが、その後もどんどん分かっていった。

かわいさへのこだわりについて語る道重さゆみに対し、坂東さんは「かわいさの問題は賞味期限があること」「かわいさ以外の価値も見つけていくべき」といったアドバイスをする。これはもっともな意見であるが、道重さゆみの表情が明らかに納得していない時のそれである。対談終了後の独白では、若さという意味でのかわいさには賞味期限があるかもしれないが、また別の種類のかわいさというのもあると思うので、とにかくかわいさはずっと追究していきたい、というようなことを話していた。ラジオでの発言などから判断する限り、道重さゆみにとってのかわいいには、おじいちゃんやおばあちゃんが持つそれも含まれ、同年代女性がよく用いる場合よりも広い意味を持つ概念のような気がする。

また、モーニング娘。のリーダーになりたいという野心についても、改めて語っていた。言い続けることによって自分の意識を高め、また、周囲にも印象づけるという、ここでもビジネスマンの自己啓発本にあるような内容が実践されている。リーダーへの想いというのは1人での仕事をこなす上で得た達成感を繰り返すことによって芽生えたものなようなのだが、道重さゆみのこのどちらかというと男性的な野心というのも実に興味深く、平成ニッポンに大きく欠けているものなのではないかという気がする。

ライバルについての話では、ジュンジュンの名前が上がったりしていたが、これは容姿が似ていて、髪型も被るというような、他の番組でも話していた内容だった。坂東さんからは相手を妬むようなライバル関係はよくないが、自分は自分、相手は相手として認められるような状態がが望ましいと言われていた。自分は自分という意識は道重さゆみがとても大事にしている概念だが、ついつい他人と比べてしまったりしてネガティブになるような傾向もある。だからこそ、常に自分に言い聞かせていく。自己を律して理想へと近づいていく努力というのはそういうことの繰り返しであり、この葛藤こそが生きていることの意味の濃さであったり達成感であったりに繋がっていく。何ひとつ自分ではやりもせずに安全な場所から批判しているような程度の低い人間には、一生たどり着くことのできない境地であろう。

道重さゆみがラジオで話すエピソードや思いついたセクシーワードなどをメモしている、いわゆるネタ帳が存在することは、ファンならばよく知るところだ。そして今回、メンバーにも見せたことのないそれを初公開した。ピンクのかわいい表紙に中の紙までピンク。ブレていなく、徹底している。ここですでに感動したのだが、内容は予想していたトークのネタなどではなく、バラエティー番組出演時の反省や決意などであった。それが、「今夜もうさちゃんピース」公式ホームページなどでもおなじみのあの字体で綴られている。

「ゆわないでこうかいするより、ゆってこうかいした方がいい。」

「まわりがどんなにゆってきても負けるな。負けじと強気にはなすコト。しゃべらなきゃうつらない。空気になっちゃダメ」

道重さゆみがバラエティー番組や明石家さんまとのラジオで悩んでいるように思われた時、私はこのブログでいろいろと分析だとか考察だとかを書いているが、実はそれはすべて道重さゆみ本人に届けと思って書いている。道重さゆみがこのブログそのものを読んでいるなどということはまずないだろうが、ここで私が書いた論調や情報といったものが間接的にでも何パーセントかでも何らかの形で繋がって、道重さゆみにとってプラスの影響を与えればいいと思ってやっている。しかし、以前にここでも書いたが、そんなことはもう必要ないのではないかという気がする。そして、その思いはこの道重さゆみ本人による文章を読んで確信に変わった。私がある程度は自分勝手な妄想や希望や憶測で作り上げた道重さゆみのイメージが、また新たなリアリティーを獲得した。しかし、私はこれからもまた道重さゆみについて語り続けることだろう。私にとってよく「生きる」とは、道重さゆみを「生きる」ことに他ならないからだ。

この番組において道重さゆみは、男の子と女の子が生まれるまで子供を産み続けたいとも話していたが、これもまた少子化問題が深刻化している平成ニッポンに足りない物を体現している。また、理想の男性については、Tシャツが似合う、着飾らずさらけ出してれて、活発な人だと話していた。

これ以上に道重さゆみのことを好きになることなどできるのだろうかというぐらいに大好きなのだが、この番組を見て、またさらに好きになった。どこが好きというよりも、私にとっての好きという感情の概念は、道重さゆみに感じている想いそのものである。

|

道重さゆみが来るというので原宿へ行ってきた。

UKインディー音楽の至宝、ザ・スミスの代表曲、「THERE'S A LIGHT THAT NEVER GOES OUT」において、ヴォーカル及び作詞担当のモリッシーは、こう歌う。「つれていって、今夜。音楽が鳴っていて若い人達が生き生きしているどこかへ」。

暗黒時代に私は意味もなく渋谷、青山、原宿辺りを徘徊し、現実との接点を確認すると共に、それと自分自身の存在との間に確実に存在するある種の壁についても認識していた。よって、この辺りを一切の感傷をなくして通り過ぎることは、私には一生不可能なように思える。思い出せない出来事や忘れられない人達が多すぎて、その記憶の影が少しでも心を翳らせるだけで、懺悔の気持ちでいっぱいになるのだ。私はほぼ毎日といっていいぐらい、そこにいた。わざわざ人が多い場所へ出かけて、確認する必要があった。

あの頃とはいろいろな意味で様子がすっかり変わってしまって、すっかり用も無くなってしまった。一番大きい原因は、私がCDを買わなくなり、音楽をインターネットを通じてデータで購入するようになったということだろう。通勤にも、都心を経由しないルートを選択している。本当に用が無いし、とにかく人が多すぎて疲れるのだ。

ところが、用があったので久しぶりに出かけることにした。朝10時から原宿のアメーバスタジオの前で整理券が配られる。アメーバブログなどでおなじみのサイバーエージェントが運営するスタジオであり、インターネット配信番組などをここから放送している。おそらく41枚目のシングル「気まぐれプリンセス」のプロモーションが目的なのだが、久住小春卒業特別企画といった体で、モーニング娘。による番組が放送される。13時からと15時からの2回の番組があり、いずれにも久住小春が出演するのだが、他のメンバーは、1回目が高橋愛、新垣里沙、亀井絵里ジュンジュン、2回目が道重さゆみ、田中れいな、光井愛佳、リンリンとなっており、単純に年齢順にして割り振ったものと思われる。奇しくも昭和生まれと平成生まれにくっきりと分かれた。観覧希望者はどちらの番組か、または両方かを選び、シャッフルされた整理券を箱から引く。この方法は、異常に早い時間から並んだり徹夜したりといった行動を一切無意味化する賢明な策といえる。並んでいたファンの中に倒れた者があったらしく、救急車が到着する一幕もあり、整理券の配布が若干遅れたが、10時30分ぐらいに無事引き終えた。35番というなかなか良い番号を引くことができた。1回目の番組には道重さゆみが出演しないため、2回目のみ引いたのだが、周囲にいる人達はほとんど両方とも引いていた。

14時集合ということなので3時間半ぐらい時間があるわけだが、とりあえず散歩をしたり食事をしたりすることにした。渋谷まではかつて何百回となく歩いている道なので、何も意識しなくとも自然に行けてしまう。タワー・レコードの本屋さんなどを見た。かつての私にとっては聖地のような場所だったが、Amazon.comやらデジタル版雑誌閲覧サービスを利用する頻度が高まったことにより、もはやそれほどときめくこともない。エスカレーターで降りたのだが、CD売場などは降りて見てみようという気すら起きない。インターネットで視聴も購入もすぐに出来てしまうから、まったく見ようという気が起きない。道重さゆみが出演した「シルシルミシル」というテレビ番組で取り上げられていたのがきっかけで興味を持ったはなまるうどんという讃岐うどんのチェーン店だが、前回の吉祥寺北口店の利用により、完全にシステムを理解した。センター街のお店に入り、かき揚げと半熟玉子の天ぷら、ぶっかけうどんとカレーライスのセット、これでたったの700円ぐらいである。女性も余裕で1人で食事している。

HMV渋谷店へも行ってみた。かつてはHMVかタワーかといえば、圧倒的にHMV派だった。イギリスの音楽を特に好んでいたからというのもあったのだが、何となくよりクールでスタイリッシュな雰囲気があり、好きだったのだ。しかし、いまはそれが逆に鼻につく。一昨年からハロー!プロジェクトのCDを買うようになったのだが、「女に 幸あれ」か何かのシングルCDが発売日に在庫されていなく、売り切れ中の告知も何も無かった。一方、新宿のタワーレコードではレジの近くにしっかりハロプロコーナーを展開してくれていた。以来、HMVに対する印象が悪くなり、かつて何度も満タンになって交換したポイントカードも捨ててしまった。店に入ると、先週発売の最新シングル、「RIVER」が16万枚ぐらい売れたというAKB48が大々的にプッシュされていた。発売2日目にして12万枚、いまこれを聴かずに何を聴く、といった感じのPOPに見られる勝ち馬に乗る感がひじょうに気分悪い。AKB48が表紙の漫画雑誌までひじょうに良い場所で大々的に展開されていた。一方、この日が発売日のモーニング娘。「気まぐれプリンセス」は新譜コーナーにすら陳列してもらえず、かろうじてJ-POP旧作コーナーに面出しで陳列されているだけ、しかもPOPも何も無しという冷遇ぶりであった。渋谷系の昔から懇意にしていた、いまマルハンがある場所にある時代から懇意にしていた渋谷のHMVだが、決定的に訣別の意思が固まった。AKB48の楽曲そのものは実は最近のモーニング娘。よりも好きなぐらいだし、柏木由紀とかは普通にかわいいと思うのだが、昨年春あたりのPerfume同様に、猫も杓子も的な気持ち悪さに溢れており、嫌気が差してくる。いや、でも、AKB48そのものは良いと思うけれども。

それから表参道経由で原宿に向かって歩いていったのだが、かつて通っていた大学のほぼ真向かいにある青山ブックセンターに寄ってみた。道重さゆみが載っているはずの「TV Life」が本日発売のはずなのだが、その前に嗣永桃子が表紙の「ラジオ番組表2009秋号」が目に入った。昨年はDJ人気ランキングで、道重さゆみが第6位に選ばれていた。巻末に掲載されたランキングを確認すると、道重さゆみは前回の第10位から第6位にランクアップしていて、インタヴューも掲載されていた。この時点で購入は決定したのだが、嗣永桃子が第2位だった他、新垣里沙&亀井絵里が第7位、田中れいなが第8位と、ハロプロファンがかなり投票したであろうことが容易に想像できた。「TV Life」は番組表の中で「気になるPEOPLE」として取り上げられていた。「毒舌キャラへの批判は覚悟していました!」という見出しで、インタヴューも掲載されている。当然これも購入したのだが、先週の「FLASH」や「週刊少年チャンピオン」と合わせ、道重さゆみが載っているページ以外は読みもしない雑誌を買い続けている。とても嬉しい。

放送開始1時間前の午後2時に整列し、グループ毎に分けていく。整理券は約400枚配布ということなのだが、スタジオ観覧が一度にできるのはせいぜい20名ぐらいであろう。よって、グループに分けて、数分ずつ見ては流れていくという方法になる。番組が最初から最後まで観覧できるわけでもなく、ほんの数分間見られるだけなのだが、これだけのために午前中から並んで整理券を入手して、放送時に待ってというのをわざわざやる価値があるのかという向きもあるだろうが、たとえわずか数分間で、しかもガラス越しとはいえ、この至近距離で見ることができる機会というのはそうそうあるものではない。

本物の道重さゆみを初めて見たのは、一昨年の7月31日、代々木にあるFM放送のスタジオで、今回と同じようなパターンだった。その時の出演者は道重さゆみの他に田中れいなと光井愛佳で、夜の時間帯で、番組は外には聴こえず、観覧後にふたたび並び直す、いわゆるループもし放題であった。ここのところが、今回とは違う。さらに、その時はこういうのに参加するのが初めてで、良いポジションを確保することができず、ガラス越しの道重さゆみがわずか数センチ先にいるにもかかわらず、後頭部と横顔しか見られないという究極の寸止め地獄、あるいは天国を味わったのだ。そして、今回もグループを切る際に、その後の方になってしまった。これはまたしても結局のところ、道重さゆみのことがほとんど見られずに終わる可能性がある。しかし、後悔はしない。せめて、ほんの数センチ先に道重さゆみがいるという事実の意味の濃さを堪能するだけでも良しとしよう。

係員の指示でスタジオへ移動する。どうやら我々が1組目のようで、20数名程いるのだが、私は後から3番目である。ちなみに最後尾の2名は、どうやら1回目の放送に出演していたメンバーのファンらしく、実際には次のグループの先頭にいたのだが、2回目出演メンバーの1グループ目最後尾のファンと交替してあげていた。こういうのは実に微笑ましい。スタジオと街路から遮断する幕との間に、観覧者が次々と誘導される。奥の方へ詰めてくださいという声が聞こえる。一昨年の代々木のスタジオとは異なり、アメーバスタジオでは出演者全員が正面を向いてトークをする形のようだ。しかし、最前列は当然のことながら、完全に塞がっている。かつ、道重さゆみがどこにいるのかをまず確認しなくてはいけない。だが、そんな余裕もなく、結局、真ん中あたりの後列に落ち着きかけた。後列とはいっても、目の前には観覧者が1列分しかいなく、ガラス越しのメンバーとの距離はひじょうに近い。そして、道重さゆみは私の真っ正面、すぐそこにいた。

これは本当にテレビに出ている人を実際に見るたびに思うのだが、本当に顔が小さい。もう映像や写真でも何度も見て、ラジオ音源やツアー日記などの文章などの情報の断片、その寄せ集めでできている私の脳内の道重さゆみというイメージ、それが現実にいま、ここにいるのだ。細かい表情の変化、目線の動き、仕草といった、そのひとつひとつを観察でき、その全てが私の脳内にある道重さゆみというイメージを補完し、更新する。企画で使う○×の札みたいな物を頭の上でうさちゃんピースみたいにしたり、「気まぐれプリンセス」のPVが流れるとギャラリーのことなどすっかり忘れてガン見状態になるなど、いかにもらしさ炸裂で、大いに感動、満足した。あの時間はいったい何分間だったのだろう。いや、しかし、ただそれだけでもう、道重さゆみが女の子の最高傑作であることを再認識するには十分すぎた。この時間に感じたもの、その塊が心の中で結晶化し、大切な宝物になる。この感じを何度でも再生産するような、そんな人生をこそ生きていくべきであろう。その思いを、強くした。

帰宅後に、パソコンで放送された番組を一通り視聴した。久住小春のことをどのぐらい知っているかのクイズで、道重さゆみはリンリンと同点首位であり、さらにジャンケンでも勝って優勝した。豪華景品として、久住小春のサイン入り色紙をもらっていた。久住小春が道重さゆみとのコンビ、レインボーピンクの再活動を熱望していることが分かった。田中れいなが小春の卒業後は受け継ぐと言った時、久住小春は「ダメダメダメ。永久不滅ですよ!」と言った時に、周りのメンバーは笑っていたけれども、パソコンのモニターの前で見ていた私の目の前がぼやけていったのはどういうわけだろう。さらに、番組終盤で、視聴者からモーニング娘。のコンサートで最も印象に残っている曲を聞かれ、やはりここでもレインボーピンクの話になる。初期のコンサートにおいて、出番直前に久住小春が鼻血を出してしまい、もしかすると道重さゆみが1人で出なければいけないかもしれなかったというエピソードも聞くことができた。観覧中は98.7%ぐらい、道重さゆみただ1人だけを見ていたし、もちろん圧倒的にかわいいことは間違いないのだが、それにしても、久住小春のスターオーラというのはひときわ輝きを放っているな、というのを感じた。

|

道重さゆみ(There Is A Light That Never Goes Out)。

「ロンドンハーツ」に道重さゆみが出演すると当ブログへのアクセスが激増することは過去2回で分かっていたが、その日は極度に増えるのだが、それ以外の日についても底上げされていることが確実であり、それだけ当ブログ、もしくは道重さゆみに対しての関心が高まっているということであろう。

私などは一昨年から道重さゆみに興味を持って観察しはじめた新参者にすぎないのだが、そもそもモーニング娘。のファンであったみなさんなどは、2003年あたりから道重さゆみを知っているわけだ。モーニング娘。が国民的アイドルだった時代ならばいざしらず、ここ数年、少なくとも私が道重さゆみに関心を持って観察をはじめた頃以降というのは、世間一般的な認知度というのはひじょうに低かったと思われる。お笑いのネタなどでステレオタイプ化される高齢キモヲタだとかスキャンダルによる脱退劇など、そちらかというとマイナスのイメージしかなかったような印象がある。その一方で、ファン層というのは、いまこれが流行っているからとかこれが好きでいることがイケてるといった価値観ではなく、本当に好きだから好きという濃厚かつコアな種類の人々に濃縮されていったような気がする。それだから、当時、イギリスを中心としたインディー系音楽などを追いかけていた私が急に落ち目で世間から忘れ去られたモーニング娘。のよく分からないメンバーを応援しはじめたことについては、周囲から随分と不思議がられたものだ。たった2年半とはいえ、道重さゆみが出演したすべてのテレビ・ラジオ・雑誌などのメディア、コンサートには日程上どうしても行けないために仕方がなくミュージカルや舞台やラジオ公開放送などに参加したり、実際にモーニング娘。加入までに生活していた場所を訪れてみたりすることにより、私なりの道重さゆみ像というものが次第に固まり、それはブレることがなく更新を続けている。

そもそも海外若手バンドや日本のお笑い芸人の青田買い的観賞に愛着があるため、好きだった物がメジャー化していく楽しみというのには慣れているはずなのだが、この1年の道重さゆみほどスリリングな例は過去に経験がない。とにかく道重さゆみは、おそらく私が過去に遭遇したメディアの向こうの表現者の中で、最も愛着を覚えた存在であるのだが、ゆえにそのパーソナリティーであったり哲学、思想というものから受けた刺激、影響も大きい。この深さというのはそれほどマスレベルでのいわゆる世間一般に共有されうる物だとは思えず、ゆえに自分自身と一部のファンの間で慈しんでいく種類の物だろうと思っていたのだ。だから、よくあるモーニング娘。やハロー・プロジェクトメンバー内での人気ランキングだとか歌割の量とかは正直そうでもいい。もちろん我々はメディアや仕事を通してしか対象と接することが出来ない訳で、そういう意味ではそのチャンネルが増えることは好ましいに違いない。また、それらが増えることによって本人がよりしあわせになってくれるならば、それはもちろん素晴らしいことに違いがない。しかし、本当のところでは、道重さゆみが道重さゆみでいてくれることだけでもう十分なのだ。そのこと自体に感謝ができる。

モーニング娘。の中でもけして人気上位のメンバーではなく、事務所からもそれほど推されているようにも思えなかった道重さゆみは、2006年10月から名古屋のローカル局、CBCラジオで「今夜もうさちゃんピース」というラジオ番組を始めた。その頃、活動4年目にしてソロ写真集は1冊、ソロDVDは0枚と、同期の中でも最も少なかった。私は実はその少し前あたりから、当時、テレビ東京で放送されていた「ハロー!モーニング」という番組をネタとして見るようになったのだが、道重さゆみに対しては時代遅れの」ナルシストブリッコキャラで痛々しいぐらいにしか思っていなかった。何かの拍子に、ラジオ番組で話していた小学校時代に地味で冴えなかったとかダンゴムシが友達だったというエピソードを読んで、それがきっかけで何となく気になり、気がつくとどんどんその魅力に落ちて行ったという経緯である。価値観や感覚が独特であり、かつ、本来普遍的で重要でありながら忘れられていることに気付かせてくれるような部分もあり、本当に特別だと思った。たとえば自分の核(コア)となる部分を育んでくれた家族であったり地元であったりの愛着や、それと共にあった自分自身の過去に対するまなざし、これは最近のバラエティー番組出演などでは過度にデフォルメされている部分でもあるが、広い意味での自己愛、こういったものは、ちょうど当時の私にとって著しく欠如し、ゆえに必要だったものであり、これを思い出させてくれたのは、紛れもなく道重さゆみの存在であった。また、食べることや寝ること、健康、トータルでよく生きるということについて改めて考え、実践する契機も与えてくれた。道重さゆみに関心を抱いて観察をはじめた一昨年春以降、私は煙草をやめたり13年ぶりに実家に帰り過去の過ちを精算し自分自身が主体的に生きる上で必要なブレない価値観や方法を獲得することが出来た。これはまさに奇蹟といえる体験であった。このようなことを私に起こせる者は、道重さゆみ以外に誰一人としていない。

そんな道重さゆみがゴールデンタイムのテレビに出たり雑誌の表紙になったりする2009年10月である。道重さゆみをメディアで見る機会が増えるのは純粋に嬉しい。そして、そのほとんどが私に生きるために必要な肯定感を与えてくれる。だから私もこのような肯定感を関わる人たちに与えていきたいと思う。そしてみんなが笑っている、そんな世界こそが私が理想とするものであり、本気で生涯をかけてでも追求していく価値があるものだと思える。誤った目的のために人を不幸にしたり悲しませたりするものに対しては徹底的に闘わなくてはいけない。しかし、あくまでもその人自身を憎んではいけない。なぜ、そのような発想に至るのか、原因を想像し、相手の自尊心を傷つけないようにして、正しい方向へと導いていく。誤解を招くリスクを冒してでも、求めるべき理想を実現するための浪漫に生きる。それを自分は選び、それで生きていくということを決めた。

土曜日の「ヤングタウン土曜日」で「トモダチコレクション」について興奮気味に話すが、自分がゲーム上で誰かといカップルになっていることをさんまに突っ込まれると急に素で照れてしまうかわいさ、「○○の中から保田圭」という切り返しの機転、「高橋愛は癒せませんコーナー」での妄想セクシーっぷり、日曜夜の福岡ローカル、RKBラジオの「まいとたいむ」では同期の田中れいなとのズレ漫才的な面白トークを堪能した。月曜日の「世界まる見え!特捜部」では、私にとって特に思い入れの強いビートたけし、所ジョージと共演しているということだけでも感無量なのだが、言い間違いボケでビートたけしが道重さゆみを指差しながら所ジョージを叩いたりする姿がこれまた感動的であった。道重さゆみはいつかのDVDマガジンで、ビートたけしの持ちギャグ「コマネチ!」を披露しているのだが、遂に共演を果たした訳だ。弱った動物が元気に野生に放たれた時に抜かれた場面のあの優しい表情、番組最後のコメントで天使の毒を吐き、しっかり与えられた仕事をこなす生真面目さ、何もかもがいとおしい。

火曜日の朝は出勤前に駅前のセブンイレブンで「FLASH」を手に取ったが、なかなか掲載ページが見つからず、時間もなかったので、あきらめて電車に乗った。月曜日、会議に向かう電車の中で、ケータイで「FLASH」特集記事の画像を見た。また、途中の休憩時間に木曜日に発売される「少年チャンピオン」の表紙の画像も確認し、これだけで一気にテンションが上がり、しあわせな気分に包まれた。乗り換えの秋津駅近くのオリオン書房は朝7時から営業している素晴らしい書店なのだが、ここで誌面を確認して、掲載ページを見つけたので購入し、電車の中でそのページを読んだ。わずか1ページなのにひじょうに充実している。「キュートなテロリスト」というキャッチコピーも最高なら、過去の爆弾発言年表もディープなファンが作成したのではないかと思えるぐらいよくできていて、亀井絵里のコメントも親友ならではの愛が感じられるもので、インタヴューでは明石家さんまさんからの影響などを語っている。そして、いうまでもないが、写真は極度にかわいい。こんな素晴らしいものがおカネを払うだけで手に入れられるなんて、なんて素晴らしい時代なのだろう。このおかげで、この日の仕事の能率が数倍上がったと思える。

「ロンドンハーツ」では出演3回目ということもあり、すっかりキャラクターが確立し、もはや「格付けしあう女たち」コーナーの主要メンバーといった雰囲気もある。MCや共演者も、もはやこれを理解した上で笑うというパターンが出来ていて、純粋に面白い。これに難癖をつけているのは、何らかの理由で道重さゆみの活躍が悔しくて仕方がないような利害関係の生じる人たちか、道重さゆみの存在によって自己愛が傷つけられ、それゆえに嫉妬の感情が芽生えざるをえない方々に限定されると思われる。ただ、平成ニッポンというのは諸事情により、自尊心を保つのがひじょうに困難な状況にある。ゆえに、同調圧力やなれ合いにより、核心にふれず、空気を読み合う、窮屈で不愉快なコミュニケーションに必然性があり、ゆえに鍛えられない自尊心は実に脆弱である。道重さゆみが自分をかわいいと言っただけで崩壊の危機に立たされ、自己愛を必死で守るために反感を抱くという状況に陥る。人間がよりよく生きるために必要不可欠なものとは、やはり健全な自己愛ではないかと思う。しあわせというのは、おそらく自己愛が満たされた度合いのことを言うのであろう。そういった意味で、道重さゆみに対するインターネット上などにおけるアンチ的意見の跋扈というのは、今日における我らの自己愛の弱体化を意味し、それはすなわちしあわせではない不機嫌な状態をあぶり出している。道重さゆみが図らずも今日の日本のマスメディアに召喚されてしまった理由というのは、おそらくはここにある。つまり、健全な自己愛の復権である。道重さゆみは、それを誇張したかたちで表現し、ゆえに誤解や無理解からくる批判にさらされるリスクを冒してでも、それが正しいと思うからやっている。弱冠20歳にして見上げた根性である。

私は、かつてこのブログの題名を当初の「卒業-さゆみんに向かって」から「われらの時代に-モーニング娘。道重さゆみと平成ニッポン。」に変更したことがある。これは、道重さゆみを研究する過程において、このなんとなく不機嫌な平成ニッポンにおける諸問題を解決する重要な何かが、道重さゆみの内面に存在しているのではないかという仮説によるものであった。しかし、その試みは私の能力不足のせいでとん挫し、迷宮にハマった末に、数ヵ月後に「ワニがいて当たり前なんだ。」として復活した。しかし、いまならばその意味がなんとなく分かりそうな気がしている。ちなみに、当初の「卒業-さゆみんに向かって。」という題名についてである。当時の私は俗にいうミッドライフ・クライシスというやつにどっぷりとハマり、自分がどう生きていくかも、その意味についても、何だか訳が分からず、やることなすことが不完全消化であり、何かをあきらめ、それでも生きていかなくてはならず、まさに不承不承という言葉が似つかわしい毎日を過ごしていた。しかし、何かに導かれるように道重さゆみの魅力に引き寄せられ、これは何なのだろうとモヤモヤしつつ、それでも勝手に走りだす意識と体という状況の中で、この道重さゆみが表現する物、不器用だが必死で葛藤する姿や意識それ自体が充足した生であり美である、私の人生から欠如していて、ゆえに獲得しなくてはならない物に違いないのだという確信に至った。それから、物事に対する考え方や人への接し方に対する意識が劇的に変化した。私は、その求めるべき状態を道重さゆみの愛称である「さゆみん」と名付け、そこへ向かって当時の不機嫌で冴えない状態から卒業しようと思ったのだ。

2008年4月の聖地巡礼(私は道重さゆみの生誕地であるう山口県宇部市への旅行をこのように名付けており、この呼び名はファンの間ではポピュラーである)において、私にはあるひとつの確信が生まれ、その時点で、いわゆる「卒業-さゆみんに向かって」というテーマは達成されたと思われた。しかし、それはあくまで私の内面においてだけのことであり、そこからは私が関わる外の世界へ向けてそれを実践していかなくてはいけない。そのようなことを考えていた時に、「われらの時代に-モーニング娘。道重さゆみと平成ニッポン」というテーマを思いついた。大雨が上がった翌日の山口宇部空港でのことだった。

「ロンドンハーツ」が終わって、約1時間20分後には、同じチャンネルで放送されている「ぷっすま」である。レギュラーの草なぎ剛、ユースケサンタマリア、そして、アンタッチャブルと道重さゆみがゲストだったが、ここでもイルカとキャッチボールをしたり大きなサツマイモを掘り当てたり大股開きで草の上を滑ったり、実にいろいろな道重さゆみが見られ、かつ、随所に見られる言語感覚の妙だったりお約束のギャグにのっかる瞬発力などを堪能した。そのグルーヴ、肯定感が私の心に躍動を与え、微笑ませる。今日は「今夜もうさちゃんピース」、明日は「少年チャンピオン」表紙、まるで売れっ子芸能人のような活躍ぶりである。しかし、売れていようといなかろうと、道重さゆみとは私にとって生きていく上でのけして消えることのない光を意味している。だから、世界は美しく、人生って素晴らしい。精いっぱい生きてやろう。

|

道重さゆみの核(コア)Part.2。

落ち込んだ時は、もう、さゆみはとことん落ち込みますね。ていうか、なんか、すごい暗い音楽を聴いて...暗い音楽というか、あの、バラードとかを聴いて、さっきのつんく♂さんの「なんでやねん 心配せんでもええ」とかも、なんかすごいバラードなんで、さゆみ、バラードを聴くとすごい癒され効果があって、自分の中ですごい、どん底まで1回落ちるっていう感覚が、すごいなんか、嫌いじゃなくて、そこまでいくと、逆にもう上に上がるしかないので、すごい1回どん底を知ってるからこそ、すごいいい感じがして、大丈夫なんですけど、あのね、落ち込んだ時というより、嫌なことがあった時には、すごい、人に話したくなるんですね、その嫌なことを。だから、基本は、やっぱりメンバーの亀井絵里ちゃんに、こうなんか、日常で、こうなんか、なんか、なんだろうな、悲しかったこととかさみしかったこととか話すんですけど、さゆみ、今日ね、すごいびっくり...びっくり...びっくり感動したことがあるんですけど、昨日、ミュージカルの、あの、リハーサルをしてたんですね。で、さゆみは1回ちょっと、あの、光井ちゃんと一緒に、1回ちょっと違うところに行かなくちゃいけなくて、先にそのリハーサル場所から2人でどっかに行ったんですけど、で、ここで、バイバーイってみんなと言う時に、あの、すごい、あの、宝塚の人に、あの、稽古中だったんですよ、宝塚の人達が。でも、さゆみとみっつぃーは、その、稽古中ってことを知らなくて、その、稽古中のど真ん中を通って、歩いてたんですよ。そしたら、宝塚の人に、あの、「稽古中は後通ってください」って言われて、すごい、みっつぃーは何も、「ハーイ」って気にしてない感じだったんですけど、さゆみは、この稽古中ってことを知らないまま通っちゃったっていう、そのことがすごい自分の中で、どうしようってなっちゃって、なんかもう、あ、すごいさゆみ、すごいいま悪いことしちゃったっていう気分になっちゃって、せっかくいま一生懸命みんな稽古中してるのに、そん中のど真ん中を通って1回稽古止めちゃったんだと思うと、すごい時間ない中みんなやってるのに、すごい悪い気がしちゃって、どうしようどうしようってなって、みんなが、「じゃあね、さゆみん、みっつぃー、バイバイ」って言ってる中で、さゆみ、本当に焦っちゃって、どうしようどうしようってなってて、「バイバイ」って言いつつ、メンバーの顔全然見てなくて、で、それ、メンバー誰も気付かなかったのに、それ昨日の話なんですけど、今日、朝、みんなに会って、「おはよう」って言って、「おはようございます」とか愛ちゃんとかと挨拶してて、みんな全然「おはよう」とか言ってるのに、絵里が「ねえ、昨日、さゆ、バイバイって言う時おかしかったよね。絶対何かあったでしょ?」とか言ってて、それ、すぐ気付いてくれて、さすが絵里だなと思って、「もう、教えてね、後で」って言ってたんですけど、今日も結局、そのことを話すきっかけがなかったんで、たぶん、あの、明日話すことになると思うんですけど、まあ、全然いまはもう、やっぱ別に稽古中って気付かなかったし、まあ、仕方ないなと思うんですけど、すごい昨日は、もう、1日中、夜、お家に帰ってからも、あの時なんでさゆみ、稽古中って気付かなかったんだろうって、すごい気にしてて、だから、今日、こうなんか、絵里に会って、こうやって気付いてくれてる人がいたんだと思って、さゆみの気持ちに、だからすごいなんか楽になりましたね。だからそうやって、分かってくれる人を見つけた方がいいと思いますね。見つけた方がっていうか、まあ、見つけるものでもないと思うんですけど、こう、いたら、たぶん安心するだろうし、まあ、家族とかでもいいと思うんですけど、こうなんか、お話ができる相手が、ね、奈良のメダカさん(※リスナー)にもいるといいなって思います。まあ、でも、「うさちゃんピース」に送ってくれれば、さゆみが何も言えないけど、たぶん、読むと思うので、はい、送ってきてください。
(2007年年7月15日放送)

さゆみは、あんまり人前で泣かないんですよね。なんか、こう、なんか、なんだろうな、だから、お家とかでも、あの、思い出して、なんか、こう、その、お仕事とかで、なんか、こう、ちょっと、なんか、切ないこととかあって、それを思い出して泣いたりとかは、1人ではするんですけど、なんか、そのことを家族に話して泣いたりとか、そういうことがあんまりなくて、だから、メンバーとかにも...の前でもあんまり泣かないんですけど、こう、だから、お姉ちゃんがすごいよく泣くんで、自分はあんまり泣くひまがないっていうのもあるんですけど、さゆみは本当に、基本堪える派ですね。堪えて、結構我慢できちゃうんで、すごい、あと、自分の、あとはなんだろうな、鏡の前とかで泣きます。鏡の前...あ、さゆみ、結構、だからさゆみね、あんまり泣かないんで、鏡の前で泣くと、なんか、あ、自分の泣き顔ってこうなんだって思えるから、なんか、楽しくて、逆にちょっとなんか元気もらえるんですよ。だから、泣く時は、あの、鏡があったら絶対自分の顔チェックしますね。泣き顔ってこうなんだ、って思います。なんか、普段、こう、いつもの普通の自分を見てるけど、泣くのって、なんか、あの、演技とか、さゆみ、できないんで、なんか、泣こうって思った時に泣けないじゃないですか。だから、泣いた時はどんな顔してるんだろうって真っ先に鏡の前に走るんですけど、だからね、最近、泣いたことと言えば、普段では本当に、最近、全然なんか、ハッピーな毎日なので、あんまり泣くことはないんですけど、あの、ドラマとかで、こう、見てて、感極まって、涙目になった時とかも、やっぱり、鏡の前に行って、ドラマ中止して、さゆみ、どんな泣き顔なんだろうと思って、なんか、自分の泣き顔ってすごい気になるんですよね。なので、すごい見ますね。
(2008年7月22日放送)

さゆみ、すごい、ほめられて伸びるタイプな気がします。なんか、さゆみね、ダメなんですよ、なんか、注意とかされて、こう、「道重、あれよくなかったよ」とか言われると、「え?どうしよう」と思って、逆にそこに意識しすぎちゃって、逆に失敗したりとかするんで、こうなんか、コンサートとか見に来てくれた...見に来てくれる、なんか、お母さんとかお友達とかに、感想を聞いても、いいところをいっぱい言ってもらえると、すごい嬉しいんですけど、やっぱり、結構、ちゃんとさゆみのことを考えて、厳しいことを言う、あの、お母さんはそこまでじゃないんですけど、結構、友達とかに見に来てもらうと、案外厳しいことを言われたりとかするんですよ。すごいさゆみのこと思ってくれてるんだと分かるんですけど、すごいなんか、「あ、じゃあ、あそこもうちょっと意識してやんなきゃな」って思うと、本番で、なんか、はりきりすぎちゃって、間違えちゃったりとかするんで、やっぱりあの、ほめられて伸びるタイプなので、そこらへんはみなさんも、はい、ちゃんと認識していてほしいなと思います。
(2008年7月29日放送)

なんだろう、さゆみは、あの、このギャップ的なものはすごい好きなんですけど、「毒吐いていくぞ」って意気込んだら、「毒吐かなきゃ毒吐かなきゃ」ってなっちゃいそうなんで、こうなんか、自然にいて、なんか、ちょっとパッて、あの、思いついたら言うって感じが、さゆみのスタンス?...なので、あえて、こう意気込んじゃうと、さゆみ、本当になんか、「頑張らなきゃ」って思うと、いっつも結局、変な方向に行くクセがあるので、あの、普通に何も言わずに、なんか、ポロッて言って、ちょっと「毒吐いてるね」って言われるぐらいがちょうどいい気がするので、はい、そこらへんに収めときたいと思います。
(2008年7月29日放送)

あの、まあ、メールは、まあ、結構しょっちゅうもしかしたらやるかもしれ...あ、でも、それでも、1日、多い日は、まあ、多い日でも5通とかで、結構、さゆみ、メールをしない派なんですけど、あの、電話もほとんど鳴らないし、結構、1年前の着歴とかが残ってたりとか、それぐらい、さゆみ、かかってこないし、かけないんですよ。で、メールもほとんどしないんで、結構、昔のメールとかが残ってて、見返したら面白かったりとかするんですけど、さゆみが携帯で...携帯電話の機能で使うのは、ブックマークに入れているものなんですけど、ブックマークにお気に入りのサイトをたくさん入れてるんですけど、たぶん...たぶん50件以上あるんですけど、お気に入りのサイトが、まあ、基本はアイドルの、なんか、ブログだったりとかするんですけど、なんか、自分の画像を調べたりとか、自分の写真集の感想を読みに行ったりとか、すごいそういうのはすごい楽しくてよくやるんですけど、だから、結構、案外、あの、自分のことを調べてる時間も多いですね。自分の画像はもちろん、結構保存して待ち受けにしたりとか、たまにあるんですよ、なんか結構、「あ、このさゆみ、なんかかわいい」とか思って、待ち受けにして、この時のさゆみをキープしようと思って、なんか、刺激を受けて、あの、待ち受けにしたりとかもするんですけど、だから結構、ブックマークをよく使います。
(2008年7月29日放送)

さゆみ、流行り物とかに、あまり、そんなに流されないタイプで、洋服とか、あの、髪型とか、そういう、ブレス系?...ブレス系?...アクセサリー系とか、そういうの、流行ってても、そこまで流されなくて、あの、ファッション雑誌とかもさゆみ、本当、読まないんですよ。たまに暇で、あの、美容院とか行った時に、読んだりとかはするんですけど、自分で買うことってさらさらないんですね。だから、たぶん、流行ってても自分流で、ここは行きたいと思います。
(2008年8月5日放送)

異性に対するっていうのは、さゆみはテレビとか見てて、なんかご飯とかがっついてる人とか見ると、ちょっといいなと思いますね。なんか、一緒に...お兄ちゃんとかお父さんとかもそうなんですけど、特にお父さんなんですけど、小食なんですよ。なんかあんまり食べないんですよ。だから、さゆみの方が食べるんですね。なんか一緒に食べてて、「もうお腹いっぱい」って食べなくなるのがすごい切なくなるんですね。だから、こうテレビなんか見てて、おいしいおいしいって言っていっぱい食べてくれてる人とかは、すごい見てて安心感があるなと思うし、あとは、こうなんだろうな、頑張ったりとかしていい汗かいてる人とか、こうなんか...なんだろうな、普通にさゆみ、こう車に、あの、メンバーとかと乗ってて、こう普通に外を見てた時に、何か工事の人とかがすっごい一生懸命働いてて、暑い中。で、それで汗かいてる人とか見ると、すごいいいなと思うし、コンサートとかでもファンの人がさゆみ達を応援するのに一生懸命、あの、飛び跳ねてくれて、Tシャツの色とかも変わるくらい汗をかいてて、何かそういう人間味のある人にちょっと惹かれますね。
(2008年9月2日放送)

もう暴露しちゃいます。さゆみが出没する場所は渋谷ですね。渋谷メッチャ行きますよ。さゆみ、渋谷はモーニング娘。に入る前から、なんか...渋谷ってなんか東京の若い子が遊びにいくっていうなんか、すごいイメージがあって、すごいなんかあの、みんなすごいいつも元気でキャピキャピして、なんか...みんなすごい、もちろん1人1人悩みはあるんだろうけど、悩みを抱えてなさそうに見えるっていうか、失礼かもしれないんですけど、すごいみんな仲良しで楽しそうじゃないですか。なので、その雰囲気がすごい好きで、なんかさゆみもあそこに混ざってたらすごい元気になるので、渋谷は大好きなので、はい、もしかしたらさゆみがいるかもしれないですね。渋谷の...渋谷にもハロプロショップがありますので、ぜひぜひ行ってみてください。
(2008年9月16日放送)

さゆみは夏生まれなんですけど、あの、そして夏生まれのすごい寒がりなんですけど、あの、冬が大好きなんですよ。このなんかちょっと寒いけど、「寒い」って言ってる自分もなんか別に嫌いじゃないし、なんか、あの、お仕事に行く、1人で、なんか移動中の、なんか寒いけど、なんか音楽とか聴きながら浸ってる、なんか外の、なんか自分はあったかいけど外はちょっと、なんか、こう木とかが揺れてて、寒そうな感じとか、あの、なんか...なんか冷たい感じが好きで、切ない感じとかも好きで、あの、ちょっと...冬が楽しみなんですけど...。
(2008年9月23日放送)

本当にこのワニの話をし出すと、ちょっとさゆみ、楽しくなってきちゃうんですけど、ワニって不思議なんですよ。ていうか、なんでワニがいるんだろう、みたいな。なんか、そこの静岡県のワニ園っていう所に行ったんですけど、なんかバナナワニ園っていって、その、ワニがたっくさんいて、なんか、むしろなんか人間がいることの方が不思議なぐらい、ワニが当たり前な気分になるんですよ、そこにいたら。なんかもうワニがいることが日常みたいな。なんか、さゆみはワニがいてこそな人間たちなんだな、みたいな気分になるんですよ。ほんと、ワニの存在が大きすぎて、そこでは。なんかもうワニ...とりあえず、そこにいるっていうだけで、ワニってすごいって思うんですよ。なんかね、なんか、なんでワニがいるんだ...なんかね、不思議なんですけど、ワニの存在をすごい、なんかワニ園に行くと、心地よく受け止めれるというか、ワニがいて当たり前なんだっていう気分になるというか。なんか、普通に生活してて、ワニって、なんか、別にペットとして飼うわけでもなく、飼いたいと思うわけでもなく、別に動物の絵を描く時もワニの絵なんてなかなか描かないじゃないですか。なのに、あそこに行くと、ワニがメチャメチャ存在感をアピールしてくるんですよ、さゆみの中で。ワニってすごいんですよ。なんか、なんか、ワニをずっと見てたら、なんとなくですけど、ワニの形が恐竜に見えてきて、恐竜って滅没したじゃないですか。滅没?滅絶?何?何、教えて?滅亡...滅亡?熱望?滅亡?め...めつぼう?せ...絶望?絶滅?絶滅?...みんなバカだなあ。絶滅したじゃないですか。で、あれはワニの生まれ変わりなんじゃないかと思って、さゆみは。形とか姿見?姿煮?煮てないんですよ。なんか形とかがとりあえずすごい似てて、で、もうずっとお姉ちゃんと一緒に、「さゆみ達、判明したよ」って言って、「ノーベル賞獲れるよ」って言ってて、「ワニは昔、恐竜なんだよ」って言って、恐竜が絶滅したからワニになって、今はその事実は判明されてないけど、絶対、あの、進化形で、ワニになったんだって...ことになったんです。だから今お伝えしました。よろしくお願い...そこにね、鳥もいたんですよ。なぜかワニ園に鳥が1匹いて、で、「この鳥はしゃべれます」っていうことが書いてあって、「あ、しゃべれるんだ」と思って、すごい話しかけてたんですよ、「こんにちは」って言いながら、「さゆみだよ」とか言いながら話しかけてたんですけど、一切シカトなんですね、そこの鳥さんは。で、あー、やっぱしゃべれるって言っても機嫌とかも、あの、体調とかもあるだろうし、まあ今日はあんまり良くないんだと思って、お姉ちゃんが「こんにちは」って言ったら、しゃべるんですよ、鳥。あの、「こんにちは」っていうなんか、しゃべれるって言われた割には日本語とかあんましゃべんなかったんですけど、お姉ちゃんがしゃべりかけたら、反応するんです。だから通じるものがあるんだな、と思って、すごい不思議でしたけど、すごいワニ園楽しいんで、よかったら...すごい本当に行ってみてほしいんですよ。行ってみたら分かると思うんですね、この気持ちが。だってね、本当すぐそばにワニがいるんですよ、何十匹も。さゆみの体よりも全然大きいんですよ。そこにいるんです、そのワニが。すごい不思議なんですね。しかもおとなしくて、可愛い顔してるんですよ。だから、檻に入っても、食べられなくて仲良くできる自信があるんですね。本当にそれぐらい可愛いので、もし機会があったらぜひ行ってみてください。
(2008年10月14日放送)

みなさんは暇な時って何をしますか?聞きたいんですけど、さゆみはずーっと携帯をいじってるんですね。もう暇さえあれば携帯携帯で、もうすぐ充電とか無くなるぐらい、もう携帯依存症っていってもおかしくないぐらい携帯をずーっとさゆみはいじってられるっていうか、あの、結構みんなすぐ、あの、もう見るとこがないとか飽きたとか言うんですけど、さゆみはもう、もうずーっと見てる...なんか他のアイドルだったりとか、あの、いろんな人のブログを読んだりとか、あと、なんかいろんなのを検索するのが楽しくって、ずーっと...あと、今ハマってるドラマの、いろん...どん...他の人はどんなふうに感想持ってるんだろうとかいうのを見るのがすごい好きで、すごいよく見るんですけど、ふと、うさちゃんピースって、この...ハイパーナイト、モーニング娘。今夜の...うさちゃんピース、聴いてる人ってどう思ってるんだろうと思って、うさちゃんピースで検索してみたんですよ。そしたら、結構な件数が出てきて、うさちゃんピースの感想をブログだったりとか、そういうなんか書いてくれてる人がたくさんいて、さゆみはもう、あの、暇じゃない時の時間を使っても全部読みました。あのね、批判もされてましたが、結構みなさん楽しんでいただいてるようで、でも一番嬉しかったのは、あの、その感想とかもすごく嬉しかったんですけど、さゆみがこうしゃべってる言葉を全部書き起こしてる人がいて、なんか、「えー」とか「うん」とか「ふーん」とかそういう小さい、あの、なんか聞き落とすような言葉とかも、全部書き起こしてくれてる方とかいて、すごい嬉しかったですね。あの、それは...あ、さゆみ、こんなこと言ったんだと思って、あ、この時はこういう状況だったんだなと思って、あの、さゆみの日記よりも詳しくて、すごいありがたくて、あ、これからは日記書かなくてもこれ読めばさゆみの心境分かるなって思っちゃいました。
(2008年11月18日放送)

この鳥取でのコンサートなんですけど、さゆみの小学校1年生の時の友達が鳥取に住んでるんですよ。で、今は神戸に住んでるんですけど、あの、わざわざ神戸とかの近くのコンサートじゃなくて、自分の地元でやるコンサートを観にいきたいって言ってくれて、その小学校1年生以来のお友達が、あの、鳥取に、モーニング娘。のコンサートのために帰ってきてくれて、で、見にきてくれたんですけど、で、2階席がですね、鳥取は、あの、ファミリー席が2階席の横だったので、すごい顔とかも見えて、すごい一緒に盛り上がってくれて、あ、小学校以来なのにこんなにもさゆみのことを応援してくれてるんだと思ってすごい嬉しかったんですけど、あの、終わってから電話したら、すごい友達が泣いてて、す...本当に感動しちゃってなんか、あの、小学校1年生の時以来しゃべったことなかったんです。メールとかはしてたんですけど、あの、お母さん同士が仲いいから、まあ、あの、お母さん同士が仲よくしてくれてたおかげで、まあこう、さゆみ達も、今こう連絡を取り合ったりもできるんですけど、本当に何年...小学校1年ということは、7歳だから、今19歳だから、あ、7年ぶり...?に声を聞いたんですよ。12年ぶりか。12年ぶりに声を聞いたんですよ。なんか不思議ですね。声...なんか、しゃべり方とかはすごい変わってなくて、すごいなんか感情がすごいある子というか、まあみんなあると思うんですけど、すごい、なんていうんですかね、優しい気持ちを持ってるんだな、そういうとこ変わらないんだな、小学校1年生から、と思ったんですけど。メチャメチャ泣いてくれてて、なんか、あの、私のことを小学校...その子も、なんか、私のことを、さゆみちゃんが、あの、友達って思ってくれてて、その大事な友達がコンサートで同い年なのにこんなに頑張ってて、しかもバイバイって手振ってくれてて、本当嬉しくて、コンサート中涙が止まんなかったって言ってて、電話でもずっと泣いてて、なんか、なんかすごい偉大な友達を持ってるんだなってすごく嬉しかったです。なので、また鳥取でコンサートができたらいいなって思います。
(2008年12月9日放送)

さゆみも地元、山口県のお隣で、広島県でコンサートができるっていうことで、もうすごい嬉しくて、ステージに立ったんですけど、こうアンコールを、さゆみんコール...みなさんがしてくださって、もうすごい嬉しくてですね、で、パッて、あの、ステージ...ていうか、あの、ステージの袖から、あの、お客さんの方を見るとピンクのサイリウムがいっぱいあって、で、画面には、あの、「さゆみんお帰り」って、うん、お帰りとはまたちょっと意味が違うな...違うよと思いつつもすごい嬉しくてですね、もう本当にみなさんの応援とか声援が胸にきたんですけど、あの、本当にさゆみ、みんなに生きててほしいって思ったんですよね、心から。なんか、あの、元気でやっててねって思いましたね、次会う時までに、もう今このみんなにまた絶対いつか会いたいって思った時に、出た言葉が、まあ「死なないでください」っていう言葉だったんですけど、あの、本当に次会う時まで元気でいてほしいなって、はい、心からそう思って、本当に次こそは山口県でコンサートが、はい、地元でできるっていうのはすごい嬉しいことなので、はい、地元でできたらいいなって願ってます。
(2008年12月9日放送)

これは、もうノーコメントでいきたい感じですけどね。でも本当に、なんだろうな、でも、まあ、知らなければよかったこともあるし、聞かなければよかったなって思うこともあるけど、でも、それを知ってこそ、「あ、さゆみはこうしないでおこう」とか、「こうしない方がいいんだな」って思えることもあるので、やっぱ、全部必然的にできてるんだなって思いますね。だから、ファンの方も、知っちゃったことは知っちゃったことで、受け止めて、はい、そうして生きていきましょう。
(2009年1月6日放送)

あ、本当に、本当にありがとうございます。なんか、なんていうんですかね、さゆみも同じ気持ちというか、なんか、さゆみもこの「こんうさピー」があるから、なんか、やっていけるというか、なんだろう、モーニング娘。で、こう、やってて、まあ普通に毎日生きてれば楽しいことはもちろんのこと、まあ、嫌なことだったり悲しいこともあるけど、あの、でも、さゆみ、1人で「こんうさピー」やってて、聴いてくれてる人がいるんだな、さゆみだけの声をって思うと、あ、すごい、あ、こんなことでくじけちゃダメだなと思って、頑張ろうって思えるし、でも、さゆみがそう思ってて、思ってたら、こういうふうに、「さゆみんのおかげで」って言ってくださる方もいるし、なんかすごい、なんかうまくお互いが歩いていってるんだなと思って、そうですね、2009年も本当にみなさんよろしくお願いします。
(2009年1月6日放送)

さゆみは、冬になるとあったかいソイラテが飲みたくなるんですよ。あの、豆乳ラテなんですけど、豆乳、ソイっていうんで、あの、さゆみの、あの、お家の近くの駅前にコーヒー屋さんがあって、で、駅...あの、電車から降りて、そこのコーヒー屋さんに寄って、「ソイラテください、ホットで」って言って、その、なんか、もらった瞬間のあのあったかい感じがひじょうに好きで、で、ソイラテの上の泡が大好きなんですよ。で、なんかさゆみ、1番ちっちゃいの頼むんですけど、全部は飲めなくて、なんか、なんていうんだろ、ソイラテすごい味とかも好きなんですけど、なんていうんだろうな、すごい別に喉が渇いてるわけでもないから、寒くて、浸りたくて買うんですよ。可愛いじゃないですか。コートとか着てて、女の子が、なんていうんですか、寒いなって思いながら、ホットソイラテを持ってて、はぁーってやってる感じ、あの感じがさゆみ、すごい好きで、で、あの、駅前でそれを買って、あったまって、で、なんか、その上の泡だけを飲むのがすごい好きなんですけど、で、さゆみが、それでまた、もう1個好きだったのが、あの、そのやつが、あの、あの、そこの駅のちょっと歩いてから、タクシー乗り場があって、そこから1メーターでお家まで帰れたんで、そのソイラテを買った時は、いつもその1メーターで帰ってたんですよ、お家に。それが、あの、まだ660円の時代で、で、660円で、で、あの、660円で、390...40円?そしたら1000円ですか?足したら。1000円ですよね。で、そのソイラテのショートが340円だったんですよ、そこのコーヒー屋さんで。だから、いつも1000円を持っとけば、あの、きれいに払えてたんですよ。で、それから、710円にアップした時には、きれいに払えなくなっちゃって、すごいそれが切なかったんですけど、その660円の時代は、すごい1000円...この1000円があれば、さゆみの全てのプランが成功するんですよ。その1000円1枚で。だからそれがすごい好きでしたね。しかもなんかね、あのね、なんかね、冬ってすごい好きなんですよね。なんでこうも切ないんだろうっていう。なんか、切ないのが好きって不思議なんですけど、切ないのって嫌じゃないですか、普通。なんか苦しいイメージじゃないですか。なのに、あの冬の切なさはすごい謎なんですけど、いつまで経っても、すごい好きですね。
(2009年1月13日放送)

すごくプラス思考な時期もあるんですけど、こうなんか...ネガティブな時期っていうのがあって、そういう時は何が起きてもどんなにラッキーなこととかあっても、「でも結局今がラッキーだから、すぐなんかまた嫌なこと起きちゃうんでしょ」的なことを思っちゃう時期がありますね。だから、ポジティブに生きようって思えば思うほどネガティブになる時期っていうのはありますね。
(2009年3月3日放送)

この「泣いちゃうかも」のPVを見ていただいた方は分かると思うんですけど、あの、涙を流すシーンがありまして、こう、目薬を使った子、使ってない子っているんですけど、で、あの、「道重、どうする?」って言われて、どうしようと思って、でもなんか使うのもなと思って、なんかすごい悔しくて、だから、「とりあえずやってみます」って言って、「もし流せなかったらすいません、一応用意してもらっていいですか」って言っといて、まあ、何とか自力で泣いたんですけど、あの、でも、何とかっていう割には意外とポロッていけまして、何ていうか、あの、この「泣いちゃうかも」の主人公、マリコちゃんがいるんですけど、そのマリコちゃんになり切ったんですよ、さゆみは、その時に。で、その、なんか、あの、何ていうんだろう、その撮影した所でもう音がですね、ガンガンに響いてて、あの、マリコちゃんになりやすい環境だったんですよ。カメラさんとカメラと私の1対1な感じで、なんか...何ていうんだろうな、もう周りにいつもいてくれるマネージャーさんとかがいたりとかしても、恥ずかしいとかもなかったし、もう本当に自分はさゆみっていうよりはもうマリコちゃんになり切ってて、で、でもマリコちゃんの気持ちになってた時に、始め、リップシーンっていうかその、曲を歌ってるシーンから始めたんですけど、で、その時に、「あ、ちょっと泣きそうかも」と思ってて、本当泣いちゃうかも状態で、そしたらもう「全然泣いてくれて大丈夫だよ」って言われてて、で、その後で、その、泣い...涙流してねっていうシーンを撮ったんですけど、でもその時は、あの、ずっと「ああ泣きそうだな」って思ってる時に、さゆみ、この曲のAメロからBメロにいく感じらへんの曲調がすごい切なくて好きなんですよ。で、その切ない曲調が、あの、そのスタジオにガンガンに響いた時に、ヤバいと思ってポロッときましたね。もう本当に私、マリコでもいいかもって感じですね。生まれ変わったらマリコでもいいかもっていうぐらいその時はマリコちゃんになり切ってて。
(2009年3月3日放送)

あの、すごい最近...最近じゃないけど、本を読んでて、なんかそういう時も周りに感謝するんですって。なんか、遅刻しそうだなとか、遅刻した時って、こう、焦ったりとか、そうやってさゆみみたいに周りのせいにしたくなるじゃないですか。でも、そういう時に限って、あ、限ってじゃない、そういう時だからこそ...オッケー、日本語使えた。そういう時だからこそ、あの、あの、遅刻してありがとうって思うんですって。なんか、分かんないけど。なんか、医学的に? なんか、らしいよ。だからね、本当みんなね、本当ありがとうって思った方がいいよ。だから今、車乗ってこのラジオ聴いてくれる人も、こう、ありがとうって思った方がいいし、こう、もうこれから、なんだろうな、今、もしお茶こぼしたとしたら、あ、お茶こぼしてくれてありがとうとか、そういうふうに考えてた方がいいですよ。ミスったらありがとう。何でもありがとうにしてったら、いい方向にいくらしい。ね?はい。なので、みなさん、そういうことにしましょう。
(2009年3月24日放送)

さゆみのこと、あの、あの、ファンになってくれたら嬉しいなっていうのもあるんですけど、こうやっぱ、逆もあるじゃないですか。今までさゆみのファンだった人が、こう、小春ちゃんのファンになっちゃったりとか、でも、そういうのを見つけるのも得意なんですよね。あーとか思うんですけど、こう、初めはね、やっぱりショックだったりとかするんですけど、やっぱでも、グループ内でこう、ね、あの、分かれてくれるのは全然、はい、いいので、まあ、たまにはさゆみのことも目向けてくれると、まあ、昔の女的な感じでね、目向けていただければいいかなと思ってるので。
なんか、そういう時の握手会の時とかに、そういうファンの方って、やっぱ顔もお互い認識してるから、こうちょっと気まずそうな顔するんですよ。なので、全然さゆみ、そういうふうに思ってないので、全然もう、はい、あの、全然仲よく、あの、2人目に好きなぐらい全然平気なので、はい、全然、はい、大丈夫ですよ。というのを伝えたかったです。
(2009年3月24日放送)

なんか、たぶん、こう、自分にいっぱいいっぱいになったりとか、ヤケになったりする時とかってあると思うんですけど、そういう時って、まあ、さゆみが特にそうなんですけど、周りが見えなくなって、こう、さゆみはすごい、なんか、すごい何かをしゃべりたくなってワーっとしゃべるんですけど、そういう時って本当周りが見えなくて、でも、その話を聞いてくれてる人がいるっていう、そういう状況とかが本当、自分1人じゃなくて、みんながいて、さゆみがいるんだなって、こう感じれる、「歩いてる」の曲は素晴らしいなって本当に感じますね。ありがとうございます。
(2009年3月31日放送)

本当にこの「It's You」は初めて私がソロで歌わせてもらったアルバム曲な...はい、入ってるんですけど。こう、あの、さゆみん大好っきさんからですね、あの、「さゆみんがこれまで経験した悔しさだったり苦労だったり喜びだったりがいっぱい詰まってる気がします。全てがここにつながっていたのだと思います。僕は道重さゆみさんのことをめっちゃ尊敬しています」って言ってくださって、ちょっとこれ読んだ時、泣きそうになりましたね。なんか、なんていうんだろう、こう、別に「『It's You』はセクシーな曲です」とかよく言ってるんですけど、こういう風に捉えてくれる人がいたりとか、こう、なんか、敢えて口にしなくても、こう、なんか、こういう風に考えて、「あー、さゆみんはこう思ったんだな」っていうのを感じてくれてる人がたくさんいるっていうことが、もうすごい嬉しくて、うーん、今、コンサートとかでも、歌ったりとかしてて、こう、リハーサルとかでも、結構どう...どうすればいいか分かんなくなったりして、自分と葛藤してて、もう本当ちょっと悩んだりとかしてたんですけど、やっぱいざファンの人達の前に立つと、みんなが味方な気がして、すごく楽しんでやってるので、うーん、大事な1曲となりました。
(2009年3月31日放送)

でも本当、エースキラーさんをはじめですね、ファンのみなさん...あの、山口県のファンのみなさんもたくさんいてくれたとは思うんですけど、こう、東京からね、駆けつけてくれたりとか、他の地方から来てくれた人もいると思うんですけど、なのに、こう、「お帰り」って言ってくれるじゃないですか、みんながみんなして。たぶん、あの、まあどっかしらで「お帰りっていっても今日来たしな、俺らも」って思ってると思うんですけど、なのに、そこはもうさゆみが地元山口に帰ったからっていうことで、あの、みなさんも今日来たかもしれないのに、「お帰り」って、あの、迎えてくれるっていうところが本当にみんなありがたいなって思うんですけど、こう、でも本当になんかステージ上から、あの、2階席の、ファミリー席とかを見ると、もうお母さん、お父さん、もちろんおじいちゃんおばあちゃんとか、あと、一番感動したのはおじいちゃんとおばあちゃんの横にはとこがいて、で、そのはとこ、さゆみ、すごいちっちゃい頃から可愛がってたんですけど、あの、一時期、すごいなんか、あの、事故をしちゃって、で、なんか、結構体調が良くなかったんですよ、ずっと。で、こう、コンサートとかも見にいきたいって言ってたんですけど、病院の先生とかに、こう、「ダメだから」ってストップされてて、で、久しぶりに、その事故の前には1回来てもらったことあったんですけど、事故後は初めて来てくれて、で、すごいそのはとこが見えた瞬間に、もうすっごい嬉しくて、で、なんか、あの、バイバイってしたら、おじいちゃんとかが、「あ、してるよ」っていう動作とかも見えて、で、はとこがすごいさゆみに向かって、しかも笑顔も見えるんですよ。で、なんか、「あ、すごい、笑ってる」と思って、もうそれを見た瞬間はすごい感動して、で、やっぱそう、おじいちゃんおばあちゃんがいて、さゆみがいて、で、はとこはさゆみより全然年下なんですけど、で、そうやって繋がってってるんだなって思うと、すごいなんか、なんていうんだろう、山口時代からのそういう、なんか、さゆみの人生って、あ、すごい、ここに繋がってるんだなって思うと、すごいなんか、これから先、なんか色々なことあっても、すごいそうやっていろんな人がいてくれるからさゆみなんだ、頑張ろうと思えて、すごい感動しましたね。はい。みなさん本当にありがとうございました。
(2009年5月6日放送)

いやー、さゆみも、こう、あの、オンエアーも見させてもらったんですけど、あ、そんな緊張してるふうに見えないなと思ったんですけど、もう本当に緊張してて、なんかバクバクですね。
で、さゆみは本当、あの番組が大好きで、で、まあ1週見てるし、あの、だから、そんな大好きな番組に出させてもらったのはすごく嬉しかったし、こうなんかやっぱ自分の中でも、「キタ」と思ったんですけど、
もうね、収録前の、あの、前夜から、超緊張してて、もう本当、胃が痛くて、どうしようと思って、やっぱなんか、あの、何が正しいのかっていう答がないわけじゃないですか。なんか、これを言っていいのかどうかも分からないし、言っちゃったらもう終わりだし、何をいまさゆみに求められてるかもよく分からないし、で、なんかこう、あの、まあ、MCの、あの、ロンドンブーツ淳さんもいるけど、でも、こうなんか、たくさん、本当に...本当に、こうなんていうんですか、すごい方じゃないですか、大物女優さんだし、だから、本当にこれを言っていいのかとか、なんか、やっぱヤバいこと言っちゃったなって、その、収録中に、やっぱちょっと後悔してる自分もいるし、でも、でも、大丈夫、さゆみはもうこれでやるって決めたから、もう全然後悔なんかしちゃダメだと思って、もう自分に言い聞かせて、すごい頑張ってる自分もいるし、もうだからね、すっごい、あの、緊張してるふうに、たぶん...自分でも見えなかったんですけど、いやー、ずっと緊張してましたね。緊張っていうのかな、あれは。なんか、あの、とりあえず何をしゃべっていいのか分からないというか、これをしゃべって、あの、いい方向に転がるかどうかって、初めてだったんで、どういうふうになるかっていう想像が付かなすぎちゃって、それがすごく難しかったんですけど、
やっぱ放送を見てくれた、あの、メンバーとかも、「面白かったよ」とか言ってくれたし、こう結構なんか、反響が大きかったので、その分では、あ、よく...ちゃんと出来たのかなっていうのはありますね、はい。
でもやっぱ本当緊張しましたね。もう本当にドキドキでしたもん。あの、だから、最後、終わった後に、あの、それぞれ、楽屋に挨拶させ...しにいかせてもらったんですけど、もうなんか本当に怖かったですね。
でも...え?誰が怖かった?さゆみ的には、言っちゃっていいのかな、国生さゆりさんが怖くて、でも、同じ元...あの、元...元アイドルって言ったらまたなんか支障があるかもしれないんですけど、こうなんか、おニャン子クラブさんでやってらっしゃったから、あの、まあ、いろいろまた、その、さゆみの毒をいっぱい吐いちゃったから、「あ、いろいろすいませんでした」って言ったら、「あ、全然大丈夫だよ」って笑顔だったんですけど、さゆみにはその笑顔に、また奥に何かがある気がしちゃって、すごく怖かったです。
でも、まあ、みなさん本当、「全然大丈夫だよ」「全然あれでいいんだよ」って言ってくれたので、すごい安心はしたんですけど、はい、でもなんか本当に、あの、あの場ではすごい、やっぱちょっと、なんだろう、番組的にか分かんないんですけど、ギスギスっていうか、結構あの、なんか、ちょっと飛び交ってる感じじゃないですか、なんか、お互いの意見が。でもすごい、終わるとみんなすごいなんか、優しくしてくださって、あ、本当にみんないい人なんだなっていうのはすごく感じますね。はい、そこに助けられます。ありがとうございます。
(2009年8月19日放送)

もうねえ、可愛くて、で、さゆみ、この、前日...じゃないけど、この「ドレミファドン!」に出させてもらえるってことを聞いて、「あー、頑張ろう、ドレミファドン!」って思ってて、こう、なんか、出演者さんとか見るじゃないですか。そしたら、「小倉優子」って書いてあって、めっちゃめちゃテンション上がりましたね。もう、あの、さゆみ、小倉優子さんもすごく好きで、あの、なんていうんですかね、ゆうこりんは、人生で出会...出会ってはないかな、見た女の子の中で一番タイプな女の子なんですよ、自分の中で。で、写真集とかも何冊も、あの、持ってて、DVDとかも結構、あの、ちょっとなんか、これからどうしようかなって思った時とかに、ゆうこりんのDVDとかを見ると、こうやっていこうって思うんですけど、もうそれぐらいすごい、あの、小倉優子さんには、こういろいろ、あの、アイドルとして、なんか、勉強させてもらってるんですけど、その大好きな小倉優子さんと共演できるってことで、めっちゃ嬉しくて、で、ずっと結構、あの、ルンルンで、で、あの、始まる前に楽屋にご挨拶しに行ったんですけど、あの、すごい、何も変わらない感じで、「あ、よろしくお願いします」って、なんかいつものゆうこりんのトーンで挨拶してくれたことがすごく感動しましたね。なので、あの、収録中とかも、ちょっと時間があればゆうこりんの方をチラチラ見ながら、「あ、ゆうこりんがいる」と思って、「同じ空間にいるんだ」っていうのを楽しんでました。だから、あの、別に挨拶程度の会話しかしてないですけど、もう、自分の中では大満足な1日でしたね。もう、本当にまあ、ゆうこりんのファンのみなさんには申し訳ないですけど、もう堪能させてもらいました。ゆうこりんが、ちょっと、ミニのズボンをはいてたのかな。だから、ゆうこりんの後姿を見てて、「あ、ゆうこりん、脚細~い」と思いながら、その、あの、脚も見ましたね。いや、本当、可愛かったですよ。ちょっとなんか、あの、人間じゃないと思いましたもん、可愛くて。度肝を抜かれましたね。あれはもう、たぶんね、生で見に行ったた方がいいと思いますよ、ゆうこりんのこと。すっごい可愛い。だから、よく、なんか、あの、アイドルのファンの方とかって、なんていうんですかね、あの、テレビとかで見るよりイベントとかに行く楽しみがあるっていうじゃないですか。その気持ちがめちゃめちゃ分かりましたもん。「あ、これはテレビで見るより、やっぱ生が一番だな」っていうのは、すごい思いましたね。なんかさゆみ、すごいいま熱いですよね。アイドリング!!!に始まりゆうこりんの話は。すごい楽しい時間が過ごせました。ありがとうございます。はい?ファンっていうのは、あの、ちょっとその時は言えなかったんですけど、たぶんさゆみ、結構いろんな所で言ったりとか、あと、あの、スタッフさんとかに、「さゆみ、ちょっと、小倉さんのファンなんですよ」って言ったんで、たぶん伝わってるとは思います。はい。嬉しい。だって、さゆみ、認知されたんですよ、だって。あの、挨拶して、「道重さゆみです」っていう話をしたから、「あ、道重さゆみちゃんですね。よろしくお願いします。小倉優子です」って言ってたんで、あ、さゆみがこの世にいるってことは知ってもらえたんで、さゆみの存在を知ってもらえたっていうだけで、もうさゆみはもう大満足ですね。はい。はい、ちょっと熱くなったところで、以上、「さゆの小部屋」でした。
(2009年8月26日放送)

まあ、ああ、そうですね、まあでも本当、山口で、あの、キャンペーンができたことはすごい嬉しくて、初めてだったので、こう、モーニング娘。でも7年目でやらせてもらってるんですけど、あの、お仕事で山口に行くっていうのはコンサートの2回以外が無かったので、すごい、あの、嬉しかったんですけど、あのね、何か新しい発見っていうと難しいんですけど、改めて感じたのは、あの、どこまでもそうやってついてきてくれるファンの人はすごいなっていうのと、そのファンの人の行動力だったりとか、あの、次の日も東京で、あの、アメーバスタジオでラジオとかやったんですけど、その観覧にも山口に来てくれた人がそのまま来てくれてたりとか、だからあの、2日連続...ていうか、3日、4日ぐらい連続でファンの方に会えて、毎日会えてすごい嬉しかったんですけど、なんかね、本当、あの、本当改めてなんですけど、あの、ファンの人だけは、なんか、さゆみのこと分かってくれてるんだなっていうのを感じて、やっぱすごい嬉しかったし、なんかもう誰に何を言われようと、誰に何と思われてようと、こうね、裏ですごいいろいろ言われてても、なんか、もうなんかそれだけで十分だなっていうのをすごい感じましたね。はい。なので、すごいありがたいなって、はい、思いました。ありがとうございます。
(2009年9月23日放送)

あのですね、さゆみ、最近、感動したことがあって、なんか...なんかね、分かんないんですけど、みんなもそうか...よく分かんないんですけど、お家とかで1人でいた時に、こうなんか、叫んだりってします?普通にお母さんとかがいないのに。叫ばないですか?なんか、さゆみ、無意識に、「やだ」とか言うクセがあるんですよ。「もうイヤ」とか、お家にいるのに、「帰りたい」とか、「帰ってるのにな」とか思う時、よくあるんですけど、そういうことが最近多いんですよ、なんか。お家で1人でいるのに、なんかクセで、そうやってなんか、マイナス志向なことを言うことがよくあるんですけど、それがクセになっちゃって、あの、タクシーの中で、この前、普通にいて、何も考えてなかったら、すごいでかい声で、「やだー!」って言ってて、もう本当に恥ずかしくて、で、そういうことがあって、なんか何回も...そう、何回も...タクシーの中で言ったのは1回だったんですけど、お家とか普通にお風呂入ってても、なんか、「帰りたい!...いま帰ってるし、どこ帰るんだよ...」とかいう独り言が最近すごい増えてて、で、なんか、あ、これはなんか、よくないなって思いつつ、ど...直せないなって思ってたんですよ、もう無意識でやっちゃうことだから。言った後にはちゃんと気付いて、やめようって思うんですけど、なんか、やめようって思っても、なんか言っちゃうんですよ。で、そういうことがある日々の中、あの、その日も朝、ちょっと朝結構早くて、で、あの、もうどスッピンで、あの、誰にも顔見られたくないと思って、帽子を深くかぶって、あの、お家出たんですよ、お仕事行こうと思って。そしたらね、なんか、あの、小学生ぐらいの男の子の兄弟が...小学生の男の子と、あとは、あの、3歳くらいの小っちゃい男の子だったんですけど、小学生ぐらいの男の子が、すごいしっかりしてて、で、なんか、あの、たぶんさゆみ、すごい嫌な空気流れてたと思うんです、さゆみ自身に。なんですけど、その男の子が、なんか、あの、鍵が...鍵がないみたいな感じで結構困ってたんですよ。で、さゆみがドアをね...ドアっていうか、あの、マンションの下の、あの、玄関を開けてあげたら、すっごい笑顔で、あの、「ありがとう」って言ってくれて、で、あの、その3歳の男の子にも、「ありがとうって言いなさい」って言ってて、その姿を見て、さゆみ、ちょっと感動しちゃって、なんか、さゆみ、イヤだとか1人で言って、こう、でもこの子は、弟のためにちゃんとそういうことしてあげてて、なんて偉いんだろうと思って、あの、さゆみもちゃんとしようと思って、なんかね、さゆみって、好きな言葉「ありがとう」とかいつも言ってるんですけど、最近本当、ありがとうっていう言葉言ってなかったなと思って、なんか、その男の子にすごい大事なことを気付かされました。
(2009年9月30日放送)

(最近バラエティー番組でよく見かけますね。ファンとしては嬉しい反面、さゆみんにはもしかしたらいままでにはないバラエティーでの悩みとか辛いこととかあるかもしれないですけど、我々ファンはいつでも味方なので、いっぱいいっぱいにならない範囲で頑張ってください)
ありがとうございます。もうこうやって言ってくれる人がいるだけで、もう本当に嬉しいし、もう頑張ろうと思えるんですけど、でも、なんかね、楽しくなってきました、最近。なんか、あの、なんていうんだろうな、はじめは、こうなんか、やっぱ普段9人でいるから、こうなんか、1人でなると、なんていうんだろうな、あの、誰もフォローしてくれないし、あの、頼るところもないから、全部自分の責任だなと思ってたんですけど、こう、逆に、それをさゆみはずっとマイナス思考で考えてたんですけど、だから、あの、9人になった時にすごい安心して、やっぱグループっていいなって思ってたんですけど、逆に、いまはこう、責任とかプレッシャーが多い分、達成感っていうものがすごい、9人でいる時よりも感じられるし、こうなんか、あの、ちゃんと自分がやりたいことをやってるっていう、そのなんか自分の意思がやっと通った感じがして、すごいなんかやりがいがあるというか、「あ、さゆみっていま仕事してるんだな」って思えるというか、こう、なんか、もちろんモーニング娘。でいる時もそうなんですけど、でもなんていうんだろう、9人でいたら、いまはリーダーに任しとこうとか、あの、まあ、ここはリーダーが話すから、あの...あの、後ろの子たちは普通にしててねって言われることもあったから、でも、1人でなると、全部1人でやらなきゃいけないし、でも...でも、さゆみはモーニング娘。道重さゆみなので、あの、さゆみが言ったことはモーニング娘。のイメージになるからって、一応気をつけてはいるんですけど、でも、なんか、やっと道重さゆみっていうものを、なんか、出せる気がして、すごいいまは、すごい楽しんでやってるので、はい、まあ、辛いこととかはまあ、あってもそれを結構、前向きに捉えられるようになりましたね。はい、なので、ありがとうございます。
(2009年10月7日放送)

あの、「歩いてる」をね、歌わせてもらってるんですよ。あの、最初だけ1人でちょっと歌わせてもらってるんですけど、あの、セットリストを初めて見た時に、あの、びっくりしましたね。さゆみが一番好きな曲を、あの、自分が好き好きって言ってたら、こういうふうに、ちゃんと、誰かが、まあ、聞いたりとか、そういうのをちゃんと見てといてくれて、そういうふうにしてくれてるんだっていうのもすごい嬉しかったし、そうやって、あの、好きっていう気持ちは、伝わるんだなっていうのは、すごいあったので、しかもリハーサルとかも、すごい歌いやすいというか、やっぱ好きなだけあるなと思いますね、自分。あの、さゆみ、そんなに何も考えてなかったんですけど、あの、振りをね、付けてくれる先生とかに、あの、「どうですか?大丈夫ですか?」とか聞いてたら、あの、すごい、「この曲、すごい研究してるでしょ?」って言われて、「いい感じだよ」って言われて、すごいそれが嬉しくて、あの、今回歌うからと思って、歌詞を、あの、真剣に見たっていうよりは、普段からすごいいっつも聴いてる曲なので、なんかたぶんそれで、体にちゃんと馴染みやすくなってて、あの、今回歌うからっていうことで、改めてもう1回歌詞とかも見て、あの、「歩いてる」って相...さゆみ、相当好きだなと思いましたね。あー、なんていい曲なんだろうって思います。いいですね、あれは。
(2009年10月7日放送)


|

道重さゆみの核(コア)Part.1。

あの、さゆみ、ツキっていう言葉、すごい好きで、なんか、お母さんから聞いた話なんですけど、なんか、前向きにいっつでも、ツイてるツイてるって言ってれば、本当にツキが来るらしくて、だからさゆみ、一時期ずっと、あの、「よし、今日もかわいいぞ」に、あの、かけて、いつも「よし、今日もツイてるぞ」っていっつも歩きながら言ってて、そしたら、まあ、そんなに変わらなかったんですけど、まあ、嫌なこともなかったんですけど、本当にツキが来るらしいので、はい。
(2007年4月26日放送)

あの、さゆみ、平和系の曲が大好きで、「歩いてる」とかの「1人じゃないから」っていうところも大好きなんですけど、「愛あらばIT'S ALRIGHT」のBメロの、「時代はつながってるね」みたいな歌詞があって、なんか、おじいちゃん、おばあちゃん、おじいちゃん、そのまたおじいちゃん、そのまたまたまたってどんどんつながってるっていう歌詞があるんですけど、すごいそこの歌詞が好きで、本当におじいちゃんとおばあちゃんがいて、その2人が、本当にたまたま出会って、それで、どんどんどんどんひいひいひいひいおじいちゃんとかつながってるっていうのが、すごい好きで、その歌詞が、もうなんか、そこは本当に好きなんです。だって、たまたま、本当にそのすっごい昔のひいひいひいひいひいおじいちゃんとかが、もし、なんだろう、戦争とかで、なんていうんですか、普通にいなくなちゃってたりとかしたら、さゆみはいないわけじゃないですか。こうやってしゃべってないわけだし、本当にそう考えていくとね、不思議で、だからその歌詞はすごい奥が深くて、大好きです。
(2007年5月24日放送)

(もしもタイムマシンに乗れるとしたら、さゆみんはどの時代に行って、何をしたいですか?)
えー、そうですね、あんまり昔にも戻りたいとも思わないし、もう、あの、未来にも行きたいっていう願望もないんで、あんま使いたいなって思わないんですけど、でも、最近、家族で、あの、昔のビデオを見てたんですよ。0歳から7歳ぐらいまでの全部お父さんが編集してくれて、送ってきてくれて、東京に。それをみんなで見てたんですけど、なんか、もうやっぱ、その時の記憶ってないじゃないですか。だから、その時に行って、なんていうんですか、その時、ビデオ見て思ったんですけど、結構、さゆみって本当、いろんな方にかわいがってもらったりとか、お世話をしてもらったりとか、本当見たことない人にずっと抱いてもらってたりとかしてたんで、なんか、そういう、その時ってたぶん、ありがたみとかないじゃないですか。なので、その時に戻って、ちゃんとありがとうって言いたい、感謝の気持ちを伝えたいなって思います。
(2007年6月21日放送)

さゆみ、本当に、嫌なことがあれば、「次、楽しいことがあるから大丈夫」と思うし、でも、楽しいことが続きすぎると、「あー、嫌なことが起きるのかな」って思うんですけど、「あ、でも、あの時頑張ったから楽しいんだ」って思うようにしてますね。
(2007年9月6日放送)

(もしも明日で地球が終わってしまうとしたら、さゆみんは何をして過ごしたいですか?)
あー、こういう質問、よくアンケートとかでも多いんですけど、そうですね、もう本当に普通の日でいいですね。別に、あの、お仕事が入ってればお仕事するし、無かったら、やっぱり山口に帰って、おじいちゃんおばあちゃんとかに会って、いっしょに最期を過ごしたいと思うんですけど、でも、本当に、別に、普通に過ごしてたいですね。なんか、最後だからといって、これがしたいというのは特にいまは考えたことないので、そんな感じです。
(2007年9月13日放送)

本当にねさゆみ、運動という運動、全然できないんですけど、運動音痴はお母さん譲りなんですよ。お父さんもまあ...まあ、普通なんですけど、お母さんも全然運動ができなくて、で、お母さんって、体力がないんですよ。だから、お母さん...さゆみ、コンサートでも、娘。の中で体力ない方で、もう、アンコールらへんになるとバテバテちゃんなんですね。本当はよくないんですけど、で、お母さん譲りなんですけど、そこも。だから、お母さんはずっと自分が体力ないのを知ってたから、40歳まで生きれるか不安だったんですって。だから、もし40まで生きれたら、「私は本当に幸せ。こんなに頑張って生きれて、自分えらい」って思ってたらしいんですね。だから、いま、48歳なんですけど、「私ってすごい」っていつも言ってます。体力ない割に長生きしてるなって。なので、私も頑張って40まで生きれるように必死でやりたいと思います。
(2007年11月1日放送)

さゆみ、本当にコンプレックスの塊なんですけど、もう、本当に、毎日顔が変わるんですよ。それが一番嫌ですね。なんかね、本当に、むくみやすいらしくて、もう日によって全然違うんですよ。もう、調子がいい時はすごいスッキリしてるんですけど、悪い日はもうなんか、目とかもパンパンだし、なんか、目の上に傷とかできるし、なんかね、本当に、顔が日によって全然違くて、あの、いま、「ヤングタウン土曜日」っていうラジオをやらせてもらってて、毎週、さんまさん...明石家さんまさんに会うんですけど、毎週顔が違くて、いっつもなんかそれで怒られるんですね。なので、さゆみ、本当に毎週会うのが怖くなっちゃうぐらいなんで、それは本当にコンプレックスですね。
(2007年11月22日放送)

さゆみが普段、人と話す時に心がけてることといえば、まあ、話し方じゃないんですけど、人の目をちゃんと見て話すように心がけてますね。あの、あと、人の目を見て、ちゃんと、自分だけ話すんじゃなくて、ちゃんと人の話も受け入れようってしてますね。はい。それを心がけています。
(2007年12月13日放送)

といっても、(田中れいなとは)同い年で、18歳なんで、たぶん、お互い(結婚は)まだまだの話だと思うので、あの、たぶん、本当に、何十年後かもしれない...10年後とか20年後かもしれないんで、分かんないけど、なんかね、本当になんか、さゆみ、結婚できないかも...な気がしてくるので、そんな...使えないなと思うんですよね。
(2007年12月20日放送)

さゆみ、思うんですけど、まあ、さゆみが思ってるっていうよりは、まあ、お母さんから教えてもらった話なんですけど、「ツイてない」って言うと、本当にツイてなくなっちゃうらしくて、なんで、普段から、いつも、「今日はツイてる」とか、あの、「自分はツイてる」とか、そういうのを、もう、あの、場所とか問わず、本当に、どんな時でも暇さえあれば「ツイてるツイてる」って言ってれば、本当に、なんか、ツキが回ってくるらしくて、なんか、そういうのは本当大事らしくて、なんで、普通に電車とか乗ってても、ゴゴゴーってなって聞こえないと思うんで、ずっと「ツイてるツイてる」って呟いてれば、ツキが回ってくると思います。はい。
でも、どうしても本当にそれでもツイてないなって思うんだったら、あの、これを乗り切ればツイてることがあると信じて、その時を頑張って、踏ん張ってほしいなと思います。
(2007年12月27日放送)

さゆみもすごい妄想するのが好きで、夜寝る時は、あの、イヤホンで音楽を聴きながら、妄想をしながら寝るのが、一番ぐっすり眠れる方法なんですよ、さゆみの。
(2008年1月10日放送)

「ふしぎの国のアリス」で「なんでもない日万歳」っていう歌があるんですよ。で、さゆみ、それを見てから、なんでもない日ってすごい、逆に素晴らしいなって思ってて、だから、本当に、人それぞれのなんでもない日を、もう、好きな、1年に1回だけ、自分の、「ここ休みたい」って思う日を祝日にしていいっていうのを...いいっていうふうにしたいですね。この日って決めるんじゃなくて、その人の祝日を作ってあげたいなって思います。
(2008年1月10日放送)

まあ、やっぱ、少なからず、「こんうさピー」のリスナーさんは、やっぱいちおう、さゆみしかいないから、さゆみのことを思って書いてくれてるわけじゃないですか。その、メールを書く時とかハガキを書くときの時間だけは、さゆみのことだけを考えてくれてるわけだから、その、なんだろうな、その手紙に対して、さゆみに何を求めてるんだろうっていうのを考えながら読んでますね。「これを言ってほしいのかな」とか、「これを聞きたいのかな」っていうのを考えながら、まあ、それが外れてる時があるのかもしれないんですけど、それを考えながらいつも読ませていただいてます。これからもお願いします。
(2008年2月28日放送)

本当に、さゆみ、「みかん」を聴いて、なんか、考え方が変わったんですよ。あ、なんか、人生って1回だから、とりあえずやってみるもんなんだなって思えるような曲なんで、もし、あの、こう、不安だったら、ぜひ、「みかん」を聴いて、考え方を、あの、ちょっと、あの、ポジティブにしてほしいんですけど。
(2008年3月20日放送)

あの、新しい出会いもあり、別れもあるけど、でも、本当につながってる人は絶対つながってると思うんで、やっぱ、家族とかそういう人はもちろん、なんか別に普通に近所の人とかでも、誰でもそうだと思うんですけど、なんかたぶん、あの、絶対この人とはそういう、あの、大事な運命的なつながりがあるって思ったら、絶対、あの、もし別れの危機があっても、絶対危機を乗り越えれると思うんですよね。だから、絶対、あの、つながってるもんはいつまでもつながってると思うんです。なんか、さゆみはそんな気がします。
(2008年3月20日放送)

さゆみが本当にいま一番欲しいものは、人への気遣いを完璧にこなす才能が欲しいです。なんか、なんか、さゆみ、思うんですけど、最近、あの、なんか、さゆみって、こう、思ったこととかをパッてすぐ言っちゃうんですよ。で、なんか...そうなんです、なんか、さゆみ、小学生の時からこの性格で、なんか、家族とか、そういう親しみのある人とかだったら全然大丈夫なんですけど、学校の先生に、1回、これ本当によくない例なんですけど、あの、体育の授業をしてた時に、先生が、さゆみ、すごい運動苦手なのに、さゆみに向かってすごい必死に、ドッヂで、あの、ドッヂボールで、ボールを投げつけるんですよ。すっごい怖くて、で、さゆみは、もう、本当にパッて思い浮かんだ言葉が、こうな...さゆみに、大人げないっていう言葉だったんですよ。それを、もう何にも考えずに、「もう、先生、大人げない」って言ったんですよ。そしたら、先生がすごい怒っちゃって、だからなんか、先生が、「あのね、道重さんはいつも何も考えずにいつも言葉を発するクセがあるから、あの、10秒頭の中で数えてから発しなさい」って言われて、「はぁー」と思って、それから、その時...だから、小学生の時は、その先生に対しては、ちゃんと、あの、もう...もう絶対怒られたくないと思って、それ、意識してたんですけど、最近薄れてきてて、こうなんか、すぐ、なんか、メンバーとかでも、「もう、ガキさん、こうですよ」って感じで、すぐ、言っちゃうクセがあって、「もう、さゆみんは本当に」って言われるんですよ。だから、その時に、さゆみ、すごいその先生の言葉が頭によぎって、あ、10秒自分の中で数えて、その10秒の間に、これを言ったら相手はどう思うんだろうっていうことを考...覚え...あの、考えなきゃいけないんだなっていうことを、最近、この小学生の頃の、あの、改めて感じて、それをやろうって、すごい思ってるんですよ。でも、できないんだな、これが。だから、その才能...才能っていうか、もうそれを、ちゃんと、人への気遣いとか、思いやりとかを完璧にできる人間になりたいなって思います。
(2008年4月22日放送)

あのね、これ、みんな、聞いたら引くかもしれないんですけど、昔は本当に鏡を見ながら電話してましたね。これね、いま...いまはないんですけど、いつまでかな...あのね、中学生ぐらいの時とかは、本当に好きだったんですよ、自分の顔が。いまは...いまは本当になんか別に、そんなないんですけど、その頃はピークに自分がかわいいって思ってた頃で、だから、自分以外に興味がなくて、その頃って本当に。だから、電話をするにも、もう、そうやってしゃべってる自分にちょっと...もうなんか、酔ってて、ずーっと、本当ですよ、これは。鏡見ながら、電話してて、いま考えたら本当恥ずかしいですね。だから、鏡に向かってポーズとかも、もう稀じゃない、普通にしてたんですよ。だから、急にお兄ちゃんとかがお部屋に入られると、本当に恥ずかしかったですね、ピースとかしてるんで。もう恥ずかしかった、あれは。でも、いまは、最近は普通にベッドに、もう寝っ転がりながら、もうなんか、お母さんみたいですね。お母さんって本当、電話しながら、ずーっと、あの、床...床っていうか、その、ベッドの上とかで、ずーっと寝っ転がりながら電話してるイメージだったんで、それになりつつありますね。もうダラダラです。もう昔のあのキャピキャピ鏡見ながらポーズしてた頃が懐かしいです。
(2008年5月20日放送)

これはね、本当に、さゆみもよくラジオでも言ってますけど、「ツイてない」って思っちゃダメなんですよ。「私はツイてる」って思わなきゃダメなんです。だから、もう、気持ちの持ちようなんですよ、すべては。だから、こう、気持ちがダウンしてても、ダウンの反対が分かんないですけど...あ、アップか...アップって思えばいいんですよ。だから、こう、なんか...いいや、もう、さゆみ、何回もお便り読むために「ツイてない」って言ってますけど、心の中で、「また『ツイてない』って言っちゃった」っていまもすごい思ってます。あのね...あのね、、「ツイてない」っていう言葉を口にするだけでよくないんですよ。「ツイてない」...もう「ツイてない」言いすぎだな。「ツイてない」って言ったら、その分、「ツイてる」って言わなきゃダメです。だから、もう、本当に、よくさゆみは口癖で、もう、普通に歩いてる時に、もう暇さえあれば、「私はツイてる私はツイてる」って、「よし、今日もツイてるぞ」って鏡に向かってニコッってすれば、絶対ツキは来るはずなんですよ。絶対そういうジンクスがあるはずなんで、これはぜひ試してほしいですね。だから、もう本当に、心の、そうですね、持ちようだと思うので、全然、あの、最初に言ったように、もし、なんか嫌なこととか、自分きっかけであったとしても、後悔はしないで反省をして、次からは、あの、直せばいいと思うので、みなさん、自分はツイてると思って、生きてください。
(2008年6月17日放送)

|

道重さゆみのお姉ちゃん傑作選Part.1。

あの、最近、さゆみ、すごい面白いことがあったんですよ。あの...あの、私のお姉ちゃんの話なんですけど、あの、一緒にお家でご飯を食べてたんですね。で、食べ終わって、「ごちそうさまでした」ってして、食器を片づける時に、さゆみが、「これ流しに持っていっておいて」って言ったんですよ。
そしたら、さゆみのお姉ちゃんが、普通だったら台所じゃないですか、もちろん流しって。なのに、お風呂場に持ってって、お姉ちゃんにとって流しイコールお風呂場だったらしくて、しかも、湯船の中に入れちゃって、で、さゆみが後で片づけようって思って、洗おうって思って、流しに行くじゃないですか。無いんですよ、食器が。
で、お姉ちゃんに、「ちょ...え?どうしたの?直してくれたの?」って言ったら、「え?流しに持っていっておいたよ」って言って、お風呂場に、湯船の中に置いてあって、どうしちゃったんだろうって思いましたね。もうすっごい面白くて、これは自分の中だけで収めておくのは勿体ないと思って、みなさんにちょっとお知らせをしました。
(2006年11月6日放送)

あのね、基本、本当に仲よくて、さゆみ、お姉ちゃんのこと大好きで、お姉ちゃんもさゆみのこと大好きっていうの、すごいよく分かるんですけど、喧嘩は本当に基本的にしないんですけど、たまーに、本当たまにするんですけど、もう最近は何年してないだろうっていうぐらいしてないんですけど、記憶の中で喧嘩したことは、まあ何回かあるんですけど、全部さゆみが勝ってますね。
で、なんか、お姉ちゃんって、さゆみのお姉ちゃんって、さゆみよりたぶんちょっと考えることが遅いんですよ、なんか。だから、言葉の...あの、手とかは出ないので、やっぱ女の子同士なので、言葉の喧嘩になっちゃうので、やっぱさゆみの方がなんか、パッパッパッパッ言葉が出てくるみたいで、覚えてる限りでは、さゆみが勝ってますね。本当になんか、お姉ちゃんって基本的に心がすごい優しい人で、なんか、たとえば、なんだろう、なんか、すごい暑い日とかでも、「もう暑い。嫌になっちゃう」とかじゃなくて、「なんか今日はいい天気だね。気持ちいいね」っていう、なんかすごいそういう優しい心を持ってるので、なんか、しかもすごい前向きで、たとえばなんか...たとえば、なんか躓いてこけたりとかしてても、なんか、全然落ち込んだりとかしないで、むしろなんか、こけてラッキーみたいな、なんか...なんか、楽しいこと起きたじゃん、みたいなそういう前向きな人なので、すごいね、そういうとこ尊敬してるので、本当に仲よしなので、あんまり無いなって感じます。だから、普通の一般的な姉妹よりは...本当、姉妹っていうより本当にお友達みたいな感じなので、あんまり喧嘩することはないなって思います。
(2006年11月16日放送)

実はお姉ちゃんの方が断然、色が白いんですよね。もう、さゆみよく、こうやってファンの方とかメンバーとかに、「色白いね」って言われたりするんですけど、あの、モーニング娘。に入ってから初めて色が白いって言われたんですよ。それまでいっつもお姉ちゃんと並んでたから、「本当に妹の方は色が黒いね」って言われてるぐらい、お姉ちゃんと比べると、さゆみ、真っ黒なぐらい、お姉ちゃん色が白くて、ちょっとね、異常なぐらいお姉ちゃん、色が白いので、たぶんね、見たらびっくりするぐらい色が白いんですよ。
でも、お姉ちゃんは黒髪ではないです。なので、そこはさゆみがちょっと、「美しい黒髪」は勝ってると思うんですけど、「透き通るような白い肌」は、断然お姉ちゃんの方が上ですね。
あとはなんだろう。さゆみって結構、こうやって自分のことかわいいとか言ってるんですけど、お姉ちゃんもすごい言うんですよ。なんか、一緒にいつも、お風呂一緒に入ってるんですけど、お風呂に入る前に鏡見て、「よし、今日も一日かわいかった」って2人でいっつも言ってるんですけど、「よし、今日も私の方がかわいかった」「いや、私の方がかわいかった」って言い合ってるぐらい、ちょっとね、変な姉妹なんですけど。
(2006年11月16日放送)

さゆみがお風呂で必ずすることは、特にこういう変なこだわりっていうのはないんですけど、お姉ちゃんとお風呂にいつも入るので、一日にあったことを全部お姉ちゃんに話すっていうのは、課題ですね。課題?うーん、日課なので、やめられませんですね。はい。あの、お姉ちゃんもその日にあったことを全部さゆみに話してくれます。そう、だからお風呂はそういう、本当にリラックスタイムだと思います。
(2006年12月7日放送)

なんか、前の日にお姉ちゃんと一緒に歴史の勉強をしてて、なんか、竪穴式住居とか高倉倉庫...とかのお勉強をしてて、で、どうしてもあの、鍵の形のしてるお墓があるじゃないですか。その名前が本当に思い出せなくて、で、絵里とか久住ちゃんに聞いても、「分かんない」「何だっけ何だっけ」みたいな感じで、で、だから、お姉ちゃんにメールで、「何だっけ?あの鍵穴のやつ」って聞いたら、お姉ちゃんが「卑弥呼だよ」っていうんですよ。それはないと思って、もう本当にバカだと思って、ずっと久住ちゃんとかと話してたら、普通に光井ちゃんが、「古墳ですよ」って結構さめた感じで言ってくれて、もう本当にね、実は光井ちゃんって頭いいんですよね。なんか、頭いいキャラが取られそうで怖いですけど。
(2007年2月15日放送)

お姉ちゃんがね、あの、今年、(恵方は)北北西じゃないですか、お姉ちゃんがね、「きたきたにし」って言ってて、もう、大丈夫かなと思って。もう本当、それがね、さゆみはもう、2月3日、一番楽しいことでした。
(2007年2月22日放送)

さゆみと、いま、お姉ちゃん、2人で、なじなぞクイズにハマってて、それで...それで、さゆみがお姉ちゃんに出した問題で、あの、「絶対に服をハンガーに掛けない県はどこでしょう?」っていうなぞなぞがあったんですよ。お姉ちゃんが、「え?『ふく』は絶対つくよね?」って言ってて、答える時に。「福井か福島か福岡でしょ?」って言ってて、「あー、その中に答あるよ」って言ってて、で、「福井?」とかいろいろ言ってて、「あ、福岡だ」って言ってて、「あ、うん、正解正解」って言ってて、「え?理由は?」って言ったら、「理由は分かんないけど福岡」って言うんですよ。だから、「あー、当てずっぽう?」って言ったら、「うん」って言って、「まあ、でも正解だから」って言って、まあ、理由はタンス...服を掛けん(ふくおかけん)だから、福岡県(ふくおかけん)なんだよってお姉ちゃんに伝えたら、お姉ちゃんが、「え?福岡県って県だったの?」って言うんですよ。ずっとお姉ちゃん、福岡県のこと福岡市だと思ってたらしくて、もうね、さゆみね、本当にね妹として、本当嫌だと思いましたね、その時。で、「え?都道府県だから、市があるわけないじゃん」って言ったら、「あ、都道府県ってそういう意味だったの?」って言って、「え?じゃあ、都は何だと思うの?」って言ったら、「京都」って言ってました。「いや、京都は府だから」って言って、もう本当ひどいと思った。もう、ねえ、もう、ちゃんと教育したいと思います。
(2007年3月8日放送)

さゆみのお姉ちゃんがね、またね、ちょっと変なんですけど、なんか、この前、普通に地理の話...地理の話っていうか、まあ、何の流れでそうなったか忘れたんですけど、「埼玉県の中に千葉県があるよね」って言ってて、さゆみが何回、「だから、埼玉県と千葉県は別々だから」って言っても、「絶対に埼玉県の中に千葉県はある」って言うんですよ。「私行ったもん、埼玉県の千葉県に」って言うんですよ。もう本当に、もう収拾つかないなと思いましたね。
(2007年4月19日放送)

そうですね、これ、(大好きな漢字は)いろいろあるんですけど、一番はやっぱ、「姉」っていう字ですね。お姉ちゃんが大好きなんで、まあ、一番大好きな漢字といえば、「姉」かなって思うんですけど。あの、まあ、「見てるだけで勇気が出る」っていうのは本当そうで、お姉ちゃんがいれば何でもできるような気がするんですよね。
なんか、なんていうんですかね、お姉ちゃんは人生をギャグだと思ってるんですよ。人生をギャグだと思って生きてて、だからもう怖いものなんてないんですよ、お姉ちゃんに。だから、お姉ちゃんを見てると、すごい、「あー、さゆみも怖がらずに何でもやろう」って思えるので、そうですね、「姉」っていう漢字を見たら勇気が出てくるなと思います。
(2007年5月3日放送)

なんかね、お母さんとさゆみとお姉ちゃんとお兄ちゃん4人でね、トランプをやってたんですよ。で、そのトランプをしてて、で、大富豪をやってたんですね。で、まあ、はじめはね、お姉ちゃん、ずーっと大貧民だったんですよ。すごい計...計算っていうか、そういう、なんか、結構、大貧民ってずる賢い頭が必要じゃないですか。そういうのがないんで、お姉ちゃんには。すごいずっと大貧民で、で、1回ね、あの、貧民ぐらいに上がった時に、「あ、お姉ちゃんすごいじゃん」って言ったんですよ。そしたら、「私はクオ...」...クオリティーって言いたかったらしいんですけど、「クリオティーが違うからね」っとか言ってて、えー、で、その前にテレビでね、クリオネを見てたんですよ。で、だからといってね、クオリティーをね、クリオティーって言ってて、「はー」と思って、みんなして、「あー、この人、本当にクオリティーがない人だな」って思いました。
(2007年5月17日放送)

最近は、家族で、お父さんはまあ、山口県にいるんで、しな...一緒にできなかったんですけど、お兄ちゃん、お姉ちゃん、お母さん、さゆみで、テレビゲームをしてたんですよ。で、4人でするテレビゲームで、まあ、4つコントロールがあって、まあ、ゲームしてて、そういうなんかちょっと、人生ゲーム系の対戦物だったんですね。でね、まあね、お姉ちゃんがまあ、案の定、1番最後で、もうね、別にゲー...たかがゲームですよ。普通のテレビゲームなのに、大泣きして、もう、さゆみ本当、「え?え?大丈夫?」と思っちゃって、もう途中でもう本当に涙がウルウルしてて、「本当に負けたことが悔しい」って言いながら大泣きしてたんで、さゆみが...さゆみがその時1位だったんで、「コントロール替える?」って言って、「うん」って言って、コントロール替えて、最...最後は結局、お姉ちゃんが...まあ、さゆみなんですけど、結局は、1位で終わったんですけど、でも、あの、その後は4人で大富豪をしたんですけど、トランプゲームで。それでも、お姉ちゃん1番最後で、大貧民で大泣きして、で、それは罰ゲームを決めてたんですね。罰ゲームでものまねをするって決めてたのに、もう、ものまねしながら大泣きで、なんか、これすごい、江頭2:50さんのものまねをするっていう罰ゲームだったんですよ。大泣きしながら、江頭2:50さんの...本当、面白かったですね、あれは。もう本当、さすがだなって思いましたね。
(2007年5月31日放送)

あの、この話をね、昨日、お姉ちゃんにしたんですよ。一緒にお風呂入って、お風呂でね、「お姉ちゃん、あのね、明日、さゆみのラジオでね、あの、『今週のお姉ちゃん』っていうお姉ちゃんのね、ネタをね、ファンの人に送ってもらう新コーナーができたんだ」ってお姉ちゃんに言ったら、「え?やだやだやだ、そんなの恥ずかしい」とか言ってて、「どんなのどんなの?」って言ってて、「うん、だから、ファンの人に送ってもらって...」って言ってたら、「あー、よかった。そういうネタ系で。ネタっぽいのでよかった。ゲームで泣くとか本当のこと言われたら恥ずかしいもんね」とか言ってて、「あ、ごめん。それ言った」って言ったら、「えー、やだー」って言ってました。「本当にやだー」って言ってて、「えー、そんなの友達にバレちゃうじゃん」とか言ってて、「いや、大丈夫。たぶんお姉ちゃんの友達、聴かないから」って言ったら、「あ、そっかー」って言ってすごい笑顔になってました。
(2007年6月7日放送)

お姉ちゃんがね、この前ね、「今日、映画見たんだ」って言ってて、「あ、そうなんだ。何の映画?」って言ったら、「え?覚えてない」って言うんですよ。本当に題名すら思い出せないんですよ。で、「え?どんな内容だったの?」って言っても、「え?すごい面白かった」って言うんですよ。で、「え?どういう内容で誰が出てたとか覚えてないの?」って言ったら、「いや、覚えてないんだけど、すごい面白かった」って言うんですよ。だからね、本当、題名間違えるならまだかわいいもんなんですよ。本当にひどいですよ。思い出せないんですからね。
(2007年6月7日放送)

大丈夫、これ(深夜にやっている外国のテレビショッピング)はね、お姉ちゃん、この前、真似して、一緒にやってましたもん、テレビ見ながら。「ハーイ」とか言ってて、だから、たぶん、あ、ちゃんと吹き替えだなって知ってるんだなと思って、「私もできるかも」って言ってましたもん。「ちょっと似てない?ハーイ!」とかやってて、「うん、うん」ってちゃんと聞いてあげてました。
(2007年6月7日放送)

この前、一緒にテレビ見てて、拍手が起きた時に、一緒に拍手してました。で、さゆみも、いいやと思って、本当にしょっちゅうなんで、そういうことは。もういいやと思って放ってたんですよ。そしたら、拍手、パパパーって、「は、テレビだ」って自分で言ってました。
(2007年6月7日)

この前もね、(お姉ちゃんが)下着を忘れてお家出てて、びっくりしましたね。なんか、着てなかったんですよ、下着。上下。びっくりしましたもん、さゆみ。ありえるんだ、こんな人、と思いましたね。初めて見ましたね。それは本当にお姉ちゃんも、「あ、人生で初めて」って言ってましたね。びっくりしました。お家帰ってましたね、1回。
(2007年6月21日)

はい、あの、さゆみ、お姉ちゃんとすごい仲よしって言ってるじゃないですか。最近、本当に初めてに近いぐらい、本当に、喧嘩したんですよ。喧嘩っていってもまあ、そこまでの喧嘩ではないかもしれないんですけども、言い合いみたいな感じなんですけど。で、まあ、まあどっちかっていえば全然さゆみの方が口が達者っていうか、強いんで、あの、お姉ちゃんも泣いてばっかりだったんですけど、もうね、すごい、本当、泣きながら、崩れ落ちながら、2人して喧嘩してたんですけど、内容も全然大したことじゃないことで、もう、何が原因かもちょっとよく...うろ覚えなぐらいなんですけど、もうね、しかも、次の日、お母さんが、だから、わざわざ、仲直りの会の焼肉パーティーを開いてくれて、本当に迷惑をかけたなと反省してます。
(2007年8月9日放送)

お姉ちゃん、ドアの話でいうと、ガラスのドアとかよくあるじゃないですか、あれをガラスと思わないで普通にそのまま歩こうとして、ぶつかってますね、よく。それを、別に違う場所でやるんなら別にいいんですけど、同じ場所でやったりとかするんで、そろそろ学ぼうよって思いますね。
(2007年8月9日放送)

あの、山口県って結構、台風がしょっちゅう通るんですね。で、昔、山口県にいた頃、小学生ぐらいだと思うんですけど、あの、台風が来て、結構大きい台風が直撃して、山口県に、で、お姉ちゃんがその前の日に、お父さんの電球を落として壊してたんですよ。で、それを怒られるから隠してたんですよ。で、台風で、家の中は一切被害がないのに、お姉ちゃんがそれを台風のせいにしてて、でも、そんなのバレバレで、めっちゃ怒られてました。それを嘘ついてたのも、また怒られてて、本当にかわいそうな人だなって、あの、本当、小学生ぐらいだったんですけど、お姉ちゃん見て、頭、大丈夫かな、普通にバレると思うけどなって感じたのを覚えてます。
(2007年8月9日放送)

さっき、オープニングで話した喧嘩って...したって言ったじゃないですか、で、お姉ちゃん、すっごい泣いてて、で、次の日、焼肉パーティーした時に、その喧嘩の話をしてて、「なんでさ、お姉ちゃん、昨日あんなに泣いてたの?」って聞いたら、さゆみの意見が大人すぎて泣いたって言ったんですよ。さゆみが、あの、私がお姉ちゃんなのに、さゆみの方がお姉ちゃんらしい言葉をいっぱい話してて、全て、あの、さゆちゃんが言ってることが正論すぎて、あの、それが悲しくて泣いたって言ってたんで...。
(2007年8月9日放送)

結構、普通に最近の話なんですけど、普通の大きいデパートとかじゃなくて、普通のスーパーぐらいで、あの、お母さんと3人で買物してたんですけど、お姉ちゃん、普通に迷子になっちゃって、あの、なんですか、そういう、あの、放送みたいのあるじゃないですか、誰々ちゃんが、あの、迷子になってます、あの、お母さんは迎えに来てください、それでお姉ちゃん、普通に流されましたからね。もう、びっくりしましたね。えー、お姉ちゃんじゃんって、普通に迎えに行きましたけど。もうね、結構、必死ですね、お世話する方も。
(2007年8月9日放送)

(18歳の誕生日プレゼントを)お姉ちゃんからは一切くれませんでしたね。それも、しかも、お姉ちゃんなんて、あの、高橋愛ちゃんからもらった、お誕生日の中にね、あの、シールとかもいろいろもらったんですけど、食玩ももらって、お姉ちゃんも食玩を一緒に集めてるんですけど、その食玩、めっちゃかわいいのが当たって、そしたら、お姉ちゃん、自分はさゆみにくれなかったくせに、「ねえ、これ、私のコレクションに入れていい?」って普通に聞いてましたからね。いや、くれてもないくせに私の誕生日プレゼント奪う気?って感じでしたね。
(2007年8月9日放送)

え?でも本当なんですか?これ。ちょっと普通に、ちょっとショックなんですけど、お姉ちゃんの人気が上がってるって、さゆみよりも。え?これ、本当に?普通に嫌なんだけど。もう、やーだ、だって、お姉ちゃんなんて架空の人ですよ、みんなからすれば。さゆみはもちろん毎日のように会ってるけど。えー?それで、お姉ちゃんの方が人気?でもね、本当にね、話し出すと止まらないぐらいまだまだネタがあるんですよね。でも、今日は続いてにいきたいと思います。もうこれ以上人気が上がるのは確かに嫌なので。
(2007年8月23日放送)

さゆみのファッションリーダーはお姉ちゃんです。小っちゃい頃から、本当にお姉ちゃんとお揃いの服とかはいつもお母さんに着せてもらってたんですけど、お姉ちゃんの服が本当、羨ましくて仕方なくて、もう、本当に、おさがりが結構、妹って嫌っていう子、多いじゃないですか。でも、さゆみはそれが嬉しくて仕方なくて、もう本当にお姉ちゃんの服が着たくて、いまでも本当にいっつも一緒の着てるんですけど、一緒に..一緒のっていうか、一緒に着てるんですけど、もう本当に、ファッションリーダーも本当に、もう、小っちゃい頃から変わらずお姉ちゃんですね。だから、さゆみ、雑誌とか見ないんですよ。まあ、雑誌、好きじゃないっていうのもあるんですけど、本当に雑誌を参考にしたりとかなくて、本当にお姉ちゃんそのまんまを着てます。
(2007年9月20日放送)

|

最近の道重さゆみを取り巻く状況について思うことなど。

個人的に何かと多忙なのだが、やはり道重さゆみ関連コンテンツに捕獲及び鑑賞は日常における最重要事である為に欠かせないのだが、もう先週から今週にかけてとかは半端なかった。そしていずれも素晴らしく、私をますます虜にしてしまう道重さゆみの汲めども尽きぬ魅力には圧巻である。

一昨年の2月の終わりぐらいに気になって、アイドルに興味がなくなってから20年以上経っていて、モーニング娘。にもハロープロジェクトにも一切興味の無かった私が、突然、この道重さゆみという女の子の魅力に落ちた訳だが、いつでもファンとしては新参者だという意識はついて回っている。しかし、このわずか2年半ちょっとの間に起こった道重さゆみを取り巻く情況の変化は驚くべきものだ。デビュー当時から応援していらっしゃった諸先輩方にとってはなおのことであろう。

別にアイドル好きな訳でもない私の心を、なぜに道重さゆみだけが捉えて離さないのかというと、それは一言では語れない訳だが、とにかくかなり特別であり、万人受けするタイプではないが、実に濃厚な要因によるものだったはずだ。その面白さや美しさは、ほぼファンのみを対象としているラジオ番組やアイドルとしての活動で十分発揮されていて、ファンにとってはそれで十分であった。

たとえばメンバーの人気番付的なものであったりとか、新曲の歌割りであったりとか、そういうものの結果なんていうのがどうであれ、道重さゆみが道重さゆみでいてくれて、それを我々が感じることができるから、そのこと自体が奇跡的に素晴らしすぎるから、それ以上を望むつもりなど、そもそもなかった。

道重さゆみには凡人離れした、つんく♂Pをして、ある意味オレの師匠、この子自体が作品と言わしめた天才性と、きわめて人間味に溢れた泥臭さとでもいうべきものが同居しており、その妙に圧倒されたり慈しんだりして愛でることができる。しかし、この魅力というのは、実に濃く深いが為に、けして万人受けするものではないが、解る者にとっては極度の中毒性を伴った唯我独尊的なものである。たとえば、ヒットチャートには全く入らなかったが、愛好していた者の多くが影響を受け、その後の音楽シーンにおいて重要な役割を担い、革新的でありながら普遍的であるがゆえ、時を経てもけして古びることのない、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの音楽のようである。

このような解る者だけが濃密に楽しんでいればいいような物が、何かの拍子にオーバーグラウンドになってしまう瞬間というのがあり、それは実に痛快だ。過去のポップ現象でいうと、1970年代後半のイギリスでのセックス・ピストルズだとか、1990年代初頭のニルヴァーナなどが思い出される。いわゆる良識派といわれれ人々は、アンチ化した。反感の原因は恐怖であり、嫉妬は自己愛が傷つけられた時に生まれる感情である。いずれの場合も、それらが明らかにインパクトやパワーを持っており、それが自分の既存の価値観や安心を脅かす存在だという恐怖を覚えたからこそ、アンチ化という反応が引き出された訳だ。

しかし、現象は理由なく起こる訳ではない。その時代の環境や状況が要請しているからこそ、起こるのだ。先端的な意識はそれに素早く反応し、恐怖ゆえの自己防衛としての反感ではなく、何やらその発生を呼び寄せた原因である閉塞感だとか圧迫感に風穴が開くかもしれない予感に心が躍り、愉快な気持ちになる。当初は批判が多かったセックス・ピストルズやニルヴァ―ナのブレイクという現象は、いまやロック音楽の進化の歴史にとって欠かせなかった事件として記憶されている。

閉塞したクソッタレな世界をぶっとばすぐらいのワクワクする素敵な未来というのは、現状を脅かされたくない保守反動を間違いなく怒らせる。それでも未来は鮮やかに革命していく。カラフルで満ち足りた世界だ。

正直、道重さゆみのことを考察したり分析したりすることには限界を感じはじめているし、そもそもそんなことがしたい訳ではない。ただ、私は道重さゆみに出会い、刺激されながら共に同じ時代を「生き」られている歓びを、世界に向かって、叫びたいだけなのだ。それだけで十分だし、それがすべてだ。

道重さゆみ本人がこのブログを読んでいるようなことはまず無いだろうが、告白してしまうと、相当な時間をかけて、状況の分析や考察を行っている理由というのは、道重さゆみ本人がメンタル的に落ちる要因があるのではないかと推測できる時に、その助けに少しでもなれればという、その思いだけに過ぎない。しかし、もう道重さゆみは私の推測を遥かに越えたところで、覚悟を決めて腹を据えてやっているような気がする。であれば、このような行為にそれほど意味はない。どんな状況になろうとも、道重さゆみを応援し続け、味方であり続けるという、そのことだけで十分なのではないか。

最近、私のブログがきっかけで道重さゆみが好きになったという方の書き込みを掲示板で見て、実に嬉しく思った。私が道重さゆみを知り始めた頃は、「Respect for You」や「Tiara」といったファンサイトからいろいろなことを教えていただいた。そして、読みながら道重さゆみのことを知っていくにつれ、自分にも自分らしいやり方でこういうものができないだろうかと思うようになった。私はハロプロやモーニング娘。のファンではそもそもなかった為、もっと違ったアプローチができるのではないかと思った。しかし、結局こういうところに戻るのだろう。

道重さゆみに新たに興味を持った方の助けになるような情報を提供するような有益性というのを、より持たせてみたい。「今夜もうさちゃんピース」のテキスト起こしは今後も続けていくが、過去の放送分から、道重さゆみの本質や周辺が立体的によく解るような、そんな発言集や大辞典のようなものを作成していきたい。道重さゆみという偉大なる事件の目撃者として、記録者であり研究者でありたいと強く思う。

これまで、結局は赤の他人に過ぎない有名人に殊更に入れ込む人の気持ちというのがよく分からず、おそらく自分とは別種の人間なのだと思っていたし、その一方で、その情熱が羨ましくもあった。しかし、いまは完全に理解することができる。その対象に情熱を傾けることこそが、自分自身最も充足した生であり、その対象を理想とすることが「生きる」ことそのものになる。

とりあえず、道重さゆみを語ることは自分探しでもあり、今後もそういうことを続けていくが、また一方では、道重さゆみの思想・哲学などを体系的にまとめていく仕事にも着手していこうと思う。現在は、「今夜もうさちゃんピース」からお姉ちゃんについての発言だけを抽出したり、初期の放送分からテキスト起こししたりしているのだが、これは完成し次第、公開したいと思う。

それにしても来週は「ロンドンハーツ」もあるが、「少年チャンピオン」の表紙になるんだな。「憧憬」で20年ぶりにアイドルの写真集を買ったが、今度は30年以上ぶりに少年漫画雑誌を買う。道重さゆみのおかげでありえない行動が増えていく、こんな毎日が極度に楽しくて仕方がない。

|

道重さゆみちゃんの山口県時代の思い出をまとめてみたよ。

・アサリの中に入っているカニの赤ちゃんを見たことがある。小さい頃に潮干狩りをしていて、よく自分で拾ってきたアサリをお母さんに料理してもらって食べていた。その中に2,3ミリぐらいの小さなカニが入っていて、本当に可愛くて写真などを撮っていた。

・飼っていたハムスターのハムちゃんは寿命がきて、もう飼っていない。肌ざわりなどがとても可愛い。食べ物をこれ以上詰め込めないだろうというぐらい口に詰め込むのがありえない可愛さ。

・長崎ちゃんぽんをよく昔、家族で食べていた。

・小さい頃にお母さんから「私はフランス人なのよ」と言われたことがあり、信じている時期があった。

・山口県といえばフグ。毎年大晦日になると3時、4時に起きて、家族で市場にフグを買いに行って、おばあちゃんとお母さんに料理してもらっていた。フグのお刺身、唐揚げ、鍋などで毎年フグ三昧だった。大晦日になるとフグが食べたいと思う。

・山口県に住んでいた頃は猫が喧嘩する声などが毎晩のように聞こえた。あとは、山口県で猫を飼っていた。山口県には猫が多いと思う。飼っていたのはチェリーという名前の女の子ですごく可愛い。

・山口県のお家の前に畑があり、レタスもあった気がする。

・クリスマスの思い出はもちろんサンタクロース。小さい頃は寝ている間に来てくれて朝起きたらプレゼントがあるというのが毎年恒例だった。ある年、お母さんとお父さんと家族みんなでクリスマス・パーティーをしていたら、ピンポーンと鳴り、誰だろうと思い玄関に行ってドアを開けたらサンタさんがいた。すごく嬉しかったのだが、まだ小さかったので怖くてすごく泣いたらしく、その写真が残っている。大泣きしながらもサンタさんからプレゼントをもらっている。

・山口県のじゃんけんは「じゃんけんもってすっちゃんほい あいこでアメリカヨーロッパ」。「じゃんけんほい」というのはこれの縮小版だと思っていたが、東京の人の前でこれを言ったらすごくビックリされた。

・山口県に住んでいた頃、お父さんの誕生日や父の日にネクタイを贈ったら「こんな高いものつけれないよ」と言われた。さすが消極的だなと思った。お母さんには内緒でお花屋さんに「この日にお花送ってください」と言って送ってもらったりしたが、たまたま家に誰もいなくて翌日になり、切ない感じになっていた。

・毎年、お雑煮をおばあちゃんとお母さんに作ってもらっておせち料理と一緒に食べていたが、お餅をおばあちゃんが手造りしていて焼く前のふわふわのお餅をいつも食べていて、噛まなくてもそのまんま飲み込んでいて平気だった。

・山口県のお家の庭にはコスモスがたくさん咲いていたり、学校に行く間もコスモスを拾いながら行ったりしていた。

・2月といえば節分で豆まき。家では毎年違ったことをしていた。普通に豆をまく日もあれば、お部屋を暗くして豆と一緒にお菓子なども投げて電気を点けた瞬間に兄妹でいっぱい取り合うとかもしていた。ある年、お部屋が結構汚かった。豆をまこうとしたらお母さんに「ダメ。袋ごと投げなさい」と言われて、袋ごと投げた切ない節分もあった。

・小学生の時はすごく地味でおとなしくて静かだった。だからといって勉強も好きなわけでなく、本当にぱっとしない小学生だった。あんまりよろしくないお話だが、ダンゴムシを学校の行き道に持っていって、そのままずっと手の中に入れておいて、授業中なども机の引き出しの中に自分で紙などで箱を作ってダンゴムシのお部屋にしていたり紙ですべり台などを作ってコロコロと転がしたりして楽しんでいるぐらいちょっと変な子だった。今こうやって元気にしゃべっているのが不思議なぐらいおとなしかった。

・軟式のテニス部に入っていた。すごく運動が苦手で体力が全然無くて、お母さんが「絶対運動部に入りなさい」と言っていてすごく嫌だったが、1年生の教室に行ったら先輩達が黒板に「テニス部に入ってね」と書いていて、「あー、仕方ない。入ってやろう」と思ってテニス部に入った。テニス部を見学しにいった時にみんながスコートをはいてやっていた。そのスコート姿がすごく羨ましく、「可愛い~」と思って絶対スコートをはくためにテニス部に入ろうと思ってテニス部に入った。しかし、スコートは練習試合ではなく本当の試合でなくてははけないらしく、その時は見学に1年生が来るからということで先輩達がはいてくれていた。テニスがすごく下手で、スコートをはけずじまいで終わった。1回も試合に出させてもらえなかった。すごくショックだった。結構真面目で毎日朝練も出て、放課後も毎日真剣に汗を流しながら練習をしていた。しかし、たまに来るちょっと不良なサボりがちな人の方が上手くて、その人とかの方が試合に出ていた。前衛だったが、なぜか分からないがいつもボールが顔に当たってすごく痛かった。軟式だが勢いがあってすごく痛くて、いつも泣いていて目がすごく腫れていた。おそらく、ボールを取ろうと思うが、目で追うから体がボールのところに行ってしまいラケットに当てられない。先生がそれを見て「お前、あれだ。顔の前にラケットを置けばいいんじゃないか」と言われて、それをやり出してからボールが当たるようになった。写真集でテニスウェアーが着れた時は嬉しかった。念願のスコートだった。

・小学生の時にあだ名が「みちし原人」だった。いつも男子に「みちし原人」と呼ばれていて、本当にそれが嫌で悲しくて学校に行きたくない思い出だった。

・幼稚園の頃から遠足は教室遠足だったりした。風邪などで休むとすごく晴れたり行ける日は雨が降ったり、楽しみにしていた運動会は日曜日も月曜日も火曜日も雨で中止になったことがある。徒競争に出なければならない運動会がありすごく嫌だったが、すごく晴れた。嫌だなと思っていると晴れる。

・中学校1年生が終わって、モーニング娘。になるために東京に出てきた。友達との思い出とかテニス部の思い出とか先生に怒られた思い出などがすごくよみがえった。空港に先生や友達が来てくれて、我慢していたものが全部出て、すごく泣けてきた。

・山口県の実家で飼っている猫のチェリーはすごく可愛くて人懐こい。最初は捨て猫だったが、最初からすごく甘えてきてくれて可愛かった。お母さんにすごくねだって飼わせてもらった。初めの頃は甘えてきてくれてすごく可愛かったが、最近はご飯が食べたい時だけ甘えてあとは知らん顔で、それがすごくさびしい。一緒に遊びたいのに、チェリーはフンとどこかへ行ってしまう。甘えてきてくれると思ったらお腹が空いているみたいで、それがすごく切ない。

・親におねだりをする時は駄々をこねて「○○買って~」とか言う。昔、お父さんによくやっていたのは「さゆみの目見て」と言ってまばたきをいっぱいするというもの。そうするとお父さんが「仕方ないな」と言う。この技はお母さんには通じない。

・昔から妹か弟がほしくてずっとお母さんに「妹産んで」と言っていて、今でも「欲しいもの何?」と聞かれたら「妹」と言っているが、お母さんは「体力的に無理」と言っていた。「さゆちゃんが産んだ方が早いから」とも言っていた。

・お父さんからもらったダジャレの本を読んでいた。

・小さい頃は歯磨き粉がすごく苦手で、お水だけで歯磨きをしていた。歯医者さんにお話をしたら「ちゃんと歯磨き粉使った方がいいよ」と言われた。味があるのが余計お腹が空いてしまってダメなので、普通の味なしのやつでやっている。

・エアロビクスを習っていて、2回賞を獲ったことがある。体が柔らかかったのでこう言っちゃなんだが結構うまかった。その頃はちょっと特技だった。他にも色々やらせてもらっていて、バレエ、スイミング、英語、絵、ピアノなどを習っていた。実はヒップホップも習っていたが、すごく下手だから恥ずかしくて今まで秘密にしていた.。小学校6年生の頃にはマンツーマンの塾にも通っていた。習い事は色々やっていたが、何も続かなかった。バレエもすぐ辞めて、スイミングもやったのに全然泳げないし、英語もしゃべれないし、絵のセンスも無いし、ピアノもトライアングルしかできないし、塾に行っていたけれど頭もたいしてよくないし。エアロビクスだけ2回賞を取った。

・中学生の頃から髪が長く、肩より髪が長い子は絶対に結ばなければならないという校則があったので、いつも二つ結びをしていた。

・昔から何かと体が弱い。モーニング娘。に入ってからは強くなったが、風邪などをよくひく子だった。お母さんが足の裏のホクロがよくないのではないかと思い、手術しようかと言ったのだが、小さかったのでそれがすごく怖くて「絶対やだやだやだ」と言った。

・国語は一番苦手な方で嫌いだったが、本は大好き。漫画本も好きだし普通の小説なども大好きでよく読んでいたし、お父さんがすごく勉強好きで昔から本はたくさん読まされていた。

・駄菓子屋は本当に好き。小さい頃、近所に駄菓子屋さんがあり、100円玉を片手に握りしめてお姉ちゃんと一緒に行っていた。中でも大好きだったのが水飴。お母さん曰く水飴はものすごく甘いから虫歯になりやすいらしいが、いつもお姉ちゃんと歯医者さんごっこをする時は水飴の見た目が消毒液っぽいので、それを歯にベトベト付けながら食べていた。それでいつもお母さんに怒られていた記憶がある。

・今はお父さんのことを消極的とか言っているが、昔はお母さんよりもお父さんっ子で、いつも肩車をしてもらったりしていた。お母さんには怒られたりしていた。

・山口県にいた頃、結構大きな台風が直撃した。その前の日にお姉ちゃんがお父さんの電球を落として壊したが、怒られるから隠していた。台風で家の中は一切被害がないのに、お姉ちゃんはそれを台風のせいにしていた。しかし、そんなのはバレバレですごく怒られていた。嘘をついたこともまた怒られていた。小学生ぐらいだったが、お姉ちゃんを見て本当にかわいそうな人だな、頭大丈夫かな、普通にバレると思うけどなと感じたのを覚えている。

・夏休みのお昼ごはんは毎日といっていいほどそうめんだった。たぶんお母さんがだったと思うが、本当にそうめんだらけだった。小学校1年生ぐらいの時など前歯が無いと喉に詰まってすごく大変だった。あの夏の思い出は忘れられない。それでもそうめんしか出てこないので、一生懸命喉に詰まらせながら食べていた思い出がある。

・夏休み明けには、トールペイントといって木のような箱などに自分で絵を描くというやつをお母さんとお姉ちゃんとやって出した思い出がある。ほとんどお母さんがお姉ちゃんの分も自分の分もやってくれていた。毎年それだった。手抜きなのではないかというぐらい小学校の間は6年間それだった。

・山口県にいる頃、中学1年生の時に中学校までの道程が自転車通学だった。自転車で行っても30分から45分かかるぐらい遠い中学校だった。田舎なので車がやっと1台通れるぐらいの狭い道もあり、そこを自転車で通っていたら後から車が来て、道を譲ったら溝に落ちてしまい、学校に遅刻した。また、友達の顔を見て話しながら自転車に乗っていたら目の前に電柱があり、ガーンとぶつかってそのまま反動で飛ばされた。自転車が線路に挟まり、抜けなくなった。おばあちゃんが「大丈夫かい。ここはこうすると取れるんだよ」と言って取ってくれた。また、自転車で1人で帰っていたら、花壇の先っちょみたいなところにガーンとぶつかって、自転車がパンクした。まだ学校の目の前ぐらいだったので、重い自転車を押して1時間半ぐらいかけて帰ったこともある。

・毎年、家族で海に行ったら、スイカ割りとパン食い競争を当たり前のようにやっていた。パン食い競争はパンもやるが、小さかったのでパンというよりはお菓子の方が好きで、海に行く前にコンビニでお菓子を買って、そのお菓子を紐にぶら下げて、お父さんとお母さんが端を持って、兄妹3人でくわえて1番に行くみたいな感じだった。誰が優勝というよりは、お菓子がほしいから結局3人とも取れるというゲームだが、すごく楽しかった。海に行けば、そのスイカ割りとパン食い競争の2セットが一番の楽しみだった。

・小さい時からお姉ちゃんとお揃いの服をいつもお母さんに着せてもらっていたが、お姉ちゃんの服が羨ましくて仕方なかった。妹ではお下がりが嫌という子が多いが、自分はそれが嬉しくて仕方なかった。お姉ちゃんの服が着たくて、今でも一緒に着ている。ファッション雑誌は見ない。好きじゃないというのもあるが、ファッション雑誌を参考にしたことがなく、お姉ちゃんそのまんまを着ている。

・小さい頃は○○ごっこというのをいつもやっていた。お医者さんごっことか歯医者さんごっことかお母さんごっことか学校ごっこというのをよくやった。走るのが苦手なので鬼ごっことかが大嫌いで、やろうと言われたらいつも「ちょっとお腹痛い」などと仮病を使っていたが、全然バレていた。お母さんごっこが一番好きだった。赤ちゃん役が好き。なまけるのが好きだからずっと寝ていたい。

・中学校1年生でまだ山口県にいた頃、体育の授業の時に本当に走るのが苦手なので砂いじりをしていた。蝶々が死んでいたので、砂に埋めて木とかを立ててお墓を作っていた。そしたら木が動いて蝶々が飛んでいった。死んだと思って埋めたが生きていた。死んだと思っていたからその蝶々をさわりまくっていた。たぶん蝶々は怖いから死んだふりをしていたのだと思う。それは生きていたんだと思うとぞっとした。蝶々に謝りたかった。

・1番最初に買ったCDはドラえもんの英語を勉強するCD。のび太君が「ねえドラえもん、英語が分かんないよ」みたいな感じから始まり、ドラえもんが「じゃあ教えてあげるね」みたいな感じで、「♪ABCD~」という歌。あとは、「ちびまる子ちゃん」の「♪ピーヒャラピーヒャラ」(B.B.クイーンズ「おどるポンポコリン」)も買った。アーティストでいうとモーニング娘。しか買ったことがなかった。アルバムとかは小学生には高かったので中古で買っていた。

・初めてテレビに映ったのは、6期メンバーの時は国民投票というのがオーディションの時にあって、その時に国民投票で6位だった。10位から1位まで発表するうちの6位で、5秒もないぐらい映った。感動だった。家族中大騒ぎで、ビデオを録っていたが、その5秒を何回も巻き戻してずっと見ていた。すごく嬉しかった。家族がいつも見ているのにテレビのその5秒間を何回も見ているというのが不思議だった。

・運動会が本当に嫌い。山口県は秋の大運動会だったので、夏休みが終わってから運動会の練習があったが、夏休み中ずっと憂鬱だった。楽しい夏休みで過ごしたいのに、運動会が秋に待っていると思うだけで毎年夏休みが嫌で嫌で仕方なくて、夏休みなんか来なけりゃいいのにぐらいに思っていた。運動会は大嫌い。

・コンビニで買物の合計金額が777円になったことがあり、そのレシートをずっと机に挟んでいた。すごく嬉しくていいことがありそうでずっと取っておいていたが、それは山口の時代だったので、お引越しをする時にもう捨ててしまった。

・口紅などはお母さんがつけているのを見て小さい頃から知ってはいたが、自分で化粧を経験したことはなく、初めて経験したのは中学1年生の時。その時、お姉ちゃんが中学3年生で、やはりお姉ちゃんに教えてもらった。まつ毛を上げるビューラーの存在を知ったことにすごい感動した。「まつ毛って上がるんだ」と思った。確かにテレビで見ていると女優さんとかきれいに上がってるなと思っていたが、生まれ持った才能なんだと思っていて、自分には無理と思っていた。ビューラーの存在を知ってすごく感動したのを覚えているし、自分もじゃあ女優さんのような存在になれるかもしれないんだという自信を持ったのも覚えている。

・山口県の車の新車の匂いが好き。もう新車ではないのでその匂いを嗅ぐことはできないが、その新車だった当時はすごく好きで、車に乗るのが楽しかった。

・お母さんやお父さんに昔から雪は汚いと言われていた。よく見たら土とかが混じっていて汚い。

・0歳から2歳ぐらいまですごい可愛くなかった。すごい太っていて、ぽちゃぽちゃしていて全然可愛くない。2歳ぐらいから徐々に可愛くなってきて、今に至ったという感じ。小さい頃の写真はあまり見せたくなくて、アルバムを見ていても全然ときめかない。子供を産んでも自分に似た子供が生まれたら親バカにならないかもと思う、というぐらい可愛くない。

・小学校1年生まではすごくきれいな爪をしていたのに、同い年に憧れている子がいて、その女の子が爪を噛んでいた。すごく可愛く見えて、「羨ましい、爪噛んでるの」と思って、さゆみもそれから爪を噛むようになって、小学校2年生から今までずっと噛み続けていていまだに直らなくて、あの時なんであの子に憧れたんだろうと思う。

・モーニング娘。になる前は、新聞のテレビ欄に「モーニング」と書いてあると、「あ、モーニング娘。が出るんだ」と思うから、ビデオ録画をしていて、ビデオをずっと見ていても出ないので、よくよくちゃんと見てみたら、朝の「モーニング」なんだという感じだった。小学生ぐらいの時にそういうことがあり、すごくショックだった。モーニング娘。が本当に好きで、モーニング娘。の番組を必ず見ていたので、ビデオを録っても映っていなく、しかもニュースとかだったので、小学生からしたらつまらないのをずっと早送りしながら見ていて疲れた。

・おじいちゃん子でおじいちゃんが大好き。昔はおじいちゃんに会うと必ず500円玉をくれていて、それが嬉しくて本当におじいちゃんになついていた。今は本当におじいちゃんが可愛い。おじいちゃんが大好き。

・山口でお姉ちゃんとバスとかに一緒に乗って、「次降りる方はボタンを押してください」となるが、すごくお姉ちゃんは素早い。シャーみたいな感じ。何?というぐらい素早いが、いつも「勝った」とか言う。

・さゆみとお姉ちゃんが通っていた小学校のウサギ小屋の中にニワトリとウサギが一緒に入っていた。

・お姉ちゃんと一緒にボートに乗ると、なかなか元の場所に戻れない。いつまで経っても戻れないんじゃないかとちょっと不安になるぐらい。ゴーカートに乗っても1周できない。ゴーンとぶつかってしまうから、2人で乗ると結局最後は全部係員の人に後から押してもらう。ゴーカートは絶対にもう2人では乗りたくない。

・昔から幼稚園とかに行くと周りがみんな漢字の名前だったので、すごく漢字の子が羨ましくて、平仮名が嫌な時期があった。その頃からずっと「漢字だったら何にしよう」と考えていたが、「さゆ」は「左右」で「美」という字を書いて、全身美しいみたいな感じ。それか「み」を「見」という字にして、左右を見る、周りをちゃんと見れる子という意味で「左右見」でもいいなというのを思っていた。

・サ行の発音が難しくて苦手。サ行よりもタ行の方が滑舌よくしゃべれれので、「お刺身」とかが小さい頃から言えなくて、いつも「おたちみ」になっていた。「道重さゆみ」も「ちし」とか「さ」があるので、「みちしげたゆみ」みたいになる。昔からそれがすごく苦手だった。いまだにそれはそこまで改善されていない感じがする。

・いとこが高知県に住んでいるので、山口から高知県までお姉ちゃんと2人きりで電車とか新幹線とかを乗り継いで、小学生の時に行ったことがある。それはすごく楽しい思い出だが、相手がお姉ちゃんなので妹のさゆみが全部仕切ってやっていた。お母さんも無駄遣いさせたくないからギリギリのお金しか持たせてくれなかった。それは全然よかったのだが、お姉ちゃんが切符をなくした。昔からお姉ちゃんはそういうことがあるから、もしかしたらあるかもしれないと思った。そういうことがあってお母さんに報告する時にさゆみが怒られたくないと思っていたので、切符にちゃんとあらかじめ印をつけていた。切符を少し破いて、自分のだと分かるようにしていた。お姉ちゃんに「ねえねえ、さゆちゃん。切符持ってる?」と言われて、切符が無かった。すごく焦っていてどうしようどうしようとなっていたらお姉ちゃんが「私ちゃんとあるよ」と言って見せたのが破けている切符だった。だからお姉ちゃんは自分が無くしたら怒られるからさゆみのを盗って「私のだよ」とすごくはりきっていたが、さゆみはそうなるのを想定していたので、全部お見通しで「ねえねえねえ」と言って、小学生だったがすごくお姉ちゃんに説教した。結局、椅子の下に落ちていて大丈夫だったが、そんな楽しかった思い出。楽しかったでまとめます。

・「手袋を逆から言って」「ろくぶて」と言わせて6回ぶつ遊びを子供の頃によくやっていて、すごく楽しくて仕方なかった。小さい頃は何もなくても楽しめるあの楽しさが素晴らしいと思う。

・お父さんは消極的な割に小さい頃にはいろんな所に連れていってくれた。一番覚えているのは、宮崎県にある車で5、6時間かかる海みたいなプール。波とかが来てすごく楽しい。ちょうどゴールデンウィークに毎年のように行っていて、すごく楽しかった思い出。いまだに家族ですごく行きたい。それはよく覚えている。お父さんには、普段は消極的だが、そういうどこかに連れていってもらったりとか日曜日は必ず遊んでもらっていた。

・ハムスターを飼っていた頃は、ハムスターがもう綿いらないみたいに綿を小屋の外に出すと、「ああもう春なんだな。暑いんだな」と思った。

・思ったことをパッと言ってしまう。小学生の頃からこの性格で、家族とか親しみのある人とかなら全然大丈夫だが、体育の授業をした時に先生が運動が苦手なさゆみに向かってすごく必死にドッジボールでボールを投げつけるので、すごく怖くて、パッと思い浮かんだのが「大人げない」という言葉だった。何も考えずに「先生、大人げない」と言った。そしたら先生がすごく怒ってしまい、「道重さんはいつも何も考えずにすぐ言葉を発するくせがあるから、10秒頭の中で数えてから発しなさい」と言われて、「はぁー」と思って、小学生の時はその先生に対してはちゃんと意識していたが、最近薄れてきていて、すぐメンバーとかでも「ガキさん、こうですよ」とか言ってしまうくせがあり、「もう、さゆみんは本当に」と言われる。その時にその先生の言葉がすごく頭によぎって、「あ、10秒自分の中で数えて、その10秒の間にこれを言ったら相手はどう思うんだろうということを考えなきゃいけないんだなということを最近改めて感じて、それをやろうとすごく思っている。でも、できない。人への気遣いとか思いやりとかを完璧にできる人間になりたいなと思う。

・昔、絵を習っていた。幼稚園から小学生ぐらいまでお絵描き教室みたいなのに行っていて、結構本格的に絵の具とかは使っていたので、ちょっと得意。

・中学1年生でまだ山口県にいた時、自転車通学で、坂の所は自転車をいつも引いて行っていた。そこはすごく急な坂で、そこを通る時はみんな自転車を押すが、すごく一生懸命ヨレヨレになりながら自転車をこいでいる人がいて、別に普通の光景かもしれないが、さゆみからするとその感じがすごく恥ずかしい光景で、「こんなに頑張るんだ、ここで」「こんなとこで体力使っちゃうんだ」みたいな感じで見ていたことがある。あとは音楽をイヤホンで聴いている人が自分の世界に入ってしまって、鼻歌とかでも聞こえたりする。鼻歌ならいいが、結構自分に酔いしれて、自分の中ではあまり聞こえてないなと思っていても結構すごい大声になっちゃってる人とかをたまに見かけるが、結構さゆみもやっちゃってるのかなと思うと恥ずかしくなる。

・小学校の卒業式の時に、「ピッカピカに光ってた」というようなスピーチみたいなのを1人ずつ言わなくてはならなくて、「ランドセルが」という担当だった。本番で「ランドセル」を「ダンドテル」と言った。

・ランドセルの色は紺色だった。自分でも何で紺色を買ったんだろうとすごく後悔した。キャラクター物のランドセルだったが、そのキャラクターが好きだったから、その時はそれにしか目がいかなくて、色とか何も考えずに紺色にしたが、入学してみて、女の子で紺色は自分しかいなくて、形も普通は縦長だが、さゆみのは横に長方形だった。それがまたすごく恥ずかしかった。ボタンがあるところも普通は下にあるが、さゆみのは上にあった。全部が逆だった。ちょっと変わったランドセルで、すごい恥ずかしくて早く替えたくて仕方なかったのを覚えている。お姉ちゃんが可愛いウサギのマークのランドセルのピンク色だった。それがすごく羨ましくて、自分も同じのにすればよかったのにそのキャラクターにしか目が無くて、それはあまりいい思い出ではない。

・広島に修学旅行で小学生の時に行ったが、その時に本場のお好み焼きを初めて食べたと思うが、すごくおいしかったのを覚えている。すごくお腹がすいていて、友達同士でご飯を食べるというのが小学校の頃は少なかったので、それだけでテンションが上がっていたが、その広島風お好み焼きを食べてすごくテンションアップアップだったのをすごく覚えている。

・山口県時代に冷蔵庫を開けたらお姉ちゃんの携帯が入っていたことがあった。お風呂に落としたらしく、お風呂は熱いので冷蔵庫に入れて冷やしたら直ると思ったらしい。「落としちゃったから冷やしてるんだよね」と言っていた。

・「しゃべらなそう」というのは最近はそこまでイメージにないようだが、昔はよく言われていて、小学生の頃などは、「え?さゆちゃんってこんなにしゃべるんやね」みたいな。学校とかに行っていても、しゃべりかけづらいオーラを出しているみたいで、だからいつも引き出しにダンゴムシを飼って話しかけて遊んでいた。

・小学6年生の時にタイムカプセルを埋めた。20歳の時に開ける。10年後の自分へのお手紙とその時に大好きだったお笑い芸人さん、テツandトモさんのCDを入れた。その時は本当にテツandトモの「なんでだろう〜」にめっちゃハマっていて、山口県の大きいデパートみたいな所にテツandトモさんが遊びにきてくれたことがあって、それにわざわざお母さんと行って、席とかも取って、CDもそこで買って、握手もしてもらって、すごくそれが嬉しくて、小学校6年生の頃だったが、嬉しすぎちゃって、タイムカプセルに何か思い出の品を入れるということでテツandトモさんのやつを入れたが、今考えると、20歳の時にみんなで開けて、「みんな何が入ってた?」という話に絶対になると思うが、その時に「テツandトモさんのCD入れてたみたい」となるとちょっと恥ずかしい。

・ピアノを3歳から小5まで習っていたが、ピアノは全然弾けない。なのに、トライアングルをずっとやらせてもらっていた。小学校1年生か2年生ぐらいの時に「トライアングル」という詩を書いたことがある。「チーン、チーン。氷の音が聞こえるよ。チーン、チーン。ガラスの音が聞こえるよ。チーン、チーン」と、今でも覚えているぐらい簡単な詩だったが、新聞に載った。

・歩きはじめたのは1歳7ヶ月。遅くて心配されていた。

・小学生の頃から、同い年の子よりも大人の人と話すのが好きだった。幼稚園の時にお家でお誕生日パーティーを開いて、お友達とかも呼んで、お友達のお母さんとかもみんな来ていたが、友達の輪に入るよりも友達のお母さんとかさゆみのお母さんが入ってる輪に入っていた方がすごい楽しくて、こっちの方が話題がいいと思っていた。それぐらい大人と話すのが好きだった。

・小6の時に中学受験をしたが落ちた。その時に、普段の学校のテストとかは絶対に落とさないのに、消しゴムを落とした。気合いが入っているからなのか見たことのない人もいるし緊張していたからか分からないが、そんな1番大事な時に消しゴムを落として、あんなに緊迫したムードの中で小学校6年生の女の子が「すいません」と手を挙げて、先生に「あの、消しゴム落としたので取ってください」と言う時の恥ずかしさはもう本当に恥ずかしい。

・小学校1年生の時、ベッドを初めて買ってもらった時に「わーベッドに寝れる」と思って、ベッドで上を向いて寝たが、上にたぶんドーンと乗った時の振動で天井から小さい虫が下りてきて、それが目の中に入った。それで目がパッチリ覚めてしまい、泣きながらお母さんのところへ行った。鏡でベーとしながら目を見ると、ちょっとグロい話なのだが、虫が目の中でバラバラ事件だった。小学生の時はダンゴムシと友達だっただけに、「虫がかわいそう」という方に走ってしまい、本当に切なかった。

・中学1年生の時に自転車通学で、夕方の部活帰りに電気のところに虫がたかっていた。あろうことか自転車で目をパッチリ開けながら突っ込んだ。小さい虫たちが片目に2匹ぐらい入った。目をグシャーッとして、どうしようどうしようと1人で焦っていた。

・昔はお兄ちゃんと一緒にお風呂に入っていた。今はさすがにないが、小2ぐらいまでは入っていた。お兄ちゃんとは5歳離れている。お兄ちゃんが中学1年生の時に一緒に入ってもらえなくなってすごくさみしかった。毎日兄妹3人とかで入っていたものを、お兄ちゃんが中学校に入ったぐらいから一緒に入らないと言い出した時に、すごく悲しかった。なんでいつも一緒に入ってくれたのに一緒に入ってくれないんだろうというそのさみしさをすごく覚えている。

・小さい頃にシンデレラに憧れていて、ずっとシンデレラになりたいとか、「美女と野獣」の役になりたかったりとか「アラジン」の女の子の方とかにすごく憧れていた。昔からドレスがすごく着たくて、お母さんに作って作ってと言って、お母さんが夜な夜な手作りで作ってくれたことがある。もちろん今衣装で着させてもらえるような素晴らしいドレスではないが、すごく嬉しくて、毎日のように着ていた。幼稚園から帰ってきたら幼稚園の制服を脱いでそのドレスに着替えていつもシンデレラごっことかをしていた。

・赤ちゃんの頃はすごくブサイクだった。写真とか見ても、赤ちゃんは結構兄妹みんな同じ顔に見えるが、お母さんとお父さん曰く、帰りに本当にさゆちゃんは一番可愛くなかった」と言われて、3人目だったが、お家に連れて帰った時に、隣の子と間違えたんじゃないかと思うぐらい可愛くなかったらしく、顔自体はすごく嫌だったと言っていた。段々可愛くなってくれて、「あ、うちの子だ」と思ったらしい。本当に大人しくて、性格というよりはずっと寝る子で、今でも本当によく寝るが、小さい頃からよく寝る子だったらしく、そのおかげで絶壁で、右側がすごくへこんでいる。

・バッタとカマキリを一緒に飼っていたら、カマキリがバッタを食べてしまった。あれは本当にかわいそうだった。茶色いカマキリと緑のカマキリを2匹入れていたら、茶色いカマキリが緑のカマキリも食べてしまい、それも小さいながらにすごく衝撃を受けていた。あとすごく好きだったのはカブトムシとクワガタ。森みたいな所に行って木にハチミツを塗っておいて、夜中に取りに行って、カブトムシとクワガタが集まってきていて、それをお父さんと一緒にそれを捕まえて、ゼリーとかを与えてお家でずっと飼っていた。結構そういう男の子の遊びみたいなのを、トンボ取りとかセミ取りとかも大好きだったし、活発だった。

山口県にいる時で小学生ぐらいだったが、日曜日にツバメが入ってきてすごくびっくりした。その時、夏だったのでソーメンを食べていた。お父さんが出ていくように仕向けて、ちゃんと全然大丈夫だった。お家の中で天井もそんなに高くなかったので、すごく至近距離で檻とかもない中で初めてツバメを見た。

・小さい頃はカマキリとかを素手で取っていた。カエルとかはペタペタ触っていた。蟻とかも手で潰していた。今は蚊ですら触れなくて血を吸わせるしかない。

・山口県で小学校の時は珍しい給食というのは特別にはないと思うが、セレクト給食というのがあった。デザートとかをプリンにするかゼリーにするかとかチーズケーキにするかチョコレートケーキにするかとか、すごくそういうのがあって、苺かブドウかとかすごくその時期が楽しみで仕方なくて、どっちにしようと言っていた。セレクトは小学生のうちは自分が食べたいというものよりはひとが多い方に行く。プリンかケーキかという時があり、自分の中では断然ケーキだったが、クラスの半分以上がみんなプリンに手を挙げた。ここでケーキで手を挙げたらなんか自分だけ違うくて恥ずかしいと思って、プリンに手を挙げたのをすごく覚えている。結局プリンもおいしかったのでいいのだが、あの時ケーキにすればよかったという思い出があってすごく覚えている。給食は必ず自分の教室で食べるが、1ヶ月に1回だけすごく広い所で食べさせてくれる。交替交替だが、1ヶ月に1回広い部屋みたいな所で食べさせてもらえる。居間みたいな所で、すごく高級そうな部屋で宮殿みたい。映画とかを見ながら食べる。小学校の時は給食時間が30分ぐらいだが、30分以上取ってくれる。そこにそのクラスだけ移動して、「今日は優雅に食べましょう」的な感じ。宮殿みたいな所が学校の中にあった。宮殿は言いすぎだが、教室以上に広い所があって、机とかも勉強机じゃなくてちゃんとしたしたきれいな机で、そこで1ヶ月に1回贅沢をしましょうみたいな感じであって、その時はすごく楽しみだった。しかし、その時に限って自分の嫌いな給食だったりしてテンションが下がったりしていた。すごくそのようなお遊び的な感覚がすごく楽しかったのを覚えている。

・一番好きなかき氷の味は断然、苺。小さい頃からずっと苺で、あんまりレモンとかメロンとかブルーハワイとかにそれたことがなくて、ずっとそこは一途の気持ちでいる。練乳付きならなおいい。苺ミルクだったら最高。すごく好きだし、お家でもかき氷機がある。東京に来てからはないが、山口県の家にはあって、よくお姉ちゃんとかとガリガリやっていた。すごく楽しい。

・山口県にいる時は1週間に1回だけ兄妹の誰かがお風呂掃除をしなければいけない日があって、その時は誰がするかということになって、いつもジャンケンで決めていた。ジャンケンをして3回勝負して負けた人がすることになっていたが、結構それが3週間続けて同じ人とかになっていた。だからそれはもう当番ということにして、1週間ずつということになっていたのを覚えている。あとは、お友達がお部屋に来た時は部屋を勝手に開けないとか、暗黙の了解のルールはあった。中学1年生と3年生で、お姉ちゃんと学校が被っていたが、また、そこで絵の具とかを忘れ物をした時は姉妹で嫌がらず貸し借りはしようねというルールがあった。

・小学4年生の時、夏休み前にプールのテストがあって、20メートルか15メートルぐらいの区切りがあって、それ以上泳げない子は夏休み中に補習があった。夏休み前のテストで、なんと4メートルしか泳げなかった。それも必死で泳いで、結構行ったんじゃないかと思う時に足をついたら4メートルだった。もちろん補習だったが、その補習で20メートルぐらいまで泳げるようになった。しかも2,3回の補習で。その時期は補習の子が結構多かったので、生徒5人に対して先生1人ぐらいで教えていたが、さゆみはありえないぐらい泳げなかったので、マンツーマンで習い、その年で一番成長した人になった。

・小学校3年生の時に自転車教室というのが学校であって、絶対にその時までには補助輪を外さなければいけなかった。外さなければいけないというよりは、補助輪をつけてくる子がいないとお姉ちゃんやお兄ちゃんから聞いていた。そのため、小3までには絶対に補助輪を外さなければというプレッシャーがすごくあり、すごく頑張っていた。さすがに幼稚園のうちには乗れず、小1の初めぐらいにちゃんと乗れるようになった。案外早かった。近所に妹のように可愛がっている子がいたが、その子が小3までずっと補助輪ありで乗っていて、初めて自転車教室に補助輪を両方つけて4輪車で行った子がいて、結構恥ずかしい感じだった。中学生の時はヘルメット着用で、ちゃんと首の下のパッチンもしていた。パッチンを外しているだけでノーヘルメットといって、自転車を1週間使ってはダメみたいなそういう規則で、すごく厳しかった。先生がいる前だけじゃなく、どこで見られているか分からないので、絶対にヘルメット着用で、雨の日はカッパで、自転車通学ではいい思い出がない。

・ときわ公園のペリカン、カッタ君は本当にアイドル的な存在だった。ときわ公園とお家が近かったので、よくおばあちゃんにおんぶしてもらって遊びにいったりとかしていて、カッタ君とはしょっちゅう会っいた。ペリカンは嘴の中に歯が無い。だから噛まれても全然痛くなくて、よくお父さんに「頭入れな」と言われていて、頭を入れてパカッとやってもらったりしていた。そのカッタ君が亡くなったと聞くとすごいショック。山口の一番仲がいいお友達から「カッタ君死んだんだって」というメールをもらって、すごくびっくりした。すごくショックで信じられない。カッタ君は自分の人生の中でいて当たり前みたいな感じで、小学校とかも運動会とかでカッタ君が校庭に下りてきて一緒に運動会に参加してもらったりとか、普通に中学校とかも校庭に下りてきてくれて、カッタ君が校庭にいる状況で体育をやったりとか、中1の時にテニス部だったが、テニスコートに下りてきてくれた時は超ラッキー。ボールとかも食べるのでテニスが中止になった。先生も「今日はカッタ君がいるから部活やめようね」と言ってくれていたので、「カッタ君、ぜひ来て」という感じだった。カッタ君とはそういう思い出がいろいろあるので、すごく切ない。でも、さゆみ以上にカッタ君の妹のペリーナちゃんが今どんな気持ちなのかすごく切ない。

・山口県のお家ではモーニング娘。のポスターとか石川さんのポスターとか高橋愛ちゃんのポスターとかいっぱい貼っていた。まだ小学生だったので、落書きしたりとかヒゲとか書いたりもしていた。東京に来てからすぐは部屋中アイドルのポスターでいっぱいだった。モーニング娘。に入ったばかりだったので、高橋愛ちゃんとは本当に仕事としてのグループというよりはファン的な目線だったので、普通に毎日仕事でも会ってるのに、お家に帰ったらポスターも貼ってあったし、あとは普通にアイドルの子のポスターを貼ってあって、小倉優子さんのポスターやカレンダーとかもずっと貼っていた。カレンダーは1月、2月とか終わったらはがしていくが、1月、2月とかの写真が気に入っているとまたそれも貼って、また新しい月とかもやっていくので、どんどんカレンダーやポスターが増えていった。東京に来て1回お引越ししたが、引越す時にそういうのは卒業しようと思って卒業して、今は全然ポスターとかは貼っていなく、人形で散乱している感じ。

・さゆみの、もう本当に地元に近いといえば、やっぱりときわ公園がすごいぜひ行ってほしいなと思うんですけど、まあ普通の遊園地とかと比べると全然ちょっと...ちょっと壊れかけでちょっと怖いジェットコースターとか、あの、ジェットコースターとしての怖さは全然ないんですけど、いつ壊れるんだろうっていう怖さで怖いなっていうのはあるんですけど、まあでも絶対壊れる心配はないんですけど、そういう恐怖感を味わえるジェットコースターにも乗ってほしいなっていうのと、あとやっぱりときわ公園には遠足で何回も行ったりとかしてるので、そういうさゆみの思い出も詰まってるので、まあさゆみの思い出で行ってもちょっと意味ないかもしれないんですけど、ぜひぜひ行ってほしいなっていうのと、あと全然地元じゃないんですけど、さゆみのお家からでは車ではまあ2,3時間ぐらいかかっちゃうんですけど、下関の、あの、フグをぜひ朝市で...朝市?あの、朝4時ぐらいに行って新鮮なフグを、はい、ぜひぜひ食べてほしいなっていう気持ちはありますね。はい、山口県は本当にいい所です。

・夏休みは基本好きなんですけど、嫌な夏休みの思い出といえば、あの、毎年家族ですごいいっぱいいろんな所に出かけてたんですよ、山口県の時。でも、お姉ちゃんが7月20日の夏休みの初日に腕の骨を折っちゃって、もう初日からプールに行ったんですけど、家族...あ、海か。海に家族みんなで行ったんですけど、あの、もう波のすごい...小っちゃい波でコケて、全然浅い所でコケてでんぐり返しして、骨を折って、で、8月31日にギブスが取れるという奇跡の夏休みを過ごしたんですよ、お姉ちゃん。なので、その年はもう全然海とかも遊びにいけなくて、骨折ったのに手術までしたんですよ。でもすごい大変で、お母さんが病院で付きっきりで、で、さゆみも1人で毎日100円ずつもらって、まあポッキー買いにいったりしていて、すごいなんか切ない夏休みだったんですよ。だから嫌な夏休みの思い出といえばそれだなと思います。

・さゆみのお兄ちゃんが、あの、寝顔すっごいひどいんですね。本当に白眼...白眼じゃない、半眼なんですよ。で、さゆみも半眼で、お兄ちゃんとさゆみの寝顔が一緒だって言われるんですけど、お兄ちゃんの寝顔を見て一緒だって言われるのはすごい嫌だなと思うぐらいひどいんですけど、お兄ちゃんの寝言で1回、あの、「サッカー部員を集めます」っていう寝言を聞いたことがあるんですよ。さゆみ、すごい面白くて、あの、確かにお兄ちゃん、小学生の時にサッカー部で、あの、中学校になったら陸上部だったんですけど、「サッカー部員を集めます」っていう寝言を聞いた時はすごい面白かったですね。

・さゆみがすごい恥ずかしかったのは、あの、なんか、トイレに行った後に後前逆とかだったらいいんですけど、スカートが、あの、パンツに入ってて、パンツが丸見えだったんですよ。これ、あの、結構前だから、まだ結構、あの、中1とか、まだモーニング娘。に入るか入らないかぐらいだったので、山口県の時の話なんですけど、本当に恥ずかしくて、で、しかも自分で気付いたので、自分で気付くまでに絶対人に見られてるはずなんですね。相当恥ずかしかったですね。

・お兄ちゃんが1回、ミートボールってあるじゃないですか。お弁当とかに入れる。あれって袋の中に入れたまま茹でなきゃいけないのに、袋から出して、あの、茹でたことがあるんですよ、お兄ちゃん。それはちょっとお母さんが結構びっくりしましたね。「何やってるの?」っていうような反応をしてたので、それをちょっと...さゆみも、その時、お兄ちゃん、まだ小っちゃかったとは思うんですけど、さゆみが覚えてるくらいなんですけど、なので、さゆみ結構小っちゃいながらお母さんがその絶句姿に、はい、衝撃だったのでよく覚えています。

・一番初めのきっかけっていうものがよく分からなくて、本当になんか、当時というか、さゆみが小学4年生か5年生ぐらいの時に本当に結構周りで流行ってて、テレビ番組とかでも、いっぱいモーニング娘。が出てて、こうなんか「LOVEマシーン」とかもすごい流行ってて、こう学校とかでもそういうイベントとか、なんか文化祭的なものがあったら、そういうモーニング娘。の曲をみんなチョイスしてたし、あの、紅白勝ての...何だっけ、あ、運動会とか...でも、モーニング娘。のそういう応援歌とかでもモーニング娘。を使ったりとかもしてたので、すごいそういうなんか、自然な流れでモーニング娘。を知ったんですけど、好きになったきっかけはやっぱりテレビとかを見て、こうオーディション番組とかを見て、すごいみんながすごい頑張って、涙しながらもモーニング娘。に入りたいって思ってて、そのモーニング娘。に入りたいって思わせるモーニング娘。ってすごいなと思って、さゆみはすごい好きになったんですけど、こうでも、より好きになったきっかけはやっぱり、兄妹がやっぱり好きな物って一緒になって好きになるというか、なんかお姉ちゃんが好きだと、さゆみだって好きだもんっていう気分になったりするので。まず1番はお兄ちゃんがモーニング娘。のファンだったんですね。で、なんか、結構、あの、その当時はプッチモニのファンで、お兄ちゃんが。市井紗耶香さんがすごい好きで、お家になんかポスターとか、あと、プッチモニ写真集とかもあって、なんか、すごいエッセイとかもなんか、エッセイっぽいものとか、なんかCDとかもあって、すごいそれをお兄ちゃんに借りたりとかして、あの、一緒に聴いたりとか、で、さゆみもモーニング娘。のCD買ったらお兄ちゃんに貸したりして、そういのを...があって、すごいもう...すごいモーニング娘。に...が好きってなって、もう入りたいに変わって、モーニング娘。に受けたんですけど、はい、そして今ここでこんなお話をしてるんですけど、はい、いろんなことがありました。

・さゆみ、あの、テトリスとかすごい得意だし、ぷよぷよも、あの、昔、あの、なんかご飯屋さん...山口県のご飯屋さんで、なんか、あの、大人と子供が、あの、どっちともが行っても楽しめるような所があって、あの、大人のメニューもあって子供が好きそうなメニューもあって、大人がしゃべってる間に子供が遊べるようにゲームがたくさん置いてる所があって、で、ぷよぷよがあって、そこでいっつもぷよぷよをしてて、すごい好きだったので。

・お姉ちゃん、絵を描くのがすごい好きで、絵が上手なんですよ。なんか可愛いんですね、少女マンガとか、すごい上手で、絵をたくさん描くんですけど。で、ノートとかはまあ、その、全然、まだ自分の物だったらいいじゃないですか。あの、山口県の地元のさゆみの部屋のドアに大きくクレヨンで、ドアに絵をめっちゃ描かれたんですよ。で、さゆみ、その頃、アーティストの19(ジューク)さんっていたじゃないですか。もう解散しちゃった方達...がすごい好きで、で、その人達の歌詞とかがすごい好きだったんですよ。その歌詞をクレヨンで全部描かれて、ドアに。で、さゆみ、ちょっとびっくりしちゃって。え?何で描いたの?...で、すごい一生懸命雑巾で、さゆみがね、拭いたんですけど、消えないんですよ。だからもうずっと、もうドアをいつでも閉めないで開けっ放しにして見えないようにしてたんですけど、で、あの、久しぶりに山口県に帰る時に、あの、お父さんは、あの、自分のリビングしか使わないから、さゆみの部屋を掃除してないから、あの、ちょっと虫とかわいてたら嫌だなと思って、お掃除屋さんに頼んで、あの、さゆみが帰る前にきれいにしといてもらったんですよ。そしたらきれいに消えてて、本当ありがとうございますと思いましたね。あの、絶対、自分の力じゃ消えなかったですもん。どんなに洗剤とかしてても消えなかったんで。もう本当いい迷惑だなと思って。なんでそれをクレヨンで描いたのかもいまだによく分かんないんですけど。まあ、そんなことがありました。

・あの、小さい頃の話なんですけど、さゆみ、実は、あの、お姉ちゃんだけに教えてあげるね、さゆみね、幽霊なんだって言ったことあるんです。そしたらお姉ちゃん、本当に怖がって、泣きだしちゃったことがあるんですよ。まあ、本当にもう幼稚園とかの話なんですけど、その頃からさゆみっていたずらっ子なんだなって思いますけど。すごいね、覚えてますね、それは。

・小学校3年生の時に、さゆみ、あの、盲腸になったんですよ。で、盲腸になった時に、1日に8本から10本ぐらい注射を射したんですね。でもうすごいそれで痛かったのに、あの、もうこれ以上注射射したくないっていう時ぐらいに、どう見ても新米の看護婦さんが...看護師さんが、さゆみの注射の担当をしたんですけど、あの、ありえない注射じゃない痛みをしたんですね。で、もう手がすごい震えてて、その看護師さんの手が、で、これ絶対失敗だって小学校3年生ながらにすぐ分かったんですよ。で、もう本当に痛くて、どうしようって感じだったんですね。そしたら、でも、看護師さんの方がどうしようってなってて、でもその看護師さんが取った行動は、何事もなかったかのようにしれーっとゆっくり注射器を抜いて、何事もなかったかのように去ってって、ベテランの看護師さんにコショコショって何かを言ったら、まあベテランの人が来てくれて、注射を射してくれたんですけど、そういうことがあったから、さゆみ、注射が大の苦手なんですね。

さゆみ達は、あの、恒例なんですよ、しし座流星群の日に流れ星を見にいくのが。あの、山口時代からいつもどんなに次の日、朝、あの、お父さんがお仕事あっても、あの、お母さん家事が残ってても、さゆみ達学校があってもですね、絶対にみんなで朝4時とか3時ぐらいには、あの、外に行って、公園とか行って、みんなで見るっていうのが恒例だったので、東京に来てもそれをやろうって言って、この時はやったんですけど、山口では見れるものが東京では、まあ天気も悪かったのかもしれないんですけど、見れなくて、それどころか星もたぶん全然見れなかったんだろうけど、で、まあ、その反動って言うのは、まあ、たぶん言い訳でしょうけど、その後お姉ちゃんと2人でコンビニ行って、まあいろいろと食べて楽しかったんだろうなっていうのがすごい、はい、伝わってきて、で、その後すぐ寝て、で、あの後、2人でお風呂でゲームしたんだろうけど、あ、まあすごい楽しそうな風景が思い浮かぶんですけど、その流れ星なんですけど、さゆみ、山口県でその流れ星を見た時に、本当に感動しましたね。数えてたんですよ、最初。100個超えて、1日に。すごいって思って、メチャメチャすごいと思って、もうその時も...その時は日記とかつけてなかったんですけど、あの、作文を書いて、先生に提出したのを覚えてた...覚えてるんですけど、本当に感動して、100個超えて、あの、だから100個超えたから、あの、区切りがいいからそれからは数えなかったんで、最終的に何個見たかは覚えてないんですけど、でも、100個超えたっていうのはすごい覚えてて、で、その時にすごい、あの、お願い事とかしたりとかしてたんですけど、で、小6の時は、お願い事に、もう...あの、受験をしたんですよ、さゆみ、中学受験を。なので、受験受かりますようにってね...流れ星さんにお願いして、まあ落とされちゃったんですけど、まあ流されちゃった感じですけど、受験も。でも本当に、でもそのおかげでさゆみ、中1の時に、あの、モーニング娘。受かったと思うんですよね。その時に、さゆみ、たぶん、あの、受験に受かってたら、モーニング娘。に入ってないと思うので、ああ、なんかそういう流れで、うーん、来たんだなっていうのをすごい思いますね。

・あの、うち、山口県で、あの、目の前に畑があったんですよ。おばあちゃんが栽培?してる畑なんですけど。で、あの、そこに毎年、イチジクができてたんですけど、イチジクを2人でお腹がすいたらよく取りにいって、その場で食べてたんですけど、あの、熟してて、熟し以上までいくと、蟻が寄ってくるんですよ、甘いから。で、さゆみはその蟻を上手によけながら食べてたんですけど、お姉ちゃんは蟻も...お腹すいてるから、お菓子感覚で蟻も一緒に、「おいしい」とか言ってて、でもなんかいま、なんか、で、イチジクって種がいっぱいあるから分かんないんです、本当難しいんですよ。だからさゆみも、蟻をよけたつもりでも、もしかして一緒にゴックンしてたかもしれないけど、お姉ちゃん、もう何も考えずに普通に、いっぱいついてるだろうに普通に食べてたから、子供ながらにその映像っていうか...鮮明に覚えてるんですよね。映像じゃないか、その情景を。

・さゆみ、小学校2年生の時の担任の先生の字が大好きで、すごい可愛かったんですよ、黒板に書く字が。可愛いしきれいで、読みやすくて、それにすごい憧れて、なんか、その先生の真似をしたので、だからたぶん、憧れる人の真似をすれば、うん、それに近付けると思いますね。だから、そうですね、先生...先生はすごい上手できれいなんですけど、真似しようと思ってこういう字になったんですけど、真似しきれてない状態ですね。

・なんか、結構みんな、モーニングのメンバーって、タオルとか、ちっちゃい頃から使ってて、これがないと寝れないとかいう子、いるんですけど、あんまさゆみ、ないんですけど、絞り出して言えば、小学校1年生の時に東京に遊びに来た時に、あの、その時に東京の限定のシャーペンを買ったんですよ。それをいまだにたまに使う時があるぐらいで、本当になんか、意外と小さい頃から使ってる物って無くて、でも、山口県に久しぶりに帰った時に、すごい懐かしいちっちゃい頃から使ってるマグカップみたいなのがあって、それでお茶を飲んで、なんかホッとしましたね。なんか嬉しくなりました。あ、昔っからのやつだ、と思って、懐かしいな、と思って。そういうのはすごい嬉しかったですね。

・あの、家の中でスイカ割りを毎年やってて、あの、スイカを普通に買ってきて、お家の中で、新聞紙敷いて、スイカ置いて、で、まあ目隠しして、棒も、あの、棒を、あの、さゆみ、お家の前がすぐ海だったんですよ。で、そこで、なんか、木みたいなやつを拾ってきて、結構でかいやつ。それで、お家の中でスイカ割りはやってましたね。家族でで...でも、あの、お父さん抜きの家族でやってました。あの、でも、お父さん、怒るんですよ、あの、さすがに、あの、しかも、あの、やっぱ、部屋...あの、目隠ししてるわけですから、ちょっと、あの、花瓶とかはよけるんですけど、でもちょっと危ないじゃないですか。でも楽しいからやろう...やりたいねっていうことでやってたんですけど、しかもなんか、海の夏にやる、海の浜辺でやるスイカ割りよりも、余計ドキドキするんですよ、なんか。狭いし、コケたりとかできないし、なんかその緊迫感が結構好きで、よくやってましたね。うん、楽しかったですね。

・学校のね、行き道にね、ドクバナがあるんですよ、山口。山口っていうか、家からの、その小学校行くまでに、ドクバナがあって、「これさわったら死んじゃうよ」ってすごい友達に言われてて、絶対さわらないようにしてて、1回、、さゆみ、さわったことあって、まあ、生きてるからいいんですけど、すごい必死に手洗ったことがあって。そのドクバナね、東京で見たことないんですよ。ドクバナってなんか、東京で見たことないんですけど、本当、山口には
いっぱい咲いてたんですけど、ピンクの花ですごい見た目可愛いんですけど、中にある、あの、花粉が入ってるところが真っ黒なんです。で、みんながドクバナ、ドクバナって、あの花粉をさわると、なんか、死んじゃうみたいなことみんなが言ってて、すごい気を付けながらそのドクバナの前を通ってたんですよね。懐かしい。

・あの、さゆみ、中学1年生の時、地元、山口県では、テニス部だったんですけど、で、その時に、3年の先輩が、あの、どっか行く時に、まあ、どっか行くっていうか、引退する時に、あの、さゆみ、本当にテニス部辞めたくて、羨ましくて、もう一緒に行きたくて仕方なかったですね。もうなんか、もう、あの、テニス部に入ったのも、スコートはきたくて入ったし、あとは、運動系にお母さんが体が弱いから運動系に入んなさいって言われて、仕方なくもう、テニス部に入った感じだったんで、もう、でも、1番ヘタで、1人だけ、あの、新人戦なのにスコートがはけずじまいで終わったし、なんかもう、さゆみも一緒に引退したくて、だからもう、羨ましくて、なんか「先輩、待って」っていう感じでしたね。「さゆみも連れてって」っていう気持ちでした、その時は。

・実家にいる頃はちっちゃい頃の覚えてない頃の写真を見ても、やっぱ3月3日とかの時期になると、ひな人形の前で撮ってる写真だったりとか、あと、覚えてる限りでは、幼稚園から小学校の高学年いく手前ぐらいまでは毎年ひな人形を飾ってて、なんかきっかけもなく出さなくなったんですけど、あの、うちのは7段?ですね。結構大きくて、でもお姉ちゃんのためにおばあちゃんが買ったらしくて、でまあ、さゆみのっていいうよりはどっちかっていえばお姉ちゃんの的な感じだったんですけど、まあ姉妹で一緒に出してたんですけど、まあ...この、ひな人形を出すにあたって、なんか、すごい...お部屋に出すんですけど、ひな人形のその階段じゃないですか。それをなんかよく分かんないんですけど、そのひな人形を出すにあたって、絵本ですごい後を持ちかかえてたんですよ、その階段を。だからその時期になると、すごい家にある大量の絵本をそこの部屋に持ってって、その時期になると絵本が読めなかったんですよ。その階段を持ちこたえる?...あ、支えるために。だから、その時期、読みたい絵本が読めないっていうのがすごい嫌で、早く片付けてほしかったですね。それをすごい覚えてます。だからたぶん...たぶんなんですけど、金具がたぶんどっか無くなってて、持ちこたえれなくて...持ちこたえるって絶対おかしいですよね?...持ち支えれ...あ、支えれなくて、こう...あの、その絵本で支えてたので、それはちょっとあの...あんまりいい思い出じゃないんですけど、まあみんなで歌とか、ひな祭りの歌とかも幼稚園で歌ったりとかして、楽しかったですね。

・昔、あの、小さい頃に、あの、小さい頃っていっても、もうさゆみとお姉ちゃんは小学生だったんですけど、あの、すごい自分達の妹かのように近所の子ですごい可愛がってる幼稚園生ぐらいの女の子がいたんですけど、で、その子と一緒に、あの、で、親は違うお隣の部屋で、あの、ホテルに泊ってて、で、子供達3人で、あの、ホテルに泊ってたんですよ、旅行しにいった時に。その時、そこがオートロックだったんですね。で、あの、まあさゆみは別にそんなにそれに参加してなかったんですけど、お姉ちゃんがすごい大人ぶってて、なんか、あの、その子に対して、なんか、あの、なんか、夜怖くなったら、あの、私のこと起こしていいからねみたいなことを言ってて、なんか、すごい、じゃあ、でも私も寝るからとか言ってて、あの、もし怖くなって、あの、起こす時の練習をしようとか言ってて、で、ねえ、お姉...起きてみたいな練習をさせてたんですよ、その子に。で、いざその子が寝ちゃったんですね。そして、で、さゆちゃん、ちょっとさ、ジュース買いにいこうみたいな感じで、オートロックなのに、あの、その子1人残しちゃって、ガチャって閉まっちゃったんですよ、鍵を持ってなくて。で、あの、どうしようってなるじゃないですか。で、その当時もちろん携帯とかも持ってないし、携帯電話とか。で、で、その子に練習までさせといたのに、さゆみとお姉ちゃんは仕方なしに隣のお母さん達がいる部屋で寝たんです。本当かわい...でも、その子は無事、次の日、あの、全然、あの、ちゃんとぐっすり、旅行で疲れてたし、起きなかったんですけど、もし起きてたらねえ、本当騙されたと思いますよね。練習までしたのに、あの人達どこ行ったの?と思いますよね。そんなことがありましたね。あとは、あの、まあこれ、お姉ちゃんというかお母さんなんですけど、あの、お母さん、山口にいた時はよく運転を...車の運転をしてたんですけど、あの、鍵を中に入れっぱで鍵を閉めてドアを閉めちゃって、開かなくなって大変だったこととかは、あの、結構しょっちゅうありましたね。覚えてる限りでも3回ぐらいあったので、小さい頃だったので、もっとある気がしますね。なので、お母さんの血を引き継いでるお姉ちゃんは何かしらありそうですね、免許取り中ですし。怖い限りです。

・さゆみ、すっごい今、思い出したんですけど、中学1年生の時とか小学生の時って、携帯電話持ってないから、お家に友達にかける時とかって、あの、「道重ですけど、あの、○○ちゃん...カナちゃんに替ってもらってもいいですか?」って言うのってすごい緊張するじゃないですか。なんか今、それをすっごい思い出しましたね。あの瞬間ってすごい嫌ですよね。なんか、普段、こう、小学生中学生って大人と関わらないじゃないですか、学校の先生ぐらいしか。なので、あの、友達の親と電話出たりされるっていうのがすごい緊張してましたね、はい。

・このペンギン村は、さゆみもよく「Dr.スランプ」を見てて、「あ、ペンギン村ってあそこのペンギン村と名前一緒だ」と思ってたんですけど、よくそこのペンギン村には友達が...小学校1年生の時の友達が、あの、ペンギン村の近くに住んでて、だからよくペンギン村には遊びにいったりとかしてて、で、あの、ペンギン村の近くに海があるんで、よくそこで花火とかもしてて、で、あの、そこ、ペンギン村でやった花火が、あの、ねずみ花火ってあるじゃないですか。ねずみ花火ってこう...あの、投げたら、なんか、なぜか人間についてくるじゃないですか。それがすごい面白くてずーっとやってたんですよ。で、そのねずみ花火を、ちょっと危ない遊びなんですけど、そのねずみ花火を海に投げたらどうなるのかっていうことを、お姉ちゃんと一緒にやったんですよ。で、ねずみ花火を、火点けて、シャーって海の中に飛ばしたら、海の中に一瞬入ったのに、戻ってきたんですよ。これ本当にすごくないですか?沈むと思うじゃないですか。でも、戻ってきて、めっちゃめちゃ怖かったんです。シューって戻ってきて、こわってなって、めっちゃ、あの、大騒ぎしたんですけど。まあ、そんな、ペンギン村には楽しい思い出があります。

・恥ずかしかったのは、あの、学校で初めて0点を取った時ですね。めっちゃめちゃ恥ずかしいんですよ。こうやってよくマンガとかテレビって普通に0点ってあるじゃないですか。でも、実際0点って逆に難しいと思うんですよ。算数です。しかも算数、一番得意なんですよ。本当にショックで。なんか、あの、まあ、しかも、あの、確かに算...今回のテスト難しいなって言って、手ごたえが無かったんですよ。でも、まさか0点っていう、しかも真面目に取り組んで0点だから、本当に恥ずかしくて、それでやっぱ小学生の時だったから、こう、なんか、男の子とかって0点の子がいたらやっぱ茶化すじゃないですか。で、もう本当に見られたくなくて、めちゃめちゃ必死に隠してましたね。でも、あの、そういうテストとかって直して、また100点になるまで、先生に出しにいかなきゃいけないじゃないですか、何回も。で、もう、その100点になるまでがすごい時間かかって、もうそれは本当に真剣に恥ずかしい思い出ですね。しかも、まだ小学生の頃って、さゆみ、結構まだ、あの、ダンゴムシしか友達がいないぐらい内気だったんで、こう、なんか、はじけて「0点取っちゃった」って言えるような、なんか、キャラでもなかったんで、本当にあれほどさゆみはもうなんかもう帰りたいと思ったことはなかったですね。

・あの、お姉ちゃん、ウサギ年で可愛いんですよ。で、お母さんもイヌ年で可愛くて、よく昔、「私、イヌで可愛いでしょ」って言ってて、で、お姉ちゃんも「ウサギ可愛いでしょう」とか言ってて、「さゆちゃん、何年?」っていっつも言われてて、さゆみ、ヘビなんですね。で、「ヘビ年だよ」とかちっちゃい頃言ってて、よくそれで泣いてました。「2人可愛いのになんでさゆみだけ可愛くないの」とか言ってて。でも、そういう干支って、なんか、三代続いたらいいっていうじゃないですか。三代続いたらなんか、その三代目がすごい幸せになれるっていう言い伝え?儀式みたいなのがあるらしくて、で、なんかさゆみ、ヘビ年なんですけど、お父さんヘビ年で、お父さんのお祖母ちゃん?あ、お父さんのお母さん、さゆみでいうお祖母ちゃんがヘビ年なんですよ。で、三代続いてヘビ年なんですね。だから、さゆみ、いまここにいるのかなって思うのと、ヘビってお金持ちになれるっていうイメージじゃないですか。だからさゆみ、ガッポンガッポン稼ごうと思って。そんな感じ、そんなイメージなんですよね。だから、あの、そのヘビ年で三代目だから、ちょっとさゆみ、それは誇りですね。

・中学1年生の時になって、やっぱ、あの、新しい中学校に進入したので、あの、自己紹介をしようってなるじゃないですか、学校のクラスで。で、そうなってくると、出席番号順1人ずつ挨拶してくじゃないですか。で、こう、私は山口県で小学校から中学校に上がる時に、小学校からの、あの、お友達が、あの、3、4人ぐらいしか、その中学校に進級しなかったんですよ。だから、全然ほとんど新しい友達ば...友達っていうか、新しい人達ばっかりで、みんな、さゆみのこと全然知らない人達だったんで、ここでいっちょうなんかインパクトあること言わないと、絶対覚えてもらえないし、あの、友達も作れないし、中学校生活満喫できないと思ったんで、何か面白いことを言わなきゃってなったんですよ。なんかその当時からさゆみ、そういうこと思ってて、で、なんか、こう、あの、引っかかるようなことを言おうと思って、中学1年生の時に。で、こう、出席番号順回ってきて、結構、まあ、道重の「み」なので、最後の方で、で、すごい緊張してて、前の人が終わるまで。で、こう、ね、さゆみの番になって、席立って、まあ、声はちっちゃめなんですけど、あの、「○○小学校から来ました、道重さゆみです」って言って、で、なんか...なんか一言付け加えなきゃいけなかったんですね、全員。で、さゆみは、「最近ハマってるお笑い芸人さんはあばれヌンチャクさんです」って言ったんですよ。しかも、それも、あばれヌンチャクさんて、あの、いまたぶん解散しちゃってていない、あの、お笑い芸人さんなんですけど、その当時、さゆみ、すごい好きで、あばれヌンチャクさんが。で、あの、でも、そんなに知られてなかったんですよ。で、だからたぶんいま、このうさちゃんピース聴いてくれてる人も、「え?誰?」って思ってる方もいらっしゃると思うんですけど、あの、まあ、男の人2人組のコンビのお笑い芸人さんだったんですけど、すっごい好きで、とりあえず、さゆみ。もうめっちゃ好きだったんですよ。で、いっつもその、あの、映像とかビデオで録って、あばれヌンチャクさんが出てるテレビとか。で、いっつも見てたんですね。で、だから、自分の中ではめちゃめちゃ有名なんですよ。見てたから、何回も。だからみんな知ってると思って。で、あばれヌンチャクさんてすごい面白かったから、さゆみの中で。だから、そのことを言ったらみんなも絶対笑ってくれると思って、あの、結構自信満々に、あの、「最近ハマってる芸人さんは」みたいな感じで言ったんですよ。そしたら、まあ、いま考えれば全然、理由分かるんですけど、スッコーンだったんですね。恥ずかしくて。もう...あ、たぶんあばれヌンチャクさんって、桜塚やっくんさん?なんですよ、元。あ、元じゃない。元あばれヌンチャクさんが桜塚...桜塚やっくんさんなんですね。で、もう...でも、本当そういう苦い思い出があるので、あの、これから自己紹介する方は、逆に当り障りないことから言った方がいいと思います。本当そう思います。あともう1人、さゆみが一番仲いい友達になったんですけど、その後、結局、結果。でもなんか、その子もちょっと変わってて、そこの、あの、自己紹介の時に、あの、「将来結婚したい人は長嶋監督です」って言った人がいて、もう本当面白いんですけど、でも、その時もスコーンだったんですよ。で、さゆみは、「あ、この人と仲よくなりたい」と思ったんですけど、でも、やっぱ、そういう新しい状況の時って、キャッハッハって笑えないじゃないですか。なので、あの、最初は当り障りのないことを言うことをさゆみはおすすめしますね。

小学校6年生の時に、私、なんか、人生ってこう、ツイてない時期ってあるじゃないですか、時期的にね。で、さゆみって、小学生の時って、すごい、男の人としゃべれなかったんですよ。なんか、怖くて、男の人っていうものが。で、なんか、なのに、が...小学校の時って、担任の先生に全部教科を習うじゃないですか。中学生に上がると、教科ごとに先生が違うんですけど、で、小学生のうちって、そういう、あの、担任の先生に全部教科を習うんですけど、結構男の先生の担任が多かったので、「これ分かる人」って言われても、「道重」って男の人に言われるのがすごい怖くて、手挙げれなかったので、なんで、さゆみ、女の先生じゃないんだろうって思うくらい、ツイてないなって思ってて、で、そんな中、小学校6年生の時も男の先生で、で、なんか、あの、人間のお友達もあんまいなくて、ダンゴムシとかと仲よくて、で、なんか、あの、そんな中、本当になんか小学校6年生の時って、ツイてない時期だったんですよ。一番仲いい、あの、人間のお友達ともクラスが違ったりして、本当に一人だったりとかしてて、本当になんか楽しくなくて、で、そんな中、あの、昼休みに一人で、あの、ブランコに乗ってたらですね、あの、サッカーボールがコロコロコロって転がってきて、で、結構、ブランコとは程遠い所にいったんですけど、自分が一番サッカーボールと近くて、で、男の子に、あの、「サッカーボール取って」って言われて、で、「はぁー」と思って、「さゆみが一番近いわ」と思って、取りに行ったら、そこにですね、鳥のフンがサッカーボールにめちゃめちゃ付いてて、でも、まあ、パッて取ったらすごい付いてて、手にも付いて、「うわー気持ち悪い」と思ったんですけど、そういう気持ち悪いという言葉とかも発せなかったので、もうそのまんま、「ハイ」と思って、あの、もうありったけの力で投げたんですけど、全然届かずみたいな感じで、で、もうそういうことがあって、本当に、本当に小学校6年生ってツイてなかったんですよ。で、その鳥のフン触っちゃったし、で、あの、中学受験もして、小6の時に、それで落ちちゃったりとか、で、小6の時、本当ツイてない時期で、でも、中学校1年生からすごいなんか、ツキが回ってきて、その分。お友達もたくさんできたし、モーニング娘。も受かったし、だからそのツイてない時期があってよかったなとはいま思えるんですけど、もうその時は結構悲惨でしたね、いま思っても。うーん、はい。でも、それがあるからいまがあると思えば、はい、よかったと思います。

・昔、お父さんと卓球したことあって、すごい面白かったんですよ。

・幼稚園生ぐらいまでは、(歯磨きの)仕上げはやっぱ、お母さんにやってもらってましたね。うーん。みんなそうなんですよ、きっとお母さんとかお父さんがやってくれたりとかして、でもなんか、あの、お母さんがやるの、さゆみ、あんま好きじゃなくて、強いから痛くて、それがあんま好きじゃなくて、結構自分でやりたがってたんですけど、自分でやると、ぬかり無...くできなくなっちゃうんで、あの、汚くなっちゃうんで、お母さんによく、されてましたね。

・あのね、迷子はやっぱちっちゃい頃とかはよくあるんですけど、でも、一番さゆみが、あの、覚えてる迷子は、お母さんと二人で、一緒にいて、で、お母さんと二人で車の停めた場所が分かんなくなっちゃって、もうそれはそれは歩き回りましたね。もう迷子ですよ、本当に。広い駐車場で、絶対ここの駐車場に停めてるってことは分かるんですけど、どこに車を停めたのかさっぱり覚えてなくて、で、あの、それからはちゃんともうなんか、番号とかでしっかり、あの、お母さんが覚えるようにしてるんですけど、もうあの時は疲れましたね。覚えてるぐらいだから、結構もう小学性ぐらいだったのかな。でも、本当に、もう本当にここ、車取られたんじゃないかっていうぐらい、もう何回もいろんな所行き来してるのに見つからなくて、で、結局、まあちゃんとあったんですけど、なんだ、全然こんな所にあったんだねっていうような普通の所に停めてあって、で、それ見過ごしてただけだったんですけど、もうあの時の、まあ二人しての迷子は、心細いわけじゃないんだけど、すごい辛かったですね。歩き回らなきゃいけなかったんで。

・まあこれは、まあ、ちっちゃい頃の話なので、仕方ないとは思うんですけど、お姉ちゃんが1回家出したことがあるんですよ。普通に家出がしたくて家出がしたか...したんですよ。あの、よくある、こうなんか、テレビドラマとかで家出ってあるじゃないですか。で、そういうのってなんとなく憧れるじゃないですか、小学生ぐらいの頃って。だから、「家出してくる」って言って、家出しにいったんですよ、お姉ちゃんが。で、お母さんも、「うん。行ってらっしゃい」みたいな感じで、で、お姉ちゃん、家出しにいったんですね。そしたら、あの、「家出、どこしにいくの?」ってお母さん言ってたら、「おばあちゃん家」って言ってて、で、おばあちゃん家に家出しにいったんですけど、あの、普段やっぱ車で連れてってもらうじゃないですか。そうすると、近いっていうイメージなんですよ、子供からしたら。でも、子供の足で行くとかなり時間かかるんですね。で、すごい疲れて、あの、もうお姉ちゃん...で、後から、あの、お母さんが見に行ってたんですよ、ずっと。で、あの、お姉ちゃんが途中で泣きじゃくってたらしくて、で、あの、おんぶって言って、お母さんがおんぶして、おばあちゃん家まで連れてってたらしくて、うーん、それはすごい、あの、大きくなってからさゆみはその話聞いたんですけど、すごい面白かったですね。家出じゃないじゃんって思いましたね。でもちょっと可愛いなって感じました。

・あの、小学校4年生の時に、でもさゆみ、スイミングを幼稚園生まで習ってて、25メートル泳げたんですよ。幼稚園生の時。なのに、小4の時に...で、小学校3年生ぐらいまではそういうクロールとかしなくてただの遊びだったんですよ。プールの時間がね、授業で。でも小4からちゃんと25メートルとか計るようになって、初めて計った時に、3メートルだったんですよ。で、本当に、で、その、あの、それを夏休み前にそういうのをさせられて、で、えーとね、10メートル以下の子とかは、あの、夏休みに、あの、わざわざ遊びにとかじゃなくて、授業として学校に行かなきゃいけなかったんですよ。で、先生に教えてもらうんですよ。でも、あの、全然泳げない子達が、なんか、集う会みたいなのがあって、で、その会に行って、さゆみは、で、あの、あまりにも、その会の中でも一番泳げなかったんですね、さゆみ。なんで、みんなは先生対生徒が5人とかで、なんか結構個人指導みたいなのさせてもらってるんですけど、さゆみはマンツーマンで教えてもらって、あれ...でも、それでさゆみはその夏休み中に、小4の夏休み中に15メートルぐらいまで泳げるようになったんです。あれは感動しましたね。もう、だからその先生にもすごい感謝してるし、で、その先生のことさゆみ、すごい大好きで、なんか、あの、すごい若くてきれいな女の先生で、で、なんか、あの、学校の先生ってなると真面目なイメージなんですけど、結構キャピキャピした先生だったんで、一緒になってキャッキャしながら、遊びながら、あの、水泳教えてもらってて、すごい楽しかったので、それはよく覚えてますね。

・本当に粉薬が飲めなくて、もう、あの、もう錠剤に限るんですけど、さゆみの薬の摂取の仕方は。でも、あの、本当に粉薬がタダメだから。でも、昔ね、さゆみ、小学校じゃなくて幼稚園生ぐらいの時に、あの、やっぱ病院とか行くと、粉薬をもらうじゃないですか。で、いまだからこそ大人になったから、こう錠剤が飲めるけど、逆にその頃、錠剤も飲めなくて、あの、そのおっきい玉をこうやってゴックンするのが出来なくて、あの、粉薬をもらうんですけど、その粉薬が本当に飲めないんですよ。飲んだら吐いちゃうんですね、気持ち悪くて。だから、お母さんが、もう、で、お水に溶かして飲むんですけど、やっぱり、あの、もう薬だ薬だって思うから、不味いって思うから、もう絶対もどしちゃってて、で、だから、薬が体に入んないから、全然効かないんですね。だからね、お母さんが一生懸命考えて、あの、アイスクリームと一緒にその粉薬を食べさせてたんですよ、さゆみに。で、その時は、こう、バニラアイスと思って食べてるから食べれるんですけど、だから久しぶりにバニラアイスとかを食べると、もう粉薬の味しかしなくて、だからさゆみ、バニラアイスオンリーでは食べれないんですよ、いまだに。だから、特に、あの、お店とかで出てきてパフェとかでクリームとかチョコレートソースがかかってるとかなら、全然大丈夫なんですけど、あの、その時に食べてた、本当にカップのバニラアイスだったんですけど、そのカップのバニラアイスを見ると、そのパッケージだけでもちょっと、「うわー、ちょっと気持ち悪い」ってなるくらい、あの、ちょっとトラウマなので、粉薬は家の道重姉妹は本当に苦手ですね。

・私の夏休みの思い出といえば、あの、道重家では、毎年、あの、さゆみが小学校とかぐらいの時は、絶対に、あの、海とか川に必ず行ったんですよ。
で、あの、そこで、まあもちろん泳いだりとか、あの、水の上で浮いたりっていうのはもちろんなんですけど、絶対する行事があって、それは、あの、お菓子食い競争っていうのをするんですよ、道重家では。
あの、よくあるパン食い競争ってあるじゃないですか、あの、障害物競争とかで。で、それを、パンじゃなくて、あの、紙袋とかに入っているお菓子とかの、なんか、あの、ジャガイモをスライスしたやつとか?そういうのとかを、あの、お母さんとかお父さんが買っといてくれて、で、それを、なんか洗濯バサミみたいなのとかに挟んで、で、両側持ってくれて、で、あの、まあ、人数分あって、それを、あの、口で取るっていうゲームを毎年、あの、砂浜でするのがすごい好きだったんですけど、
あと、川とかに行くと、あの、スイカを丸ごと持ってって、川の冷たさで冷やしといて、で、お昼ごはんとか終わったら、あの、みんなでスイカ割りして、で、それをみんなで食べたりとか、もう本当に夏休みといえば、その、なんか家族での思い出がたくさんあるんですけど、でも、1つすごい、まあ嫌な思い出っていうわけでもないんですけど、あの、夏休みって、まあ土日とかが被らなければだいたい7月20日の海の日からじゃないですか。
で、あの、7月20日の、その、あの、夏休みの初日に、みんなで海に遊びにいったんですよ。
で、あの、さゆみのお家から車で2、3時間プラス船に1時間っていう所の海に、えーと、その時はお兄ちゃんが受験生かなんかで、たぶんお兄ちゃんは行かなくて、お父さん、お母さん、さゆみ、お姉ちゃんで行ったんですけど、お姉ちゃんが...行った瞬間に、楽しくて、わーって遊ぼうってなって、海に入ったんですけど、あの、全然、超ちっちゃい、あの、波に飲まれちゃって、そこで骨折ったんですよ、右手を。右手?そう、右手だ。違う、左手だ。左手、左手を骨折っちゃって、で、もうすごいワンワン泣いて、で、もう、行ったすぐそこから、すぐ帰って、でも、あの、船がなかなか来ないっていって、だから、そこの、あの、1時間分の船を、なんか、すごいそこの、あの、海の人とかに言ったら、なんか、でも、救急車がここの辺には無いので、あの、パトカーを呼びますって言って、パトカーで、なんかそこの、あの、船の所に連れてってくれて、で、そこから、あの、もうすぐ海とかで遊ばずに、もう自分のお家に帰って、病院に行ったらやっぱり骨が折れてますって言われて、あの、ギブスして、で、手術もするほど結構大変な、あの、ケガだったんですけど、で、ギブスが外れたのが8月31日なんです。
だから、夏休みの初日に、あの、骨折って、もう最終日までずーっと夏の暑い中、ギブスしてて、で、31日にギブス取れたから、学校とかではみんなお姉ちゃん普通に元気に、あの、過ごしたって思われる、なんか、一番最悪なパターンで、あの、だから、その年はお姉ちゃんのおかげで、さゆみもあんまり海とかに行けなかったので、ちょっと残念な夏休みの思い出もあります。

・アリといえば、さゆみ、あの、やっぱ小学生の頃、虫が好きで、ダンゴムシと友達だったぐらいなんで、アリも結構好きだったんですね。で、さゆみ、小学校の頃の好きだった遊びが、あの、台所から砂糖を、あの、持ち出して、その砂糖を、あの、玄...玄関っていうか、まあ、外出ての玄関?お家から出て...の玄関に、あの、チョコンと置いといたら、アリの行列がどっからか出来るんですよ。で、そのアリの行列の元の、その、巣まで、あの、行くの...見にいくのがすごい好きで、そういう趣味があったんですよね、アリといえば。だから、なんか、不思議なんですよね。その、モーニング娘。になってからっていうか、中学1年生の時に、本当に性格がコロって変わってから、全く興味無いんですよ。だから昔、アリの本とかもすごい好きで、あの、アリとか飼いたいって思ってたんですよ。なんか、飼えるやつあるじゃないですか、瓶とかに入れて。横から見たら、その、アリの巣とかが見えるやつ。あれとかすごいやりたいと思ってたんですけど、今じゃ絶対やりたくないと思うんですね。もうね、すごい、どこで変わったのか本当、不思議なんですけど、なんかそういう、はい、思い出がありますね。

・さゆみ、部活のことを思い出したんですけど、夏休みの部活、本当に嫌いで、さゆみ、あの、中学1年生の時に、テニス部だったんですけど、あの、まず日焼けがしたくなかったんですよ。
でも、テニス部って外じゃないですか。だから、もう、とりあえずお家ですんごい日焼け止めを塗っていくんですけど、日焼け止めって2、3時間でぐ切れるんですよ。最近のはもうちょっと持つかもしれないんですけど、その中学1年生の時は、2、3時間がもう一番長く持つぐらいだったんで、もう途中で塗りたくて、でも、一番後輩だったから、そういうのもできなくて、ずっとボール拾いとかやってたんですけど、
で、あの、さゆみ、自転車通学だったんですけど、あの、お家から学校まで自転車で40分ぐらいかかるんですよ。で、そこの間にとりあえず、まあ、あの、部活以外で日焼けしたくないから、長袖長ズボンで行ってたんですよ、学校まで。
もうそこですごい汗だくで、もう本当に疲れて、で、ヘルメットもかぶってるから、顔もすごい蒸れてて、とにかく汗かいて、でも本当に、あの、その...そのツラさよりも、あの、そ...な...なんていうんですか、日焼けをしたくなの方が勝ってたんで、一生懸命でしたね。
もう本当に必死で、で、それを思い出したので、ちょっと憂鬱な気分になりました。でも、だから、その中学1年生の時に、モーニング娘。になって、あの、中学2年生の時に、夏休みの時に、部活が無かったので、すごい嬉しかったのを覚えてるんですよね。中学1年生の時に、あの、中学3年生の人が卒業するじゃないですか。すっごい羨ましくて、もう本当に辞めたかったんですよ。
で、なんでさゆみ、あんなにも辞めたかったのにテニス部にいたんだろうって、不思議なくらいなんですけど、でも、その、スコートがはきたいっていう気分...気持ちがあったので頑張れたとは思うんですけど、結局、新人戦でも1人だけはけずな感じで終わったので、もう本当に切ないんですけど、まあその新人戦も、あの、やっぱ試合に出れる子だけがはけるんで、本当にね、奇数だったんで1人だけ出れなかったんで、なんか切ない思い出ですよね。

・あの、こういうプッチンできるプリンは、さゆみ達は、混ぜたくなる派なんです、グッチャグチャに。
あの、幼稚園生の頃からそうなんですけど、あの、プリンあるじゃないですか、あれは、あの、混ぜるとよりおいしいんですよ。下のカラメルを...だって、後からカラメルが出てくるじゃないですか。そしたら後が苦くなるじゃないですか。だからはじめっから調和させたいんですよ、味を。だから、はじめっからグチャグチャグチャーってして、まあ、見た目はよろしくないんですけど、味は一番あれがおいしいです。すごいおススメです。
でも、あれが給食に出た時に、それができないのがすごいもどかしいんですよね。なんか、自分を貫けないところがそこらへんにあると思いますね。

・さゆみの秋といえばは、あの、秋の大運動会っていうイメージが強いんですけど、あの、東京に来てからは、春とかに運動会があったんですけど、あの、やっぱ山口時代はいっつも毎年秋の大運動会だったんですけど、もう、さゆみ、運動が...まあ、知ってる方はいると思うんですけど、苦手なので、夏休みの前から運動会があることが憂鬱で仕方ないんですよ、毎年。で、もう夏休み中も、あの、夏休みを満喫したいっていう気持ちと、どっかでこの夏休みが終わったら運動会が来るっていうので、すっごい嫌で、で、もう、あの、徒競争とか障害物競争とか1人でやる科目が本当に嫌いで、玉入れとか、あの、大玉とか応援とかならいいんですけど、あの、1人で、あの、なんか、注目浴びるっていうのが、別に自分が思ってるほど周りは誰も見てないと思うんですけど、見られてる感じがして、もうすごい嫌だったんですけど、
それにプラス、運動会の嫌なところって、こう、家族が見に来るじゃないですか。で、それはすごく嬉しいんですけど、お母さんとかが、またこれ張り切って、あの、目の前を陣取って、徒競争とかになると、もう周りとか関係なく、「さゆちゃ~ん」って言って、すっごい聞こえるんですよ。それがまたすごい恥ずかしくて、だからね、運動会はいい思い出がなくて、なんで、あの、1番に秋といえば、その嫌な嫌な運動会を思い出しますね。


|

より以前の記事一覧