道重さゆみが来るというので原宿へ行ってきた。

UKインディー音楽の至宝、ザ・スミスの代表曲、「THERE'S A LIGHT THAT NEVER GOES OUT」において、ヴォーカル及び作詞担当のモリッシーは、こう歌う。「つれていって、今夜。音楽が鳴っていて若い人達が生き生きしているどこかへ」。

暗黒時代に私は意味もなく渋谷、青山、原宿辺りを徘徊し、現実との接点を確認すると共に、それと自分自身の存在との間に確実に存在するある種の壁についても認識していた。よって、この辺りを一切の感傷をなくして通り過ぎることは、私には一生不可能なように思える。思い出せない出来事や忘れられない人達が多すぎて、その記憶の影が少しでも心を翳らせるだけで、懺悔の気持ちでいっぱいになるのだ。私はほぼ毎日といっていいぐらい、そこにいた。わざわざ人が多い場所へ出かけて、確認する必要があった。

あの頃とはいろいろな意味で様子がすっかり変わってしまって、すっかり用も無くなってしまった。一番大きい原因は、私がCDを買わなくなり、音楽をインターネットを通じてデータで購入するようになったということだろう。通勤にも、都心を経由しないルートを選択している。本当に用が無いし、とにかく人が多すぎて疲れるのだ。

ところが、用があったので久しぶりに出かけることにした。朝10時から原宿のアメーバスタジオの前で整理券が配られる。アメーバブログなどでおなじみのサイバーエージェントが運営するスタジオであり、インターネット配信番組などをここから放送している。おそらく41枚目のシングル「気まぐれプリンセス」のプロモーションが目的なのだが、久住小春卒業特別企画といった体で、モーニング娘。による番組が放送される。13時からと15時からの2回の番組があり、いずれにも久住小春が出演するのだが、他のメンバーは、1回目が高橋愛、新垣里沙、亀井絵里ジュンジュン、2回目が道重さゆみ、田中れいな、光井愛佳、リンリンとなっており、単純に年齢順にして割り振ったものと思われる。奇しくも昭和生まれと平成生まれにくっきりと分かれた。観覧希望者はどちらの番組か、または両方かを選び、シャッフルされた整理券を箱から引く。この方法は、異常に早い時間から並んだり徹夜したりといった行動を一切無意味化する賢明な策といえる。並んでいたファンの中に倒れた者があったらしく、救急車が到着する一幕もあり、整理券の配布が若干遅れたが、10時30分ぐらいに無事引き終えた。35番というなかなか良い番号を引くことができた。1回目の番組には道重さゆみが出演しないため、2回目のみ引いたのだが、周囲にいる人達はほとんど両方とも引いていた。

14時集合ということなので3時間半ぐらい時間があるわけだが、とりあえず散歩をしたり食事をしたりすることにした。渋谷まではかつて何百回となく歩いている道なので、何も意識しなくとも自然に行けてしまう。タワー・レコードの本屋さんなどを見た。かつての私にとっては聖地のような場所だったが、Amazon.comやらデジタル版雑誌閲覧サービスを利用する頻度が高まったことにより、もはやそれほどときめくこともない。エスカレーターで降りたのだが、CD売場などは降りて見てみようという気すら起きない。インターネットで視聴も購入もすぐに出来てしまうから、まったく見ようという気が起きない。道重さゆみが出演した「シルシルミシル」というテレビ番組で取り上げられていたのがきっかけで興味を持ったはなまるうどんという讃岐うどんのチェーン店だが、前回の吉祥寺北口店の利用により、完全にシステムを理解した。センター街のお店に入り、かき揚げと半熟玉子の天ぷら、ぶっかけうどんとカレーライスのセット、これでたったの700円ぐらいである。女性も余裕で1人で食事している。

HMV渋谷店へも行ってみた。かつてはHMVかタワーかといえば、圧倒的にHMV派だった。イギリスの音楽を特に好んでいたからというのもあったのだが、何となくよりクールでスタイリッシュな雰囲気があり、好きだったのだ。しかし、いまはそれが逆に鼻につく。一昨年からハロー!プロジェクトのCDを買うようになったのだが、「女に 幸あれ」か何かのシングルCDが発売日に在庫されていなく、売り切れ中の告知も何も無かった。一方、新宿のタワーレコードではレジの近くにしっかりハロプロコーナーを展開してくれていた。以来、HMVに対する印象が悪くなり、かつて何度も満タンになって交換したポイントカードも捨ててしまった。店に入ると、先週発売の最新シングル、「RIVER」が16万枚ぐらい売れたというAKB48が大々的にプッシュされていた。発売2日目にして12万枚、いまこれを聴かずに何を聴く、といった感じのPOPに見られる勝ち馬に乗る感がひじょうに気分悪い。AKB48が表紙の漫画雑誌までひじょうに良い場所で大々的に展開されていた。一方、この日が発売日のモーニング娘。「気まぐれプリンセス」は新譜コーナーにすら陳列してもらえず、かろうじてJ-POP旧作コーナーに面出しで陳列されているだけ、しかもPOPも何も無しという冷遇ぶりであった。渋谷系の昔から懇意にしていた、いまマルハンがある場所にある時代から懇意にしていた渋谷のHMVだが、決定的に訣別の意思が固まった。AKB48の楽曲そのものは実は最近のモーニング娘。よりも好きなぐらいだし、柏木由紀とかは普通にかわいいと思うのだが、昨年春あたりのPerfume同様に、猫も杓子も的な気持ち悪さに溢れており、嫌気が差してくる。いや、でも、AKB48そのものは良いと思うけれども。

それから表参道経由で原宿に向かって歩いていったのだが、かつて通っていた大学のほぼ真向かいにある青山ブックセンターに寄ってみた。道重さゆみが載っているはずの「TV Life」が本日発売のはずなのだが、その前に嗣永桃子が表紙の「ラジオ番組表2009秋号」が目に入った。昨年はDJ人気ランキングで、道重さゆみが第6位に選ばれていた。巻末に掲載されたランキングを確認すると、道重さゆみは前回の第10位から第6位にランクアップしていて、インタヴューも掲載されていた。この時点で購入は決定したのだが、嗣永桃子が第2位だった他、新垣里沙&亀井絵里が第7位、田中れいなが第8位と、ハロプロファンがかなり投票したであろうことが容易に想像できた。「TV Life」は番組表の中で「気になるPEOPLE」として取り上げられていた。「毒舌キャラへの批判は覚悟していました!」という見出しで、インタヴューも掲載されている。当然これも購入したのだが、先週の「FLASH」や「週刊少年チャンピオン」と合わせ、道重さゆみが載っているページ以外は読みもしない雑誌を買い続けている。とても嬉しい。

放送開始1時間前の午後2時に整列し、グループ毎に分けていく。整理券は約400枚配布ということなのだが、スタジオ観覧が一度にできるのはせいぜい20名ぐらいであろう。よって、グループに分けて、数分ずつ見ては流れていくという方法になる。番組が最初から最後まで観覧できるわけでもなく、ほんの数分間見られるだけなのだが、これだけのために午前中から並んで整理券を入手して、放送時に待ってというのをわざわざやる価値があるのかという向きもあるだろうが、たとえわずか数分間で、しかもガラス越しとはいえ、この至近距離で見ることができる機会というのはそうそうあるものではない。

本物の道重さゆみを初めて見たのは、一昨年の7月31日、代々木にあるFM放送のスタジオで、今回と同じようなパターンだった。その時の出演者は道重さゆみの他に田中れいなと光井愛佳で、夜の時間帯で、番組は外には聴こえず、観覧後にふたたび並び直す、いわゆるループもし放題であった。ここのところが、今回とは違う。さらに、その時はこういうのに参加するのが初めてで、良いポジションを確保することができず、ガラス越しの道重さゆみがわずか数センチ先にいるにもかかわらず、後頭部と横顔しか見られないという究極の寸止め地獄、あるいは天国を味わったのだ。そして、今回もグループを切る際に、その後の方になってしまった。これはまたしても結局のところ、道重さゆみのことがほとんど見られずに終わる可能性がある。しかし、後悔はしない。せめて、ほんの数センチ先に道重さゆみがいるという事実の意味の濃さを堪能するだけでも良しとしよう。

係員の指示でスタジオへ移動する。どうやら我々が1組目のようで、20数名程いるのだが、私は後から3番目である。ちなみに最後尾の2名は、どうやら1回目の放送に出演していたメンバーのファンらしく、実際には次のグループの先頭にいたのだが、2回目出演メンバーの1グループ目最後尾のファンと交替してあげていた。こういうのは実に微笑ましい。スタジオと街路から遮断する幕との間に、観覧者が次々と誘導される。奥の方へ詰めてくださいという声が聞こえる。一昨年の代々木のスタジオとは異なり、アメーバスタジオでは出演者全員が正面を向いてトークをする形のようだ。しかし、最前列は当然のことながら、完全に塞がっている。かつ、道重さゆみがどこにいるのかをまず確認しなくてはいけない。だが、そんな余裕もなく、結局、真ん中あたりの後列に落ち着きかけた。後列とはいっても、目の前には観覧者が1列分しかいなく、ガラス越しのメンバーとの距離はひじょうに近い。そして、道重さゆみは私の真っ正面、すぐそこにいた。

これは本当にテレビに出ている人を実際に見るたびに思うのだが、本当に顔が小さい。もう映像や写真でも何度も見て、ラジオ音源やツアー日記などの文章などの情報の断片、その寄せ集めでできている私の脳内の道重さゆみというイメージ、それが現実にいま、ここにいるのだ。細かい表情の変化、目線の動き、仕草といった、そのひとつひとつを観察でき、その全てが私の脳内にある道重さゆみというイメージを補完し、更新する。企画で使う○×の札みたいな物を頭の上でうさちゃんピースみたいにしたり、「気まぐれプリンセス」のPVが流れるとギャラリーのことなどすっかり忘れてガン見状態になるなど、いかにもらしさ炸裂で、大いに感動、満足した。あの時間はいったい何分間だったのだろう。いや、しかし、ただそれだけでもう、道重さゆみが女の子の最高傑作であることを再認識するには十分すぎた。この時間に感じたもの、その塊が心の中で結晶化し、大切な宝物になる。この感じを何度でも再生産するような、そんな人生をこそ生きていくべきであろう。その思いを、強くした。

帰宅後に、パソコンで放送された番組を一通り視聴した。久住小春のことをどのぐらい知っているかのクイズで、道重さゆみはリンリンと同点首位であり、さらにジャンケンでも勝って優勝した。豪華景品として、久住小春のサイン入り色紙をもらっていた。久住小春が道重さゆみとのコンビ、レインボーピンクの再活動を熱望していることが分かった。田中れいなが小春の卒業後は受け継ぐと言った時、久住小春は「ダメダメダメ。永久不滅ですよ!」と言った時に、周りのメンバーは笑っていたけれども、パソコンのモニターの前で見ていた私の目の前がぼやけていったのはどういうわけだろう。さらに、番組終盤で、視聴者からモーニング娘。のコンサートで最も印象に残っている曲を聞かれ、やはりここでもレインボーピンクの話になる。初期のコンサートにおいて、出番直前に久住小春が鼻血を出してしまい、もしかすると道重さゆみが1人で出なければいけないかもしれなかったというエピソードも聞くことができた。観覧中は98.7%ぐらい、道重さゆみただ1人だけを見ていたし、もちろん圧倒的にかわいいことは間違いないのだが、それにしても、久住小春のスターオーラというのはひときわ輝きを放っているな、というのを感じた。

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道重さゆみ(There Is A Light That Never Goes Out)。

「ロンドンハーツ」に道重さゆみが出演すると当ブログへのアクセスが激増することは過去2回で分かっていたが、その日は極度に増えるのだが、それ以外の日についても底上げされていることが確実であり、それだけ当ブログ、もしくは道重さゆみに対しての関心が高まっているということであろう。

私などは一昨年から道重さゆみに興味を持って観察しはじめた新参者にすぎないのだが、そもそもモーニング娘。のファンであったみなさんなどは、2003年あたりから道重さゆみを知っているわけだ。モーニング娘。が国民的アイドルだった時代ならばいざしらず、ここ数年、少なくとも私が道重さゆみに関心を持って観察をはじめた頃以降というのは、世間一般的な認知度というのはひじょうに低かったと思われる。お笑いのネタなどでステレオタイプ化される高齢キモヲタだとかスキャンダルによる脱退劇など、そちらかというとマイナスのイメージしかなかったような印象がある。その一方で、ファン層というのは、いまこれが流行っているからとかこれが好きでいることがイケてるといった価値観ではなく、本当に好きだから好きという濃厚かつコアな種類の人々に濃縮されていったような気がする。それだから、当時、イギリスを中心としたインディー系音楽などを追いかけていた私が急に落ち目で世間から忘れ去られたモーニング娘。のよく分からないメンバーを応援しはじめたことについては、周囲から随分と不思議がられたものだ。たった2年半とはいえ、道重さゆみが出演したすべてのテレビ・ラジオ・雑誌などのメディア、コンサートには日程上どうしても行けないために仕方がなくミュージカルや舞台やラジオ公開放送などに参加したり、実際にモーニング娘。加入までに生活していた場所を訪れてみたりすることにより、私なりの道重さゆみ像というものが次第に固まり、それはブレることがなく更新を続けている。

そもそも海外若手バンドや日本のお笑い芸人の青田買い的観賞に愛着があるため、好きだった物がメジャー化していく楽しみというのには慣れているはずなのだが、この1年の道重さゆみほどスリリングな例は過去に経験がない。とにかく道重さゆみは、おそらく私が過去に遭遇したメディアの向こうの表現者の中で、最も愛着を覚えた存在であるのだが、ゆえにそのパーソナリティーであったり哲学、思想というものから受けた刺激、影響も大きい。この深さというのはそれほどマスレベルでのいわゆる世間一般に共有されうる物だとは思えず、ゆえに自分自身と一部のファンの間で慈しんでいく種類の物だろうと思っていたのだ。だから、よくあるモーニング娘。やハロー・プロジェクトメンバー内での人気ランキングだとか歌割の量とかは正直そうでもいい。もちろん我々はメディアや仕事を通してしか対象と接することが出来ない訳で、そういう意味ではそのチャンネルが増えることは好ましいに違いない。また、それらが増えることによって本人がよりしあわせになってくれるならば、それはもちろん素晴らしいことに違いがない。しかし、本当のところでは、道重さゆみが道重さゆみでいてくれることだけでもう十分なのだ。そのこと自体に感謝ができる。

モーニング娘。の中でもけして人気上位のメンバーではなく、事務所からもそれほど推されているようにも思えなかった道重さゆみは、2006年10月から名古屋のローカル局、CBCラジオで「今夜もうさちゃんピース」というラジオ番組を始めた。その頃、活動4年目にしてソロ写真集は1冊、ソロDVDは0枚と、同期の中でも最も少なかった。私は実はその少し前あたりから、当時、テレビ東京で放送されていた「ハロー!モーニング」という番組をネタとして見るようになったのだが、道重さゆみに対しては時代遅れの」ナルシストブリッコキャラで痛々しいぐらいにしか思っていなかった。何かの拍子に、ラジオ番組で話していた小学校時代に地味で冴えなかったとかダンゴムシが友達だったというエピソードを読んで、それがきっかけで何となく気になり、気がつくとどんどんその魅力に落ちて行ったという経緯である。価値観や感覚が独特であり、かつ、本来普遍的で重要でありながら忘れられていることに気付かせてくれるような部分もあり、本当に特別だと思った。たとえば自分の核(コア)となる部分を育んでくれた家族であったり地元であったりの愛着や、それと共にあった自分自身の過去に対するまなざし、これは最近のバラエティー番組出演などでは過度にデフォルメされている部分でもあるが、広い意味での自己愛、こういったものは、ちょうど当時の私にとって著しく欠如し、ゆえに必要だったものであり、これを思い出させてくれたのは、紛れもなく道重さゆみの存在であった。また、食べることや寝ること、健康、トータルでよく生きるということについて改めて考え、実践する契機も与えてくれた。道重さゆみに関心を抱いて観察をはじめた一昨年春以降、私は煙草をやめたり13年ぶりに実家に帰り過去の過ちを精算し自分自身が主体的に生きる上で必要なブレない価値観や方法を獲得することが出来た。これはまさに奇蹟といえる体験であった。このようなことを私に起こせる者は、道重さゆみ以外に誰一人としていない。

そんな道重さゆみがゴールデンタイムのテレビに出たり雑誌の表紙になったりする2009年10月である。道重さゆみをメディアで見る機会が増えるのは純粋に嬉しい。そして、そのほとんどが私に生きるために必要な肯定感を与えてくれる。だから私もこのような肯定感を関わる人たちに与えていきたいと思う。そしてみんなが笑っている、そんな世界こそが私が理想とするものであり、本気で生涯をかけてでも追求していく価値があるものだと思える。誤った目的のために人を不幸にしたり悲しませたりするものに対しては徹底的に闘わなくてはいけない。しかし、あくまでもその人自身を憎んではいけない。なぜ、そのような発想に至るのか、原因を想像し、相手の自尊心を傷つけないようにして、正しい方向へと導いていく。誤解を招くリスクを冒してでも、求めるべき理想を実現するための浪漫に生きる。それを自分は選び、それで生きていくということを決めた。

土曜日の「ヤングタウン土曜日」で「トモダチコレクション」について興奮気味に話すが、自分がゲーム上で誰かといカップルになっていることをさんまに突っ込まれると急に素で照れてしまうかわいさ、「○○の中から保田圭」という切り返しの機転、「高橋愛は癒せませんコーナー」での妄想セクシーっぷり、日曜夜の福岡ローカル、RKBラジオの「まいとたいむ」では同期の田中れいなとのズレ漫才的な面白トークを堪能した。月曜日の「世界まる見え!特捜部」では、私にとって特に思い入れの強いビートたけし、所ジョージと共演しているということだけでも感無量なのだが、言い間違いボケでビートたけしが道重さゆみを指差しながら所ジョージを叩いたりする姿がこれまた感動的であった。道重さゆみはいつかのDVDマガジンで、ビートたけしの持ちギャグ「コマネチ!」を披露しているのだが、遂に共演を果たした訳だ。弱った動物が元気に野生に放たれた時に抜かれた場面のあの優しい表情、番組最後のコメントで天使の毒を吐き、しっかり与えられた仕事をこなす生真面目さ、何もかもがいとおしい。

火曜日の朝は出勤前に駅前のセブンイレブンで「FLASH」を手に取ったが、なかなか掲載ページが見つからず、時間もなかったので、あきらめて電車に乗った。月曜日、会議に向かう電車の中で、ケータイで「FLASH」特集記事の画像を見た。また、途中の休憩時間に木曜日に発売される「少年チャンピオン」の表紙の画像も確認し、これだけで一気にテンションが上がり、しあわせな気分に包まれた。乗り換えの秋津駅近くのオリオン書房は朝7時から営業している素晴らしい書店なのだが、ここで誌面を確認して、掲載ページを見つけたので購入し、電車の中でそのページを読んだ。わずか1ページなのにひじょうに充実している。「キュートなテロリスト」というキャッチコピーも最高なら、過去の爆弾発言年表もディープなファンが作成したのではないかと思えるぐらいよくできていて、亀井絵里のコメントも親友ならではの愛が感じられるもので、インタヴューでは明石家さんまさんからの影響などを語っている。そして、いうまでもないが、写真は極度にかわいい。こんな素晴らしいものがおカネを払うだけで手に入れられるなんて、なんて素晴らしい時代なのだろう。このおかげで、この日の仕事の能率が数倍上がったと思える。

「ロンドンハーツ」では出演3回目ということもあり、すっかりキャラクターが確立し、もはや「格付けしあう女たち」コーナーの主要メンバーといった雰囲気もある。MCや共演者も、もはやこれを理解した上で笑うというパターンが出来ていて、純粋に面白い。これに難癖をつけているのは、何らかの理由で道重さゆみの活躍が悔しくて仕方がないような利害関係の生じる人たちか、道重さゆみの存在によって自己愛が傷つけられ、それゆえに嫉妬の感情が芽生えざるをえない方々に限定されると思われる。ただ、平成ニッポンというのは諸事情により、自尊心を保つのがひじょうに困難な状況にある。ゆえに、同調圧力やなれ合いにより、核心にふれず、空気を読み合う、窮屈で不愉快なコミュニケーションに必然性があり、ゆえに鍛えられない自尊心は実に脆弱である。道重さゆみが自分をかわいいと言っただけで崩壊の危機に立たされ、自己愛を必死で守るために反感を抱くという状況に陥る。人間がよりよく生きるために必要不可欠なものとは、やはり健全な自己愛ではないかと思う。しあわせというのは、おそらく自己愛が満たされた度合いのことを言うのであろう。そういった意味で、道重さゆみに対するインターネット上などにおけるアンチ的意見の跋扈というのは、今日における我らの自己愛の弱体化を意味し、それはすなわちしあわせではない不機嫌な状態をあぶり出している。道重さゆみが図らずも今日の日本のマスメディアに召喚されてしまった理由というのは、おそらくはここにある。つまり、健全な自己愛の復権である。道重さゆみは、それを誇張したかたちで表現し、ゆえに誤解や無理解からくる批判にさらされるリスクを冒してでも、それが正しいと思うからやっている。弱冠20歳にして見上げた根性である。

私は、かつてこのブログの題名を当初の「卒業-さゆみんに向かって」から「われらの時代に-モーニング娘。道重さゆみと平成ニッポン。」に変更したことがある。これは、道重さゆみを研究する過程において、このなんとなく不機嫌な平成ニッポンにおける諸問題を解決する重要な何かが、道重さゆみの内面に存在しているのではないかという仮説によるものであった。しかし、その試みは私の能力不足のせいでとん挫し、迷宮にハマった末に、数ヵ月後に「ワニがいて当たり前なんだ。」として復活した。しかし、いまならばその意味がなんとなく分かりそうな気がしている。ちなみに、当初の「卒業-さゆみんに向かって。」という題名についてである。当時の私は俗にいうミッドライフ・クライシスというやつにどっぷりとハマり、自分がどう生きていくかも、その意味についても、何だか訳が分からず、やることなすことが不完全消化であり、何かをあきらめ、それでも生きていかなくてはならず、まさに不承不承という言葉が似つかわしい毎日を過ごしていた。しかし、何かに導かれるように道重さゆみの魅力に引き寄せられ、これは何なのだろうとモヤモヤしつつ、それでも勝手に走りだす意識と体という状況の中で、この道重さゆみが表現する物、不器用だが必死で葛藤する姿や意識それ自体が充足した生であり美である、私の人生から欠如していて、ゆえに獲得しなくてはならない物に違いないのだという確信に至った。それから、物事に対する考え方や人への接し方に対する意識が劇的に変化した。私は、その求めるべき状態を道重さゆみの愛称である「さゆみん」と名付け、そこへ向かって当時の不機嫌で冴えない状態から卒業しようと思ったのだ。

2008年4月の聖地巡礼(私は道重さゆみの生誕地であるう山口県宇部市への旅行をこのように名付けており、この呼び名はファンの間ではポピュラーである)において、私にはあるひとつの確信が生まれ、その時点で、いわゆる「卒業-さゆみんに向かって」というテーマは達成されたと思われた。しかし、それはあくまで私の内面においてだけのことであり、そこからは私が関わる外の世界へ向けてそれを実践していかなくてはいけない。そのようなことを考えていた時に、「われらの時代に-モーニング娘。道重さゆみと平成ニッポン」というテーマを思いついた。大雨が上がった翌日の山口宇部空港でのことだった。

「ロンドンハーツ」が終わって、約1時間20分後には、同じチャンネルで放送されている「ぷっすま」である。レギュラーの草なぎ剛、ユースケサンタマリア、そして、アンタッチャブルと道重さゆみがゲストだったが、ここでもイルカとキャッチボールをしたり大きなサツマイモを掘り当てたり大股開きで草の上を滑ったり、実にいろいろな道重さゆみが見られ、かつ、随所に見られる言語感覚の妙だったりお約束のギャグにのっかる瞬発力などを堪能した。そのグルーヴ、肯定感が私の心に躍動を与え、微笑ませる。今日は「今夜もうさちゃんピース」、明日は「少年チャンピオン」表紙、まるで売れっ子芸能人のような活躍ぶりである。しかし、売れていようといなかろうと、道重さゆみとは私にとって生きていく上でのけして消えることのない光を意味している。だから、世界は美しく、人生って素晴らしい。精いっぱい生きてやろう。

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道重さゆみの核(コア)Part.2。

落ち込んだ時は、もう、さゆみはとことん落ち込みますね。ていうか、なんか、すごい暗い音楽を聴いて...暗い音楽というか、あの、バラードとかを聴いて、さっきのつんく♂さんの「なんでやねん 心配せんでもええ」とかも、なんかすごいバラードなんで、さゆみ、バラードを聴くとすごい癒され効果があって、自分の中ですごい、どん底まで1回落ちるっていう感覚が、すごいなんか、嫌いじゃなくて、そこまでいくと、逆にもう上に上がるしかないので、すごい1回どん底を知ってるからこそ、すごいいい感じがして、大丈夫なんですけど、あのね、落ち込んだ時というより、嫌なことがあった時には、すごい、人に話したくなるんですね、その嫌なことを。だから、基本は、やっぱりメンバーの亀井絵里ちゃんに、こうなんか、日常で、こうなんか、なんか、なんだろうな、悲しかったこととかさみしかったこととか話すんですけど、さゆみ、今日ね、すごいびっくり...びっくり...びっくり感動したことがあるんですけど、昨日、ミュージカルの、あの、リハーサルをしてたんですね。で、さゆみは1回ちょっと、あの、光井ちゃんと一緒に、1回ちょっと違うところに行かなくちゃいけなくて、先にそのリハーサル場所から2人でどっかに行ったんですけど、で、ここで、バイバーイってみんなと言う時に、あの、すごい、あの、宝塚の人に、あの、稽古中だったんですよ、宝塚の人達が。でも、さゆみとみっつぃーは、その、稽古中ってことを知らなくて、その、稽古中のど真ん中を通って、歩いてたんですよ。そしたら、宝塚の人に、あの、「稽古中は後通ってください」って言われて、すごい、みっつぃーは何も、「ハーイ」って気にしてない感じだったんですけど、さゆみは、この稽古中ってことを知らないまま通っちゃったっていう、そのことがすごい自分の中で、どうしようってなっちゃって、なんかもう、あ、すごいさゆみ、すごいいま悪いことしちゃったっていう気分になっちゃって、せっかくいま一生懸命みんな稽古中してるのに、そん中のど真ん中を通って1回稽古止めちゃったんだと思うと、すごい時間ない中みんなやってるのに、すごい悪い気がしちゃって、どうしようどうしようってなって、みんなが、「じゃあね、さゆみん、みっつぃー、バイバイ」って言ってる中で、さゆみ、本当に焦っちゃって、どうしようどうしようってなってて、「バイバイ」って言いつつ、メンバーの顔全然見てなくて、で、それ、メンバー誰も気付かなかったのに、それ昨日の話なんですけど、今日、朝、みんなに会って、「おはよう」って言って、「おはようございます」とか愛ちゃんとかと挨拶してて、みんな全然「おはよう」とか言ってるのに、絵里が「ねえ、昨日、さゆ、バイバイって言う時おかしかったよね。絶対何かあったでしょ?」とか言ってて、それ、すぐ気付いてくれて、さすが絵里だなと思って、「もう、教えてね、後で」って言ってたんですけど、今日も結局、そのことを話すきっかけがなかったんで、たぶん、あの、明日話すことになると思うんですけど、まあ、全然いまはもう、やっぱ別に稽古中って気付かなかったし、まあ、仕方ないなと思うんですけど、すごい昨日は、もう、1日中、夜、お家に帰ってからも、あの時なんでさゆみ、稽古中って気付かなかったんだろうって、すごい気にしてて、だから、今日、こうなんか、絵里に会って、こうやって気付いてくれてる人がいたんだと思って、さゆみの気持ちに、だからすごいなんか楽になりましたね。だからそうやって、分かってくれる人を見つけた方がいいと思いますね。見つけた方がっていうか、まあ、見つけるものでもないと思うんですけど、こう、いたら、たぶん安心するだろうし、まあ、家族とかでもいいと思うんですけど、こうなんか、お話ができる相手が、ね、奈良のメダカさん(※リスナー)にもいるといいなって思います。まあ、でも、「うさちゃんピース」に送ってくれれば、さゆみが何も言えないけど、たぶん、読むと思うので、はい、送ってきてください。
(2007年年7月15日放送)

さゆみは、あんまり人前で泣かないんですよね。なんか、こう、なんか、なんだろうな、だから、お家とかでも、あの、思い出して、なんか、こう、その、お仕事とかで、なんか、こう、ちょっと、なんか、切ないこととかあって、それを思い出して泣いたりとかは、1人ではするんですけど、なんか、そのことを家族に話して泣いたりとか、そういうことがあんまりなくて、だから、メンバーとかにも...の前でもあんまり泣かないんですけど、こう、だから、お姉ちゃんがすごいよく泣くんで、自分はあんまり泣くひまがないっていうのもあるんですけど、さゆみは本当に、基本堪える派ですね。堪えて、結構我慢できちゃうんで、すごい、あと、自分の、あとはなんだろうな、鏡の前とかで泣きます。鏡の前...あ、さゆみ、結構、だからさゆみね、あんまり泣かないんで、鏡の前で泣くと、なんか、あ、自分の泣き顔ってこうなんだって思えるから、なんか、楽しくて、逆にちょっとなんか元気もらえるんですよ。だから、泣く時は、あの、鏡があったら絶対自分の顔チェックしますね。泣き顔ってこうなんだ、って思います。なんか、普段、こう、いつもの普通の自分を見てるけど、泣くのって、なんか、あの、演技とか、さゆみ、できないんで、なんか、泣こうって思った時に泣けないじゃないですか。だから、泣いた時はどんな顔してるんだろうって真っ先に鏡の前に走るんですけど、だからね、最近、泣いたことと言えば、普段では本当に、最近、全然なんか、ハッピーな毎日なので、あんまり泣くことはないんですけど、あの、ドラマとかで、こう、見てて、感極まって、涙目になった時とかも、やっぱり、鏡の前に行って、ドラマ中止して、さゆみ、どんな泣き顔なんだろうと思って、なんか、自分の泣き顔ってすごい気になるんですよね。なので、すごい見ますね。
(2008年7月22日放送)

さゆみ、すごい、ほめられて伸びるタイプな気がします。なんか、さゆみね、ダメなんですよ、なんか、注意とかされて、こう、「道重、あれよくなかったよ」とか言われると、「え?どうしよう」と思って、逆にそこに意識しすぎちゃって、逆に失敗したりとかするんで、こうなんか、コンサートとか見に来てくれた...見に来てくれる、なんか、お母さんとかお友達とかに、感想を聞いても、いいところをいっぱい言ってもらえると、すごい嬉しいんですけど、やっぱり、結構、ちゃんとさゆみのことを考えて、厳しいことを言う、あの、お母さんはそこまでじゃないんですけど、結構、友達とかに見に来てもらうと、案外厳しいことを言われたりとかするんですよ。すごいさゆみのこと思ってくれてるんだと分かるんですけど、すごいなんか、「あ、じゃあ、あそこもうちょっと意識してやんなきゃな」って思うと、本番で、なんか、はりきりすぎちゃって、間違えちゃったりとかするんで、やっぱりあの、ほめられて伸びるタイプなので、そこらへんはみなさんも、はい、ちゃんと認識していてほしいなと思います。
(2008年7月29日放送)

なんだろう、さゆみは、あの、このギャップ的なものはすごい好きなんですけど、「毒吐いていくぞ」って意気込んだら、「毒吐かなきゃ毒吐かなきゃ」ってなっちゃいそうなんで、こうなんか、自然にいて、なんか、ちょっとパッて、あの、思いついたら言うって感じが、さゆみのスタンス?...なので、あえて、こう意気込んじゃうと、さゆみ、本当になんか、「頑張らなきゃ」って思うと、いっつも結局、変な方向に行くクセがあるので、あの、普通に何も言わずに、なんか、ポロッて言って、ちょっと「毒吐いてるね」って言われるぐらいがちょうどいい気がするので、はい、そこらへんに収めときたいと思います。
(2008年7月29日放送)

あの、まあ、メールは、まあ、結構しょっちゅうもしかしたらやるかもしれ...あ、でも、それでも、1日、多い日は、まあ、多い日でも5通とかで、結構、さゆみ、メールをしない派なんですけど、あの、電話もほとんど鳴らないし、結構、1年前の着歴とかが残ってたりとか、それぐらい、さゆみ、かかってこないし、かけないんですよ。で、メールもほとんどしないんで、結構、昔のメールとかが残ってて、見返したら面白かったりとかするんですけど、さゆみが携帯で...携帯電話の機能で使うのは、ブックマークに入れているものなんですけど、ブックマークにお気に入りのサイトをたくさん入れてるんですけど、たぶん...たぶん50件以上あるんですけど、お気に入りのサイトが、まあ、基本はアイドルの、なんか、ブログだったりとかするんですけど、なんか、自分の画像を調べたりとか、自分の写真集の感想を読みに行ったりとか、すごいそういうのはすごい楽しくてよくやるんですけど、だから、結構、案外、あの、自分のことを調べてる時間も多いですね。自分の画像はもちろん、結構保存して待ち受けにしたりとか、たまにあるんですよ、なんか結構、「あ、このさゆみ、なんかかわいい」とか思って、待ち受けにして、この時のさゆみをキープしようと思って、なんか、刺激を受けて、あの、待ち受けにしたりとかもするんですけど、だから結構、ブックマークをよく使います。
(2008年7月29日放送)

さゆみ、流行り物とかに、あまり、そんなに流されないタイプで、洋服とか、あの、髪型とか、そういう、ブレス系?...ブレス系?...アクセサリー系とか、そういうの、流行ってても、そこまで流されなくて、あの、ファッション雑誌とかもさゆみ、本当、読まないんですよ。たまに暇で、あの、美容院とか行った時に、読んだりとかはするんですけど、自分で買うことってさらさらないんですね。だから、たぶん、流行ってても自分流で、ここは行きたいと思います。
(2008年8月5日放送)

異性に対するっていうのは、さゆみはテレビとか見てて、なんかご飯とかがっついてる人とか見ると、ちょっといいなと思いますね。なんか、一緒に...お兄ちゃんとかお父さんとかもそうなんですけど、特にお父さんなんですけど、小食なんですよ。なんかあんまり食べないんですよ。だから、さゆみの方が食べるんですね。なんか一緒に食べてて、「もうお腹いっぱい」って食べなくなるのがすごい切なくなるんですね。だから、こうテレビなんか見てて、おいしいおいしいって言っていっぱい食べてくれてる人とかは、すごい見てて安心感があるなと思うし、あとは、こうなんだろうな、頑張ったりとかしていい汗かいてる人とか、こうなんか...なんだろうな、普通にさゆみ、こう車に、あの、メンバーとかと乗ってて、こう普通に外を見てた時に、何か工事の人とかがすっごい一生懸命働いてて、暑い中。で、それで汗かいてる人とか見ると、すごいいいなと思うし、コンサートとかでもファンの人がさゆみ達を応援するのに一生懸命、あの、飛び跳ねてくれて、Tシャツの色とかも変わるくらい汗をかいてて、何かそういう人間味のある人にちょっと惹かれますね。
(2008年9月2日放送)

もう暴露しちゃいます。さゆみが出没する場所は渋谷ですね。渋谷メッチャ行きますよ。さゆみ、渋谷はモーニング娘。に入る前から、なんか...渋谷ってなんか東京の若い子が遊びにいくっていうなんか、すごいイメージがあって、すごいなんかあの、みんなすごいいつも元気でキャピキャピして、なんか...みんなすごい、もちろん1人1人悩みはあるんだろうけど、悩みを抱えてなさそうに見えるっていうか、失礼かもしれないんですけど、すごいみんな仲良しで楽しそうじゃないですか。なので、その雰囲気がすごい好きで、なんかさゆみもあそこに混ざってたらすごい元気になるので、渋谷は大好きなので、はい、もしかしたらさゆみがいるかもしれないですね。渋谷の...渋谷にもハロプロショップがありますので、ぜひぜひ行ってみてください。
(2008年9月16日放送)

さゆみは夏生まれなんですけど、あの、そして夏生まれのすごい寒がりなんですけど、あの、冬が大好きなんですよ。このなんかちょっと寒いけど、「寒い」って言ってる自分もなんか別に嫌いじゃないし、なんか、あの、お仕事に行く、1人で、なんか移動中の、なんか寒いけど、なんか音楽とか聴きながら浸ってる、なんか外の、なんか自分はあったかいけど外はちょっと、なんか、こう木とかが揺れてて、寒そうな感じとか、あの、なんか...なんか冷たい感じが好きで、切ない感じとかも好きで、あの、ちょっと...冬が楽しみなんですけど...。
(2008年9月23日放送)

本当にこのワニの話をし出すと、ちょっとさゆみ、楽しくなってきちゃうんですけど、ワニって不思議なんですよ。ていうか、なんでワニがいるんだろう、みたいな。なんか、そこの静岡県のワニ園っていう所に行ったんですけど、なんかバナナワニ園っていって、その、ワニがたっくさんいて、なんか、むしろなんか人間がいることの方が不思議なぐらい、ワニが当たり前な気分になるんですよ、そこにいたら。なんかもうワニがいることが日常みたいな。なんか、さゆみはワニがいてこそな人間たちなんだな、みたいな気分になるんですよ。ほんと、ワニの存在が大きすぎて、そこでは。なんかもうワニ...とりあえず、そこにいるっていうだけで、ワニってすごいって思うんですよ。なんかね、なんか、なんでワニがいるんだ...なんかね、不思議なんですけど、ワニの存在をすごい、なんかワニ園に行くと、心地よく受け止めれるというか、ワニがいて当たり前なんだっていう気分になるというか。なんか、普通に生活してて、ワニって、なんか、別にペットとして飼うわけでもなく、飼いたいと思うわけでもなく、別に動物の絵を描く時もワニの絵なんてなかなか描かないじゃないですか。なのに、あそこに行くと、ワニがメチャメチャ存在感をアピールしてくるんですよ、さゆみの中で。ワニってすごいんですよ。なんか、なんか、ワニをずっと見てたら、なんとなくですけど、ワニの形が恐竜に見えてきて、恐竜って滅没したじゃないですか。滅没?滅絶?何?何、教えて?滅亡...滅亡?熱望?滅亡?め...めつぼう?せ...絶望?絶滅?絶滅?...みんなバカだなあ。絶滅したじゃないですか。で、あれはワニの生まれ変わりなんじゃないかと思って、さゆみは。形とか姿見?姿煮?煮てないんですよ。なんか形とかがとりあえずすごい似てて、で、もうずっとお姉ちゃんと一緒に、「さゆみ達、判明したよ」って言って、「ノーベル賞獲れるよ」って言ってて、「ワニは昔、恐竜なんだよ」って言って、恐竜が絶滅したからワニになって、今はその事実は判明されてないけど、絶対、あの、進化形で、ワニになったんだって...ことになったんです。だから今お伝えしました。よろしくお願い...そこにね、鳥もいたんですよ。なぜかワニ園に鳥が1匹いて、で、「この鳥はしゃべれます」っていうことが書いてあって、「あ、しゃべれるんだ」と思って、すごい話しかけてたんですよ、「こんにちは」って言いながら、「さゆみだよ」とか言いながら話しかけてたんですけど、一切シカトなんですね、そこの鳥さんは。で、あー、やっぱしゃべれるって言っても機嫌とかも、あの、体調とかもあるだろうし、まあ今日はあんまり良くないんだと思って、お姉ちゃんが「こんにちは」って言ったら、しゃべるんですよ、鳥。あの、「こんにちは」っていうなんか、しゃべれるって言われた割には日本語とかあんましゃべんなかったんですけど、お姉ちゃんがしゃべりかけたら、反応するんです。だから通じるものがあるんだな、と思って、すごい不思議でしたけど、すごいワニ園楽しいんで、よかったら...すごい本当に行ってみてほしいんですよ。行ってみたら分かると思うんですね、この気持ちが。だってね、本当すぐそばにワニがいるんですよ、何十匹も。さゆみの体よりも全然大きいんですよ。そこにいるんです、そのワニが。すごい不思議なんですね。しかもおとなしくて、可愛い顔してるんですよ。だから、檻に入っても、食べられなくて仲良くできる自信があるんですね。本当にそれぐらい可愛いので、もし機会があったらぜひ行ってみてください。
(2008年10月14日放送)

みなさんは暇な時って何をしますか?聞きたいんですけど、さゆみはずーっと携帯をいじってるんですね。もう暇さえあれば携帯携帯で、もうすぐ充電とか無くなるぐらい、もう携帯依存症っていってもおかしくないぐらい携帯をずーっとさゆみはいじってられるっていうか、あの、結構みんなすぐ、あの、もう見るとこがないとか飽きたとか言うんですけど、さゆみはもう、もうずーっと見てる...なんか他のアイドルだったりとか、あの、いろんな人のブログを読んだりとか、あと、なんかいろんなのを検索するのが楽しくって、ずーっと...あと、今ハマってるドラマの、いろん...どん...他の人はどんなふうに感想持ってるんだろうとかいうのを見るのがすごい好きで、すごいよく見るんですけど、ふと、うさちゃんピースって、この...ハイパーナイト、モーニング娘。今夜の...うさちゃんピース、聴いてる人ってどう思ってるんだろうと思って、うさちゃんピースで検索してみたんですよ。そしたら、結構な件数が出てきて、うさちゃんピースの感想をブログだったりとか、そういうなんか書いてくれてる人がたくさんいて、さゆみはもう、あの、暇じゃない時の時間を使っても全部読みました。あのね、批判もされてましたが、結構みなさん楽しんでいただいてるようで、でも一番嬉しかったのは、あの、その感想とかもすごく嬉しかったんですけど、さゆみがこうしゃべってる言葉を全部書き起こしてる人がいて、なんか、「えー」とか「うん」とか「ふーん」とかそういう小さい、あの、なんか聞き落とすような言葉とかも、全部書き起こしてくれてる方とかいて、すごい嬉しかったですね。あの、それは...あ、さゆみ、こんなこと言ったんだと思って、あ、この時はこういう状況だったんだなと思って、あの、さゆみの日記よりも詳しくて、すごいありがたくて、あ、これからは日記書かなくてもこれ読めばさゆみの心境分かるなって思っちゃいました。
(2008年11月18日放送)

この鳥取でのコンサートなんですけど、さゆみの小学校1年生の時の友達が鳥取に住んでるんですよ。で、今は神戸に住んでるんですけど、あの、わざわざ神戸とかの近くのコンサートじゃなくて、自分の地元でやるコンサートを観にいきたいって言ってくれて、その小学校1年生以来のお友達が、あの、鳥取に、モーニング娘。のコンサートのために帰ってきてくれて、で、見にきてくれたんですけど、で、2階席がですね、鳥取は、あの、ファミリー席が2階席の横だったので、すごい顔とかも見えて、すごい一緒に盛り上がってくれて、あ、小学校以来なのにこんなにもさゆみのことを応援してくれてるんだと思ってすごい嬉しかったんですけど、あの、終わってから電話したら、すごい友達が泣いてて、す...本当に感動しちゃってなんか、あの、小学校1年生の時以来しゃべったことなかったんです。メールとかはしてたんですけど、あの、お母さん同士が仲いいから、まあ、あの、お母さん同士が仲よくしてくれてたおかげで、まあこう、さゆみ達も、今こう連絡を取り合ったりもできるんですけど、本当に何年...小学校1年ということは、7歳だから、今19歳だから、あ、7年ぶり...?に声を聞いたんですよ。12年ぶりか。12年ぶりに声を聞いたんですよ。なんか不思議ですね。声...なんか、しゃべり方とかはすごい変わってなくて、すごいなんか感情がすごいある子というか、まあみんなあると思うんですけど、すごい、なんていうんですかね、優しい気持ちを持ってるんだな、そういうとこ変わらないんだな、小学校1年生から、と思ったんですけど。メチャメチャ泣いてくれてて、なんか、あの、私のことを小学校...その子も、なんか、私のことを、さゆみちゃんが、あの、友達って思ってくれてて、その大事な友達がコンサートで同い年なのにこんなに頑張ってて、しかもバイバイって手振ってくれてて、本当嬉しくて、コンサート中涙が止まんなかったって言ってて、電話でもずっと泣いてて、なんか、なんかすごい偉大な友達を持ってるんだなってすごく嬉しかったです。なので、また鳥取でコンサートができたらいいなって思います。
(2008年12月9日放送)

さゆみも地元、山口県のお隣で、広島県でコンサートができるっていうことで、もうすごい嬉しくて、ステージに立ったんですけど、こうアンコールを、さゆみんコール...みなさんがしてくださって、もうすごい嬉しくてですね、で、パッて、あの、ステージ...ていうか、あの、ステージの袖から、あの、お客さんの方を見るとピンクのサイリウムがいっぱいあって、で、画面には、あの、「さゆみんお帰り」って、うん、お帰りとはまたちょっと意味が違うな...違うよと思いつつもすごい嬉しくてですね、もう本当にみなさんの応援とか声援が胸にきたんですけど、あの、本当にさゆみ、みんなに生きててほしいって思ったんですよね、心から。なんか、あの、元気でやっててねって思いましたね、次会う時までに、もう今このみんなにまた絶対いつか会いたいって思った時に、出た言葉が、まあ「死なないでください」っていう言葉だったんですけど、あの、本当に次会う時まで元気でいてほしいなって、はい、心からそう思って、本当に次こそは山口県でコンサートが、はい、地元でできるっていうのはすごい嬉しいことなので、はい、地元でできたらいいなって願ってます。
(2008年12月9日放送)

これは、もうノーコメントでいきたい感じですけどね。でも本当に、なんだろうな、でも、まあ、知らなければよかったこともあるし、聞かなければよかったなって思うこともあるけど、でも、それを知ってこそ、「あ、さゆみはこうしないでおこう」とか、「こうしない方がいいんだな」って思えることもあるので、やっぱ、全部必然的にできてるんだなって思いますね。だから、ファンの方も、知っちゃったことは知っちゃったことで、受け止めて、はい、そうして生きていきましょう。
(2009年1月6日放送)

あ、本当に、本当にありがとうございます。なんか、なんていうんですかね、さゆみも同じ気持ちというか、なんか、さゆみもこの「こんうさピー」があるから、なんか、やっていけるというか、なんだろう、モーニング娘。で、こう、やってて、まあ普通に毎日生きてれば楽しいことはもちろんのこと、まあ、嫌なことだったり悲しいこともあるけど、あの、でも、さゆみ、1人で「こんうさピー」やってて、聴いてくれてる人がいるんだな、さゆみだけの声をって思うと、あ、すごい、あ、こんなことでくじけちゃダメだなと思って、頑張ろうって思えるし、でも、さゆみがそう思ってて、思ってたら、こういうふうに、「さゆみんのおかげで」って言ってくださる方もいるし、なんかすごい、なんかうまくお互いが歩いていってるんだなと思って、そうですね、2009年も本当にみなさんよろしくお願いします。
(2009年1月6日放送)

さゆみは、冬になるとあったかいソイラテが飲みたくなるんですよ。あの、豆乳ラテなんですけど、豆乳、ソイっていうんで、あの、さゆみの、あの、お家の近くの駅前にコーヒー屋さんがあって、で、駅...あの、電車から降りて、そこのコーヒー屋さんに寄って、「ソイラテください、ホットで」って言って、その、なんか、もらった瞬間のあのあったかい感じがひじょうに好きで、で、ソイラテの上の泡が大好きなんですよ。で、なんかさゆみ、1番ちっちゃいの頼むんですけど、全部は飲めなくて、なんか、なんていうんだろ、ソイラテすごい味とかも好きなんですけど、なんていうんだろうな、すごい別に喉が渇いてるわけでもないから、寒くて、浸りたくて買うんですよ。可愛いじゃないですか。コートとか着てて、女の子が、なんていうんですか、寒いなって思いながら、ホットソイラテを持ってて、はぁーってやってる感じ、あの感じがさゆみ、すごい好きで、で、あの、駅前でそれを買って、あったまって、で、なんか、その上の泡だけを飲むのがすごい好きなんですけど、で、さゆみが、それでまた、もう1個好きだったのが、あの、そのやつが、あの、あの、そこの駅のちょっと歩いてから、タクシー乗り場があって、そこから1メーターでお家まで帰れたんで、そのソイラテを買った時は、いつもその1メーターで帰ってたんですよ、お家に。それが、あの、まだ660円の時代で、で、660円で、で、あの、660円で、390...40円?そしたら1000円ですか?足したら。1000円ですよね。で、そのソイラテのショートが340円だったんですよ、そこのコーヒー屋さんで。だから、いつも1000円を持っとけば、あの、きれいに払えてたんですよ。で、それから、710円にアップした時には、きれいに払えなくなっちゃって、すごいそれが切なかったんですけど、その660円の時代は、すごい1000円...この1000円があれば、さゆみの全てのプランが成功するんですよ。その1000円1枚で。だからそれがすごい好きでしたね。しかもなんかね、あのね、なんかね、冬ってすごい好きなんですよね。なんでこうも切ないんだろうっていう。なんか、切ないのが好きって不思議なんですけど、切ないのって嫌じゃないですか、普通。なんか苦しいイメージじゃないですか。なのに、あの冬の切なさはすごい謎なんですけど、いつまで経っても、すごい好きですね。
(2009年1月13日放送)

すごくプラス思考な時期もあるんですけど、こうなんか...ネガティブな時期っていうのがあって、そういう時は何が起きてもどんなにラッキーなこととかあっても、「でも結局今がラッキーだから、すぐなんかまた嫌なこと起きちゃうんでしょ」的なことを思っちゃう時期がありますね。だから、ポジティブに生きようって思えば思うほどネガティブになる時期っていうのはありますね。
(2009年3月3日放送)

この「泣いちゃうかも」のPVを見ていただいた方は分かると思うんですけど、あの、涙を流すシーンがありまして、こう、目薬を使った子、使ってない子っているんですけど、で、あの、「道重、どうする?」って言われて、どうしようと思って、でもなんか使うのもなと思って、なんかすごい悔しくて、だから、「とりあえずやってみます」って言って、「もし流せなかったらすいません、一応用意してもらっていいですか」って言っといて、まあ、何とか自力で泣いたんですけど、あの、でも、何とかっていう割には意外とポロッていけまして、何ていうか、あの、この「泣いちゃうかも」の主人公、マリコちゃんがいるんですけど、そのマリコちゃんになり切ったんですよ、さゆみは、その時に。で、その、なんか、あの、何ていうんだろう、その撮影した所でもう音がですね、ガンガンに響いてて、あの、マリコちゃんになりやすい環境だったんですよ。カメラさんとカメラと私の1対1な感じで、なんか...何ていうんだろうな、もう周りにいつもいてくれるマネージャーさんとかがいたりとかしても、恥ずかしいとかもなかったし、もう本当に自分はさゆみっていうよりはもうマリコちゃんになり切ってて、で、でもマリコちゃんの気持ちになってた時に、始め、リップシーンっていうかその、曲を歌ってるシーンから始めたんですけど、で、その時に、「あ、ちょっと泣きそうかも」と思ってて、本当泣いちゃうかも状態で、そしたらもう「全然泣いてくれて大丈夫だよ」って言われてて、で、その後で、その、泣い...涙流してねっていうシーンを撮ったんですけど、でもその時は、あの、ずっと「ああ泣きそうだな」って思ってる時に、さゆみ、この曲のAメロからBメロにいく感じらへんの曲調がすごい切なくて好きなんですよ。で、その切ない曲調が、あの、そのスタジオにガンガンに響いた時に、ヤバいと思ってポロッときましたね。もう本当に私、マリコでもいいかもって感じですね。生まれ変わったらマリコでもいいかもっていうぐらいその時はマリコちゃんになり切ってて。
(2009年3月3日放送)

あの、すごい最近...最近じゃないけど、本を読んでて、なんかそういう時も周りに感謝するんですって。なんか、遅刻しそうだなとか、遅刻した時って、こう、焦ったりとか、そうやってさゆみみたいに周りのせいにしたくなるじゃないですか。でも、そういう時に限って、あ、限ってじゃない、そういう時だからこそ...オッケー、日本語使えた。そういう時だからこそ、あの、あの、遅刻してありがとうって思うんですって。なんか、分かんないけど。なんか、医学的に? なんか、らしいよ。だからね、本当みんなね、本当ありがとうって思った方がいいよ。だから今、車乗ってこのラジオ聴いてくれる人も、こう、ありがとうって思った方がいいし、こう、もうこれから、なんだろうな、今、もしお茶こぼしたとしたら、あ、お茶こぼしてくれてありがとうとか、そういうふうに考えてた方がいいですよ。ミスったらありがとう。何でもありがとうにしてったら、いい方向にいくらしい。ね?はい。なので、みなさん、そういうことにしましょう。
(2009年3月24日放送)

さゆみのこと、あの、あの、ファンになってくれたら嬉しいなっていうのもあるんですけど、こうやっぱ、逆もあるじゃないですか。今までさゆみのファンだった人が、こう、小春ちゃんのファンになっちゃったりとか、でも、そういうのを見つけるのも得意なんですよね。あーとか思うんですけど、こう、初めはね、やっぱりショックだったりとかするんですけど、やっぱでも、グループ内でこう、ね、あの、分かれてくれるのは全然、はい、いいので、まあ、たまにはさゆみのことも目向けてくれると、まあ、昔の女的な感じでね、目向けていただければいいかなと思ってるので。
なんか、そういう時の握手会の時とかに、そういうファンの方って、やっぱ顔もお互い認識してるから、こうちょっと気まずそうな顔するんですよ。なので、全然さゆみ、そういうふうに思ってないので、全然もう、はい、あの、全然仲よく、あの、2人目に好きなぐらい全然平気なので、はい、全然、はい、大丈夫ですよ。というのを伝えたかったです。
(2009年3月24日放送)

なんか、たぶん、こう、自分にいっぱいいっぱいになったりとか、ヤケになったりする時とかってあると思うんですけど、そういう時って、まあ、さゆみが特にそうなんですけど、周りが見えなくなって、こう、さゆみはすごい、なんか、すごい何かをしゃべりたくなってワーっとしゃべるんですけど、そういう時って本当周りが見えなくて、でも、その話を聞いてくれてる人がいるっていう、そういう状況とかが本当、自分1人じゃなくて、みんながいて、さゆみがいるんだなって、こう感じれる、「歩いてる」の曲は素晴らしいなって本当に感じますね。ありがとうございます。
(2009年3月31日放送)

本当にこの「It's You」は初めて私がソロで歌わせてもらったアルバム曲な...はい、入ってるんですけど。こう、あの、さゆみん大好っきさんからですね、あの、「さゆみんがこれまで経験した悔しさだったり苦労だったり喜びだったりがいっぱい詰まってる気がします。全てがここにつながっていたのだと思います。僕は道重さゆみさんのことをめっちゃ尊敬しています」って言ってくださって、ちょっとこれ読んだ時、泣きそうになりましたね。なんか、なんていうんだろう、こう、別に「『It's You』はセクシーな曲です」とかよく言ってるんですけど、こういう風に捉えてくれる人がいたりとか、こう、なんか、敢えて口にしなくても、こう、なんか、こういう風に考えて、「あー、さゆみんはこう思ったんだな」っていうのを感じてくれてる人がたくさんいるっていうことが、もうすごい嬉しくて、うーん、今、コンサートとかでも、歌ったりとかしてて、こう、リハーサルとかでも、結構どう...どうすればいいか分かんなくなったりして、自分と葛藤してて、もう本当ちょっと悩んだりとかしてたんですけど、やっぱいざファンの人達の前に立つと、みんなが味方な気がして、すごく楽しんでやってるので、うーん、大事な1曲となりました。
(2009年3月31日放送)

でも本当、エースキラーさんをはじめですね、ファンのみなさん...あの、山口県のファンのみなさんもたくさんいてくれたとは思うんですけど、こう、東京からね、駆けつけてくれたりとか、他の地方から来てくれた人もいると思うんですけど、なのに、こう、「お帰り」って言ってくれるじゃないですか、みんながみんなして。たぶん、あの、まあどっかしらで「お帰りっていっても今日来たしな、俺らも」って思ってると思うんですけど、なのに、そこはもうさゆみが地元山口に帰ったからっていうことで、あの、みなさんも今日来たかもしれないのに、「お帰り」って、あの、迎えてくれるっていうところが本当にみんなありがたいなって思うんですけど、こう、でも本当になんかステージ上から、あの、2階席の、ファミリー席とかを見ると、もうお母さん、お父さん、もちろんおじいちゃんおばあちゃんとか、あと、一番感動したのはおじいちゃんとおばあちゃんの横にはとこがいて、で、そのはとこ、さゆみ、すごいちっちゃい頃から可愛がってたんですけど、あの、一時期、すごいなんか、あの、事故をしちゃって、で、なんか、結構体調が良くなかったんですよ、ずっと。で、こう、コンサートとかも見にいきたいって言ってたんですけど、病院の先生とかに、こう、「ダメだから」ってストップされてて、で、久しぶりに、その事故の前には1回来てもらったことあったんですけど、事故後は初めて来てくれて、で、すごいそのはとこが見えた瞬間に、もうすっごい嬉しくて、で、なんか、あの、バイバイってしたら、おじいちゃんとかが、「あ、してるよ」っていう動作とかも見えて、で、はとこがすごいさゆみに向かって、しかも笑顔も見えるんですよ。で、なんか、「あ、すごい、笑ってる」と思って、もうそれを見た瞬間はすごい感動して、で、やっぱそう、おじいちゃんおばあちゃんがいて、さゆみがいて、で、はとこはさゆみより全然年下なんですけど、で、そうやって繋がってってるんだなって思うと、すごいなんか、なんていうんだろう、山口時代からのそういう、なんか、さゆみの人生って、あ、すごい、ここに繋がってるんだなって思うと、すごいなんか、これから先、なんか色々なことあっても、すごいそうやっていろんな人がいてくれるからさゆみなんだ、頑張ろうと思えて、すごい感動しましたね。はい。みなさん本当にありがとうございました。
(2009年5月6日放送)

いやー、さゆみも、こう、あの、オンエアーも見させてもらったんですけど、あ、そんな緊張してるふうに見えないなと思ったんですけど、もう本当に緊張してて、なんかバクバクですね。
で、さゆみは本当、あの番組が大好きで、で、まあ1週見てるし、あの、だから、そんな大好きな番組に出させてもらったのはすごく嬉しかったし、こうなんかやっぱ自分の中でも、「キタ」と思ったんですけど、
もうね、収録前の、あの、前夜から、超緊張してて、もう本当、胃が痛くて、どうしようと思って、やっぱなんか、あの、何が正しいのかっていう答がないわけじゃないですか。なんか、これを言っていいのかどうかも分からないし、言っちゃったらもう終わりだし、何をいまさゆみに求められてるかもよく分からないし、で、なんかこう、あの、まあ、MCの、あの、ロンドンブーツ淳さんもいるけど、でも、こうなんか、たくさん、本当に...本当に、こうなんていうんですか、すごい方じゃないですか、大物女優さんだし、だから、本当にこれを言っていいのかとか、なんか、やっぱヤバいこと言っちゃったなって、その、収録中に、やっぱちょっと後悔してる自分もいるし、でも、でも、大丈夫、さゆみはもうこれでやるって決めたから、もう全然後悔なんかしちゃダメだと思って、もう自分に言い聞かせて、すごい頑張ってる自分もいるし、もうだからね、すっごい、あの、緊張してるふうに、たぶん...自分でも見えなかったんですけど、いやー、ずっと緊張してましたね。緊張っていうのかな、あれは。なんか、あの、とりあえず何をしゃべっていいのか分からないというか、これをしゃべって、あの、いい方向に転がるかどうかって、初めてだったんで、どういうふうになるかっていう想像が付かなすぎちゃって、それがすごく難しかったんですけど、
やっぱ放送を見てくれた、あの、メンバーとかも、「面白かったよ」とか言ってくれたし、こう結構なんか、反響が大きかったので、その分では、あ、よく...ちゃんと出来たのかなっていうのはありますね、はい。
でもやっぱ本当緊張しましたね。もう本当にドキドキでしたもん。あの、だから、最後、終わった後に、あの、それぞれ、楽屋に挨拶させ...しにいかせてもらったんですけど、もうなんか本当に怖かったですね。
でも...え?誰が怖かった?さゆみ的には、言っちゃっていいのかな、国生さゆりさんが怖くて、でも、同じ元...あの、元...元アイドルって言ったらまたなんか支障があるかもしれないんですけど、こうなんか、おニャン子クラブさんでやってらっしゃったから、あの、まあ、いろいろまた、その、さゆみの毒をいっぱい吐いちゃったから、「あ、いろいろすいませんでした」って言ったら、「あ、全然大丈夫だよ」って笑顔だったんですけど、さゆみにはその笑顔に、また奥に何かがある気がしちゃって、すごく怖かったです。
でも、まあ、みなさん本当、「全然大丈夫だよ」「全然あれでいいんだよ」って言ってくれたので、すごい安心はしたんですけど、はい、でもなんか本当に、あの、あの場ではすごい、やっぱちょっと、なんだろう、番組的にか分かんないんですけど、ギスギスっていうか、結構あの、なんか、ちょっと飛び交ってる感じじゃないですか、なんか、お互いの意見が。でもすごい、終わるとみんなすごいなんか、優しくしてくださって、あ、本当にみんないい人なんだなっていうのはすごく感じますね。はい、そこに助けられます。ありがとうございます。
(2009年8月19日放送)

もうねえ、可愛くて、で、さゆみ、この、前日...じゃないけど、この「ドレミファドン!」に出させてもらえるってことを聞いて、「あー、頑張ろう、ドレミファドン!」って思ってて、こう、なんか、出演者さんとか見るじゃないですか。そしたら、「小倉優子」って書いてあって、めっちゃめちゃテンション上がりましたね。もう、あの、さゆみ、小倉優子さんもすごく好きで、あの、なんていうんですかね、ゆうこりんは、人生で出会...出会ってはないかな、見た女の子の中で一番タイプな女の子なんですよ、自分の中で。で、写真集とかも何冊も、あの、持ってて、DVDとかも結構、あの、ちょっとなんか、これからどうしようかなって思った時とかに、ゆうこりんのDVDとかを見ると、こうやっていこうって思うんですけど、もうそれぐらいすごい、あの、小倉優子さんには、こういろいろ、あの、アイドルとして、なんか、勉強させてもらってるんですけど、その大好きな小倉優子さんと共演できるってことで、めっちゃ嬉しくて、で、ずっと結構、あの、ルンルンで、で、あの、始まる前に楽屋にご挨拶しに行ったんですけど、あの、すごい、何も変わらない感じで、「あ、よろしくお願いします」って、なんかいつものゆうこりんのトーンで挨拶してくれたことがすごく感動しましたね。なので、あの、収録中とかも、ちょっと時間があればゆうこりんの方をチラチラ見ながら、「あ、ゆうこりんがいる」と思って、「同じ空間にいるんだ」っていうのを楽しんでました。だから、あの、別に挨拶程度の会話しかしてないですけど、もう、自分の中では大満足な1日でしたね。もう、本当にまあ、ゆうこりんのファンのみなさんには申し訳ないですけど、もう堪能させてもらいました。ゆうこりんが、ちょっと、ミニのズボンをはいてたのかな。だから、ゆうこりんの後姿を見てて、「あ、ゆうこりん、脚細~い」と思いながら、その、あの、脚も見ましたね。いや、本当、可愛かったですよ。ちょっとなんか、あの、人間じゃないと思いましたもん、可愛くて。度肝を抜かれましたね。あれはもう、たぶんね、生で見に行ったた方がいいと思いますよ、ゆうこりんのこと。すっごい可愛い。だから、よく、なんか、あの、アイドルのファンの方とかって、なんていうんですかね、あの、テレビとかで見るよりイベントとかに行く楽しみがあるっていうじゃないですか。その気持ちがめちゃめちゃ分かりましたもん。「あ、これはテレビで見るより、やっぱ生が一番だな」っていうのは、すごい思いましたね。なんかさゆみ、すごいいま熱いですよね。アイドリング!!!に始まりゆうこりんの話は。すごい楽しい時間が過ごせました。ありがとうございます。はい?ファンっていうのは、あの、ちょっとその時は言えなかったんですけど、たぶんさゆみ、結構いろんな所で言ったりとか、あと、あの、スタッフさんとかに、「さゆみ、ちょっと、小倉さんのファンなんですよ」って言ったんで、たぶん伝わってるとは思います。はい。嬉しい。だって、さゆみ、認知されたんですよ、だって。あの、挨拶して、「道重さゆみです」っていう話をしたから、「あ、道重さゆみちゃんですね。よろしくお願いします。小倉優子です」って言ってたんで、あ、さゆみがこの世にいるってことは知ってもらえたんで、さゆみの存在を知ってもらえたっていうだけで、もうさゆみはもう大満足ですね。はい。はい、ちょっと熱くなったところで、以上、「さゆの小部屋」でした。
(2009年8月26日放送)

まあ、ああ、そうですね、まあでも本当、山口で、あの、キャンペーンができたことはすごい嬉しくて、初めてだったので、こう、モーニング娘。でも7年目でやらせてもらってるんですけど、あの、お仕事で山口に行くっていうのはコンサートの2回以外が無かったので、すごい、あの、嬉しかったんですけど、あのね、何か新しい発見っていうと難しいんですけど、改めて感じたのは、あの、どこまでもそうやってついてきてくれるファンの人はすごいなっていうのと、そのファンの人の行動力だったりとか、あの、次の日も東京で、あの、アメーバスタジオでラジオとかやったんですけど、その観覧にも山口に来てくれた人がそのまま来てくれてたりとか、だからあの、2日連続...ていうか、3日、4日ぐらい連続でファンの方に会えて、毎日会えてすごい嬉しかったんですけど、なんかね、本当、あの、本当改めてなんですけど、あの、ファンの人だけは、なんか、さゆみのこと分かってくれてるんだなっていうのを感じて、やっぱすごい嬉しかったし、なんかもう誰に何を言われようと、誰に何と思われてようと、こうね、裏ですごいいろいろ言われてても、なんか、もうなんかそれだけで十分だなっていうのをすごい感じましたね。はい。なので、すごいありがたいなって、はい、思いました。ありがとうございます。
(2009年9月23日放送)

あのですね、さゆみ、最近、感動したことがあって、なんか...なんかね、分かんないんですけど、みんなもそうか...よく分かんないんですけど、お家とかで1人でいた時に、こうなんか、叫んだりってします?普通にお母さんとかがいないのに。叫ばないですか?なんか、さゆみ、無意識に、「やだ」とか言うクセがあるんですよ。「もうイヤ」とか、お家にいるのに、「帰りたい」とか、「帰ってるのにな」とか思う時、よくあるんですけど、そういうことが最近多いんですよ、なんか。お家で1人でいるのに、なんかクセで、そうやってなんか、マイナス志向なことを言うことがよくあるんですけど、それがクセになっちゃって、あの、タクシーの中で、この前、普通にいて、何も考えてなかったら、すごいでかい声で、「やだー!」って言ってて、もう本当に恥ずかしくて、で、そういうことがあって、なんか何回も...そう、何回も...タクシーの中で言ったのは1回だったんですけど、お家とか普通にお風呂入ってても、なんか、「帰りたい!...いま帰ってるし、どこ帰るんだよ...」とかいう独り言が最近すごい増えてて、で、なんか、あ、これはなんか、よくないなって思いつつ、ど...直せないなって思ってたんですよ、もう無意識でやっちゃうことだから。言った後にはちゃんと気付いて、やめようって思うんですけど、なんか、やめようって思っても、なんか言っちゃうんですよ。で、そういうことがある日々の中、あの、その日も朝、ちょっと朝結構早くて、で、あの、もうどスッピンで、あの、誰にも顔見られたくないと思って、帽子を深くかぶって、あの、お家出たんですよ、お仕事行こうと思って。そしたらね、なんか、あの、小学生ぐらいの男の子の兄弟が...小学生の男の子と、あとは、あの、3歳くらいの小っちゃい男の子だったんですけど、小学生ぐらいの男の子が、すごいしっかりしてて、で、なんか、あの、たぶんさゆみ、すごい嫌な空気流れてたと思うんです、さゆみ自身に。なんですけど、その男の子が、なんか、あの、鍵が...鍵がないみたいな感じで結構困ってたんですよ。で、さゆみがドアをね...ドアっていうか、あの、マンションの下の、あの、玄関を開けてあげたら、すっごい笑顔で、あの、「ありがとう」って言ってくれて、で、あの、その3歳の男の子にも、「ありがとうって言いなさい」って言ってて、その姿を見て、さゆみ、ちょっと感動しちゃって、なんか、さゆみ、イヤだとか1人で言って、こう、でもこの子は、弟のためにちゃんとそういうことしてあげてて、なんて偉いんだろうと思って、あの、さゆみもちゃんとしようと思って、なんかね、さゆみって、好きな言葉「ありがとう」とかいつも言ってるんですけど、最近本当、ありがとうっていう言葉言ってなかったなと思って、なんか、その男の子にすごい大事なことを気付かされました。
(2009年9月30日放送)

(最近バラエティー番組でよく見かけますね。ファンとしては嬉しい反面、さゆみんにはもしかしたらいままでにはないバラエティーでの悩みとか辛いこととかあるかもしれないですけど、我々ファンはいつでも味方なので、いっぱいいっぱいにならない範囲で頑張ってください)
ありがとうございます。もうこうやって言ってくれる人がいるだけで、もう本当に嬉しいし、もう頑張ろうと思えるんですけど、でも、なんかね、楽しくなってきました、最近。なんか、あの、なんていうんだろうな、はじめは、こうなんか、やっぱ普段9人でいるから、こうなんか、1人でなると、なんていうんだろうな、あの、誰もフォローしてくれないし、あの、頼るところもないから、全部自分の責任だなと思ってたんですけど、こう、逆に、それをさゆみはずっとマイナス思考で考えてたんですけど、だから、あの、9人になった時にすごい安心して、やっぱグループっていいなって思ってたんですけど、逆に、いまはこう、責任とかプレッシャーが多い分、達成感っていうものがすごい、9人でいる時よりも感じられるし、こうなんか、あの、ちゃんと自分がやりたいことをやってるっていう、そのなんか自分の意思がやっと通った感じがして、すごいなんかやりがいがあるというか、「あ、さゆみっていま仕事してるんだな」って思えるというか、こう、なんか、もちろんモーニング娘。でいる時もそうなんですけど、でもなんていうんだろう、9人でいたら、いまはリーダーに任しとこうとか、あの、まあ、ここはリーダーが話すから、あの...あの、後ろの子たちは普通にしててねって言われることもあったから、でも、1人でなると、全部1人でやらなきゃいけないし、でも...でも、さゆみはモーニング娘。道重さゆみなので、あの、さゆみが言ったことはモーニング娘。のイメージになるからって、一応気をつけてはいるんですけど、でも、なんか、やっと道重さゆみっていうものを、なんか、出せる気がして、すごいいまは、すごい楽しんでやってるので、はい、まあ、辛いこととかはまあ、あってもそれを結構、前向きに捉えられるようになりましたね。はい、なので、ありがとうございます。
(2009年10月7日放送)

あの、「歩いてる」をね、歌わせてもらってるんですよ。あの、最初だけ1人でちょっと歌わせてもらってるんですけど、あの、セットリストを初めて見た時に、あの、びっくりしましたね。さゆみが一番好きな曲を、あの、自分が好き好きって言ってたら、こういうふうに、ちゃんと、誰かが、まあ、聞いたりとか、そういうのをちゃんと見てといてくれて、そういうふうにしてくれてるんだっていうのもすごい嬉しかったし、そうやって、あの、好きっていう気持ちは、伝わるんだなっていうのは、すごいあったので、しかもリハーサルとかも、すごい歌いやすいというか、やっぱ好きなだけあるなと思いますね、自分。あの、さゆみ、そんなに何も考えてなかったんですけど、あの、振りをね、付けてくれる先生とかに、あの、「どうですか?大丈夫ですか?」とか聞いてたら、あの、すごい、「この曲、すごい研究してるでしょ?」って言われて、「いい感じだよ」って言われて、すごいそれが嬉しくて、あの、今回歌うからと思って、歌詞を、あの、真剣に見たっていうよりは、普段からすごいいっつも聴いてる曲なので、なんかたぶんそれで、体にちゃんと馴染みやすくなってて、あの、今回歌うからっていうことで、改めてもう1回歌詞とかも見て、あの、「歩いてる」って相...さゆみ、相当好きだなと思いましたね。あー、なんていい曲なんだろうって思います。いいですね、あれは。
(2009年10月7日放送)


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道重さゆみの核(コア)Part.1。

あの、さゆみ、ツキっていう言葉、すごい好きで、なんか、お母さんから聞いた話なんですけど、なんか、前向きにいっつでも、ツイてるツイてるって言ってれば、本当にツキが来るらしくて、だからさゆみ、一時期ずっと、あの、「よし、今日もかわいいぞ」に、あの、かけて、いつも「よし、今日もツイてるぞ」っていっつも歩きながら言ってて、そしたら、まあ、そんなに変わらなかったんですけど、まあ、嫌なこともなかったんですけど、本当にツキが来るらしいので、はい。
(2007年4月26日放送)

あの、さゆみ、平和系の曲が大好きで、「歩いてる」とかの「1人じゃないから」っていうところも大好きなんですけど、「愛あらばIT'S ALRIGHT」のBメロの、「時代はつながってるね」みたいな歌詞があって、なんか、おじいちゃん、おばあちゃん、おじいちゃん、そのまたおじいちゃん、そのまたまたまたってどんどんつながってるっていう歌詞があるんですけど、すごいそこの歌詞が好きで、本当におじいちゃんとおばあちゃんがいて、その2人が、本当にたまたま出会って、それで、どんどんどんどんひいひいひいひいおじいちゃんとかつながってるっていうのが、すごい好きで、その歌詞が、もうなんか、そこは本当に好きなんです。だって、たまたま、本当にそのすっごい昔のひいひいひいひいひいおじいちゃんとかが、もし、なんだろう、戦争とかで、なんていうんですか、普通にいなくなちゃってたりとかしたら、さゆみはいないわけじゃないですか。こうやってしゃべってないわけだし、本当にそう考えていくとね、不思議で、だからその歌詞はすごい奥が深くて、大好きです。
(2007年5月24日放送)

(もしもタイムマシンに乗れるとしたら、さゆみんはどの時代に行って、何をしたいですか?)
えー、そうですね、あんまり昔にも戻りたいとも思わないし、もう、あの、未来にも行きたいっていう願望もないんで、あんま使いたいなって思わないんですけど、でも、最近、家族で、あの、昔のビデオを見てたんですよ。0歳から7歳ぐらいまでの全部お父さんが編集してくれて、送ってきてくれて、東京に。それをみんなで見てたんですけど、なんか、もうやっぱ、その時の記憶ってないじゃないですか。だから、その時に行って、なんていうんですか、その時、ビデオ見て思ったんですけど、結構、さゆみって本当、いろんな方にかわいがってもらったりとか、お世話をしてもらったりとか、本当見たことない人にずっと抱いてもらってたりとかしてたんで、なんか、そういう、その時ってたぶん、ありがたみとかないじゃないですか。なので、その時に戻って、ちゃんとありがとうって言いたい、感謝の気持ちを伝えたいなって思います。
(2007年6月21日放送)

さゆみ、本当に、嫌なことがあれば、「次、楽しいことがあるから大丈夫」と思うし、でも、楽しいことが続きすぎると、「あー、嫌なことが起きるのかな」って思うんですけど、「あ、でも、あの時頑張ったから楽しいんだ」って思うようにしてますね。
(2007年9月6日放送)

(もしも明日で地球が終わってしまうとしたら、さゆみんは何をして過ごしたいですか?)
あー、こういう質問、よくアンケートとかでも多いんですけど、そうですね、もう本当に普通の日でいいですね。別に、あの、お仕事が入ってればお仕事するし、無かったら、やっぱり山口に帰って、おじいちゃんおばあちゃんとかに会って、いっしょに最期を過ごしたいと思うんですけど、でも、本当に、別に、普通に過ごしてたいですね。なんか、最後だからといって、これがしたいというのは特にいまは考えたことないので、そんな感じです。
(2007年9月13日放送)

本当にねさゆみ、運動という運動、全然できないんですけど、運動音痴はお母さん譲りなんですよ。お父さんもまあ...まあ、普通なんですけど、お母さんも全然運動ができなくて、で、お母さんって、体力がないんですよ。だから、お母さん...さゆみ、コンサートでも、娘。の中で体力ない方で、もう、アンコールらへんになるとバテバテちゃんなんですね。本当はよくないんですけど、で、お母さん譲りなんですけど、そこも。だから、お母さんはずっと自分が体力ないのを知ってたから、40歳まで生きれるか不安だったんですって。だから、もし40まで生きれたら、「私は本当に幸せ。こんなに頑張って生きれて、自分えらい」って思ってたらしいんですね。だから、いま、48歳なんですけど、「私ってすごい」っていつも言ってます。体力ない割に長生きしてるなって。なので、私も頑張って40まで生きれるように必死でやりたいと思います。
(2007年11月1日放送)

さゆみ、本当にコンプレックスの塊なんですけど、もう、本当に、毎日顔が変わるんですよ。それが一番嫌ですね。なんかね、本当に、むくみやすいらしくて、もう日によって全然違うんですよ。もう、調子がいい時はすごいスッキリしてるんですけど、悪い日はもうなんか、目とかもパンパンだし、なんか、目の上に傷とかできるし、なんかね、本当に、顔が日によって全然違くて、あの、いま、「ヤングタウン土曜日」っていうラジオをやらせてもらってて、毎週、さんまさん...明石家さんまさんに会うんですけど、毎週顔が違くて、いっつもなんかそれで怒られるんですね。なので、さゆみ、本当に毎週会うのが怖くなっちゃうぐらいなんで、それは本当にコンプレックスですね。
(2007年11月22日放送)

さゆみが普段、人と話す時に心がけてることといえば、まあ、話し方じゃないんですけど、人の目をちゃんと見て話すように心がけてますね。あの、あと、人の目を見て、ちゃんと、自分だけ話すんじゃなくて、ちゃんと人の話も受け入れようってしてますね。はい。それを心がけています。
(2007年12月13日放送)

といっても、(田中れいなとは)同い年で、18歳なんで、たぶん、お互い(結婚は)まだまだの話だと思うので、あの、たぶん、本当に、何十年後かもしれない...10年後とか20年後かもしれないんで、分かんないけど、なんかね、本当になんか、さゆみ、結婚できないかも...な気がしてくるので、そんな...使えないなと思うんですよね。
(2007年12月20日放送)

さゆみ、思うんですけど、まあ、さゆみが思ってるっていうよりは、まあ、お母さんから教えてもらった話なんですけど、「ツイてない」って言うと、本当にツイてなくなっちゃうらしくて、なんで、普段から、いつも、「今日はツイてる」とか、あの、「自分はツイてる」とか、そういうのを、もう、あの、場所とか問わず、本当に、どんな時でも暇さえあれば「ツイてるツイてる」って言ってれば、本当に、なんか、ツキが回ってくるらしくて、なんか、そういうのは本当大事らしくて、なんで、普通に電車とか乗ってても、ゴゴゴーってなって聞こえないと思うんで、ずっと「ツイてるツイてる」って呟いてれば、ツキが回ってくると思います。はい。
でも、どうしても本当にそれでもツイてないなって思うんだったら、あの、これを乗り切ればツイてることがあると信じて、その時を頑張って、踏ん張ってほしいなと思います。
(2007年12月27日放送)

さゆみもすごい妄想するのが好きで、夜寝る時は、あの、イヤホンで音楽を聴きながら、妄想をしながら寝るのが、一番ぐっすり眠れる方法なんですよ、さゆみの。
(2008年1月10日放送)

「ふしぎの国のアリス」で「なんでもない日万歳」っていう歌があるんですよ。で、さゆみ、それを見てから、なんでもない日ってすごい、逆に素晴らしいなって思ってて、だから、本当に、人それぞれのなんでもない日を、もう、好きな、1年に1回だけ、自分の、「ここ休みたい」って思う日を祝日にしていいっていうのを...いいっていうふうにしたいですね。この日って決めるんじゃなくて、その人の祝日を作ってあげたいなって思います。
(2008年1月10日放送)

まあ、やっぱ、少なからず、「こんうさピー」のリスナーさんは、やっぱいちおう、さゆみしかいないから、さゆみのことを思って書いてくれてるわけじゃないですか。その、メールを書く時とかハガキを書くときの時間だけは、さゆみのことだけを考えてくれてるわけだから、その、なんだろうな、その手紙に対して、さゆみに何を求めてるんだろうっていうのを考えながら読んでますね。「これを言ってほしいのかな」とか、「これを聞きたいのかな」っていうのを考えながら、まあ、それが外れてる時があるのかもしれないんですけど、それを考えながらいつも読ませていただいてます。これからもお願いします。
(2008年2月28日放送)

本当に、さゆみ、「みかん」を聴いて、なんか、考え方が変わったんですよ。あ、なんか、人生って1回だから、とりあえずやってみるもんなんだなって思えるような曲なんで、もし、あの、こう、不安だったら、ぜひ、「みかん」を聴いて、考え方を、あの、ちょっと、あの、ポジティブにしてほしいんですけど。
(2008年3月20日放送)

あの、新しい出会いもあり、別れもあるけど、でも、本当につながってる人は絶対つながってると思うんで、やっぱ、家族とかそういう人はもちろん、なんか別に普通に近所の人とかでも、誰でもそうだと思うんですけど、なんかたぶん、あの、絶対この人とはそういう、あの、大事な運命的なつながりがあるって思ったら、絶対、あの、もし別れの危機があっても、絶対危機を乗り越えれると思うんですよね。だから、絶対、あの、つながってるもんはいつまでもつながってると思うんです。なんか、さゆみはそんな気がします。
(2008年3月20日放送)

さゆみが本当にいま一番欲しいものは、人への気遣いを完璧にこなす才能が欲しいです。なんか、なんか、さゆみ、思うんですけど、最近、あの、なんか、さゆみって、こう、思ったこととかをパッてすぐ言っちゃうんですよ。で、なんか...そうなんです、なんか、さゆみ、小学生の時からこの性格で、なんか、家族とか、そういう親しみのある人とかだったら全然大丈夫なんですけど、学校の先生に、1回、これ本当によくない例なんですけど、あの、体育の授業をしてた時に、先生が、さゆみ、すごい運動苦手なのに、さゆみに向かってすごい必死に、ドッヂで、あの、ドッヂボールで、ボールを投げつけるんですよ。すっごい怖くて、で、さゆみは、もう、本当にパッて思い浮かんだ言葉が、こうな...さゆみに、大人げないっていう言葉だったんですよ。それを、もう何にも考えずに、「もう、先生、大人げない」って言ったんですよ。そしたら、先生がすごい怒っちゃって、だからなんか、先生が、「あのね、道重さんはいつも何も考えずにいつも言葉を発するクセがあるから、あの、10秒頭の中で数えてから発しなさい」って言われて、「はぁー」と思って、それから、その時...だから、小学生の時は、その先生に対しては、ちゃんと、あの、もう...もう絶対怒られたくないと思って、それ、意識してたんですけど、最近薄れてきてて、こうなんか、すぐ、なんか、メンバーとかでも、「もう、ガキさん、こうですよ」って感じで、すぐ、言っちゃうクセがあって、「もう、さゆみんは本当に」って言われるんですよ。だから、その時に、さゆみ、すごいその先生の言葉が頭によぎって、あ、10秒自分の中で数えて、その10秒の間に、これを言ったら相手はどう思うんだろうっていうことを考...覚え...あの、考えなきゃいけないんだなっていうことを、最近、この小学生の頃の、あの、改めて感じて、それをやろうって、すごい思ってるんですよ。でも、できないんだな、これが。だから、その才能...才能っていうか、もうそれを、ちゃんと、人への気遣いとか、思いやりとかを完璧にできる人間になりたいなって思います。
(2008年4月22日放送)

あのね、これ、みんな、聞いたら引くかもしれないんですけど、昔は本当に鏡を見ながら電話してましたね。これね、いま...いまはないんですけど、いつまでかな...あのね、中学生ぐらいの時とかは、本当に好きだったんですよ、自分の顔が。いまは...いまは本当になんか別に、そんなないんですけど、その頃はピークに自分がかわいいって思ってた頃で、だから、自分以外に興味がなくて、その頃って本当に。だから、電話をするにも、もう、そうやってしゃべってる自分にちょっと...もうなんか、酔ってて、ずーっと、本当ですよ、これは。鏡見ながら、電話してて、いま考えたら本当恥ずかしいですね。だから、鏡に向かってポーズとかも、もう稀じゃない、普通にしてたんですよ。だから、急にお兄ちゃんとかがお部屋に入られると、本当に恥ずかしかったですね、ピースとかしてるんで。もう恥ずかしかった、あれは。でも、いまは、最近は普通にベッドに、もう寝っ転がりながら、もうなんか、お母さんみたいですね。お母さんって本当、電話しながら、ずーっと、あの、床...床っていうか、その、ベッドの上とかで、ずーっと寝っ転がりながら電話してるイメージだったんで、それになりつつありますね。もうダラダラです。もう昔のあのキャピキャピ鏡見ながらポーズしてた頃が懐かしいです。
(2008年5月20日放送)

これはね、本当に、さゆみもよくラジオでも言ってますけど、「ツイてない」って思っちゃダメなんですよ。「私はツイてる」って思わなきゃダメなんです。だから、もう、気持ちの持ちようなんですよ、すべては。だから、こう、気持ちがダウンしてても、ダウンの反対が分かんないですけど...あ、アップか...アップって思えばいいんですよ。だから、こう、なんか...いいや、もう、さゆみ、何回もお便り読むために「ツイてない」って言ってますけど、心の中で、「また『ツイてない』って言っちゃった」っていまもすごい思ってます。あのね...あのね、、「ツイてない」っていう言葉を口にするだけでよくないんですよ。「ツイてない」...もう「ツイてない」言いすぎだな。「ツイてない」って言ったら、その分、「ツイてる」って言わなきゃダメです。だから、もう、本当に、よくさゆみは口癖で、もう、普通に歩いてる時に、もう暇さえあれば、「私はツイてる私はツイてる」って、「よし、今日もツイてるぞ」って鏡に向かってニコッってすれば、絶対ツキは来るはずなんですよ。絶対そういうジンクスがあるはずなんで、これはぜひ試してほしいですね。だから、もう本当に、心の、そうですね、持ちようだと思うので、全然、あの、最初に言ったように、もし、なんか嫌なこととか、自分きっかけであったとしても、後悔はしないで反省をして、次からは、あの、直せばいいと思うので、みなさん、自分はツイてると思って、生きてください。
(2008年6月17日放送)

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道重さゆみのお姉ちゃん傑作選Part.1。

あの、最近、さゆみ、すごい面白いことがあったんですよ。あの...あの、私のお姉ちゃんの話なんですけど、あの、一緒にお家でご飯を食べてたんですね。で、食べ終わって、「ごちそうさまでした」ってして、食器を片づける時に、さゆみが、「これ流しに持っていっておいて」って言ったんですよ。
そしたら、さゆみのお姉ちゃんが、普通だったら台所じゃないですか、もちろん流しって。なのに、お風呂場に持ってって、お姉ちゃんにとって流しイコールお風呂場だったらしくて、しかも、湯船の中に入れちゃって、で、さゆみが後で片づけようって思って、洗おうって思って、流しに行くじゃないですか。無いんですよ、食器が。
で、お姉ちゃんに、「ちょ...え?どうしたの?直してくれたの?」って言ったら、「え?流しに持っていっておいたよ」って言って、お風呂場に、湯船の中に置いてあって、どうしちゃったんだろうって思いましたね。もうすっごい面白くて、これは自分の中だけで収めておくのは勿体ないと思って、みなさんにちょっとお知らせをしました。
(2006年11月6日放送)

あのね、基本、本当に仲よくて、さゆみ、お姉ちゃんのこと大好きで、お姉ちゃんもさゆみのこと大好きっていうの、すごいよく分かるんですけど、喧嘩は本当に基本的にしないんですけど、たまーに、本当たまにするんですけど、もう最近は何年してないだろうっていうぐらいしてないんですけど、記憶の中で喧嘩したことは、まあ何回かあるんですけど、全部さゆみが勝ってますね。
で、なんか、お姉ちゃんって、さゆみのお姉ちゃんって、さゆみよりたぶんちょっと考えることが遅いんですよ、なんか。だから、言葉の...あの、手とかは出ないので、やっぱ女の子同士なので、言葉の喧嘩になっちゃうので、やっぱさゆみの方がなんか、パッパッパッパッ言葉が出てくるみたいで、覚えてる限りでは、さゆみが勝ってますね。本当になんか、お姉ちゃんって基本的に心がすごい優しい人で、なんか、たとえば、なんだろう、なんか、すごい暑い日とかでも、「もう暑い。嫌になっちゃう」とかじゃなくて、「なんか今日はいい天気だね。気持ちいいね」っていう、なんかすごいそういう優しい心を持ってるので、なんか、しかもすごい前向きで、たとえばなんか...たとえば、なんか躓いてこけたりとかしてても、なんか、全然落ち込んだりとかしないで、むしろなんか、こけてラッキーみたいな、なんか...なんか、楽しいこと起きたじゃん、みたいなそういう前向きな人なので、すごいね、そういうとこ尊敬してるので、本当に仲よしなので、あんまり無いなって感じます。だから、普通の一般的な姉妹よりは...本当、姉妹っていうより本当にお友達みたいな感じなので、あんまり喧嘩することはないなって思います。
(2006年11月16日放送)

実はお姉ちゃんの方が断然、色が白いんですよね。もう、さゆみよく、こうやってファンの方とかメンバーとかに、「色白いね」って言われたりするんですけど、あの、モーニング娘。に入ってから初めて色が白いって言われたんですよ。それまでいっつもお姉ちゃんと並んでたから、「本当に妹の方は色が黒いね」って言われてるぐらい、お姉ちゃんと比べると、さゆみ、真っ黒なぐらい、お姉ちゃん色が白くて、ちょっとね、異常なぐらいお姉ちゃん、色が白いので、たぶんね、見たらびっくりするぐらい色が白いんですよ。
でも、お姉ちゃんは黒髪ではないです。なので、そこはさゆみがちょっと、「美しい黒髪」は勝ってると思うんですけど、「透き通るような白い肌」は、断然お姉ちゃんの方が上ですね。
あとはなんだろう。さゆみって結構、こうやって自分のことかわいいとか言ってるんですけど、お姉ちゃんもすごい言うんですよ。なんか、一緒にいつも、お風呂一緒に入ってるんですけど、お風呂に入る前に鏡見て、「よし、今日も一日かわいかった」って2人でいっつも言ってるんですけど、「よし、今日も私の方がかわいかった」「いや、私の方がかわいかった」って言い合ってるぐらい、ちょっとね、変な姉妹なんですけど。
(2006年11月16日放送)

さゆみがお風呂で必ずすることは、特にこういう変なこだわりっていうのはないんですけど、お姉ちゃんとお風呂にいつも入るので、一日にあったことを全部お姉ちゃんに話すっていうのは、課題ですね。課題?うーん、日課なので、やめられませんですね。はい。あの、お姉ちゃんもその日にあったことを全部さゆみに話してくれます。そう、だからお風呂はそういう、本当にリラックスタイムだと思います。
(2006年12月7日放送)

なんか、前の日にお姉ちゃんと一緒に歴史の勉強をしてて、なんか、竪穴式住居とか高倉倉庫...とかのお勉強をしてて、で、どうしてもあの、鍵の形のしてるお墓があるじゃないですか。その名前が本当に思い出せなくて、で、絵里とか久住ちゃんに聞いても、「分かんない」「何だっけ何だっけ」みたいな感じで、で、だから、お姉ちゃんにメールで、「何だっけ?あの鍵穴のやつ」って聞いたら、お姉ちゃんが「卑弥呼だよ」っていうんですよ。それはないと思って、もう本当にバカだと思って、ずっと久住ちゃんとかと話してたら、普通に光井ちゃんが、「古墳ですよ」って結構さめた感じで言ってくれて、もう本当にね、実は光井ちゃんって頭いいんですよね。なんか、頭いいキャラが取られそうで怖いですけど。
(2007年2月15日放送)

お姉ちゃんがね、あの、今年、(恵方は)北北西じゃないですか、お姉ちゃんがね、「きたきたにし」って言ってて、もう、大丈夫かなと思って。もう本当、それがね、さゆみはもう、2月3日、一番楽しいことでした。
(2007年2月22日放送)

さゆみと、いま、お姉ちゃん、2人で、なじなぞクイズにハマってて、それで...それで、さゆみがお姉ちゃんに出した問題で、あの、「絶対に服をハンガーに掛けない県はどこでしょう?」っていうなぞなぞがあったんですよ。お姉ちゃんが、「え?『ふく』は絶対つくよね?」って言ってて、答える時に。「福井か福島か福岡でしょ?」って言ってて、「あー、その中に答あるよ」って言ってて、で、「福井?」とかいろいろ言ってて、「あ、福岡だ」って言ってて、「あ、うん、正解正解」って言ってて、「え?理由は?」って言ったら、「理由は分かんないけど福岡」って言うんですよ。だから、「あー、当てずっぽう?」って言ったら、「うん」って言って、「まあ、でも正解だから」って言って、まあ、理由はタンス...服を掛けん(ふくおかけん)だから、福岡県(ふくおかけん)なんだよってお姉ちゃんに伝えたら、お姉ちゃんが、「え?福岡県って県だったの?」って言うんですよ。ずっとお姉ちゃん、福岡県のこと福岡市だと思ってたらしくて、もうね、さゆみね、本当にね妹として、本当嫌だと思いましたね、その時。で、「え?都道府県だから、市があるわけないじゃん」って言ったら、「あ、都道府県ってそういう意味だったの?」って言って、「え?じゃあ、都は何だと思うの?」って言ったら、「京都」って言ってました。「いや、京都は府だから」って言って、もう本当ひどいと思った。もう、ねえ、もう、ちゃんと教育したいと思います。
(2007年3月8日放送)

さゆみのお姉ちゃんがね、またね、ちょっと変なんですけど、なんか、この前、普通に地理の話...地理の話っていうか、まあ、何の流れでそうなったか忘れたんですけど、「埼玉県の中に千葉県があるよね」って言ってて、さゆみが何回、「だから、埼玉県と千葉県は別々だから」って言っても、「絶対に埼玉県の中に千葉県はある」って言うんですよ。「私行ったもん、埼玉県の千葉県に」って言うんですよ。もう本当に、もう収拾つかないなと思いましたね。
(2007年4月19日放送)

そうですね、これ、(大好きな漢字は)いろいろあるんですけど、一番はやっぱ、「姉」っていう字ですね。お姉ちゃんが大好きなんで、まあ、一番大好きな漢字といえば、「姉」かなって思うんですけど。あの、まあ、「見てるだけで勇気が出る」っていうのは本当そうで、お姉ちゃんがいれば何でもできるような気がするんですよね。
なんか、なんていうんですかね、お姉ちゃんは人生をギャグだと思ってるんですよ。人生をギャグだと思って生きてて、だからもう怖いものなんてないんですよ、お姉ちゃんに。だから、お姉ちゃんを見てると、すごい、「あー、さゆみも怖がらずに何でもやろう」って思えるので、そうですね、「姉」っていう漢字を見たら勇気が出てくるなと思います。
(2007年5月3日放送)

なんかね、お母さんとさゆみとお姉ちゃんとお兄ちゃん4人でね、トランプをやってたんですよ。で、そのトランプをしてて、で、大富豪をやってたんですね。で、まあ、はじめはね、お姉ちゃん、ずーっと大貧民だったんですよ。すごい計...計算っていうか、そういう、なんか、結構、大貧民ってずる賢い頭が必要じゃないですか。そういうのがないんで、お姉ちゃんには。すごいずっと大貧民で、で、1回ね、あの、貧民ぐらいに上がった時に、「あ、お姉ちゃんすごいじゃん」って言ったんですよ。そしたら、「私はクオ...」...クオリティーって言いたかったらしいんですけど、「クリオティーが違うからね」っとか言ってて、えー、で、その前にテレビでね、クリオネを見てたんですよ。で、だからといってね、クオリティーをね、クリオティーって言ってて、「はー」と思って、みんなして、「あー、この人、本当にクオリティーがない人だな」って思いました。
(2007年5月17日放送)

最近は、家族で、お父さんはまあ、山口県にいるんで、しな...一緒にできなかったんですけど、お兄ちゃん、お姉ちゃん、お母さん、さゆみで、テレビゲームをしてたんですよ。で、4人でするテレビゲームで、まあ、4つコントロールがあって、まあ、ゲームしてて、そういうなんかちょっと、人生ゲーム系の対戦物だったんですね。でね、まあね、お姉ちゃんがまあ、案の定、1番最後で、もうね、別にゲー...たかがゲームですよ。普通のテレビゲームなのに、大泣きして、もう、さゆみ本当、「え?え?大丈夫?」と思っちゃって、もう途中でもう本当に涙がウルウルしてて、「本当に負けたことが悔しい」って言いながら大泣きしてたんで、さゆみが...さゆみがその時1位だったんで、「コントロール替える?」って言って、「うん」って言って、コントロール替えて、最...最後は結局、お姉ちゃんが...まあ、さゆみなんですけど、結局は、1位で終わったんですけど、でも、あの、その後は4人で大富豪をしたんですけど、トランプゲームで。それでも、お姉ちゃん1番最後で、大貧民で大泣きして、で、それは罰ゲームを決めてたんですね。罰ゲームでものまねをするって決めてたのに、もう、ものまねしながら大泣きで、なんか、これすごい、江頭2:50さんのものまねをするっていう罰ゲームだったんですよ。大泣きしながら、江頭2:50さんの...本当、面白かったですね、あれは。もう本当、さすがだなって思いましたね。
(2007年5月31日放送)

あの、この話をね、昨日、お姉ちゃんにしたんですよ。一緒にお風呂入って、お風呂でね、「お姉ちゃん、あのね、明日、さゆみのラジオでね、あの、『今週のお姉ちゃん』っていうお姉ちゃんのね、ネタをね、ファンの人に送ってもらう新コーナーができたんだ」ってお姉ちゃんに言ったら、「え?やだやだやだ、そんなの恥ずかしい」とか言ってて、「どんなのどんなの?」って言ってて、「うん、だから、ファンの人に送ってもらって...」って言ってたら、「あー、よかった。そういうネタ系で。ネタっぽいのでよかった。ゲームで泣くとか本当のこと言われたら恥ずかしいもんね」とか言ってて、「あ、ごめん。それ言った」って言ったら、「えー、やだー」って言ってました。「本当にやだー」って言ってて、「えー、そんなの友達にバレちゃうじゃん」とか言ってて、「いや、大丈夫。たぶんお姉ちゃんの友達、聴かないから」って言ったら、「あ、そっかー」って言ってすごい笑顔になってました。
(2007年6月7日放送)

お姉ちゃんがね、この前ね、「今日、映画見たんだ」って言ってて、「あ、そうなんだ。何の映画?」って言ったら、「え?覚えてない」って言うんですよ。本当に題名すら思い出せないんですよ。で、「え?どんな内容だったの?」って言っても、「え?すごい面白かった」って言うんですよ。で、「え?どういう内容で誰が出てたとか覚えてないの?」って言ったら、「いや、覚えてないんだけど、すごい面白かった」って言うんですよ。だからね、本当、題名間違えるならまだかわいいもんなんですよ。本当にひどいですよ。思い出せないんですからね。
(2007年6月7日放送)

大丈夫、これ(深夜にやっている外国のテレビショッピング)はね、お姉ちゃん、この前、真似して、一緒にやってましたもん、テレビ見ながら。「ハーイ」とか言ってて、だから、たぶん、あ、ちゃんと吹き替えだなって知ってるんだなと思って、「私もできるかも」って言ってましたもん。「ちょっと似てない?ハーイ!」とかやってて、「うん、うん」ってちゃんと聞いてあげてました。
(2007年6月7日放送)

この前、一緒にテレビ見てて、拍手が起きた時に、一緒に拍手してました。で、さゆみも、いいやと思って、本当にしょっちゅうなんで、そういうことは。もういいやと思って放ってたんですよ。そしたら、拍手、パパパーって、「は、テレビだ」って自分で言ってました。
(2007年6月7日)

この前もね、(お姉ちゃんが)下着を忘れてお家出てて、びっくりしましたね。なんか、着てなかったんですよ、下着。上下。びっくりしましたもん、さゆみ。ありえるんだ、こんな人、と思いましたね。初めて見ましたね。それは本当にお姉ちゃんも、「あ、人生で初めて」って言ってましたね。びっくりしました。お家帰ってましたね、1回。
(2007年6月21日)

はい、あの、さゆみ、お姉ちゃんとすごい仲よしって言ってるじゃないですか。最近、本当に初めてに近いぐらい、本当に、喧嘩したんですよ。喧嘩っていってもまあ、そこまでの喧嘩ではないかもしれないんですけども、言い合いみたいな感じなんですけど。で、まあ、まあどっちかっていえば全然さゆみの方が口が達者っていうか、強いんで、あの、お姉ちゃんも泣いてばっかりだったんですけど、もうね、すごい、本当、泣きながら、崩れ落ちながら、2人して喧嘩してたんですけど、内容も全然大したことじゃないことで、もう、何が原因かもちょっとよく...うろ覚えなぐらいなんですけど、もうね、しかも、次の日、お母さんが、だから、わざわざ、仲直りの会の焼肉パーティーを開いてくれて、本当に迷惑をかけたなと反省してます。
(2007年8月9日放送)

お姉ちゃん、ドアの話でいうと、ガラスのドアとかよくあるじゃないですか、あれをガラスと思わないで普通にそのまま歩こうとして、ぶつかってますね、よく。それを、別に違う場所でやるんなら別にいいんですけど、同じ場所でやったりとかするんで、そろそろ学ぼうよって思いますね。
(2007年8月9日放送)

あの、山口県って結構、台風がしょっちゅう通るんですね。で、昔、山口県にいた頃、小学生ぐらいだと思うんですけど、あの、台風が来て、結構大きい台風が直撃して、山口県に、で、お姉ちゃんがその前の日に、お父さんの電球を落として壊してたんですよ。で、それを怒られるから隠してたんですよ。で、台風で、家の中は一切被害がないのに、お姉ちゃんがそれを台風のせいにしてて、でも、そんなのバレバレで、めっちゃ怒られてました。それを嘘ついてたのも、また怒られてて、本当にかわいそうな人だなって、あの、本当、小学生ぐらいだったんですけど、お姉ちゃん見て、頭、大丈夫かな、普通にバレると思うけどなって感じたのを覚えてます。
(2007年8月9日放送)

さっき、オープニングで話した喧嘩って...したって言ったじゃないですか、で、お姉ちゃん、すっごい泣いてて、で、次の日、焼肉パーティーした時に、その喧嘩の話をしてて、「なんでさ、お姉ちゃん、昨日あんなに泣いてたの?」って聞いたら、さゆみの意見が大人すぎて泣いたって言ったんですよ。さゆみが、あの、私がお姉ちゃんなのに、さゆみの方がお姉ちゃんらしい言葉をいっぱい話してて、全て、あの、さゆちゃんが言ってることが正論すぎて、あの、それが悲しくて泣いたって言ってたんで...。
(2007年8月9日放送)

結構、普通に最近の話なんですけど、普通の大きいデパートとかじゃなくて、普通のスーパーぐらいで、あの、お母さんと3人で買物してたんですけど、お姉ちゃん、普通に迷子になっちゃって、あの、なんですか、そういう、あの、放送みたいのあるじゃないですか、誰々ちゃんが、あの、迷子になってます、あの、お母さんは迎えに来てください、それでお姉ちゃん、普通に流されましたからね。もう、びっくりしましたね。えー、お姉ちゃんじゃんって、普通に迎えに行きましたけど。もうね、結構、必死ですね、お世話する方も。
(2007年8月9日放送)

(18歳の誕生日プレゼントを)お姉ちゃんからは一切くれませんでしたね。それも、しかも、お姉ちゃんなんて、あの、高橋愛ちゃんからもらった、お誕生日の中にね、あの、シールとかもいろいろもらったんですけど、食玩ももらって、お姉ちゃんも食玩を一緒に集めてるんですけど、その食玩、めっちゃかわいいのが当たって、そしたら、お姉ちゃん、自分はさゆみにくれなかったくせに、「ねえ、これ、私のコレクションに入れていい?」って普通に聞いてましたからね。いや、くれてもないくせに私の誕生日プレゼント奪う気?って感じでしたね。
(2007年8月9日放送)

え?でも本当なんですか?これ。ちょっと普通に、ちょっとショックなんですけど、お姉ちゃんの人気が上がってるって、さゆみよりも。え?これ、本当に?普通に嫌なんだけど。もう、やーだ、だって、お姉ちゃんなんて架空の人ですよ、みんなからすれば。さゆみはもちろん毎日のように会ってるけど。えー?それで、お姉ちゃんの方が人気?でもね、本当にね、話し出すと止まらないぐらいまだまだネタがあるんですよね。でも、今日は続いてにいきたいと思います。もうこれ以上人気が上がるのは確かに嫌なので。
(2007年8月23日放送)

さゆみのファッションリーダーはお姉ちゃんです。小っちゃい頃から、本当にお姉ちゃんとお揃いの服とかはいつもお母さんに着せてもらってたんですけど、お姉ちゃんの服が本当、羨ましくて仕方なくて、もう、本当に、おさがりが結構、妹って嫌っていう子、多いじゃないですか。でも、さゆみはそれが嬉しくて仕方なくて、もう本当にお姉ちゃんの服が着たくて、いまでも本当にいっつも一緒の着てるんですけど、一緒に..一緒のっていうか、一緒に着てるんですけど、もう本当に、ファッションリーダーも本当に、もう、小っちゃい頃から変わらずお姉ちゃんですね。だから、さゆみ、雑誌とか見ないんですよ。まあ、雑誌、好きじゃないっていうのもあるんですけど、本当に雑誌を参考にしたりとかなくて、本当にお姉ちゃんそのまんまを着てます。
(2007年9月20日放送)

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最近の道重さゆみを取り巻く状況について思うことなど。

個人的に何かと多忙なのだが、やはり道重さゆみ関連コンテンツに捕獲及び鑑賞は日常における最重要事である為に欠かせないのだが、もう先週から今週にかけてとかは半端なかった。そしていずれも素晴らしく、私をますます虜にしてしまう道重さゆみの汲めども尽きぬ魅力には圧巻である。

一昨年の2月の終わりぐらいに気になって、アイドルに興味がなくなってから20年以上経っていて、モーニング娘。にもハロープロジェクトにも一切興味の無かった私が、突然、この道重さゆみという女の子の魅力に落ちた訳だが、いつでもファンとしては新参者だという意識はついて回っている。しかし、このわずか2年半ちょっとの間に起こった道重さゆみを取り巻く情況の変化は驚くべきものだ。デビュー当時から応援していらっしゃった諸先輩方にとってはなおのことであろう。

別にアイドル好きな訳でもない私の心を、なぜに道重さゆみだけが捉えて離さないのかというと、それは一言では語れない訳だが、とにかくかなり特別であり、万人受けするタイプではないが、実に濃厚な要因によるものだったはずだ。その面白さや美しさは、ほぼファンのみを対象としているラジオ番組やアイドルとしての活動で十分発揮されていて、ファンにとってはそれで十分であった。

たとえばメンバーの人気番付的なものであったりとか、新曲の歌割りであったりとか、そういうものの結果なんていうのがどうであれ、道重さゆみが道重さゆみでいてくれて、それを我々が感じることができるから、そのこと自体が奇跡的に素晴らしすぎるから、それ以上を望むつもりなど、そもそもなかった。

道重さゆみには凡人離れした、つんく♂Pをして、ある意味オレの師匠、この子自体が作品と言わしめた天才性と、きわめて人間味に溢れた泥臭さとでもいうべきものが同居しており、その妙に圧倒されたり慈しんだりして愛でることができる。しかし、この魅力というのは、実に濃く深いが為に、けして万人受けするものではないが、解る者にとっては極度の中毒性を伴った唯我独尊的なものである。たとえば、ヒットチャートには全く入らなかったが、愛好していた者の多くが影響を受け、その後の音楽シーンにおいて重要な役割を担い、革新的でありながら普遍的であるがゆえ、時を経てもけして古びることのない、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの音楽のようである。

このような解る者だけが濃密に楽しんでいればいいような物が、何かの拍子にオーバーグラウンドになってしまう瞬間というのがあり、それは実に痛快だ。過去のポップ現象でいうと、1970年代後半のイギリスでのセックス・ピストルズだとか、1990年代初頭のニルヴァーナなどが思い出される。いわゆる良識派といわれれ人々は、アンチ化した。反感の原因は恐怖であり、嫉妬は自己愛が傷つけられた時に生まれる感情である。いずれの場合も、それらが明らかにインパクトやパワーを持っており、それが自分の既存の価値観や安心を脅かす存在だという恐怖を覚えたからこそ、アンチ化という反応が引き出された訳だ。

しかし、現象は理由なく起こる訳ではない。その時代の環境や状況が要請しているからこそ、起こるのだ。先端的な意識はそれに素早く反応し、恐怖ゆえの自己防衛としての反感ではなく、何やらその発生を呼び寄せた原因である閉塞感だとか圧迫感に風穴が開くかもしれない予感に心が躍り、愉快な気持ちになる。当初は批判が多かったセックス・ピストルズやニルヴァ―ナのブレイクという現象は、いまやロック音楽の進化の歴史にとって欠かせなかった事件として記憶されている。

閉塞したクソッタレな世界をぶっとばすぐらいのワクワクする素敵な未来というのは、現状を脅かされたくない保守反動を間違いなく怒らせる。それでも未来は鮮やかに革命していく。カラフルで満ち足りた世界だ。

正直、道重さゆみのことを考察したり分析したりすることには限界を感じはじめているし、そもそもそんなことがしたい訳ではない。ただ、私は道重さゆみに出会い、刺激されながら共に同じ時代を「生き」られている歓びを、世界に向かって、叫びたいだけなのだ。それだけで十分だし、それがすべてだ。

道重さゆみ本人がこのブログを読んでいるようなことはまず無いだろうが、告白してしまうと、相当な時間をかけて、状況の分析や考察を行っている理由というのは、道重さゆみ本人がメンタル的に落ちる要因があるのではないかと推測できる時に、その助けに少しでもなれればという、その思いだけに過ぎない。しかし、もう道重さゆみは私の推測を遥かに越えたところで、覚悟を決めて腹を据えてやっているような気がする。であれば、このような行為にそれほど意味はない。どんな状況になろうとも、道重さゆみを応援し続け、味方であり続けるという、そのことだけで十分なのではないか。

最近、私のブログがきっかけで道重さゆみが好きになったという方の書き込みを掲示板で見て、実に嬉しく思った。私が道重さゆみを知り始めた頃は、「Respect for You」や「Tiara」といったファンサイトからいろいろなことを教えていただいた。そして、読みながら道重さゆみのことを知っていくにつれ、自分にも自分らしいやり方でこういうものができないだろうかと思うようになった。私はハロプロやモーニング娘。のファンではそもそもなかった為、もっと違ったアプローチができるのではないかと思った。しかし、結局こういうところに戻るのだろう。

道重さゆみに新たに興味を持った方の助けになるような情報を提供するような有益性というのを、より持たせてみたい。「今夜もうさちゃんピース」のテキスト起こしは今後も続けていくが、過去の放送分から、道重さゆみの本質や周辺が立体的によく解るような、そんな発言集や大辞典のようなものを作成していきたい。道重さゆみという偉大なる事件の目撃者として、記録者であり研究者でありたいと強く思う。

これまで、結局は赤の他人に過ぎない有名人に殊更に入れ込む人の気持ちというのがよく分からず、おそらく自分とは別種の人間なのだと思っていたし、その一方で、その情熱が羨ましくもあった。しかし、いまは完全に理解することができる。その対象に情熱を傾けることこそが、自分自身最も充足した生であり、その対象を理想とすることが「生きる」ことそのものになる。

とりあえず、道重さゆみを語ることは自分探しでもあり、今後もそういうことを続けていくが、また一方では、道重さゆみの思想・哲学などを体系的にまとめていく仕事にも着手していこうと思う。現在は、「今夜もうさちゃんピース」からお姉ちゃんについての発言だけを抽出したり、初期の放送分からテキスト起こししたりしているのだが、これは完成し次第、公開したいと思う。

それにしても来週は「ロンドンハーツ」もあるが、「少年チャンピオン」の表紙になるんだな。「憧憬」で20年ぶりにアイドルの写真集を買ったが、今度は30年以上ぶりに少年漫画雑誌を買う。道重さゆみのおかげでありえない行動が増えていく、こんな毎日が極度に楽しくて仕方がない。

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道重さゆみちゃんの山口県時代の思い出をまとめてみたよ。

・アサリの中に入っているカニの赤ちゃんを見たことがある。小さい頃に潮干狩りをしていて、よく自分で拾ってきたアサリをお母さんに料理してもらって食べていた。その中に2,3ミリぐらいの小さなカニが入っていて、本当に可愛くて写真などを撮っていた。

・飼っていたハムスターのハムちゃんは寿命がきて、もう飼っていない。肌ざわりなどがとても可愛い。食べ物をこれ以上詰め込めないだろうというぐらい口に詰め込むのがありえない可愛さ。

・長崎ちゃんぽんをよく昔、家族で食べていた。

・小さい頃にお母さんから「私はフランス人なのよ」と言われたことがあり、信じている時期があった。

・山口県といえばフグ。毎年大晦日になると3時、4時に起きて、家族で市場にフグを買いに行って、おばあちゃんとお母さんに料理してもらっていた。フグのお刺身、唐揚げ、鍋などで毎年フグ三昧だった。大晦日になるとフグが食べたいと思う。

・山口県に住んでいた頃は猫が喧嘩する声などが毎晩のように聞こえた。あとは、山口県で猫を飼っていた。山口県には猫が多いと思う。飼っていたのはチェリーという名前の女の子ですごく可愛い。

・山口県のお家の前に畑があり、レタスもあった気がする。

・クリスマスの思い出はもちろんサンタクロース。小さい頃は寝ている間に来てくれて朝起きたらプレゼントがあるというのが毎年恒例だった。ある年、お母さんとお父さんと家族みんなでクリスマス・パーティーをしていたら、ピンポーンと鳴り、誰だろうと思い玄関に行ってドアを開けたらサンタさんがいた。すごく嬉しかったのだが、まだ小さかったので怖くてすごく泣いたらしく、その写真が残っている。大泣きしながらもサンタさんからプレゼントをもらっている。

・山口県のじゃんけんは「じゃんけんもってすっちゃんほい あいこでアメリカヨーロッパ」。「じゃんけんほい」というのはこれの縮小版だと思っていたが、東京の人の前でこれを言ったらすごくビックリされた。

・山口県に住んでいた頃、お父さんの誕生日や父の日にネクタイを贈ったら「こんな高いものつけれないよ」と言われた。さすが消極的だなと思った。お母さんには内緒でお花屋さんに「この日にお花送ってください」と言って送ってもらったりしたが、たまたま家に誰もいなくて翌日になり、切ない感じになっていた。

・毎年、お雑煮をおばあちゃんとお母さんに作ってもらっておせち料理と一緒に食べていたが、お餅をおばあちゃんが手造りしていて焼く前のふわふわのお餅をいつも食べていて、噛まなくてもそのまんま飲み込んでいて平気だった。

・山口県のお家の庭にはコスモスがたくさん咲いていたり、学校に行く間もコスモスを拾いながら行ったりしていた。

・2月といえば節分で豆まき。家では毎年違ったことをしていた。普通に豆をまく日もあれば、お部屋を暗くして豆と一緒にお菓子なども投げて電気を点けた瞬間に兄妹でいっぱい取り合うとかもしていた。ある年、お部屋が結構汚かった。豆をまこうとしたらお母さんに「ダメ。袋ごと投げなさい」と言われて、袋ごと投げた切ない節分もあった。

・小学生の時はすごく地味でおとなしくて静かだった。だからといって勉強も好きなわけでなく、本当にぱっとしない小学生だった。あんまりよろしくないお話だが、ダンゴムシを学校の行き道に持っていって、そのままずっと手の中に入れておいて、授業中なども机の引き出しの中に自分で紙などで箱を作ってダンゴムシのお部屋にしていたり紙ですべり台などを作ってコロコロと転がしたりして楽しんでいるぐらいちょっと変な子だった。今こうやって元気にしゃべっているのが不思議なぐらいおとなしかった。

・軟式のテニス部に入っていた。すごく運動が苦手で体力が全然無くて、お母さんが「絶対運動部に入りなさい」と言っていてすごく嫌だったが、1年生の教室に行ったら先輩達が黒板に「テニス部に入ってね」と書いていて、「あー、仕方ない。入ってやろう」と思ってテニス部に入った。テニス部を見学しにいった時にみんながスコートをはいてやっていた。そのスコート姿がすごく羨ましく、「可愛い~」と思って絶対スコートをはくためにテニス部に入ろうと思ってテニス部に入った。しかし、スコートは練習試合ではなく本当の試合でなくてははけないらしく、その時は見学に1年生が来るからということで先輩達がはいてくれていた。テニスがすごく下手で、スコートをはけずじまいで終わった。1回も試合に出させてもらえなかった。すごくショックだった。結構真面目で毎日朝練も出て、放課後も毎日真剣に汗を流しながら練習をしていた。しかし、たまに来るちょっと不良なサボりがちな人の方が上手くて、その人とかの方が試合に出ていた。前衛だったが、なぜか分からないがいつもボールが顔に当たってすごく痛かった。軟式だが勢いがあってすごく痛くて、いつも泣いていて目がすごく腫れていた。おそらく、ボールを取ろうと思うが、目で追うから体がボールのところに行ってしまいラケットに当てられない。先生がそれを見て「お前、あれだ。顔の前にラケットを置けばいいんじゃないか」と言われて、それをやり出してからボールが当たるようになった。写真集でテニスウェアーが着れた時は嬉しかった。念願のスコートだった。

・小学生の時にあだ名が「みちし原人」だった。いつも男子に「みちし原人」と呼ばれていて、本当にそれが嫌で悲しくて学校に行きたくない思い出だった。

・幼稚園の頃から遠足は教室遠足だったりした。風邪などで休むとすごく晴れたり行ける日は雨が降ったり、楽しみにしていた運動会は日曜日も月曜日も火曜日も雨で中止になったことがある。徒競争に出なければならない運動会がありすごく嫌だったが、すごく晴れた。嫌だなと思っていると晴れる。

・中学校1年生が終わって、モーニング娘。になるために東京に出てきた。友達との思い出とかテニス部の思い出とか先生に怒られた思い出などがすごくよみがえった。空港に先生や友達が来てくれて、我慢していたものが全部出て、すごく泣けてきた。

・山口県の実家で飼っている猫のチェリーはすごく可愛くて人懐こい。最初は捨て猫だったが、最初からすごく甘えてきてくれて可愛かった。お母さんにすごくねだって飼わせてもらった。初めの頃は甘えてきてくれてすごく可愛かったが、最近はご飯が食べたい時だけ甘えてあとは知らん顔で、それがすごくさびしい。一緒に遊びたいのに、チェリーはフンとどこかへ行ってしまう。甘えてきてくれると思ったらお腹が空いているみたいで、それがすごく切ない。

・親におねだりをする時は駄々をこねて「○○買って~」とか言う。昔、お父さんによくやっていたのは「さゆみの目見て」と言ってまばたきをいっぱいするというもの。そうするとお父さんが「仕方ないな」と言う。この技はお母さんには通じない。

・昔から妹か弟がほしくてずっとお母さんに「妹産んで」と言っていて、今でも「欲しいもの何?」と聞かれたら「妹」と言っているが、お母さんは「体力的に無理」と言っていた。「さゆちゃんが産んだ方が早いから」とも言っていた。

・お父さんからもらったダジャレの本を読んでいた。

・小さい頃は歯磨き粉がすごく苦手で、お水だけで歯磨きをしていた。歯医者さんにお話をしたら「ちゃんと歯磨き粉使った方がいいよ」と言われた。味があるのが余計お腹が空いてしまってダメなので、普通の味なしのやつでやっている。

・エアロビクスを習っていて、2回賞を獲ったことがある。体が柔らかかったのでこう言っちゃなんだが結構うまかった。その頃はちょっと特技だった。他にも色々やらせてもらっていて、バレエ、スイミング、英語、絵、ピアノなどを習っていた。実はヒップホップも習っていたが、すごく下手だから恥ずかしくて今まで秘密にしていた.。小学校6年生の頃にはマンツーマンの塾にも通っていた。習い事は色々やっていたが、何も続かなかった。バレエもすぐ辞めて、スイミングもやったのに全然泳げないし、英語もしゃべれないし、絵のセンスも無いし、ピアノもトライアングルしかできないし、塾に行っていたけれど頭もたいしてよくないし。エアロビクスだけ2回賞を取った。

・中学生の頃から髪が長く、肩より髪が長い子は絶対に結ばなければならないという校則があったので、いつも二つ結びをしていた。

・昔から何かと体が弱い。モーニング娘。に入ってからは強くなったが、風邪などをよくひく子だった。お母さんが足の裏のホクロがよくないのではないかと思い、手術しようかと言ったのだが、小さかったのでそれがすごく怖くて「絶対やだやだやだ」と言った。

・国語は一番苦手な方で嫌いだったが、本は大好き。漫画本も好きだし普通の小説なども大好きでよく読んでいたし、お父さんがすごく勉強好きで昔から本はたくさん読まされていた。

・駄菓子屋は本当に好き。小さい頃、近所に駄菓子屋さんがあり、100円玉を片手に握りしめてお姉ちゃんと一緒に行っていた。中でも大好きだったのが水飴。お母さん曰く水飴はものすごく甘いから虫歯になりやすいらしいが、いつもお姉ちゃんと歯医者さんごっこをする時は水飴の見た目が消毒液っぽいので、それを歯にベトベト付けながら食べていた。それでいつもお母さんに怒られていた記憶がある。

・今はお父さんのことを消極的とか言っているが、昔はお母さんよりもお父さんっ子で、いつも肩車をしてもらったりしていた。お母さんには怒られたりしていた。

・山口県にいた頃、結構大きな台風が直撃した。その前の日にお姉ちゃんがお父さんの電球を落として壊したが、怒られるから隠していた。台風で家の中は一切被害がないのに、お姉ちゃんはそれを台風のせいにしていた。しかし、そんなのはバレバレですごく怒られていた。嘘をついたこともまた怒られていた。小学生ぐらいだったが、お姉ちゃんを見て本当にかわいそうな人だな、頭大丈夫かな、普通にバレると思うけどなと感じたのを覚えている。

・夏休みのお昼ごはんは毎日といっていいほどそうめんだった。たぶんお母さんがだったと思うが、本当にそうめんだらけだった。小学校1年生ぐらいの時など前歯が無いと喉に詰まってすごく大変だった。あの夏の思い出は忘れられない。それでもそうめんしか出てこないので、一生懸命喉に詰まらせながら食べていた思い出がある。

・夏休み明けには、トールペイントといって木のような箱などに自分で絵を描くというやつをお母さんとお姉ちゃんとやって出した思い出がある。ほとんどお母さんがお姉ちゃんの分も自分の分もやってくれていた。毎年それだった。手抜きなのではないかというぐらい小学校の間は6年間それだった。

・山口県にいる頃、中学1年生の時に中学校までの道程が自転車通学だった。自転車で行っても30分から45分かかるぐらい遠い中学校だった。田舎なので車がやっと1台通れるぐらいの狭い道もあり、そこを自転車で通っていたら後から車が来て、道を譲ったら溝に落ちてしまい、学校に遅刻した。また、友達の顔を見て話しながら自転車に乗っていたら目の前に電柱があり、ガーンとぶつかってそのまま反動で飛ばされた。自転車が線路に挟まり、抜けなくなった。おばあちゃんが「大丈夫かい。ここはこうすると取れるんだよ」と言って取ってくれた。また、自転車で1人で帰っていたら、花壇の先っちょみたいなところにガーンとぶつかって、自転車がパンクした。まだ学校の目の前ぐらいだったので、重い自転車を押して1時間半ぐらいかけて帰ったこともある。

・毎年、家族で海に行ったら、スイカ割りとパン食い競争を当たり前のようにやっていた。パン食い競争はパンもやるが、小さかったのでパンというよりはお菓子の方が好きで、海に行く前にコンビニでお菓子を買って、そのお菓子を紐にぶら下げて、お父さんとお母さんが端を持って、兄妹3人でくわえて1番に行くみたいな感じだった。誰が優勝というよりは、お菓子がほしいから結局3人とも取れるというゲームだが、すごく楽しかった。海に行けば、そのスイカ割りとパン食い競争の2セットが一番の楽しみだった。

・小さい時からお姉ちゃんとお揃いの服をいつもお母さんに着せてもらっていたが、お姉ちゃんの服が羨ましくて仕方なかった。妹ではお下がりが嫌という子が多いが、自分はそれが嬉しくて仕方なかった。お姉ちゃんの服が着たくて、今でも一緒に着ている。ファッション雑誌は見ない。好きじゃないというのもあるが、ファッション雑誌を参考にしたことがなく、お姉ちゃんそのまんまを着ている。

・小さい頃は○○ごっこというのをいつもやっていた。お医者さんごっことか歯医者さんごっことかお母さんごっことか学校ごっこというのをよくやった。走るのが苦手なので鬼ごっことかが大嫌いで、やろうと言われたらいつも「ちょっとお腹痛い」などと仮病を使っていたが、全然バレていた。お母さんごっこが一番好きだった。赤ちゃん役が好き。なまけるのが好きだからずっと寝ていたい。

・中学校1年生でまだ山口県にいた頃、体育の授業の時に本当に走るのが苦手なので砂いじりをしていた。蝶々が死んでいたので、砂に埋めて木とかを立ててお墓を作っていた。そしたら木が動いて蝶々が飛んでいった。死んだと思って埋めたが生きていた。死んだと思っていたからその蝶々をさわりまくっていた。たぶん蝶々は怖いから死んだふりをしていたのだと思う。それは生きていたんだと思うとぞっとした。蝶々に謝りたかった。

・1番最初に買ったCDはドラえもんの英語を勉強するCD。のび太君が「ねえドラえもん、英語が分かんないよ」みたいな感じから始まり、ドラえもんが「じゃあ教えてあげるね」みたいな感じで、「♪ABCD~」という歌。あとは、「ちびまる子ちゃん」の「♪ピーヒャラピーヒャラ」(B.B.クイーンズ「おどるポンポコリン」)も買った。アーティストでいうとモーニング娘。しか買ったことがなかった。アルバムとかは小学生には高かったので中古で買っていた。

・初めてテレビに映ったのは、6期メンバーの時は国民投票というのがオーディションの時にあって、その時に国民投票で6位だった。10位から1位まで発表するうちの6位で、5秒もないぐらい映った。感動だった。家族中大騒ぎで、ビデオを録っていたが、その5秒を何回も巻き戻してずっと見ていた。すごく嬉しかった。家族がいつも見ているのにテレビのその5秒間を何回も見ているというのが不思議だった。

・運動会が本当に嫌い。山口県は秋の大運動会だったので、夏休みが終わってから運動会の練習があったが、夏休み中ずっと憂鬱だった。楽しい夏休みで過ごしたいのに、運動会が秋に待っていると思うだけで毎年夏休みが嫌で嫌で仕方なくて、夏休みなんか来なけりゃいいのにぐらいに思っていた。運動会は大嫌い。

・コンビニで買物の合計金額が777円になったことがあり、そのレシートをずっと机に挟んでいた。すごく嬉しくていいことがありそうでずっと取っておいていたが、それは山口の時代だったので、お引越しをする時にもう捨ててしまった。

・口紅などはお母さんがつけているのを見て小さい頃から知ってはいたが、自分で化粧を経験したことはなく、初めて経験したのは中学1年生の時。その時、お姉ちゃんが中学3年生で、やはりお姉ちゃんに教えてもらった。まつ毛を上げるビューラーの存在を知ったことにすごい感動した。「まつ毛って上がるんだ」と思った。確かにテレビで見ていると女優さんとかきれいに上がってるなと思っていたが、生まれ持った才能なんだと思っていて、自分には無理と思っていた。ビューラーの存在を知ってすごく感動したのを覚えているし、自分もじゃあ女優さんのような存在になれるかもしれないんだという自信を持ったのも覚えている。

・山口県の車の新車の匂いが好き。もう新車ではないのでその匂いを嗅ぐことはできないが、その新車だった当時はすごく好きで、車に乗るのが楽しかった。

・お母さんやお父さんに昔から雪は汚いと言われていた。よく見たら土とかが混じっていて汚い。

・0歳から2歳ぐらいまですごい可愛くなかった。すごい太っていて、ぽちゃぽちゃしていて全然可愛くない。2歳ぐらいから徐々に可愛くなってきて、今に至ったという感じ。小さい頃の写真はあまり見せたくなくて、アルバムを見ていても全然ときめかない。子供を産んでも自分に似た子供が生まれたら親バカにならないかもと思う、というぐらい可愛くない。

・小学校1年生まではすごくきれいな爪をしていたのに、同い年に憧れている子がいて、その女の子が爪を噛んでいた。すごく可愛く見えて、「羨ましい、爪噛んでるの」と思って、さゆみもそれから爪を噛むようになって、小学校2年生から今までずっと噛み続けていていまだに直らなくて、あの時なんであの子に憧れたんだろうと思う。

・モーニング娘。になる前は、新聞のテレビ欄に「モーニング」と書いてあると、「あ、モーニング娘。が出るんだ」と思うから、ビデオ録画をしていて、ビデオをずっと見ていても出ないので、よくよくちゃんと見てみたら、朝の「モーニング」なんだという感じだった。小学生ぐらいの時にそういうことがあり、すごくショックだった。モーニング娘。が本当に好きで、モーニング娘。の番組を必ず見ていたので、ビデオを録っても映っていなく、しかもニュースとかだったので、小学生からしたらつまらないのをずっと早送りしながら見ていて疲れた。

・おじいちゃん子でおじいちゃんが大好き。昔はおじいちゃんに会うと必ず500円玉をくれていて、それが嬉しくて本当におじいちゃんになついていた。今は本当におじいちゃんが可愛い。おじいちゃんが大好き。

・山口でお姉ちゃんとバスとかに一緒に乗って、「次降りる方はボタンを押してください」となるが、すごくお姉ちゃんは素早い。シャーみたいな感じ。何?というぐらい素早いが、いつも「勝った」とか言う。

・さゆみとお姉ちゃんが通っていた小学校のウサギ小屋の中にニワトリとウサギが一緒に入っていた。

・お姉ちゃんと一緒にボートに乗ると、なかなか元の場所に戻れない。いつまで経っても戻れないんじゃないかとちょっと不安になるぐらい。ゴーカートに乗っても1周できない。ゴーンとぶつかってしまうから、2人で乗ると結局最後は全部係員の人に後から押してもらう。ゴーカートは絶対にもう2人では乗りたくない。

・昔から幼稚園とかに行くと周りがみんな漢字の名前だったので、すごく漢字の子が羨ましくて、平仮名が嫌な時期があった。その頃からずっと「漢字だったら何にしよう」と考えていたが、「さゆ」は「左右」で「美」という字を書いて、全身美しいみたいな感じ。それか「み」を「見」という字にして、左右を見る、周りをちゃんと見れる子という意味で「左右見」でもいいなというのを思っていた。

・サ行の発音が難しくて苦手。サ行よりもタ行の方が滑舌よくしゃべれれので、「お刺身」とかが小さい頃から言えなくて、いつも「おたちみ」になっていた。「道重さゆみ」も「ちし」とか「さ」があるので、「みちしげたゆみ」みたいになる。昔からそれがすごく苦手だった。いまだにそれはそこまで改善されていない感じがする。

・いとこが高知県に住んでいるので、山口から高知県までお姉ちゃんと2人きりで電車とか新幹線とかを乗り継いで、小学生の時に行ったことがある。それはすごく楽しい思い出だが、相手がお姉ちゃんなので妹のさゆみが全部仕切ってやっていた。お母さんも無駄遣いさせたくないからギリギリのお金しか持たせてくれなかった。それは全然よかったのだが、お姉ちゃんが切符をなくした。昔からお姉ちゃんはそういうことがあるから、もしかしたらあるかもしれないと思った。そういうことがあってお母さんに報告する時にさゆみが怒られたくないと思っていたので、切符にちゃんとあらかじめ印をつけていた。切符を少し破いて、自分のだと分かるようにしていた。お姉ちゃんに「ねえねえ、さゆちゃん。切符持ってる?」と言われて、切符が無かった。すごく焦っていてどうしようどうしようとなっていたらお姉ちゃんが「私ちゃんとあるよ」と言って見せたのが破けている切符だった。だからお姉ちゃんは自分が無くしたら怒られるからさゆみのを盗って「私のだよ」とすごくはりきっていたが、さゆみはそうなるのを想定していたので、全部お見通しで「ねえねえねえ」と言って、小学生だったがすごくお姉ちゃんに説教した。結局、椅子の下に落ちていて大丈夫だったが、そんな楽しかった思い出。楽しかったでまとめます。

・「手袋を逆から言って」「ろくぶて」と言わせて6回ぶつ遊びを子供の頃によくやっていて、すごく楽しくて仕方なかった。小さい頃は何もなくても楽しめるあの楽しさが素晴らしいと思う。

・お父さんは消極的な割に小さい頃にはいろんな所に連れていってくれた。一番覚えているのは、宮崎県にある車で5、6時間かかる海みたいなプール。波とかが来てすごく楽しい。ちょうどゴールデンウィークに毎年のように行っていて、すごく楽しかった思い出。いまだに家族ですごく行きたい。それはよく覚えている。お父さんには、普段は消極的だが、そういうどこかに連れていってもらったりとか日曜日は必ず遊んでもらっていた。

・ハムスターを飼っていた頃は、ハムスターがもう綿いらないみたいに綿を小屋の外に出すと、「ああもう春なんだな。暑いんだな」と思った。

・思ったことをパッと言ってしまう。小学生の頃からこの性格で、家族とか親しみのある人とかなら全然大丈夫だが、体育の授業をした時に先生が運動が苦手なさゆみに向かってすごく必死にドッジボールでボールを投げつけるので、すごく怖くて、パッと思い浮かんだのが「大人げない」という言葉だった。何も考えずに「先生、大人げない」と言った。そしたら先生がすごく怒ってしまい、「道重さんはいつも何も考えずにすぐ言葉を発するくせがあるから、10秒頭の中で数えてから発しなさい」と言われて、「はぁー」と思って、小学生の時はその先生に対してはちゃんと意識していたが、最近薄れてきていて、すぐメンバーとかでも「ガキさん、こうですよ」とか言ってしまうくせがあり、「もう、さゆみんは本当に」と言われる。その時にその先生の言葉がすごく頭によぎって、「あ、10秒自分の中で数えて、その10秒の間にこれを言ったら相手はどう思うんだろうということを考えなきゃいけないんだなということを最近改めて感じて、それをやろうとすごく思っている。でも、できない。人への気遣いとか思いやりとかを完璧にできる人間になりたいなと思う。

・昔、絵を習っていた。幼稚園から小学生ぐらいまでお絵描き教室みたいなのに行っていて、結構本格的に絵の具とかは使っていたので、ちょっと得意。

・中学1年生でまだ山口県にいた時、自転車通学で、坂の所は自転車をいつも引いて行っていた。そこはすごく急な坂で、そこを通る時はみんな自転車を押すが、すごく一生懸命ヨレヨレになりながら自転車をこいでいる人がいて、別に普通の光景かもしれないが、さゆみからするとその感じがすごく恥ずかしい光景で、「こんなに頑張るんだ、ここで」「こんなとこで体力使っちゃうんだ」みたいな感じで見ていたことがある。あとは音楽をイヤホンで聴いている人が自分の世界に入ってしまって、鼻歌とかでも聞こえたりする。鼻歌ならいいが、結構自分に酔いしれて、自分の中ではあまり聞こえてないなと思っていても結構すごい大声になっちゃってる人とかをたまに見かけるが、結構さゆみもやっちゃってるのかなと思うと恥ずかしくなる。

・小学校の卒業式の時に、「ピッカピカに光ってた」というようなスピーチみたいなのを1人ずつ言わなくてはならなくて、「ランドセルが」という担当だった。本番で「ランドセル」を「ダンドテル」と言った。

・ランドセルの色は紺色だった。自分でも何で紺色を買ったんだろうとすごく後悔した。キャラクター物のランドセルだったが、そのキャラクターが好きだったから、その時はそれにしか目がいかなくて、色とか何も考えずに紺色にしたが、入学してみて、女の子で紺色は自分しかいなくて、形も普通は縦長だが、さゆみのは横に長方形だった。それがまたすごく恥ずかしかった。ボタンがあるところも普通は下にあるが、さゆみのは上にあった。全部が逆だった。ちょっと変わったランドセルで、すごい恥ずかしくて早く替えたくて仕方なかったのを覚えている。お姉ちゃんが可愛いウサギのマークのランドセルのピンク色だった。それがすごく羨ましくて、自分も同じのにすればよかったのにそのキャラクターにしか目が無くて、それはあまりいい思い出ではない。

・広島に修学旅行で小学生の時に行ったが、その時に本場のお好み焼きを初めて食べたと思うが、すごくおいしかったのを覚えている。すごくお腹がすいていて、友達同士でご飯を食べるというのが小学校の頃は少なかったので、それだけでテンションが上がっていたが、その広島風お好み焼きを食べてすごくテンションアップアップだったのをすごく覚えている。

・山口県時代に冷蔵庫を開けたらお姉ちゃんの携帯が入っていたことがあった。お風呂に落としたらしく、お風呂は熱いので冷蔵庫に入れて冷やしたら直ると思ったらしい。「落としちゃったから冷やしてるんだよね」と言っていた。

・「しゃべらなそう」というのは最近はそこまでイメージにないようだが、昔はよく言われていて、小学生の頃などは、「え?さゆちゃんってこんなにしゃべるんやね」みたいな。学校とかに行っていても、しゃべりかけづらいオーラを出しているみたいで、だからいつも引き出しにダンゴムシを飼って話しかけて遊んでいた。

・小学6年生の時にタイムカプセルを埋めた。20歳の時に開ける。10年後の自分へのお手紙とその時に大好きだったお笑い芸人さん、テツandトモさんのCDを入れた。その時は本当にテツandトモの「なんでだろう〜」にめっちゃハマっていて、山口県の大きいデパートみたいな所にテツandトモさんが遊びにきてくれたことがあって、それにわざわざお母さんと行って、席とかも取って、CDもそこで買って、握手もしてもらって、すごくそれが嬉しくて、小学校6年生の頃だったが、嬉しすぎちゃって、タイムカプセルに何か思い出の品を入れるということでテツandトモさんのやつを入れたが、今考えると、20歳の時にみんなで開けて、「みんな何が入ってた?」という話に絶対になると思うが、その時に「テツandトモさんのCD入れてたみたい」となるとちょっと恥ずかしい。

・ピアノを3歳から小5まで習っていたが、ピアノは全然弾けない。なのに、トライアングルをずっとやらせてもらっていた。小学校1年生か2年生ぐらいの時に「トライアングル」という詩を書いたことがある。「チーン、チーン。氷の音が聞こえるよ。チーン、チーン。ガラスの音が聞こえるよ。チーン、チーン」と、今でも覚えているぐらい簡単な詩だったが、新聞に載った。

・歩きはじめたのは1歳7ヶ月。遅くて心配されていた。

・小学生の頃から、同い年の子よりも大人の人と話すのが好きだった。幼稚園の時にお家でお誕生日パーティーを開いて、お友達とかも呼んで、お友達のお母さんとかもみんな来ていたが、友達の輪に入るよりも友達のお母さんとかさゆみのお母さんが入ってる輪に入っていた方がすごい楽しくて、こっちの方が話題がいいと思っていた。それぐらい大人と話すのが好きだった。

・小6の時に中学受験をしたが落ちた。その時に、普段の学校のテストとかは絶対に落とさないのに、消しゴムを落とした。気合いが入っているからなのか見たことのない人もいるし緊張していたからか分からないが、そんな1番大事な時に消しゴムを落として、あんなに緊迫したムードの中で小学校6年生の女の子が「すいません」と手を挙げて、先生に「あの、消しゴム落としたので取ってください」と言う時の恥ずかしさはもう本当に恥ずかしい。

・小学校1年生の時、ベッドを初めて買ってもらった時に「わーベッドに寝れる」と思って、ベッドで上を向いて寝たが、上にたぶんドーンと乗った時の振動で天井から小さい虫が下りてきて、それが目の中に入った。それで目がパッチリ覚めてしまい、泣きながらお母さんのところへ行った。鏡でベーとしながら目を見ると、ちょっとグロい話なのだが、虫が目の中でバラバラ事件だった。小学生の時はダンゴムシと友達だっただけに、「虫がかわいそう」という方に走ってしまい、本当に切なかった。

・中学1年生の時に自転車通学で、夕方の部活帰りに電気のところに虫がたかっていた。あろうことか自転車で目をパッチリ開けながら突っ込んだ。小さい虫たちが片目に2匹ぐらい入った。目をグシャーッとして、どうしようどうしようと1人で焦っていた。

・昔はお兄ちゃんと一緒にお風呂に入っていた。今はさすがにないが、小2ぐらいまでは入っていた。お兄ちゃんとは5歳離れている。お兄ちゃんが中学1年生の時に一緒に入ってもらえなくなってすごくさみしかった。毎日兄妹3人とかで入っていたものを、お兄ちゃんが中学校に入ったぐらいから一緒に入らないと言い出した時に、すごく悲しかった。なんでいつも一緒に入ってくれたのに一緒に入ってくれないんだろうというそのさみしさをすごく覚えている。

・小さい頃にシンデレラに憧れていて、ずっとシンデレラになりたいとか、「美女と野獣」の役になりたかったりとか「アラジン」の女の子の方とかにすごく憧れていた。昔からドレスがすごく着たくて、お母さんに作って作ってと言って、お母さんが夜な夜な手作りで作ってくれたことがある。もちろん今衣装で着させてもらえるような素晴らしいドレスではないが、すごく嬉しくて、毎日のように着ていた。幼稚園から帰ってきたら幼稚園の制服を脱いでそのドレスに着替えていつもシンデレラごっことかをしていた。

・赤ちゃんの頃はすごくブサイクだった。写真とか見ても、赤ちゃんは結構兄妹みんな同じ顔に見えるが、お母さんとお父さん曰く、帰りに本当にさゆちゃんは一番可愛くなかった」と言われて、3人目だったが、お家に連れて帰った時に、隣の子と間違えたんじゃないかと思うぐらい可愛くなかったらしく、顔自体はすごく嫌だったと言っていた。段々可愛くなってくれて、「あ、うちの子だ」と思ったらしい。本当に大人しくて、性格というよりはずっと寝る子で、今でも本当によく寝るが、小さい頃からよく寝る子だったらしく、そのおかげで絶壁で、右側がすごくへこんでいる。

・バッタとカマキリを一緒に飼っていたら、カマキリがバッタを食べてしまった。あれは本当にかわいそうだった。茶色いカマキリと緑のカマキリを2匹入れていたら、茶色いカマキリが緑のカマキリも食べてしまい、それも小さいながらにすごく衝撃を受けていた。あとすごく好きだったのはカブトムシとクワガタ。森みたいな所に行って木にハチミツを塗っておいて、夜中に取りに行って、カブトムシとクワガタが集まってきていて、それをお父さんと一緒にそれを捕まえて、ゼリーとかを与えてお家でずっと飼っていた。結構そういう男の子の遊びみたいなのを、トンボ取りとかセミ取りとかも大好きだったし、活発だった。

山口県にいる時で小学生ぐらいだったが、日曜日にツバメが入ってきてすごくびっくりした。その時、夏だったのでソーメンを食べていた。お父さんが出ていくように仕向けて、ちゃんと全然大丈夫だった。お家の中で天井もそんなに高くなかったので、すごく至近距離で檻とかもない中で初めてツバメを見た。

・小さい頃はカマキリとかを素手で取っていた。カエルとかはペタペタ触っていた。蟻とかも手で潰していた。今は蚊ですら触れなくて血を吸わせるしかない。

・山口県で小学校の時は珍しい給食というのは特別にはないと思うが、セレクト給食というのがあった。デザートとかをプリンにするかゼリーにするかとかチーズケーキにするかチョコレートケーキにするかとか、すごくそういうのがあって、苺かブドウかとかすごくその時期が楽しみで仕方なくて、どっちにしようと言っていた。セレクトは小学生のうちは自分が食べたいというものよりはひとが多い方に行く。プリンかケーキかという時があり、自分の中では断然ケーキだったが、クラスの半分以上がみんなプリンに手を挙げた。ここでケーキで手を挙げたらなんか自分だけ違うくて恥ずかしいと思って、プリンに手を挙げたのをすごく覚えている。結局プリンもおいしかったのでいいのだが、あの時ケーキにすればよかったという思い出があってすごく覚えている。給食は必ず自分の教室で食べるが、1ヶ月に1回だけすごく広い所で食べさせてくれる。交替交替だが、1ヶ月に1回広い部屋みたいな所で食べさせてもらえる。居間みたいな所で、すごく高級そうな部屋で宮殿みたい。映画とかを見ながら食べる。小学校の時は給食時間が30分ぐらいだが、30分以上取ってくれる。そこにそのクラスだけ移動して、「今日は優雅に食べましょう」的な感じ。宮殿みたいな所が学校の中にあった。宮殿は言いすぎだが、教室以上に広い所があって、机とかも勉強机じゃなくてちゃんとしたしたきれいな机で、そこで1ヶ月に1回贅沢をしましょうみたいな感じであって、その時はすごく楽しみだった。しかし、その時に限って自分の嫌いな給食だったりしてテンションが下がったりしていた。すごくそのようなお遊び的な感覚がすごく楽しかったのを覚えている。

・一番好きなかき氷の味は断然、苺。小さい頃からずっと苺で、あんまりレモンとかメロンとかブルーハワイとかにそれたことがなくて、ずっとそこは一途の気持ちでいる。練乳付きならなおいい。苺ミルクだったら最高。すごく好きだし、お家でもかき氷機がある。東京に来てからはないが、山口県の家にはあって、よくお姉ちゃんとかとガリガリやっていた。すごく楽しい。

・山口県にいる時は1週間に1回だけ兄妹の誰かがお風呂掃除をしなければいけない日があって、その時は誰がするかということになって、いつもジャンケンで決めていた。ジャンケンをして3回勝負して負けた人がすることになっていたが、結構それが3週間続けて同じ人とかになっていた。だからそれはもう当番ということにして、1週間ずつということになっていたのを覚えている。あとは、お友達がお部屋に来た時は部屋を勝手に開けないとか、暗黙の了解のルールはあった。中学1年生と3年生で、お姉ちゃんと学校が被っていたが、また、そこで絵の具とかを忘れ物をした時は姉妹で嫌がらず貸し借りはしようねというルールがあった。

・小学4年生の時、夏休み前にプールのテストがあって、20メートルか15メートルぐらいの区切りがあって、それ以上泳げない子は夏休み中に補習があった。夏休み前のテストで、なんと4メートルしか泳げなかった。それも必死で泳いで、結構行ったんじゃないかと思う時に足をついたら4メートルだった。もちろん補習だったが、その補習で20メートルぐらいまで泳げるようになった。しかも2,3回の補習で。その時期は補習の子が結構多かったので、生徒5人に対して先生1人ぐらいで教えていたが、さゆみはありえないぐらい泳げなかったので、マンツーマンで習い、その年で一番成長した人になった。

・小学校3年生の時に自転車教室というのが学校であって、絶対にその時までには補助輪を外さなければいけなかった。外さなければいけないというよりは、補助輪をつけてくる子がいないとお姉ちゃんやお兄ちゃんから聞いていた。そのため、小3までには絶対に補助輪を外さなければというプレッシャーがすごくあり、すごく頑張っていた。さすがに幼稚園のうちには乗れず、小1の初めぐらいにちゃんと乗れるようになった。案外早かった。近所に妹のように可愛がっている子がいたが、その子が小3までずっと補助輪ありで乗っていて、初めて自転車教室に補助輪を両方つけて4輪車で行った子がいて、結構恥ずかしい感じだった。中学生の時はヘルメット着用で、ちゃんと首の下のパッチンもしていた。パッチンを外しているだけでノーヘルメットといって、自転車を1週間使ってはダメみたいなそういう規則で、すごく厳しかった。先生がいる前だけじゃなく、どこで見られているか分からないので、絶対にヘルメット着用で、雨の日はカッパで、自転車通学ではいい思い出がない。

・ときわ公園のペリカン、カッタ君は本当にアイドル的な存在だった。ときわ公園とお家が近かったので、よくおばあちゃんにおんぶしてもらって遊びにいったりとかしていて、カッタ君とはしょっちゅう会っいた。ペリカンは嘴の中に歯が無い。だから噛まれても全然痛くなくて、よくお父さんに「頭入れな」と言われていて、頭を入れてパカッとやってもらったりしていた。そのカッタ君が亡くなったと聞くとすごいショック。山口の一番仲がいいお友達から「カッタ君死んだんだって」というメールをもらって、すごくびっくりした。すごくショックで信じられない。カッタ君は自分の人生の中でいて当たり前みたいな感じで、小学校とかも運動会とかでカッタ君が校庭に下りてきて一緒に運動会に参加してもらったりとか、普通に中学校とかも校庭に下りてきてくれて、カッタ君が校庭にいる状況で体育をやったりとか、中1の時にテニス部だったが、テニスコートに下りてきてくれた時は超ラッキー。ボールとかも食べるのでテニスが中止になった。先生も「今日はカッタ君がいるから部活やめようね」と言ってくれていたので、「カッタ君、ぜひ来て」という感じだった。カッタ君とはそういう思い出がいろいろあるので、すごく切ない。でも、さゆみ以上にカッタ君の妹のペリーナちゃんが今どんな気持ちなのかすごく切ない。

・山口県のお家ではモーニング娘。のポスターとか石川さんのポスターとか高橋愛ちゃんのポスターとかいっぱい貼っていた。まだ小学生だったので、落書きしたりとかヒゲとか書いたりもしていた。東京に来てからすぐは部屋中アイドルのポスターでいっぱいだった。モーニング娘。に入ったばかりだったので、高橋愛ちゃんとは本当に仕事としてのグループというよりはファン的な目線だったので、普通に毎日仕事でも会ってるのに、お家に帰ったらポスターも貼ってあったし、あとは普通にアイドルの子のポスターを貼ってあって、小倉優子さんのポスターやカレンダーとかもずっと貼っていた。カレンダーは1月、2月とか終わったらはがしていくが、1月、2月とかの写真が気に入っているとまたそれも貼って、また新しい月とかもやっていくので、どんどんカレンダーやポスターが増えていった。東京に来て1回お引越ししたが、引越す時にそういうのは卒業しようと思って卒業して、今は全然ポスターとかは貼っていなく、人形で散乱している感じ。

・さゆみの、もう本当に地元に近いといえば、やっぱりときわ公園がすごいぜひ行ってほしいなと思うんですけど、まあ普通の遊園地とかと比べると全然ちょっと...ちょっと壊れかけでちょっと怖いジェットコースターとか、あの、ジェットコースターとしての怖さは全然ないんですけど、いつ壊れるんだろうっていう怖さで怖いなっていうのはあるんですけど、まあでも絶対壊れる心配はないんですけど、そういう恐怖感を味わえるジェットコースターにも乗ってほしいなっていうのと、あとやっぱりときわ公園には遠足で何回も行ったりとかしてるので、そういうさゆみの思い出も詰まってるので、まあさゆみの思い出で行ってもちょっと意味ないかもしれないんですけど、ぜひぜひ行ってほしいなっていうのと、あと全然地元じゃないんですけど、さゆみのお家からでは車ではまあ2,3時間ぐらいかかっちゃうんですけど、下関の、あの、フグをぜひ朝市で...朝市?あの、朝4時ぐらいに行って新鮮なフグを、はい、ぜひぜひ食べてほしいなっていう気持ちはありますね。はい、山口県は本当にいい所です。

・夏休みは基本好きなんですけど、嫌な夏休みの思い出といえば、あの、毎年家族ですごいいっぱいいろんな所に出かけてたんですよ、山口県の時。でも、お姉ちゃんが7月20日の夏休みの初日に腕の骨を折っちゃって、もう初日からプールに行ったんですけど、家族...あ、海か。海に家族みんなで行ったんですけど、あの、もう波のすごい...小っちゃい波でコケて、全然浅い所でコケてでんぐり返しして、骨を折って、で、8月31日にギブスが取れるという奇跡の夏休みを過ごしたんですよ、お姉ちゃん。なので、その年はもう全然海とかも遊びにいけなくて、骨折ったのに手術までしたんですよ。でもすごい大変で、お母さんが病院で付きっきりで、で、さゆみも1人で毎日100円ずつもらって、まあポッキー買いにいったりしていて、すごいなんか切ない夏休みだったんですよ。だから嫌な夏休みの思い出といえばそれだなと思います。

・さゆみのお兄ちゃんが、あの、寝顔すっごいひどいんですね。本当に白眼...白眼じゃない、半眼なんですよ。で、さゆみも半眼で、お兄ちゃんとさゆみの寝顔が一緒だって言われるんですけど、お兄ちゃんの寝顔を見て一緒だって言われるのはすごい嫌だなと思うぐらいひどいんですけど、お兄ちゃんの寝言で1回、あの、「サッカー部員を集めます」っていう寝言を聞いたことがあるんですよ。さゆみ、すごい面白くて、あの、確かにお兄ちゃん、小学生の時にサッカー部で、あの、中学校になったら陸上部だったんですけど、「サッカー部員を集めます」っていう寝言を聞いた時はすごい面白かったですね。

・さゆみがすごい恥ずかしかったのは、あの、なんか、トイレに行った後に後前逆とかだったらいいんですけど、スカートが、あの、パンツに入ってて、パンツが丸見えだったんですよ。これ、あの、結構前だから、まだ結構、あの、中1とか、まだモーニング娘。に入るか入らないかぐらいだったので、山口県の時の話なんですけど、本当に恥ずかしくて、で、しかも自分で気付いたので、自分で気付くまでに絶対人に見られてるはずなんですね。相当恥ずかしかったですね。

・お兄ちゃんが1回、ミートボールってあるじゃないですか。お弁当とかに入れる。あれって袋の中に入れたまま茹でなきゃいけないのに、袋から出して、あの、茹でたことがあるんですよ、お兄ちゃん。それはちょっとお母さんが結構びっくりしましたね。「何やってるの?」っていうような反応をしてたので、それをちょっと...さゆみも、その時、お兄ちゃん、まだ小っちゃかったとは思うんですけど、さゆみが覚えてるくらいなんですけど、なので、さゆみ結構小っちゃいながらお母さんがその絶句姿に、はい、衝撃だったのでよく覚えています。

・一番初めのきっかけっていうものがよく分からなくて、本当になんか、当時というか、さゆみが小学4年生か5年生ぐらいの時に本当に結構周りで流行ってて、テレビ番組とかでも、いっぱいモーニング娘。が出てて、こうなんか「LOVEマシーン」とかもすごい流行ってて、こう学校とかでもそういうイベントとか、なんか文化祭的なものがあったら、そういうモーニング娘。の曲をみんなチョイスしてたし、あの、紅白勝ての...何だっけ、あ、運動会とか...でも、モーニング娘。のそういう応援歌とかでもモーニング娘。を使ったりとかもしてたので、すごいそういうなんか、自然な流れでモーニング娘。を知ったんですけど、好きになったきっかけはやっぱりテレビとかを見て、こうオーディション番組とかを見て、すごいみんながすごい頑張って、涙しながらもモーニング娘。に入りたいって思ってて、そのモーニング娘。に入りたいって思わせるモーニング娘。ってすごいなと思って、さゆみはすごい好きになったんですけど、こうでも、より好きになったきっかけはやっぱり、兄妹がやっぱり好きな物って一緒になって好きになるというか、なんかお姉ちゃんが好きだと、さゆみだって好きだもんっていう気分になったりするので。まず1番はお兄ちゃんがモーニング娘。のファンだったんですね。で、なんか、結構、あの、その当時はプッチモニのファンで、お兄ちゃんが。市井紗耶香さんがすごい好きで、お家になんかポスターとか、あと、プッチモニ写真集とかもあって、なんか、すごいエッセイとかもなんか、エッセイっぽいものとか、なんかCDとかもあって、すごいそれをお兄ちゃんに借りたりとかして、あの、一緒に聴いたりとか、で、さゆみもモーニング娘。のCD買ったらお兄ちゃんに貸したりして、そういのを...があって、すごいもう...すごいモーニング娘。に...が好きってなって、もう入りたいに変わって、モーニング娘。に受けたんですけど、はい、そして今ここでこんなお話をしてるんですけど、はい、いろんなことがありました。

・さゆみ、あの、テトリスとかすごい得意だし、ぷよぷよも、あの、昔、あの、なんかご飯屋さん...山口県のご飯屋さんで、なんか、あの、大人と子供が、あの、どっちともが行っても楽しめるような所があって、あの、大人のメニューもあって子供が好きそうなメニューもあって、大人がしゃべってる間に子供が遊べるようにゲームがたくさん置いてる所があって、で、ぷよぷよがあって、そこでいっつもぷよぷよをしてて、すごい好きだったので。

・お姉ちゃん、絵を描くのがすごい好きで、絵が上手なんですよ。なんか可愛いんですね、少女マンガとか、すごい上手で、絵をたくさん描くんですけど。で、ノートとかはまあ、その、全然、まだ自分の物だったらいいじゃないですか。あの、山口県の地元のさゆみの部屋のドアに大きくクレヨンで、ドアに絵をめっちゃ描かれたんですよ。で、さゆみ、その頃、アーティストの19(ジューク)さんっていたじゃないですか。もう解散しちゃった方達...がすごい好きで、で、その人達の歌詞とかがすごい好きだったんですよ。その歌詞をクレヨンで全部描かれて、ドアに。で、さゆみ、ちょっとびっくりしちゃって。え?何で描いたの?...で、すごい一生懸命雑巾で、さゆみがね、拭いたんですけど、消えないんですよ。だからもうずっと、もうドアをいつでも閉めないで開けっ放しにして見えないようにしてたんですけど、で、あの、久しぶりに山口県に帰る時に、あの、お父さんは、あの、自分のリビングしか使わないから、さゆみの部屋を掃除してないから、あの、ちょっと虫とかわいてたら嫌だなと思って、お掃除屋さんに頼んで、あの、さゆみが帰る前にきれいにしといてもらったんですよ。そしたらきれいに消えてて、本当ありがとうございますと思いましたね。あの、絶対、自分の力じゃ消えなかったですもん。どんなに洗剤とかしてても消えなかったんで。もう本当いい迷惑だなと思って。なんでそれをクレヨンで描いたのかもいまだによく分かんないんですけど。まあ、そんなことがありました。

・あの、小さい頃の話なんですけど、さゆみ、実は、あの、お姉ちゃんだけに教えてあげるね、さゆみね、幽霊なんだって言ったことあるんです。そしたらお姉ちゃん、本当に怖がって、泣きだしちゃったことがあるんですよ。まあ、本当にもう幼稚園とかの話なんですけど、その頃からさゆみっていたずらっ子なんだなって思いますけど。すごいね、覚えてますね、それは。

・小学校3年生の時に、さゆみ、あの、盲腸になったんですよ。で、盲腸になった時に、1日に8本から10本ぐらい注射を射したんですね。でもうすごいそれで痛かったのに、あの、もうこれ以上注射射したくないっていう時ぐらいに、どう見ても新米の看護婦さんが...看護師さんが、さゆみの注射の担当をしたんですけど、あの、ありえない注射じゃない痛みをしたんですね。で、もう手がすごい震えてて、その看護師さんの手が、で、これ絶対失敗だって小学校3年生ながらにすぐ分かったんですよ。で、もう本当に痛くて、どうしようって感じだったんですね。そしたら、でも、看護師さんの方がどうしようってなってて、でもその看護師さんが取った行動は、何事もなかったかのようにしれーっとゆっくり注射器を抜いて、何事もなかったかのように去ってって、ベテランの看護師さんにコショコショって何かを言ったら、まあベテランの人が来てくれて、注射を射してくれたんですけど、そういうことがあったから、さゆみ、注射が大の苦手なんですね。

さゆみ達は、あの、恒例なんですよ、しし座流星群の日に流れ星を見にいくのが。あの、山口時代からいつもどんなに次の日、朝、あの、お父さんがお仕事あっても、あの、お母さん家事が残ってても、さゆみ達学校があってもですね、絶対にみんなで朝4時とか3時ぐらいには、あの、外に行って、公園とか行って、みんなで見るっていうのが恒例だったので、東京に来てもそれをやろうって言って、この時はやったんですけど、山口では見れるものが東京では、まあ天気も悪かったのかもしれないんですけど、見れなくて、それどころか星もたぶん全然見れなかったんだろうけど、で、まあ、その反動って言うのは、まあ、たぶん言い訳でしょうけど、その後お姉ちゃんと2人でコンビニ行って、まあいろいろと食べて楽しかったんだろうなっていうのがすごい、はい、伝わってきて、で、その後すぐ寝て、で、あの後、2人でお風呂でゲームしたんだろうけど、あ、まあすごい楽しそうな風景が思い浮かぶんですけど、その流れ星なんですけど、さゆみ、山口県でその流れ星を見た時に、本当に感動しましたね。数えてたんですよ、最初。100個超えて、1日に。すごいって思って、メチャメチャすごいと思って、もうその時も...その時は日記とかつけてなかったんですけど、あの、作文を書いて、先生に提出したのを覚えてた...覚えてるんですけど、本当に感動して、100個超えて、あの、だから100個超えたから、あの、区切りがいいからそれからは数えなかったんで、最終的に何個見たかは覚えてないんですけど、でも、100個超えたっていうのはすごい覚えてて、で、その時にすごい、あの、お願い事とかしたりとかしてたんですけど、で、小6の時は、お願い事に、もう...あの、受験をしたんですよ、さゆみ、中学受験を。なので、受験受かりますようにってね...流れ星さんにお願いして、まあ落とされちゃったんですけど、まあ流されちゃった感じですけど、受験も。でも本当に、でもそのおかげでさゆみ、中1の時に、あの、モーニング娘。受かったと思うんですよね。その時に、さゆみ、たぶん、あの、受験に受かってたら、モーニング娘。に入ってないと思うので、ああ、なんかそういう流れで、うーん、来たんだなっていうのをすごい思いますね。

・あの、うち、山口県で、あの、目の前に畑があったんですよ。おばあちゃんが栽培?してる畑なんですけど。で、あの、そこに毎年、イチジクができてたんですけど、イチジクを2人でお腹がすいたらよく取りにいって、その場で食べてたんですけど、あの、熟してて、熟し以上までいくと、蟻が寄ってくるんですよ、甘いから。で、さゆみはその蟻を上手によけながら食べてたんですけど、お姉ちゃんは蟻も...お腹すいてるから、お菓子感覚で蟻も一緒に、「おいしい」とか言ってて、でもなんかいま、なんか、で、イチジクって種がいっぱいあるから分かんないんです、本当難しいんですよ。だからさゆみも、蟻をよけたつもりでも、もしかして一緒にゴックンしてたかもしれないけど、お姉ちゃん、もう何も考えずに普通に、いっぱいついてるだろうに普通に食べてたから、子供ながらにその映像っていうか...鮮明に覚えてるんですよね。映像じゃないか、その情景を。

・さゆみ、小学校2年生の時の担任の先生の字が大好きで、すごい可愛かったんですよ、黒板に書く字が。可愛いしきれいで、読みやすくて、それにすごい憧れて、なんか、その先生の真似をしたので、だからたぶん、憧れる人の真似をすれば、うん、それに近付けると思いますね。だから、そうですね、先生...先生はすごい上手できれいなんですけど、真似しようと思ってこういう字になったんですけど、真似しきれてない状態ですね。

・なんか、結構みんな、モーニングのメンバーって、タオルとか、ちっちゃい頃から使ってて、これがないと寝れないとかいう子、いるんですけど、あんまさゆみ、ないんですけど、絞り出して言えば、小学校1年生の時に東京に遊びに来た時に、あの、その時に東京の限定のシャーペンを買ったんですよ。それをいまだにたまに使う時があるぐらいで、本当になんか、意外と小さい頃から使ってる物って無くて、でも、山口県に久しぶりに帰った時に、すごい懐かしいちっちゃい頃から使ってるマグカップみたいなのがあって、それでお茶を飲んで、なんかホッとしましたね。なんか嬉しくなりました。あ、昔っからのやつだ、と思って、懐かしいな、と思って。そういうのはすごい嬉しかったですね。

・あの、家の中でスイカ割りを毎年やってて、あの、スイカを普通に買ってきて、お家の中で、新聞紙敷いて、スイカ置いて、で、まあ目隠しして、棒も、あの、棒を、あの、さゆみ、お家の前がすぐ海だったんですよ。で、そこで、なんか、木みたいなやつを拾ってきて、結構でかいやつ。それで、お家の中でスイカ割りはやってましたね。家族でで...でも、あの、お父さん抜きの家族でやってました。あの、でも、お父さん、怒るんですよ、あの、さすがに、あの、しかも、あの、やっぱ、部屋...あの、目隠ししてるわけですから、ちょっと、あの、花瓶とかはよけるんですけど、でもちょっと危ないじゃないですか。でも楽しいからやろう...やりたいねっていうことでやってたんですけど、しかもなんか、海の夏にやる、海の浜辺でやるスイカ割りよりも、余計ドキドキするんですよ、なんか。狭いし、コケたりとかできないし、なんかその緊迫感が結構好きで、よくやってましたね。うん、楽しかったですね。

・学校のね、行き道にね、ドクバナがあるんですよ、山口。山口っていうか、家からの、その小学校行くまでに、ドクバナがあって、「これさわったら死んじゃうよ」ってすごい友達に言われてて、絶対さわらないようにしてて、1回、、さゆみ、さわったことあって、まあ、生きてるからいいんですけど、すごい必死に手洗ったことがあって。そのドクバナね、東京で見たことないんですよ。ドクバナってなんか、東京で見たことないんですけど、本当、山口には
いっぱい咲いてたんですけど、ピンクの花ですごい見た目可愛いんですけど、中にある、あの、花粉が入ってるところが真っ黒なんです。で、みんながドクバナ、ドクバナって、あの花粉をさわると、なんか、死んじゃうみたいなことみんなが言ってて、すごい気を付けながらそのドクバナの前を通ってたんですよね。懐かしい。

・あの、さゆみ、中学1年生の時、地元、山口県では、テニス部だったんですけど、で、その時に、3年の先輩が、あの、どっか行く時に、まあ、どっか行くっていうか、引退する時に、あの、さゆみ、本当にテニス部辞めたくて、羨ましくて、もう一緒に行きたくて仕方なかったですね。もうなんか、もう、あの、テニス部に入ったのも、スコートはきたくて入ったし、あとは、運動系にお母さんが体が弱いから運動系に入んなさいって言われて、仕方なくもう、テニス部に入った感じだったんで、もう、でも、1番ヘタで、1人だけ、あの、新人戦なのにスコートがはけずじまいで終わったし、なんかもう、さゆみも一緒に引退したくて、だからもう、羨ましくて、なんか「先輩、待って」っていう感じでしたね。「さゆみも連れてって」っていう気持ちでした、その時は。

・実家にいる頃はちっちゃい頃の覚えてない頃の写真を見ても、やっぱ3月3日とかの時期になると、ひな人形の前で撮ってる写真だったりとか、あと、覚えてる限りでは、幼稚園から小学校の高学年いく手前ぐらいまでは毎年ひな人形を飾ってて、なんかきっかけもなく出さなくなったんですけど、あの、うちのは7段?ですね。結構大きくて、でもお姉ちゃんのためにおばあちゃんが買ったらしくて、でまあ、さゆみのっていいうよりはどっちかっていえばお姉ちゃんの的な感じだったんですけど、まあ姉妹で一緒に出してたんですけど、まあ...この、ひな人形を出すにあたって、なんか、すごい...お部屋に出すんですけど、ひな人形のその階段じゃないですか。それをなんかよく分かんないんですけど、そのひな人形を出すにあたって、絵本ですごい後を持ちかかえてたんですよ、その階段を。だからその時期になると、すごい家にある大量の絵本をそこの部屋に持ってって、その時期になると絵本が読めなかったんですよ。その階段を持ちこたえる?...あ、支えるために。だから、その時期、読みたい絵本が読めないっていうのがすごい嫌で、早く片付けてほしかったですね。それをすごい覚えてます。だからたぶん...たぶんなんですけど、金具がたぶんどっか無くなってて、持ちこたえれなくて...持ちこたえるって絶対おかしいですよね?...持ち支えれ...あ、支えれなくて、こう...あの、その絵本で支えてたので、それはちょっとあの...あんまりいい思い出じゃないんですけど、まあみんなで歌とか、ひな祭りの歌とかも幼稚園で歌ったりとかして、楽しかったですね。

・昔、あの、小さい頃に、あの、小さい頃っていっても、もうさゆみとお姉ちゃんは小学生だったんですけど、あの、すごい自分達の妹かのように近所の子ですごい可愛がってる幼稚園生ぐらいの女の子がいたんですけど、で、その子と一緒に、あの、で、親は違うお隣の部屋で、あの、ホテルに泊ってて、で、子供達3人で、あの、ホテルに泊ってたんですよ、旅行しにいった時に。その時、そこがオートロックだったんですね。で、あの、まあさゆみは別にそんなにそれに参加してなかったんですけど、お姉ちゃんがすごい大人ぶってて、なんか、あの、その子に対して、なんか、あの、なんか、夜怖くなったら、あの、私のこと起こしていいからねみたいなことを言ってて、なんか、すごい、じゃあ、でも私も寝るからとか言ってて、あの、もし怖くなって、あの、起こす時の練習をしようとか言ってて、で、ねえ、お姉...起きてみたいな練習をさせてたんですよ、その子に。で、いざその子が寝ちゃったんですね。そして、で、さゆちゃん、ちょっとさ、ジュース買いにいこうみたいな感じで、オートロックなのに、あの、その子1人残しちゃって、ガチャって閉まっちゃったんですよ、鍵を持ってなくて。で、あの、どうしようってなるじゃないですか。で、その当時もちろん携帯とかも持ってないし、携帯電話とか。で、で、その子に練習までさせといたのに、さゆみとお姉ちゃんは仕方なしに隣のお母さん達がいる部屋で寝たんです。本当かわい...でも、その子は無事、次の日、あの、全然、あの、ちゃんとぐっすり、旅行で疲れてたし、起きなかったんですけど、もし起きてたらねえ、本当騙されたと思いますよね。練習までしたのに、あの人達どこ行ったの?と思いますよね。そんなことがありましたね。あとは、あの、まあこれ、お姉ちゃんというかお母さんなんですけど、あの、お母さん、山口にいた時はよく運転を...車の運転をしてたんですけど、あの、鍵を中に入れっぱで鍵を閉めてドアを閉めちゃって、開かなくなって大変だったこととかは、あの、結構しょっちゅうありましたね。覚えてる限りでも3回ぐらいあったので、小さい頃だったので、もっとある気がしますね。なので、お母さんの血を引き継いでるお姉ちゃんは何かしらありそうですね、免許取り中ですし。怖い限りです。

・さゆみ、すっごい今、思い出したんですけど、中学1年生の時とか小学生の時って、携帯電話持ってないから、お家に友達にかける時とかって、あの、「道重ですけど、あの、○○ちゃん...カナちゃんに替ってもらってもいいですか?」って言うのってすごい緊張するじゃないですか。なんか今、それをすっごい思い出しましたね。あの瞬間ってすごい嫌ですよね。なんか、普段、こう、小学生中学生って大人と関わらないじゃないですか、学校の先生ぐらいしか。なので、あの、友達の親と電話出たりされるっていうのがすごい緊張してましたね、はい。

・このペンギン村は、さゆみもよく「Dr.スランプ」を見てて、「あ、ペンギン村ってあそこのペンギン村と名前一緒だ」と思ってたんですけど、よくそこのペンギン村には友達が...小学校1年生の時の友達が、あの、ペンギン村の近くに住んでて、だからよくペンギン村には遊びにいったりとかしてて、で、あの、ペンギン村の近くに海があるんで、よくそこで花火とかもしてて、で、あの、そこ、ペンギン村でやった花火が、あの、ねずみ花火ってあるじゃないですか。ねずみ花火ってこう...あの、投げたら、なんか、なぜか人間についてくるじゃないですか。それがすごい面白くてずーっとやってたんですよ。で、そのねずみ花火を、ちょっと危ない遊びなんですけど、そのねずみ花火を海に投げたらどうなるのかっていうことを、お姉ちゃんと一緒にやったんですよ。で、ねずみ花火を、火点けて、シャーって海の中に飛ばしたら、海の中に一瞬入ったのに、戻ってきたんですよ。これ本当にすごくないですか?沈むと思うじゃないですか。でも、戻ってきて、めっちゃめちゃ怖かったんです。シューって戻ってきて、こわってなって、めっちゃ、あの、大騒ぎしたんですけど。まあ、そんな、ペンギン村には楽しい思い出があります。

・恥ずかしかったのは、あの、学校で初めて0点を取った時ですね。めっちゃめちゃ恥ずかしいんですよ。こうやってよくマンガとかテレビって普通に0点ってあるじゃないですか。でも、実際0点って逆に難しいと思うんですよ。算数です。しかも算数、一番得意なんですよ。本当にショックで。なんか、あの、まあ、しかも、あの、確かに算...今回のテスト難しいなって言って、手ごたえが無かったんですよ。でも、まさか0点っていう、しかも真面目に取り組んで0点だから、本当に恥ずかしくて、それでやっぱ小学生の時だったから、こう、なんか、男の子とかって0点の子がいたらやっぱ茶化すじゃないですか。で、もう本当に見られたくなくて、めちゃめちゃ必死に隠してましたね。でも、あの、そういうテストとかって直して、また100点になるまで、先生に出しにいかなきゃいけないじゃないですか、何回も。で、もう、その100点になるまでがすごい時間かかって、もうそれは本当に真剣に恥ずかしい思い出ですね。しかも、まだ小学生の頃って、さゆみ、結構まだ、あの、ダンゴムシしか友達がいないぐらい内気だったんで、こう、なんか、はじけて「0点取っちゃった」って言えるような、なんか、キャラでもなかったんで、本当にあれほどさゆみはもうなんかもう帰りたいと思ったことはなかったですね。

・あの、お姉ちゃん、ウサギ年で可愛いんですよ。で、お母さんもイヌ年で可愛くて、よく昔、「私、イヌで可愛いでしょ」って言ってて、で、お姉ちゃんも「ウサギ可愛いでしょう」とか言ってて、「さゆちゃん、何年?」っていっつも言われてて、さゆみ、ヘビなんですね。で、「ヘビ年だよ」とかちっちゃい頃言ってて、よくそれで泣いてました。「2人可愛いのになんでさゆみだけ可愛くないの」とか言ってて。でも、そういう干支って、なんか、三代続いたらいいっていうじゃないですか。三代続いたらなんか、その三代目がすごい幸せになれるっていう言い伝え?儀式みたいなのがあるらしくて、で、なんかさゆみ、ヘビ年なんですけど、お父さんヘビ年で、お父さんのお祖母ちゃん?あ、お父さんのお母さん、さゆみでいうお祖母ちゃんがヘビ年なんですよ。で、三代続いてヘビ年なんですね。だから、さゆみ、いまここにいるのかなって思うのと、ヘビってお金持ちになれるっていうイメージじゃないですか。だからさゆみ、ガッポンガッポン稼ごうと思って。そんな感じ、そんなイメージなんですよね。だから、あの、そのヘビ年で三代目だから、ちょっとさゆみ、それは誇りですね。

・中学1年生の時になって、やっぱ、あの、新しい中学校に進入したので、あの、自己紹介をしようってなるじゃないですか、学校のクラスで。で、そうなってくると、出席番号順1人ずつ挨拶してくじゃないですか。で、こう、私は山口県で小学校から中学校に上がる時に、小学校からの、あの、お友達が、あの、3、4人ぐらいしか、その中学校に進級しなかったんですよ。だから、全然ほとんど新しい友達ば...友達っていうか、新しい人達ばっかりで、みんな、さゆみのこと全然知らない人達だったんで、ここでいっちょうなんかインパクトあること言わないと、絶対覚えてもらえないし、あの、友達も作れないし、中学校生活満喫できないと思ったんで、何か面白いことを言わなきゃってなったんですよ。なんかその当時からさゆみ、そういうこと思ってて、で、なんか、こう、あの、引っかかるようなことを言おうと思って、中学1年生の時に。で、こう、出席番号順回ってきて、結構、まあ、道重の「み」なので、最後の方で、で、すごい緊張してて、前の人が終わるまで。で、こう、ね、さゆみの番になって、席立って、まあ、声はちっちゃめなんですけど、あの、「○○小学校から来ました、道重さゆみです」って言って、で、なんか...なんか一言付け加えなきゃいけなかったんですね、全員。で、さゆみは、「最近ハマってるお笑い芸人さんはあばれヌンチャクさんです」って言ったんですよ。しかも、それも、あばれヌンチャクさんて、あの、いまたぶん解散しちゃってていない、あの、お笑い芸人さんなんですけど、その当時、さゆみ、すごい好きで、あばれヌンチャクさんが。で、あの、でも、そんなに知られてなかったんですよ。で、だからたぶんいま、このうさちゃんピース聴いてくれてる人も、「え?誰?」って思ってる方もいらっしゃると思うんですけど、あの、まあ、男の人2人組のコンビのお笑い芸人さんだったんですけど、すっごい好きで、とりあえず、さゆみ。もうめっちゃ好きだったんですよ。で、いっつもその、あの、映像とかビデオで録って、あばれヌンチャクさんが出てるテレビとか。で、いっつも見てたんですね。で、だから、自分の中ではめちゃめちゃ有名なんですよ。見てたから、何回も。だからみんな知ってると思って。で、あばれヌンチャクさんてすごい面白かったから、さゆみの中で。だから、そのことを言ったらみんなも絶対笑ってくれると思って、あの、結構自信満々に、あの、「最近ハマってる芸人さんは」みたいな感じで言ったんですよ。そしたら、まあ、いま考えれば全然、理由分かるんですけど、スッコーンだったんですね。恥ずかしくて。もう...あ、たぶんあばれヌンチャクさんって、桜塚やっくんさん?なんですよ、元。あ、元じゃない。元あばれヌンチャクさんが桜塚...桜塚やっくんさんなんですね。で、もう...でも、本当そういう苦い思い出があるので、あの、これから自己紹介する方は、逆に当り障りないことから言った方がいいと思います。本当そう思います。あともう1人、さゆみが一番仲いい友達になったんですけど、その後、結局、結果。でもなんか、その子もちょっと変わってて、そこの、あの、自己紹介の時に、あの、「将来結婚したい人は長嶋監督です」って言った人がいて、もう本当面白いんですけど、でも、その時もスコーンだったんですよ。で、さゆみは、「あ、この人と仲よくなりたい」と思ったんですけど、でも、やっぱ、そういう新しい状況の時って、キャッハッハって笑えないじゃないですか。なので、あの、最初は当り障りのないことを言うことをさゆみはおすすめしますね。

小学校6年生の時に、私、なんか、人生ってこう、ツイてない時期ってあるじゃないですか、時期的にね。で、さゆみって、小学生の時って、すごい、男の人としゃべれなかったんですよ。なんか、怖くて、男の人っていうものが。で、なんか、なのに、が...小学校の時って、担任の先生に全部教科を習うじゃないですか。中学生に上がると、教科ごとに先生が違うんですけど、で、小学生のうちって、そういう、あの、担任の先生に全部教科を習うんですけど、結構男の先生の担任が多かったので、「これ分かる人」って言われても、「道重」って男の人に言われるのがすごい怖くて、手挙げれなかったので、なんで、さゆみ、女の先生じゃないんだろうって思うくらい、ツイてないなって思ってて、で、そんな中、小学校6年生の時も男の先生で、で、なんか、あの、人間のお友達もあんまいなくて、ダンゴムシとかと仲よくて、で、なんか、あの、そんな中、本当になんか小学校6年生の時って、ツイてない時期だったんですよ。一番仲いい、あの、人間のお友達ともクラスが違ったりして、本当に一人だったりとかしてて、本当になんか楽しくなくて、で、そんな中、あの、昼休みに一人で、あの、ブランコに乗ってたらですね、あの、サッカーボールがコロコロコロって転がってきて、で、結構、ブランコとは程遠い所にいったんですけど、自分が一番サッカーボールと近くて、で、男の子に、あの、「サッカーボール取って」って言われて、で、「はぁー」と思って、「さゆみが一番近いわ」と思って、取りに行ったら、そこにですね、鳥のフンがサッカーボールにめちゃめちゃ付いてて、でも、まあ、パッて取ったらすごい付いてて、手にも付いて、「うわー気持ち悪い」と思ったんですけど、そういう気持ち悪いという言葉とかも発せなかったので、もうそのまんま、「ハイ」と思って、あの、もうありったけの力で投げたんですけど、全然届かずみたいな感じで、で、もうそういうことがあって、本当に、本当に小学校6年生ってツイてなかったんですよ。で、その鳥のフン触っちゃったし、で、あの、中学受験もして、小6の時に、それで落ちちゃったりとか、で、小6の時、本当ツイてない時期で、でも、中学校1年生からすごいなんか、ツキが回ってきて、その分。お友達もたくさんできたし、モーニング娘。も受かったし、だからそのツイてない時期があってよかったなとはいま思えるんですけど、もうその時は結構悲惨でしたね、いま思っても。うーん、はい。でも、それがあるからいまがあると思えば、はい、よかったと思います。

・昔、お父さんと卓球したことあって、すごい面白かったんですよ。

・幼稚園生ぐらいまでは、(歯磨きの)仕上げはやっぱ、お母さんにやってもらってましたね。うーん。みんなそうなんですよ、きっとお母さんとかお父さんがやってくれたりとかして、でもなんか、あの、お母さんがやるの、さゆみ、あんま好きじゃなくて、強いから痛くて、それがあんま好きじゃなくて、結構自分でやりたがってたんですけど、自分でやると、ぬかり無...くできなくなっちゃうんで、あの、汚くなっちゃうんで、お母さんによく、されてましたね。

・あのね、迷子はやっぱちっちゃい頃とかはよくあるんですけど、でも、一番さゆみが、あの、覚えてる迷子は、お母さんと二人で、一緒にいて、で、お母さんと二人で車の停めた場所が分かんなくなっちゃって、もうそれはそれは歩き回りましたね。もう迷子ですよ、本当に。広い駐車場で、絶対ここの駐車場に停めてるってことは分かるんですけど、どこに車を停めたのかさっぱり覚えてなくて、で、あの、それからはちゃんともうなんか、番号とかでしっかり、あの、お母さんが覚えるようにしてるんですけど、もうあの時は疲れましたね。覚えてるぐらいだから、結構もう小学性ぐらいだったのかな。でも、本当に、もう本当にここ、車取られたんじゃないかっていうぐらい、もう何回もいろんな所行き来してるのに見つからなくて、で、結局、まあちゃんとあったんですけど、なんだ、全然こんな所にあったんだねっていうような普通の所に停めてあって、で、それ見過ごしてただけだったんですけど、もうあの時の、まあ二人しての迷子は、心細いわけじゃないんだけど、すごい辛かったですね。歩き回らなきゃいけなかったんで。

・まあこれは、まあ、ちっちゃい頃の話なので、仕方ないとは思うんですけど、お姉ちゃんが1回家出したことがあるんですよ。普通に家出がしたくて家出がしたか...したんですよ。あの、よくある、こうなんか、テレビドラマとかで家出ってあるじゃないですか。で、そういうのってなんとなく憧れるじゃないですか、小学生ぐらいの頃って。だから、「家出してくる」って言って、家出しにいったんですよ、お姉ちゃんが。で、お母さんも、「うん。行ってらっしゃい」みたいな感じで、で、お姉ちゃん、家出しにいったんですね。そしたら、あの、「家出、どこしにいくの?」ってお母さん言ってたら、「おばあちゃん家」って言ってて、で、おばあちゃん家に家出しにいったんですけど、あの、普段やっぱ車で連れてってもらうじゃないですか。そうすると、近いっていうイメージなんですよ、子供からしたら。でも、子供の足で行くとかなり時間かかるんですね。で、すごい疲れて、あの、もうお姉ちゃん...で、後から、あの、お母さんが見に行ってたんですよ、ずっと。で、あの、お姉ちゃんが途中で泣きじゃくってたらしくて、で、あの、おんぶって言って、お母さんがおんぶして、おばあちゃん家まで連れてってたらしくて、うーん、それはすごい、あの、大きくなってからさゆみはその話聞いたんですけど、すごい面白かったですね。家出じゃないじゃんって思いましたね。でもちょっと可愛いなって感じました。

・あの、小学校4年生の時に、でもさゆみ、スイミングを幼稚園生まで習ってて、25メートル泳げたんですよ。幼稚園生の時。なのに、小4の時に...で、小学校3年生ぐらいまではそういうクロールとかしなくてただの遊びだったんですよ。プールの時間がね、授業で。でも小4からちゃんと25メートルとか計るようになって、初めて計った時に、3メートルだったんですよ。で、本当に、で、その、あの、それを夏休み前にそういうのをさせられて、で、えーとね、10メートル以下の子とかは、あの、夏休みに、あの、わざわざ遊びにとかじゃなくて、授業として学校に行かなきゃいけなかったんですよ。で、先生に教えてもらうんですよ。でも、あの、全然泳げない子達が、なんか、集う会みたいなのがあって、で、その会に行って、さゆみは、で、あの、あまりにも、その会の中でも一番泳げなかったんですね、さゆみ。なんで、みんなは先生対生徒が5人とかで、なんか結構個人指導みたいなのさせてもらってるんですけど、さゆみはマンツーマンで教えてもらって、あれ...でも、それでさゆみはその夏休み中に、小4の夏休み中に15メートルぐらいまで泳げるようになったんです。あれは感動しましたね。もう、だからその先生にもすごい感謝してるし、で、その先生のことさゆみ、すごい大好きで、なんか、あの、すごい若くてきれいな女の先生で、で、なんか、あの、学校の先生ってなると真面目なイメージなんですけど、結構キャピキャピした先生だったんで、一緒になってキャッキャしながら、遊びながら、あの、水泳教えてもらってて、すごい楽しかったので、それはよく覚えてますね。

・本当に粉薬が飲めなくて、もう、あの、もう錠剤に限るんですけど、さゆみの薬の摂取の仕方は。でも、あの、本当に粉薬がタダメだから。でも、昔ね、さゆみ、小学校じゃなくて幼稚園生ぐらいの時に、あの、やっぱ病院とか行くと、粉薬をもらうじゃないですか。で、いまだからこそ大人になったから、こう錠剤が飲めるけど、逆にその頃、錠剤も飲めなくて、あの、そのおっきい玉をこうやってゴックンするのが出来なくて、あの、粉薬をもらうんですけど、その粉薬が本当に飲めないんですよ。飲んだら吐いちゃうんですね、気持ち悪くて。だから、お母さんが、もう、で、お水に溶かして飲むんですけど、やっぱり、あの、もう薬だ薬だって思うから、不味いって思うから、もう絶対もどしちゃってて、で、だから、薬が体に入んないから、全然効かないんですね。だからね、お母さんが一生懸命考えて、あの、アイスクリームと一緒にその粉薬を食べさせてたんですよ、さゆみに。で、その時は、こう、バニラアイスと思って食べてるから食べれるんですけど、だから久しぶりにバニラアイスとかを食べると、もう粉薬の味しかしなくて、だからさゆみ、バニラアイスオンリーでは食べれないんですよ、いまだに。だから、特に、あの、お店とかで出てきてパフェとかでクリームとかチョコレートソースがかかってるとかなら、全然大丈夫なんですけど、あの、その時に食べてた、本当にカップのバニラアイスだったんですけど、そのカップのバニラアイスを見ると、そのパッケージだけでもちょっと、「うわー、ちょっと気持ち悪い」ってなるくらい、あの、ちょっとトラウマなので、粉薬は家の道重姉妹は本当に苦手ですね。

・私の夏休みの思い出といえば、あの、道重家では、毎年、あの、さゆみが小学校とかぐらいの時は、絶対に、あの、海とか川に必ず行ったんですよ。
で、あの、そこで、まあもちろん泳いだりとか、あの、水の上で浮いたりっていうのはもちろんなんですけど、絶対する行事があって、それは、あの、お菓子食い競争っていうのをするんですよ、道重家では。
あの、よくあるパン食い競争ってあるじゃないですか、あの、障害物競争とかで。で、それを、パンじゃなくて、あの、紙袋とかに入っているお菓子とかの、なんか、あの、ジャガイモをスライスしたやつとか?そういうのとかを、あの、お母さんとかお父さんが買っといてくれて、で、それを、なんか洗濯バサミみたいなのとかに挟んで、で、両側持ってくれて、で、あの、まあ、人数分あって、それを、あの、口で取るっていうゲームを毎年、あの、砂浜でするのがすごい好きだったんですけど、
あと、川とかに行くと、あの、スイカを丸ごと持ってって、川の冷たさで冷やしといて、で、お昼ごはんとか終わったら、あの、みんなでスイカ割りして、で、それをみんなで食べたりとか、もう本当に夏休みといえば、その、なんか家族での思い出がたくさんあるんですけど、でも、1つすごい、まあ嫌な思い出っていうわけでもないんですけど、あの、夏休みって、まあ土日とかが被らなければだいたい7月20日の海の日からじゃないですか。
で、あの、7月20日の、その、あの、夏休みの初日に、みんなで海に遊びにいったんですよ。
で、あの、さゆみのお家から車で2、3時間プラス船に1時間っていう所の海に、えーと、その時はお兄ちゃんが受験生かなんかで、たぶんお兄ちゃんは行かなくて、お父さん、お母さん、さゆみ、お姉ちゃんで行ったんですけど、お姉ちゃんが...行った瞬間に、楽しくて、わーって遊ぼうってなって、海に入ったんですけど、あの、全然、超ちっちゃい、あの、波に飲まれちゃって、そこで骨折ったんですよ、右手を。右手?そう、右手だ。違う、左手だ。左手、左手を骨折っちゃって、で、もうすごいワンワン泣いて、で、もう、行ったすぐそこから、すぐ帰って、でも、あの、船がなかなか来ないっていって、だから、そこの、あの、1時間分の船を、なんか、すごいそこの、あの、海の人とかに言ったら、なんか、でも、救急車がここの辺には無いので、あの、パトカーを呼びますって言って、パトカーで、なんかそこの、あの、船の所に連れてってくれて、で、そこから、あの、もうすぐ海とかで遊ばずに、もう自分のお家に帰って、病院に行ったらやっぱり骨が折れてますって言われて、あの、ギブスして、で、手術もするほど結構大変な、あの、ケガだったんですけど、で、ギブスが外れたのが8月31日なんです。
だから、夏休みの初日に、あの、骨折って、もう最終日までずーっと夏の暑い中、ギブスしてて、で、31日にギブス取れたから、学校とかではみんなお姉ちゃん普通に元気に、あの、過ごしたって思われる、なんか、一番最悪なパターンで、あの、だから、その年はお姉ちゃんのおかげで、さゆみもあんまり海とかに行けなかったので、ちょっと残念な夏休みの思い出もあります。

・アリといえば、さゆみ、あの、やっぱ小学生の頃、虫が好きで、ダンゴムシと友達だったぐらいなんで、アリも結構好きだったんですね。で、さゆみ、小学校の頃の好きだった遊びが、あの、台所から砂糖を、あの、持ち出して、その砂糖を、あの、玄...玄関っていうか、まあ、外出ての玄関?お家から出て...の玄関に、あの、チョコンと置いといたら、アリの行列がどっからか出来るんですよ。で、そのアリの行列の元の、その、巣まで、あの、行くの...見にいくのがすごい好きで、そういう趣味があったんですよね、アリといえば。だから、なんか、不思議なんですよね。その、モーニング娘。になってからっていうか、中学1年生の時に、本当に性格がコロって変わってから、全く興味無いんですよ。だから昔、アリの本とかもすごい好きで、あの、アリとか飼いたいって思ってたんですよ。なんか、飼えるやつあるじゃないですか、瓶とかに入れて。横から見たら、その、アリの巣とかが見えるやつ。あれとかすごいやりたいと思ってたんですけど、今じゃ絶対やりたくないと思うんですね。もうね、すごい、どこで変わったのか本当、不思議なんですけど、なんかそういう、はい、思い出がありますね。

・さゆみ、部活のことを思い出したんですけど、夏休みの部活、本当に嫌いで、さゆみ、あの、中学1年生の時に、テニス部だったんですけど、あの、まず日焼けがしたくなかったんですよ。
でも、テニス部って外じゃないですか。だから、もう、とりあえずお家ですんごい日焼け止めを塗っていくんですけど、日焼け止めって2、3時間でぐ切れるんですよ。最近のはもうちょっと持つかもしれないんですけど、その中学1年生の時は、2、3時間がもう一番長く持つぐらいだったんで、もう途中で塗りたくて、でも、一番後輩だったから、そういうのもできなくて、ずっとボール拾いとかやってたんですけど、
で、あの、さゆみ、自転車通学だったんですけど、あの、お家から学校まで自転車で40分ぐらいかかるんですよ。で、そこの間にとりあえず、まあ、あの、部活以外で日焼けしたくないから、長袖長ズボンで行ってたんですよ、学校まで。
もうそこですごい汗だくで、もう本当に疲れて、で、ヘルメットもかぶってるから、顔もすごい蒸れてて、とにかく汗かいて、でも本当に、あの、その...そのツラさよりも、あの、そ...な...なんていうんですか、日焼けをしたくなの方が勝ってたんで、一生懸命でしたね。
もう本当に必死で、で、それを思い出したので、ちょっと憂鬱な気分になりました。でも、だから、その中学1年生の時に、モーニング娘。になって、あの、中学2年生の時に、夏休みの時に、部活が無かったので、すごい嬉しかったのを覚えてるんですよね。中学1年生の時に、あの、中学3年生の人が卒業するじゃないですか。すっごい羨ましくて、もう本当に辞めたかったんですよ。
で、なんでさゆみ、あんなにも辞めたかったのにテニス部にいたんだろうって、不思議なくらいなんですけど、でも、その、スコートがはきたいっていう気分...気持ちがあったので頑張れたとは思うんですけど、結局、新人戦でも1人だけはけずな感じで終わったので、もう本当に切ないんですけど、まあその新人戦も、あの、やっぱ試合に出れる子だけがはけるんで、本当にね、奇数だったんで1人だけ出れなかったんで、なんか切ない思い出ですよね。

・あの、こういうプッチンできるプリンは、さゆみ達は、混ぜたくなる派なんです、グッチャグチャに。
あの、幼稚園生の頃からそうなんですけど、あの、プリンあるじゃないですか、あれは、あの、混ぜるとよりおいしいんですよ。下のカラメルを...だって、後からカラメルが出てくるじゃないですか。そしたら後が苦くなるじゃないですか。だからはじめっから調和させたいんですよ、味を。だから、はじめっからグチャグチャグチャーってして、まあ、見た目はよろしくないんですけど、味は一番あれがおいしいです。すごいおススメです。
でも、あれが給食に出た時に、それができないのがすごいもどかしいんですよね。なんか、自分を貫けないところがそこらへんにあると思いますね。

・さゆみの秋といえばは、あの、秋の大運動会っていうイメージが強いんですけど、あの、東京に来てからは、春とかに運動会があったんですけど、あの、やっぱ山口時代はいっつも毎年秋の大運動会だったんですけど、もう、さゆみ、運動が...まあ、知ってる方はいると思うんですけど、苦手なので、夏休みの前から運動会があることが憂鬱で仕方ないんですよ、毎年。で、もう夏休み中も、あの、夏休みを満喫したいっていう気持ちと、どっかでこの夏休みが終わったら運動会が来るっていうので、すっごい嫌で、で、もう、あの、徒競争とか障害物競争とか1人でやる科目が本当に嫌いで、玉入れとか、あの、大玉とか応援とかならいいんですけど、あの、1人で、あの、なんか、注目浴びるっていうのが、別に自分が思ってるほど周りは誰も見てないと思うんですけど、見られてる感じがして、もうすごい嫌だったんですけど、
それにプラス、運動会の嫌なところって、こう、家族が見に来るじゃないですか。で、それはすごく嬉しいんですけど、お母さんとかが、またこれ張り切って、あの、目の前を陣取って、徒競争とかになると、もう周りとか関係なく、「さゆちゃ~ん」って言って、すっごい聞こえるんですよ。それがまたすごい恥ずかしくて、だからね、運動会はいい思い出がなくて、なんで、あの、1番に秋といえば、その嫌な嫌な運動会を思い出しますね。


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我想う、ゆえにさゆあり。

どうやらさらに加速しているらしい当ブログである。空き時間にケータイでたまたま開いたスレッドにそう書いてあった。また「初期のころから読んでいるが最近は特に熱いな さゆ発言で戸惑うことは俺も同様にあるが それを振り払おうと書き込んでいるようにもみえる」というご意見もいただき、なるほどそうかもしれないなと思った部分もある。「さゆ好きになったきっかけだったりするから 痛いままでいてくだされ」というメッセージにはいたく感激した。私がきっかけで道重さゆみを好きになってくれた方がいらっしゃるなんて、こんなにも嬉しいことがあるだろうか。

それはそうとして、私の仕事場では書籍などの販売・買取も行っているのだが、昨日の「ヤングタウン土曜日」で、道重さゆみがミステリー小説にハマっていると言っていたのを思い出し、活字本部門の売り上げをグイグイ上げているうちの若い衆に聞いてみたところ、当該作家の短篇集が1冊だけ在庫してあったので、迷うことなく購入してみた。古本なのでたったの200円。おそらく代表作ではないような雰囲気なのだが、帰宅時の電車の中で読んでみた。会話が多くて文字が少ないので、一気に130ページぐらい読めてしまった。1つは大学生とOLのカップルがデートで訪れた遊園地で不条理きわまりない事件に巻き込まれるという話、また、いま途中まで読んでいるのが、エアガンで動物を撃ったり虫を解剖したり死体の写真を撮って眺めることに快楽を覚える若い男の話である。2つ目の話には、友人としてアイドルヲタクも出てくる。昔のジュニア小説などを思わせる青春っぽい部分もあるのだが、根底に不条理だったり猟奇だったりの雰囲気がずっと流れている感じがする。他の作品やインタヴューやエッセイなどは一切読んでいないので、まだまだ全然分からないのだが、道重さゆみのこういう闇の部分に魅かれる性向が興味深い。もう少し読んでみてから、分析してみたりするかもしれないが、しないかもしれない。

また、同じく「ヤングタウン土曜日」や、どうやらコンサートでの田中れいなとのMCでも話題にしていたらしいニンテンドーDSソフト「トモダチコレクション」も気になる。こちらも私の仕事場で取り扱っているのだが、確かによく売れている。仕入れても仕入れても売れていく。ニンテンドーDS本体は、以前に「どうぶつの森」がやりたいというもので、嫁に買ってあげた物があり、ここ最近はさわっている気配が一切ないのだが、いまさらそれを借りる気にもなかなかなれない。思い切って購入しようかどうか迷うところなのだが、それ以外に他に何か別のゲームを遊ぶとは思えない。いや、実のところ、「ラブプラス」を勢いで買ってしまってハマりそうな気がしてならないので、一生懸命自粛しているという部分もある。どうしたものか。

話は戻るが、上記スレッドにおいて当ブログが少しばかり話題になった時に、「妻帯者なのにキモヲタってどんだけ絶倫なんだよw」という書き込みがあった。いや、キモヲタという自覚は一切ないのだが、そう思われても仕方がないのかなという気もしないでもない。いわゆる現場といわれるコンサートにも行ったことがないし、舞台とか公開放送とかに行く時もきわめて無難な身なりであり、ピンク色のTシャツを着たりタペストリーを首からぶら下げたりするスタイルにはこれまでもこれからも無縁だと思われる。当初は「クールでスタイリッシュなヲタブログ」を目指して、あえてスウィーツ色の濃いココログで初めてみたものの、蓋を開ければご覧の通りである。弱ったものだ。

また、妻帯者でありながらアイドルファンであることについてだが、思うに私の場合、むしろ妻帯者でなければこのような状況は訪れなかったのではないかと思えるのだ。何度も書いているように、私は真正の変態紳士かつ吐き気がするほどロマンチストであるがゆえ、年がら年じゅう好きな女の子がいなければあらゆる事に対する動機づけが皆無であるというタイプの人間である。道重さゆみが望むように、結婚相手とずっとラブラブでいられるならば、そんなに幸せなことはない。だがしかしなぁ...パートナーとしての欲求とエロス的欲求というのが別物だとして、後者はきわめて刹那的かつ衝動的である。であるがゆえ、持続させるのはきわめて困難である。前者との間柄というのはむしろ相反する関係なのではないかとすら思うのだ。それでも奇跡的に一生ラブラブというカップルもいるのだろうから、それは素直にすごいというか、エロス的欲求に重きを置かない価値観ということなのだろう。

妻帯者でありながら、エロス的欲求を外部に対して抱えたまま生活をすると、当然のことながら問題が起こる。しかし、私は本当にナイスでメロウないい大人であるがゆえ、無責任な行動を取るわけにはいけない。絶対に女性の方が不利な立場になるに決まっているのだ。よって、妻帯者である以上、そのような関係はある局面に直面するにあたって、必ず悲しい結末を迎えざるをえない。それで、雨の公園に傘もささずに立ち続けてわざと風邪をこじらせて寝床で咳込みながら泣いたり、ウォッカでグルングルンになった状態の頭を壁に何度もぶつけながら、「これでいいんだそうこれでいいんだ」と呟き続けたりといった、自己愛性人格障害まる出しの行動に走るわけである。こんなことはもうこりごりだとその時には思うのだが、気がつけば全く同じことの繰り返しという悲しいとしか言いようのない日々を送っていたのである。

ところが、道重さゆみを知って以降、私の中のエロス的欲求のほとんどはそちらに集中するかたちになり、一般の女性に対するそのような欲求の一切が無くなってしまった。そうなってくると、嫁に対しても後ろめたいことは何もないため、そのいわゆるパートナーに求める欲求の部分だけで良好に付き合うことが出来る。このこと自体については様々な意見があるだろうが、私はこれをとても恵まれた状況だと思うのだ。

このような事実を道重さゆみ本人に告白し、「マジウケる。いい大人が超キモいんだけど」と思いっ切り蔑まれたい。その妄想だけで限りなく自由になれたような気がするんだ。(どう見ても完全なキモヲタです。本当にありがとうございました)

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道重さゆみと(を)「生きる」ということ。

「ヤングタウン土曜日」だが、10月10日放送分から従来の高橋愛、道重さゆみに加え、元モーニング娘。のメンバーが1名出演することになった。中澤裕子、保田圭、吉澤ひとみ、藤本美貴が週替わりローテーションで出演するようなのだが、まず第1回は藤本美貴であった。そもそも高橋愛と藤本美貴が出演していたところ、藤本美貴がモーニング娘。在籍中、しかもリーダー就任直後にも関わらず、現在の夫である庄司智春とのツーショット写真を写真週刊誌に撮られたために脱退、降板し、その後釜に道重さゆみが抜擢されたのだった。現在の道重さゆみのバラエティー番組単体で出まくりの状況に至る過程で、「ヤングタウン土曜日」における明石家さんまとの仕事というのは大きな役割を果たしたといえるであろう。そういった意味で、現状肯定派の道重さゆみファンにとって、藤本美貴とは皮肉にもあたかも恩人であるかのような存在である。

テレビはそんなにも熱心に見てはいないのだが、それでも最近の庄司智春と藤本美貴にとって、話題の中心が夫婦ネタなのだろうという印象はある。庄司智春などは、確か「爆笑レッドカーペット」でボディービルのポーズを取って、最後にカメラに向かって「ミキティー!」と絶叫するのがオチ、というようなネタも披露していた。お笑い芸人と当時は現役のアイドルのカップル、しかもいかにも遊び人というイメージに反してその実一途だというギャップがウケているような部分もあるのだろう。いずれにしても、自分の恋愛体験を切り売りするタイプのグラビアアイドルなどがウケていたりする現在のバラエティー番組空間にはちょうどいいのだろう。

「ヤングタウン土曜日」という番組は、道重さゆみがレギュラーになってから初めて聴きはじめたので、以前がどんな感じだったのかについては話でしか聞いたことがない。道重さゆみレギュラー起用当初の印象はさんまの機嫌によって番組の空気が左右され、時としてパワハラ、セクハラが過ぎるような聴くに堪えないような回もあった。それが、道重さゆみの鉛筆投げ事件や親方という蔑称を武器の1つに変えてしまうというフェイズを経て、高橋愛と道重さゆみがさんまをリスペクトしつつも、どうしようもない部分については村上ショージと同じスタンスで笑うという空気が生まれ、番組が普通に面白くずっと聴きやすくなった。

降板以降初の出演ということもあり、やはり話題は庄司智春との話題である。現状のラブラブぶりなどはもちろん、交際発覚時にどのぐらいのペースで会っていただとかメールをしていただとか、そういうトークなどもさんまが聴きだして、楽しそうにしていた。番組としては下世話な感じでなかなか盛り上がっていたが、道重さゆみは空気を読まずに、「聞きたくない」と言った。まだモーニング娘。として一緒に活動していながら、そうやって裏ではコソコソやっていて、それはそれで他人なので仕方がないのだが、どうしてそれを嬉しそうに話せるのだろうな、というそんな感じであろう。道重さゆみは自身のラジオなどで、藤本美貴のことを自由だとか羨ましいとかよく言っている。また、藤本美貴脱退後、ハロプロメンバーが名前を出すことすらタブーであるかのような雰囲気の時期に、これまた空気を読まずに藤本美貴のことを話したり曲をかけたりもしていた。おそらく藤本美貴のようなタイプの人間は、道重さゆみが育ってきたような環境では出会っていなく、正直よく分からないのだろう。よく分からないものは自分を守るために異物として排除して自分を守る本能が働くものだが、道重さゆみの場合は、いずれにしても一緒のグループで先輩後輩の関係でやっていかなくてはならないという事情もあったのだろうが、ならばこの人の良い部分を見よう、良いように解釈してみようという発想に転じたのであろう。こういうところはぜひとも見習いたい。

今週の「ヤングタウン土曜日」では藤本美貴と高橋愛が嬉しそうにファッション雑誌の話題を話して、それをさんまも興味深々に聞いていた。なんでも、高橋愛が街を歩いていたところ、non-noのカメラマンに芸能人だと気付かれないまま声をかけられたらしい。事務所との話し合いの結果、モデルとして写真が掲載されたようなのだが、それだけ私服のセンスが優れていると認められたのだろう。高橋愛の話というのはこの「ヤングタウン土曜日」ぐらいでしか聴いたことがないが、しょっちゅうファッションブランドの名前が出てきたり洋楽アーティストの名前に反応したりしている。このような傾向は、外からの評価という部分により高い価値を置いていると考えられる。一方、道重さゆみは、これまで自身のラジオでもさんざん語られたように、ファッション雑誌は一切見ないと言っていた。「ヤングタウン土曜日」などにおいてはそうでもないのだが、「今夜もうさちゃんピース」で語っているのを聴くと、時としてそういうファッション雑誌とかの流行に流されることそのものに対して根深い嫌悪感があるかのような雰囲気を感じる。こういうところがたまらなく好きだ。

さんまが女の子の楽屋ならファッション雑誌が置いてあるだろうからそういうのを見たりしないのかと問うと、道重さゆみはミステリー小説しか読まないと答えた。なんでも山田悠介という作家の小説にハマっているらしい。調べてい見ると、映画にもなった「リアル鬼ごっこ」なども書いているまだ20代の人気作家のようだ。また、「トモダチコレクション」というニンテンドーDSのゲームにハマッテいて、その話をかなり細かい部分まで興奮気味に話していた。ファッション雑誌や流行に興味がなく、かといって服装などに無頓着かといえばそんなことは全くなく、自分なりの何がかわいいかというブレない軸はきちんと持っていて、そういうイケてるとかモテそうとかを基準とした価値観そのものが大嫌い。そして、活字を読んだり箱庭的なゲームの世界に浸るのが大好き。道重さゆみとは、どこまで私好みの女の子なのだろうか。

7日水曜日夜にはSMAPの稲垣吾郎がメインで女芸人やグラビアアイドルが出演している「マイフェアレディ」に、道重さゆみが出演していた。2週間前にも出演していたが、この時は理由もなくただただ他の出演者に対してユーモアの無い毒舌を発し続け、これがあまり好ましく思えなかった私がその旨をブログに書いたところ、アンチ化していると取られてしまうという事件が勃発し、アイドルとファンとの関係についてなど考える良いきっかけになった。それはそうとして、今回の企画はダメ女選手権とかいうやつで、恋愛に関するアンケートで、男性の意見と食い違いが一番多い出演者がダメ女というもの。不特定多数の意見などというのもなかなかくだらないものなのだが、それはまあいい。恋人がAVを持っているのは許すと回答し、その流れで、森三中の大島美幸が自分に似ている人のAVならいいが似ていな人のなら嫌だと言うと、道重さゆみは逆に自分と似ている人の方が嫌だと言っていた。この部分はなぜか不自然にカットされていたのだが、自分と似ていない人なら「どうぞどうぞという感じ」だと話していた。また、恋人が目の前でオナラをするのを許すか許さないかという問題では、出演者中で道重さゆみだけが許さないと答えていて、これによってダメ女No.1に決定した。友近に「実は1人で映っておいしいと思ってるでしょ」みたいなことを言われ、「スポットライト浴びちゃいました」みたいに得意気に言っていてなかなかよかった。やはり、恋人と付き合うとなると気楽で自然体なのがいいという考えになり、オナラとかしても普通という発想になる。これがまあ一般的だろう。ところが吐き気がするほどロマンチストな私としては、こういうのが平気になった時点で、思いはもうそこにはない。すでに相手の前でオナラをすることが許せないような別の関係を求めている。何と言われようとこれが私なのだから仕方がない。どうもありがとうございます。

また、この番組の初めでは、モーニング娘。の先輩で「悪い例」があったが、自分はモーニング娘。でいたい気持ちが強いので恋愛はしないと宣言し、自分の恋愛体験を切り売りしたり同調圧力的コミュニケーションが支配する現在の空気感を象徴するかのようなグラビアアイドルであり高橋愛とも親交があるといわれる木下優樹菜に「そんなこと言ってられるのいまだけだって」みたいなことを言われていた。また、稲垣吾郎にはアイドルとして嫉妬されていた。やはり異性であった方が素直になれるようである。恋愛を実際にしていようといまいと構わないが、こういうアイドルとしての基本があまりにもないがしろにされている現在だからこそ、道重さゆみでなくてはならないのだろう。20歳にもなる女の子に恋愛禁止とかヲタキモ過ぎとかいういわゆる一般論はお呼びではない。アイドルとはそういうものだ。宝塚などと同様にある種の伝統芸能であり、そういうジャンルのお仕事なのだから仕方がない。嫌ならば恋愛経験切り売り型のグラビアアイドルでも応援しておけばいいじゃないか。あと、処女性とかにこだわるのは日本のキモヲタだけとかいう英語もろくに読めない者どもの知ったような妄言もあるが、ブリトニー・スピアーズなどは処女性ゆえにあれだけの人気が出たわけで、スキャンダルが出た時の人気の凋落ぶりといったら凄まじいものだった。また、アメリカで人気の男性アイドル・グループ、ジョナス・ブラザーズは、結婚するまで貞操を守ろうという啓蒙をファンに対して行っている。

9日金曜日夜にはNHK-BSの「DEEP SHIBUYA」なる番組にも出演していたが、この番組は「ロンドンハーツ」で面識があるロンドンブーツ1号2号の田村淳がMCを務め、私が憧れる変態紳士の1つのあり方を体現しているケンドーコバヤシも出演している。田村淳は道重さゆみのキャラクターをすでに知っていることに加え、やはりおいしい部分を引き出してうまく生かす術を熟知している。道重さゆみはおなじみのブリッコナルシストキャラ全開なのだが、この徹底ぶりがすさまじく、この同調圧力が蔓延する不機嫌な平成ニッポンにおけるパンク・ロック性をさらに研ぎ澄まし、かなりの破壊力とカタルシスを味わわせてくれた。視聴者にプレゼントを提供し、ハロプロ系番組ではおなじみの「おめでとうございま~す」をかわいく言うと、田村淳は「徹底してるな~」と感心、ケータイで自分撮りした画像を多数紹介していたが、共演していた女性出演者からは素直に「かわいい」と言われ、ケンドーコバヤシは「これオレが広告ひっかかるタイプのやつや」みたいな前フリをした上で、前髪を上げた画像を差して、「オレ、この子がタイプ」みたいなことを言っていた。NHKの生放送であまりにもアホであり、かつ私と趣味が一緒という点を誇らしく感じた。一昨年のオーサカキング会場で、生の道重さゆみを初めて真正面から見て衝撃を受け人生が変わったあの日、ケンドーコバヤシがプロデュースしたケンコBARでおつかレイナなるカクテルを飲んでいた。

「どうやったら道重さんみたいに自信が持てすか?」みたいな視聴者の質問があり、これなどはいかようにもより好感度が上がる回答もできるだろうに、生まれ持った才能などとより火に油を注ぐような発言をしかけた上に、「あんまり言いすぎると嫉妬されるので、最近...」。もう道重さゆみを擁護したり分析したりすることに意味なんてないのかもしれない。ただただ道重さゆみに圧倒され翻弄される、そんな人生でいいような気がしてきた。それこそが求めているものの核心に近いような感じがある。この間、道重さゆみファンに対して、「道重のどこがいいの?」みたいなスレッドがあったけれども、私はいつもの「名無し募集中。。。」にて、「どこが好きとかじゃなく 道重さゆみに出会うことによって好きという感情を知った」と書き込んだ。「かっけー」とか「そのレス保存しとくわ」とかいうレスが付いていたけれども、それからスレッドの伸びがパッタリ止まったような感じもあった。

そんな感じで、道重さゆみが「シルシルミシル」に出ていたおかげで初めて「はなまるうどん」を体験して感動した話や道重さゆみが「今夜もうさちゃんピース」で「煙草はやめてほしいですね、いろんな意味で」と言ってくれたおかげで煙草がやめられ、おかげで食べる物が何もかもすこぶるおいしいとか、中でも嫁が作るどうってことのないスパゲティナポリタンみたいなのがたまらなくおいしくて、これは実は道重さゆみの言うお母さんの作る明太子スパゲティに近いニュアンスもあってかなり嬉しいとか、結局のところ私は道重さゆみになりたいだけなのだとか、ケータイに保存したまま発表していない文章は多数あるのだが、これらはおいおい出していくことにする。

とにかく番組を見たり聴いたりするのに忙しく、もちろんそれ以外にも仕事とか英語の勉強とか嫁との決めごととか妹の結婚式に出席する準備とかいろいろやることややらなきゃならないことがあるのだが、本当にずっとこの状態が続いてほしいぐらいに満ちている。いや、現状に満足なんかは全然していないけれども、自分が向かっていく方向性だとかなりたい理想の形とかっていうものが割とブレずにはっきりと見えていて、誰が何と言おうとそっちに向かって全力で動いているので、意味の濃さが圧倒的に違う。これも全て、道重さゆみが私に生きることの素晴らしさを教えてくれたからこそだと思うのだ。道重さゆみに出会うまでの私など死んでいたも同然である。いや、道重さゆみに出会うことを目的に、それまでの私の人生はそこにあった。そして、私にとっての道重さゆみとは何なのか、それを生きる上で実践していくというのが、これから死ぬまでの課題となっていくのである。不思議だが本当だ。

おやさゆみん。

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ドライブ A GO GO!が意外にもかなり面白かった。

テレビ東京の「ドライブ A GO GO!」なる番組に道重さゆみが出演することは知っていたのだけれども、それほど見ることに対する動機づけが強かった訳ではない。共演された石田靖さんは吉本新喜劇出身で現在はルミネtheよしもとの喜劇・石田組の座長さんをされているという。ロケについてのブログで、道重さゆみについて好意的なことを書いてくれていたと思う。それは確か独特の言語感覚についてであり、さすがに笑いのプロは鋭いなと思ったものだ。

島根県の隠岐島というところがロケ地だったのだが、私にとっては縁もゆかりもない。それでも日常を離れた屋外に私服っぽい道重さゆみが普通にテレビに映っているという状況がなかなか新鮮で、まるでアロハロDVDが地上波で流されているかのような錯覚に陥った。

アロハロDVDなどは確かに日常を離れた普段見られない姿を映しているわけだが、やはり被写体としてフォーカスされた時点であくまでアイドルを演じる部分というのは強くなってしまい、1人の女の子の素を映し出すには限界がある。その点、まったく期待していなかったのだが、この番組はおそらく意図せずして、そのような私が見たい道重さゆみを映し出すことに成功している。わずか30分間の番組だったのだが、えらく内容が濃く感じた。あくまで番組のメインは石田靖さんなのだが、道重さゆみもきちんとそのアシスタント役のような形でつねに映され続ける。その塩梅がちょうどいいように思えた。自分1人が中心になってしまうとついつい力が入りすぎて頑張りすぎてしまうのだが、この番組ではいい感じで力が抜けていてリラックスしていて、実に良かった。こういうのがもっと見たい。

この短い放送時間の中で、舟に乗って貝を捕って食べたり、田舎のお蕎麦屋さんに行ったり、闘牛を見に行ったり、夕陽に聳えるローソク岩を見に行ったり、最後は地元の民謡のようなものを見て聴いて踊って、祭り料理に舌鼓と盛り沢山の内容である。

貝を銛のような物で刺して持ち上げる時に思わず「キタ―!」とか「捕ったど〜!」とか、お蕎麦屋さんでは優しくお蕎麦やお焼きを出してくれる店主なような人に「好きになっちゃいそうです」とか、石田さんに闘牛の話を振られて「豆乳なら毎日飲んでますけど」というくだらないボケとこれを言っている時のイキイキとした表情、闘牛の現場では牛の頭を撫でたり、石田さんに声援を送ったり、闘い終えた牛に「おつかれさまでした」と言ったり、ローソク岩を見て感激したり、祭り料理のお刺身を食べて「とろけちゃう」と言ったり、地元の人達に混じって踊ったりと、とにかく魅力的なシーンが次から次へと流れていた。これが若いイケメン俳優なんかと一緒だとまた別に楽しめない要素が出てくるわけだが、親子ほど年齢が離れていて本当に良い人そうな石田靖さんという人選も絶妙である。本当にいい物を見させていただいた。

この番組での道重さゆみというのは、まさしく私が妄想する芯の部分そのものであり、同じような感じが8月に放送された山口放送の「熱血テレビ」の時にもあった。特に最近は大都会の戦場での闘いが激しさを増している道重さゆみだが、田舎の空気にふれることで、眠っていた何物かが覚醒してしまうのだろうか。

こうなるとやはり以前から勝手に妄想している道重さゆみによる山口県観光案内なんていうのをぜひ見てみたくなってくる。山口宇部空港から始まって、ときわ公園やきららビーチ、下関の唐戸市場や海遊館、この間久しぶりに訪れたという徳山動物園などもある。これは結構イケると思うのだが。

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関心の振り幅。

昨日は「今夜もうさちゃんピース」でメールが何度も採用されファンブログもやっていたある道重さゆみファンが真野恵理奈に乗り換えたとやらで、その件がいつもの掲示板で盛り上がっていたようだ。その流れで「次はこの人か」なんていって私のことが名指し、というかURLが貼られていて、なおかつ何ヶ月も前におそらくちゃんと取り上げたのはその1回だけだったような気もする真野恵理奈関連記事まで引用されたりと、自己愛性精神障害を軽度にこじらせている、つまりはプチ構ってちゃんな私を大いに喜ばせていた。まあ、電車の中でケータイで閲覧していて我慢できずに「名無し募集中。。。」で出ていったのだけれども。ついでにのぞいたファンスレでは「生きるブログがアンチ化している件」の張本人様にもご登場いただき、なかなか楽しい一時を過ごせた。

ところでいわゆるヲタ替えだが、道重さゆみ本人はこれについて何度かラジオなどで語っている。以前は自分のTシャツを着ていてくれたファンが他のメンバーのを着ているのを見ると切ないとかそんな感じだった。しかし、別に気にせず昔の女的な感じで見ていてくれたらいい、みたいな感じのことも言っていた。まあ、これは仕方がない。気持ちがさめているのに無理して続けるほど意味のないことはないし、気持ちがさめてしまうのは誰が悪いわけでもなく、いろいろな偶然や必然が複合的な要因となって起こってしまうことだから。リアルな人間関係だとこのあたりの清算というのが実に厄介なのだが、アイドルの場合はそれがないのがいいのではないか。だからこそ、真にアイドルを楽しむには、人生の酸いも甘いも噛み分けたナイスでメロウないい大人である必要があると、私は思うのだ。

話が完全に逸れたが、道重さゆみはつまりはそういうヲタ替えのような現象は仕方がないものだと、ある種の諦念を持ってアイドルをやっている。いつか終わるかもしれないものだからこそ、悔いがないように精一杯やる。これは道重さゆみを読み解くキーワードの1つであるタイムリミット感にも繋がり、反省はするが後悔はしないという発言とも関連づけられる。道重さゆみが好んで用いる「切ない」というワードは、実のところ「刹那い」でもあるのだろう。だからこそ、バレンタインカードに毎年書いている「ずっとずっとずっと」だとか結婚したら旦那さんとはずっとラブラブでいたいだとか、殊更に獲得することが難しいと知っている永遠性を志向するということもあるのだろう。

さて、うさちゃんピースである。今週は久しぶり、というか今まででやっとこさ2回目なのだが、リアルタイムで放送を聴くことができた。テレビ雑誌か何かでさんまと南明奈が一緒に嬉しそうにうさちゃんピースをしていたという投書が読まれ、そこからさんまがテレビ的には南明奈の方が知名度があるのだから、道重さゆみはもううさちゃんピースを封印して南明奈にあげろ、そしてまた新しいのを考えろ、というようなことを言っていた。道重さゆみといえばうさちゃんピースであり、ラジオ番組のタイトルにもなっているし、よく掲示板に貼られている道重さゆみがこれをきっかけに自信をつけていったという文章もなかなか泣ける。炎天下のオーサカキング会場でヲタのみなさんとこれをやった思い出は忘れ難いものである。南明奈というタレントについては全く興味がなくよく知らなかったのだが、そんなにうさちゃんピースを推しているのだろうか。確かにこのさんまと一緒にやっている画像は見たことがあったが、それもハロプロ系掲示板でのことだった。試しにGoogle検索してみたところ、「道重さゆみ うさちゃんピース」では約2万7千件がヒットしたのに対し、「南明奈 うさちゃんピース」では約2千件と10分の1以下であり、かつ内容を見てみると、ほとんどがたまたま同じ文章やページの中で道重さゆみと南明奈が共に言及されているだけで、南明奈とうさちゃんピースのみが取り上げられているものは一切なかった。

番組収録は金曜日に行われたと思われるのだが、翌日、つまり昨日のコンサートMCにおいて、道重さゆみはうさちゃんピースが南明奈に取られちゃったと淋しそうに話していたらしい。一緒にMCを担当していた田中れいながテレビで共演した時とかに言って返してもらえばいいのになどとアドバイスするが、向こうの方が知名度があるし、などとネガティブモードに入っていたらしい。最後はファンと一緒に取り戻すための決起集会みたいなノリになっていたみたいだが、明らかに前日のヤンタン収録でさんまに言われたことが効いていたに違いない。

番組中で高橋愛が一生懸命フォローしていて涙ぐましかったが、それでもさんまがあまりにも執拗に言うものだから、公表せずにファンの前だけでひっそりやります、みたいなことを言っていた。

バラエティー向けのブリッコナルシストキャラはあそこまでやり切るのに、こんな些細なことで心がしぼんでしまう。こういうところが本当に好きすぎる。先週の「今夜もうさちゃんピース」でも、誰に何と言われようとどう思われようとファンの人だけは自分のことを分かっていてくれると実感した、それだけで十分だと思うと話していたように、道重さゆみにとってファンとの絆とは本当に深いものだ。しかし、リアルの人間関係においてもそうだけれども、同時にこれはすごく重いものだ。耐えられずに逃げたくなる者もいるだろうし、それを乗り越えてこそ得られる何物かのために全霊を傾ける者もいるだろう。だからこそ道重さゆみのファン活動というのは、原理主義的だったり変態紳士的だったりせざるを得ないのであろう。

現状のテレビにたくさん出ている状況についても、テレビに出ているから好きなわけではなく、好きな子がテレビに出ているだけなのだ。だから視聴率がどうだとか売上がどうだとかいう論争めいた物には一切興味がない。ただただ見たり聴いたり感じられることが幸せであり、他のメンバー等と代替可能な種類のものではない。

これだけのエネルギーが注がれているのだが、実のところ、その時点で崇拝している偶像の本質とは、知りうるいくつかの要素を自分なりにリミックスした独自のファンタジーになってしまっている。これはリアルな恋愛についてもまったく同じことであって、要は勝手に好きになって妄想を膨らませた方にすべての責任はある。好きにさせてくれたそのことを感謝するべきで、それ以上を求めるところからパーフェクトな関係性というのは崩れ出すのだ。自分勝手なファンタジーと実像との間にギャップが見え隠れするようになり、気持ちがさめてしまったとしても、裏切られただとか好きでいた時間を返せだとか言うのは、お門違いも甚だしい。

いつか終わるものだからこそ、せめて後悔はしないように。積極的に「生きる」んだ、人生は1回、笑う門に福来るLife is One timeということである。たとえそれが終ったとしても、出会えたことに感謝ができるように、そんな日々を歩いていこう。

しゃゆうううううううううううううううう!!!!!

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当ブログがアンチ化しているらしい。

昨日の午後、道重さゆみファン掲示板に、「生きるブログがアンチ化している件」という書き込みがあり、これに対して、「急に発狂してるなw あいつはバカなの?」「別にアンチって感じでもないな」という反応があった。おそらく、この時点でブログトップにあった「道重さゆみの毒舌にはなぜユーモアがないのか。」という記事についてだと思われる。この記事は「ダウンタウンDX」放送中に番組を横目で見ながら書いたものなのだが、もちろん道重さゆみがまだ出ていない前半部分のことである。

道重さゆみが登場する後半が始まった頃、記事の更新はすでに完了したのだが、ちょうど我が家では夕食の時間になった。ワンセグケータイを消して、お茶の間の液晶テレビで見ることにした。妻は普段私が見ない番組にチャンネルを合わせたことを訝しがっていたが、道重さゆみが出演していることを知ると、「なんだ、この子が出ているからか」と納得していた。そして、道重さゆみのトーク場面では笑っていたし、私服を公開するコーナーでは「脚細いね」と好意的な感想を述べていた。あれだけいわゆる一般視聴者にフルボッコされた「ロンドンハーツ」についてさえ、「あの子面白いね」と言っていた。かなり大丈夫な気もしてきたが、さすがに写真集やDVDを持っていることなどはまだ内緒にしておこうと思う。苦手だったはずの穴子が好物のひとつになったのが道重さゆみの影響だと知った時は、ちょっと引き気味だったからな。

さて、アンチ化しているか否かという件についてだが、あえてスルーせずに考えてみたい。ブログ主である私自身はアンチ化している自覚は一切ない。しかし、それを判断するのは実のところ読者様なのではないかという気がするのだ。1つのご意見の背後には多数のサイレント・マジョリティ―のみなさんがいらっしゃるという定説から判断して、あれを読んでアンチ化と判断された方々も少からずいらっしゃっただろうし、もしそれが多数派かつ説得力のある物だとした場合、私はアンチであるということにもなりかねない。そもそもあの記事のタイトルは、まさに当日にモ娘(狼)板に立っていたアンチスレッドの物をそのまま流用している。タイトルはアンチ風味だが、読んでみるとまたしても気持ち悪くイジイジと盲目ヲタ風情が勝手に苦悩していた、というギャップを狙ってみたつもりなのだ。それがアンチだとか発狂だとか取られてしまうこともある、ということである。だが、しかし、本当にアンチではないのだろうか。

私がハロプロ系掲示板において「名無し募集中。。。」で書き込んだり書き込まなかったりしていることを今更隠すつもりもないのだが、いわゆるヲタ論争というものに巻き込まれることがある。ほとんどは単純に嫌いなメンバーを叩いたりそのファンを煽ったりしたいだけという、とても論争などと呼べた物ではないのだが、時にはメンバーやグループの本質についてかなり掘り下げて考察が行われている場合などもある。

道重さゆみについては特にデビュー当時とここ数年の路線の間に隔たりが大きいようで、よく議論になっていた。昔の路線を支持するファンの中には、現状を嘆く者も多く、かつての思い入れが強い程その傾向が見られるように思える。はじめはファンを装ったアンチの工作かと思い、確かにそれもあるのだが、本当のファンも混じっていることも分かってきた。それに対する私の感想というのは嫌ならば勝手に去ればいいのに、というものであった。私自身、道重さゆみの良さが分かったのが2007年以降と日が浅く、デビュー当時のイメージに全く思い入れがなく、かつ現状をほぼ完全肯定しているため、わざわざファンスレッドまで来てネガティブなことを言っている輩が鬱陶しくて邪魔くさくて仕方がない。そして、「盲目ヲタ」だとか「メンバーを甘やかすタイプのヲタ」だとか言われる。しかし、たかがアイドルのことである。こっちが勝手に好きになってファンをやっている訳であって、好きならば応援する、好きじゃなければ応援しない、そういうことでいいのではないか、としか思っていない。いわゆる「盲目ヲタ」になるだけの価値があると思うから応援している訳であり、それ未満なのだとするならば、そもそも別の物を追いかけているよ、と言いたい。「メンバーを甘やかすタイプのヲタ」に関しては、確かにそれはそうだとしか言い様がない。私にとってのアイドルというのは、語源通りに崇拝すべき偶像であり、立場は完全に絶対的に向こうが上である。それをこちらが教育しようだとか矯正しようだとか、そういう考えが生まれた時点で関係性は崩壊する。こちらが相手に感化され触発され変化するような、そんな物だけをただただ求めている。私の場合はリアルの異性関係においてもこれを求めてしまうがために関係者に迷惑をかけてばかりなのだが、ここ最近は道重さゆみがいてくれるおかげで、実に平穏無事な日常となっている。こう改めて書いてみると、本格的にヤバいことが分かってくるのだが、真実なので仕方がない。

そのようなことをふまえて考えると、確かにあの記事が鬱陶しいネガティブアンチ作文に見えてしまったとしても仕方がないし、無意識のうちに実際にそうなってきてしまっているのかもしれない。確かに真性の「盲目ヲタ」ならばあのようなことは書かないだろうし、そのような人達からすると、「嫌ならば何も言わずに去れ」となるのかもしれない。それも仕方がない。しかし、どう贔屓目に見ても、「マイフェアレディ」のような路線には良さを感じられない。これはひょっとして終りの始まりなのか。そうではないと意識の上では確信しているのだが、無意識に何が進行しているのかということはなかなか分からないことで、ある日突然に終った後で気付くものではある。来週の予定表にも道重さゆみ活動に費やす時間はしっかりと確保されているが。理想の実現のために英語をちゃんと勉強し直すことに決めたけれども、それでもこれは絶対に欠かせない。葛藤こそが道重さゆみであり、極度にさゆいぜ。

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道重さゆみの毒舌にはなぜユーモアがないのか。

9月23日夜、TBSテレビの「マイフェアレディ」なる番組に道重さゆみが出演した。この番組出演の情報を聞いた時にはどのような番組なのかさっぱり見当もつかなかったのだが、インターネットで調べてみて、SMAPの稲垣吾郎が友近や森三中といった女性お笑い芸人と一緒にやっている番組ということがあった。おそらく以前に放送していた「Goro's Bar」という番組に似たテイストであろう。その番組ならば以前に何度か見たことがあり、次長課長とシャカが同格のレギュラー出演者だったことを覚えている。

そこで何やらあまりよい予感はしなかった。昨年までの状況を考えれば、ここまでテレビ出演が多いこと自体が奇跡的であり、その内容云々を言っているなどというのはいかにも贅沢なことなのは百も承知である。しかし、人間は自由であるべく呪われていて、欲望は果てしない。「今夜もうさちゃんピース」の時間と重なっていたが、こちらはどうせ後からテキスト落としのために録音したものを聴かなくてはならないため、いつものワンセグケータイで「マイフェアレディ」の方を見た。

今回の企画はアイドルチームと女芸人チームが、自分に似ている芸能人を選んで、その顔に整形するならば費用がどれだけかかるのかを計算、合計金額が少ない方が勝利というもの。アイドルチームは道重さゆみの他に青島あきな、手島優、女芸人チームは森三中の大島美幸、友近、ハリセンボンの箕輪はるかであった。木下優樹菜がご意見番のようなポジショニングで一段上の扱いをされていたのが印象的だった。それぞれ1対1の対戦を3度行うわけだが、第1戦目が道重さゆみと森三中・大島美幸だった。ここで、道重さゆみは勝つのは分かり切っている、VTRを見るまでもないというようなことを言う。そして、似ている芸能人として憧れの小倉優子の名前を挙げ、唯一自分よりもかわいいと思う、と言った。ここの部分は画面にテロップも流れ、番組としても強調していたのだが、おなじみブリッコナルシストキャラの強調である。この時点で、同じアイドルチームのメンバーから、一緒のチームなのが嫌だというような発言が出る。勝負は道重さゆみの勝利であり、整形手術の金額を算出する先生も、道重さゆみに対してわりと好意的なコメントを出す。道重さゆみが小倉優子が自分より唯一かわいいと思うと発言したことを受けて、MCの稲垣吾郎が、整形をして顔が小倉優子になると1番になってしまうというサービスコメントを出すと、道重さゆみもそれに乗っかろうとするが、友近からそのへんでやめておくようにという一言で制止される。また、別の対戦ではハリセンボンの箕輪はるかに対して、「印象が薄い」と言い、それは関係ないだろうと流されて終わった。

毒舌が売りのタレントといえば、やはりビートたけしが真っ先に思い浮かぶ。私が中学生の頃にMANZAIブームというものがあり、その中の人気コンビの1つが、ビートたけしときよしの2人からなるツービートであった。実は当時、いわゆる一般視聴者によりウケていたのはB&Bやザ・ぼんちであり、ツービートの人気は3番手か2番手といったところだった。しかし、B&Bやザ・ぼんちのファン層はどちらかというとミーハー的な部分があり、ブームが終息すると共に、一気にどこかへ行ってしまった。ザ・ぼんちなど、全盛期は武道館でコンサートをやったり冗談で吹き込んだレコードが「ザ・ベストテン」にランクインしたり男性ファッション雑誌の表紙を飾ったりするほど人気があった。ツービートは当初から社会風刺的な内容から大人や男性にウケていたが、ブームが下火になるのと反比例するようにして、ビートたけしが当時の若者のカリスマ的ま地位を獲得していった。その大きなきっかけとなったのが、深夜ラジオ「オールナイトニッポン」である。この番組は、実はレギュラーだったダディー竹千代の聴取率があまりにも奮わないということで、改編期でもない1月から急場しのぎで起用されたものである。ところがフタを開けてみれば、その過激な内容が大いにウケ、この番組を聴いていなければクラスの会話についていけないぐらいの人気番組になった。

当時のビートたけしがやっていた毒舌とはどのようなものだったのか。まず、ツービートの漫才で有名なのは、「赤信号みんなで渡ればこわくない」をはじめとしたブラックユーモアを交えた標語ネタや、お年寄りや地方出身者を差別する類のネタがあった。これらは、「ツービートのわっ毒ガスだ」という本にまとめられ、この年の年間ベストセラーの第6位になっている。当時中学生だった私が家の近所の太陽堂書店という小さな書店で「がんばれ!!タブチくん!!」か何かを立ち読みしていると、サラリーマン風の大人の男の人が入ってきて、「ツービートが書いた本ありますか?」と聞いていた場面をなぜだか覚えている。また、「オールナイトニッポン」以降は、モテない男、勘違いしたブス、情けない中年サラリーマンなどをネタにして、次々とヒットを飛ばしていく。初めのうちは頭の堅い視聴者から不謹慎だという批判やクレームも多数あったのだが、次第に時代の感性の中心のような感じになっていく。では、なぜビートたけしの毒舌は受けたのだろうか。

まずはビートたけし本人が見るからに不格好でコンプレックスの塊というようなルックスであったこと、また、毒舌の内容が視聴者にとって共感を呼ぶようなものだったということが大きい。当時、タブーとされていた社会のさまざまな矛盾や建前に対し、鋭く切り込んでいったのだ。ビートたけしは当時すでに30歳を越えていたのだが、明らかにこちら側の大人であるという印象があり、人生についての真髄のようなことを言っていると思えるところもあった。たとえば、「人生に期待するな」というような言葉である。青春ドラマのうさん臭さ、CMで見られる試食インタヴューのわざとらしさ、また、プロ野球のパ・リーグの試合が中止になって急遽生放送で漫才をやった時などは、「中止になった方がよっぽどいいですな。あんな田舎のバカ試合」などということを平気で言っていた。本当は言いたいけれども言ってはいけないのではないか、この何だか釈然としないモヤモヤした感じは何なのだろう、とても当たり前のようにみんながやっているが実はおかしいのではないか、こういった物事に焦点を当て、明るみに出し、笑いに昇華した。つまりはそういうことだろう。本当に痛快で腹を抱えて笑ったものだ。アメリカやイギリスのスタンダップ・コメディーというのも、だいたいこのようなものである。

道重さゆみの毒舌キャラというのはいつごろから前面に出てきたのだろうか。2006年6月以前にはモーニング娘。や道重さゆみについて一切感心興味がなかった私にはよく分からないのだが、「ハロー!モーニング」の過去の映像などを見ると、先輩の中澤裕子に毒づいている場面などが結構ある。視聴者のほとんどがモーニング娘。やハロー!プロジェクトのファンであり、当時はまだ加入して間もない新人の道重さゆみが明らかに力関係が上の中澤裕子に対して毒づくという図式が大いにうけたのだろう。他には同じく先輩の石川梨華に対しての辛口発言なども同様に楽しめる。そして、私がリアルタイムで知っているところでは、藤本美貴から「意外と黒いよね」と言われたことを発端とした腹黒キャラというのもある。これは、ラジオ「今夜もうさちゃんピース」初期の名物コーナー、「天使さゆみと小悪魔さゆみ」の元にもなっていて、いわゆるギャップの魅力というやつである。もちろん、天使の部分が前提としてあってこそ、初めて面白さが生まれる。

昨年の夏、大阪に遊びに行った。大阪城の近くで開催されていたオーサカキングというイベントにも行ったのだが、そこではミニラジオ局のようなものも開設されていて、公開放送を行っていた。その前の年には、これに道重さゆみと光井愛佳がゲスト出演し、これを観覧に行ったのが私にとって初めての大阪体験だったのだが。たまたまその時には、吉本新喜劇などで活動する女性タレントの宇都宮まきが出演していた。その時点で、私はこの人について予備知識が一切なかった。ルックスはアイドルっぽくグラビアの仕事もしているということで、吉本のマスコット的存在なのだろうか、などと思った。そして、スタジオに吉本新喜劇で座長を務めている小藪千豊が入ってきた。東京ではあまり知られていないかもしれないが、大阪ではレギュラー番組などもあり、かなりの有名人のようだ。この数時間前には、笑い飯と一緒に公開ラジオをやっていて、なかなかくだらなくて面白かった。そして、小藪千豊かが登場するやいなや、話の流れなどは一切なく、宇都宮まきが意味なく毒づきはじめたのだ。しかもその内容というのが、馬面だとか髪型が微妙だとかいう見た目に関するものばかりで、まったく笑えない。ただよく分からない小娘が先輩に生意気な態度を取っているようにしか見えず、不愉快な気分にしかならなかった。小藪千豊も明らかに不機嫌になり、芸能界のしきたりも知らず、ただちょっとかわいいというだけでいまはそこそこ出られているが、そんなことではやっていけない、などというマジレスを返す。そして、それまでは和やかだった会場の雰囲気もどんどん醒めていった。

私はこの時にはじめて宇都宮まきというタレントを知ったのだが、これだけしか情報がないものだから、とにかく印象が悪い。一体どういうスタンスの人なのだろう、どうでもいいのだが、気になって帰ってからネットで調べたりブログを読んだりしてみた。そうすると結構優しい心を持っていて、人を思いやる気持ちも強い女性だということが分かり、安心した。だとしたら、あの毒舌というのは一体何なのだろう。

とにかく悪口を言い合うというような番組、特に「ロンドンハーツ」などはそうなのだが、あれはプロレスと同じようなものなのだろう。リアルな社会生活において、気に入らない人間を殴ったり蹴ったりすれば犯罪になるし、教育的指導だとしても暴力は完全に排除すべしという世の中である。それでも、動物的本能として暴力的なものに対する欲求はある。それをたやすく満たすために、プロレスとかボクシングはあるのではないか。そのルールを守って、あくまで番組の枠の中でやる分には問題がない。そこに勧善懲悪だったり復讐劇だったりのドラマ性も盛り込んでいったりする。憎まれ役、悪役、いわゆるヒールも登場するのだが、トータル的にそいつらがやられることによって、爽快感、痛快さが得られるように構成、演出されている。ここが肝心なところである。

「ロンドンハーツ」の「格付けしあう女たち」はガチンコバトルのように見えながら、傷をなめ合う的な負の共有感覚というのもある。それは、視聴者とも共有されているものである。だから、出演者や視聴者は新参者に厳しい。新しい生贄、負け犬こそが求められているのだ。あの番組において道重さゆみが成功したと思えるのは、その番組のパターンであったりタブーのようなもの、その強い力を初登場の若いたかだかアイドルがぶち破った痛快さにある。あれを見て怒った視聴者も、結局強い悪役が出てきたことを喜んでいるのだ。道重さゆみ側の立場で見ている者、たとえば私などにとってみても、このアウェイの場において、道重さゆみがどのような闘い方を見せるのか、また、どのような成長を遂げるのかを見守るドキドキワクワクがある。このリアルな興奮があることが、道重さゆみファンをやっていることの醍醐味だとすら思える。明石家さんまとやっている「ヤングタウン土曜日」などにしても、数々の葛藤を経て、大きな成長を見せた。道重さゆみならばやれるという確信がある。そして、また、その姿が見ていて爽快であり、刺激を与えてくれる。

「マイフェアレディ」において、整形というルックスに関する対決というところからして、アイドルと芸人ではどちらに分があるかは明らかである。そこでどのような振る舞いが正解かという課題に対応が出来ていない、もしくは誤った対応が取られているがために、道重さゆみをひいき目に見ている私ですらがまったく楽しめない感じになってしまっている。ではどうすればよかったのかというと、それもよく分からず、所詮は安全な場所で好き勝手を言っているだけに過ぎない。しかし、私は道重さゆみのよさというのは、弱い者の立場で考えることができたり、人に対して思いやりを持てたりするところだと思っている。それだけに、この打ち出し方では、そんなものが一切伝わらない上に、実は本質と真逆な物を演じているのではないかとすら思えてくる。このあたりは演出として分かってやっているところもあるのだろうが、やりすぎてそもそもの本質が何であったかを見失ってしまいやしないかと、そのことが心配である。

たとえば、「ごきげんよう」において、自分よりもかわいい女の子が嫌いだと言っていた。これは、いわゆるブリッコナルシストキャラとしての打ち出しを強化するための戦略であり、道重さゆみがかわいい女の子が大好きなことはファンならば誰でも知っている。というか、つい昨日放送された「今夜もうさちゃんピース」でも言っている。分かりやすい設定のために、あえて事実とは違うことを言っているのだ。これはいい。番組も盛り上がったし、戦略としてはうまくいったと思う。だがしかし、この傾向がいきすぎると、よく分からないことになってくる。

「秘密のケンミンSHOW」で、どこかの名物を辛口で評価していた時にも同様のことを感じていたのだが、やはり毒舌というのは聞く者が共感し、痛快に思ってこそ成功する。いま、道重さゆみは、毒舌とはいったい何なのか、自分はそれを通じて何を表現したいのか、そういうことについて、ぜひ葛藤して、その結果を見せてはくれないだろうか、などと相も変わらず安全な場所で好き勝手なことを言っている。しかし、せっかくのチャンスが実にもったいないのではないか、という思いは本当にしている。以上、「ダウンタウンDX」を横目で見ながら作文したが、いまだに出番が来ない。


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さゆみになりたい。

先週の「東京フレンドパーク」はお茶の間で途中から見た。相変わらず道重さゆみ関連コンテンツに関しては捕獲することに必死なのだが、モーニング娘。がグループで出演しているそれについては、それほどでもなくなってきている。なので、この日も番組があることはなんとなく覚えてはいたのだけれど、あまり積極的に見ようという気もせず。おそらく、どうせOGの添え物的扱いだろうという勝手な思い込みもあった。

おそらく自室にてパソコンで何らかの作業をしていると、妻から夕食の支度ができた旨の連絡があり、お茶の間に移動し、テレビをつけてチャンネルを合わせたわけだ。

道重さゆみが出演しているテレビ番組をこのような状況で視聴するという試みは以前に何度か実施したのだが、これは無理という結論がすでに出ている。なぜなら、好きすぎてつらいからだ。よって、在宅時は自室にてワンセグケータイで独りで見ている。この間の「ロンドンハーツ」などは妻はお茶の間のテレビで見ていたようなのだが。

ただ、この日の「東京フレンドパーク」は、出会い頭的な感じもあり、かつ単体での出演ではなかったため、そのまま流れで最後まで見た。なかなか面白かった。道重さゆみが前面に出る場面はすでに終っている雰囲気だったのだが、ギャラリーで見せる無防備な素の表情というのもなかなかよく、じゅうぶん満足した。番組冒頭に道重さゆみが目立つ場面があったことを後で知ったが、特に必死で捕獲しようとも思わなかった。

そして、私が定期的に閲覧している唯一のハロプロ系ファンブログでこの場面の詳細を知ったのだが、これが実に最強すぎる。私にとってはやはりコント赤信号のリーダーである渡辺正行の「自称かわいいんだよな?」というフリに対し、「みんなが認めるかわいさです」、さらには「ロンドンハーツ」で一気にブレイクした「極度にかわいい」。圧倒的である。

「ロンドンハーツ」でのブリッコナルシストキャラの押し出しには戦略的な部分もあるとは思うのだが、それにしてもいわゆる一般視聴者のある層を確実に怒らせた。とにかく自信のなさを同調圧力によってタブー化することでなんとか感情崩壊を防いでいるかのような不機嫌な平成ニッポンのコミュニケーション状況において、道重さゆみの存在は衝撃的すぎた。気になるし無視できない。ケータイなどで自分に対するファンや世間の評価などを逐一調べているに違いない道重さゆみは、確実にこの状況を知っている。にもかかわらず、この路線を修正するどころか、グイグイ押してきている。「極度にかわいい」というフレーズ自体も「ロンドンハーツ」で出会い頭的に発せられたものをMCの田村淳が面白おかしく取り上げたことによってブレイクしたのだが、これを「ポケモー。」ではじまった自分のコーナーのタイトルにしてしまう貪欲さ。これをさらにブレずに貫き通すことによって、近々、道重さゆみアンチの典型論理である「自分で自分をかわいいと言うなんてどうかしている」という物言いそのものが、不機嫌でダサくてカッコ悪いという雰囲気になる。ここまで闘う覚悟あってのことなのだろう。なぜここまで強いのかというと、その根底に確固たる信念があるからである。

人生も長年やってくると、そもそもの人として生きる上での信念やら理想やらが色褪せて、守るものが増えるにつれ、リスクを最小限に抑え、なるべく無難にやり過ごそうとするようになる。しかし、そこに本当の意味で「生きる」ことの充足感や肯定感はなく、いつしか心が薄べったくなってしまう。しかも、ほとんどの場合、自覚すらなしにそんなふうになっていってしまう。元気がなく機嫌がよくない平成ニッポンにおいては、なんとなく国全体がそんな雰囲気に包まれているような感じがある。だからこそ、逆にやるチャンスだろうということもいえる。

人間とは「生きる」ことにいちいち理由だとか意味だとかを必要とする唯一の動物なのかもしれない。実に面倒くさい。しかし、だからこそ面白い。自分自身が世界とどう関わり、何を理想とし、そのために何をなすべきか。このような認識があってこそ、輝くものだ。これを私に思い出させてくれたのがは紛れもなく道重さゆみであり、いつもつねに刺激し続けてくれている。

昨日、仕事場を訪れた商品部のM氏と打ち合わせを兼ねて食事をしたのだが、時事ネタの流れで酒井法子の話題になった。そこから80年代のアイドル勢力図や私が何をきっかけにアイドルシステムに疑問を感じ、そこから離れたかという話に発展した。それではなぜにいま道重さゆみなのかという問いが発せられ、それに対しては軽々しく答えられるレベルの話ではないのだが、要はこのブログに書き連ねているようなことを約10分に要約して説明した。その反応とは、「宗教だね」というものだった。それを人が苦痛から解放されしあわせになるために必要とする何らかののものと定義するならば、紛れもなくそういうことである。私の「今夜もうさちゃんピース」テキスト起こしが写経のようなものだというのは、そういう意味である。

さゆみになりたい。

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道重さゆみと平成ニッポン。

大阪に来ている。到着4時間にして早くもこなすべき用件の幾つかを済ませ、その合間になんばグランド花月近くの釜たけうどんでちく玉天ぶっかけを食したり、そごう心斎橋本店が閉店したことを確認したり、2年前に本物の道重さゆみを目撃し、人生が変わるきっかけとなった大阪城公園を散策し、船場カリーアトレ店牛すじねぎカリーを食べ、不覚にもお腹いっぱいである。ダイワロイネットホテル四ツ橋は宿泊料金が安いことはもちろんなのだが、14時からチェックインが出来るのも大きな魅力だ。という訳で、早くも落ち着いている。いや、まだまだ用件があるし、せえっかくなので行っておきたい場所もあるので、より全開でいきたいところではあるのだが。現場から致命的な問題の報告が入ったが、これも確信を持って遠隔解決している。

さて、昨夜は早寝しようとしたものの、某スレッドの数名の方々に励ましのお言葉をいただいたりして遅くなってしまった訳だが、昨日、道重さゆみが出演した「ロンドンハーツ」の反響がものごっつい。やはり道重さゆみは本物だな、ということを強く感じる。20年近く日本の芸能界・音楽界にほとんど興味がなく、テレビもあまり見ない私が、なぜ道重さゆみにだけ強く反応してしまったのか。それは、さまざまな偶然なり必然が招いた事実であり、道重さゆみそのものがそれほど特別な訳ではないのではないか、とも思っていたのだが、いざテレビ出演が増えると、こういう状況である。この現象を読み解いていくと、なぜ私にとって道重さゆみがこんなにも重要なのかということ、平成ニッポンが抱える憂鬱な日常に、なぜ道重さゆみが現れなくてはならなかったか。サッチャー政権下のイギリスの抑圧された社会に突如としてパンク・ムーヴメントが生まれ、多くの反感を買いながらも、世界を鮮やかにポップに塗り替えていったことが連想される。

まず、敵意とは、恐怖から生まれる。これはかなり以前にマドンナがインタヴューにおいて、誰かの言葉を引用して語っていたのだと思うが、ただ何となく好みではないとか自分の趣味に合わないというものであれば、無視していれば済むことである。これを嫌い、憎むだけの理由と正当性を探し、それをわざわざ言葉で発表するということにはかなり大きなエネルギーを要する。掲示板などでいわゆるアンチ活動や荒し行為を行うような人達、会社や学校でいつも人の悪口ばかり言っている同僚や同級生というのがいる。もっと有効なことにエネルギーを費やせないものだろうか、なぜ、好きな物よりも嫌いな物の方に自分の時間や労力を費やすのだろうか、と不思議に思ったことはないだろうか。これはつまり、必死なのである。それを認めてしまうと自分の存在意義が否定されたり消えて無くなったりしかねない、そういう状況に置かれている。だから必死で否定するのだが、自己防御の為の攻撃性というだけではあまりにも根拠が弱いような気がして不安になる為、他者に同意を求めたり、客観的に否定をしやすいような側面を探し出して誇張したりする。自分が敵視している物事の存在を考えた時、それらは自分の存在を脅かす恐怖をもたらすような物であるはずだ。一方、恐怖するに値しないものに対しては、憐れみや軽蔑しか感じず、敵意を抱いたり憎むというレベルには発展しない。また、実は激しく敵意を抱いているのだが、それを認めたくないが為に、憐れんでいることにするという場合もある。

今回もアンチか誰か分からないのだが、いわゆる一般視聴者のブログやSNSなどから道重さゆみに対する否定的な言葉を抽出するという地道な活動をしている方々のおかげで、あまり苦労することなく、これらを多数一気に読むことができた。若い子というのは昔から芸能人の悪口を言うものであり、特に同性アイドルなんていうのはその標的になりやすい。たとえばmixiとかモバゲーとかの書き込みというのは、昔ならば学校の教室や放課後のファストフード・レストランなどで友達同士でしゃべっていたような内容が文章になって不特定多数が見られる所に出ているだけであり、これらをあらかじめ不特定多数に読まれることを前提とした文章と比較してもあまり意味がない。それはそうとして、どうやらある意図の為に捏造されたものも中にはあるという話もあるが、まずは量が圧倒的に多い。そして、芸能人をこんなに嫌いになったのは初めて、というような書き込みがいくつか見られる。

主も多い批判内容は、自分のことを可愛いと言っているのが気持ち悪い、イタいというもの。まず、大半の人は自分にいくらかのコンプレックスを持っている。それをかばい合ったり気を遣ってふれないようにすることによって、コミュニケーションが成立している。自分の意見を主張するよりも、その場の雰囲気を壊さないことを重視するようなコミュニケーション状況があり、それは「空気読め」という言葉の流通に象徴されている。しかし、このような表層的なコミュニケーションは、生身で切実な欲望や感情を隠蔽し、それらは歪んだ形で噴出する。ブログや掲示板の荒し行為やインターネットを舞台とした陰湿ないじめなどにそれが表れている。これが正しいとか正しくないとか言ったところで意味がない話で、これが現実というだけのことである。

場の雰囲気を崩さず、空気を読んで生活しているが、実存が空虚だ。自分とは一体何なのだ。それに確信が持てて、ブレずに真っ直ぐに生きている人は、他人の誹謗中傷なんかはしない。時間と労力の無駄だし、だいいち他にもっと大事なやる事がたくさんある。自分の存在や生き方に確信が持てず、このままではいけないとは思いながらも、ついつい楽な逃げ道を探してしまう。確かに、時代は何となくそんな気分だし、それがやむをえない部分もあるだろう。インターネットの掲示板の幾つかや芸能人が悪口を言い合うバラエティー番組というのは、そういう人達が、ひとときのダメだとは分かってはいるが気楽に楽しめる娯楽ではある。コンプレックスを突かれ、誹謗中傷され、落ち込んだり落ち込まされたりして、それでもその根底ではフォローし合っているという暗黙の了解。これを見て安心する訳だ。芸能人も同じなのだと。あからさまな不幸は無いが、なんとなく不機嫌で憂鬱な気分が蔓延する、平成ニッポンとはこんなところか。努力は報われないが、それはおそらく生まれた時代が悪いのであって、自分は何も悪くない。なぜなら、自分は空気が読めるし、友達からも性格が良いと言われている。ブログにもコメントがたくさん付いているし、マイミクだってたくさんいる。

道重さゆみがなぜここまで、いわゆる一般視聴者を怒らせたかというと、それは上記のタブーをことごとく破ったからである。よって、自分のことを可愛いということに対し、批判が集中する。本当は自分もそう言いたいが言えない。そして、そんなに可愛くないよね?と共感を求める書き込みをする。そこに慣れ合いコメントが付いて安心する。自分の方が道重より可愛いとは書かず、misonoの方が、スザンヌの方が、自分の周りにはもっと可愛い子がいる、などと書く。自分の方が可愛いと書いているブログもあったが、見てみると本当に可愛く、しかもその女性は道重さゆみを肯定していた。それだけではさすがに不安なのか、モーニング娘。は落ち目だとか、客観的に同意しやすい要素を引っ張り出して来て安心する。あとは、先輩に対してあの口の聞き方はないとか、常識を知らないとか。あの番組に出るにあたって、道重さゆみがあれこれ葛藤し、その中でも番組に求められている役割を模索し、なんとかやり切り、その後も気になって共演者の楽屋に挨拶に行った。以下は、先々週のラジオ「今夜もうさちゃんピース」で語っていた言葉である。

「収録前の、あの、前夜から、超緊張してて、もう本当、胃が痛くて、どうしようと思って、やっぱなんか、あの、何が正しいのかっていう答がないわけじゃないですか。なんか、これを言っていいのかどうかも分からないし、言っちゃったらもう終わりだし、何をいまさゆみに求められてるかもよく分からないし、で、なんかこう、あの、まあ、MCの、あの、ロンドンブーツ淳さんもいるけど、でも、こうなんか、たくさん、本当に...本当に、こうなんていうんですか、すごい方じゃないですか、大物女優さんだし、だから、本当にこれを言っていいのかとか、なんか、やっぱヤバいこと言っちゃったなって、その、収録中に、やっぱちょっと後悔してる自分もいるし、でも、でも、大丈夫、さゆみはもうこれでやるって決めたから、もう全然後悔なんかしちゃダメだと思って、もう自分に言い聞かせて、すごい頑張ってる自分もいるし、もうだからね、すっごい、あの、緊張してるふうに、たぶん...自分でも見えなかったんですけど、いやー、ずっと緊張してましたね。緊張っていうのかな、あれは。なんか、あの、とりあえず何をしゃべっていいのか分からないというか、これをしゃべって、あの、いい方向に転がるかどうかって、初めてだったんで、どういうふうになるかっていう想像が付かなすぎちゃって、それがすごく難しかったんですけど、
やっぱ放送を見てくれた、あの、メンバーとかも、「面白かったよ」とか言ってくれたし、こう結構なんか、反響が大きかったので、その分では、あ、よく...ちゃんと出来たのかなっていうのはありますね、はい。
でもやっぱ本当緊張しましたね。もう本当にドキドキでしたもん。あの、だから、最後、終わった後に、あの、それぞれ、楽屋に挨拶させ...しにいかせてもらったんですけど、もうなんか本当に怖かったですね。
でも...え?誰が怖かった?さゆみ的には、言っちゃっていいのかな、国生さゆりさんが怖くて、でも、同じ元...あの、元...元アイドルって言ったらまたなんか支障があるかもしれないんですけど、こうなんか、おニャン子クラブさんでやってらっしゃったから、あの、まあ、いろいろまた、その、さゆみの毒をいっぱい吐いちゃったから、「あ、いろいろすいませんでした」って言ったら、「あ、全然大丈夫だよ」って笑顔だったんですけど、さゆみにはその笑顔に、また奥に何かがある気がしちゃって、すごく怖かったです。
でも、まあ、みなさん本当、「全然大丈夫だよ」「全然あれでいいんだよ」って言ってくれたので、すごい安心はしたんですけど、はい、でもなんか本当に、あの、あの場ではすごい、やっぱちょっと、なんだろう、番組的にか分かんないんですけど、ギスギスっていうか、結構あの、なんか、ちょっと飛び交ってる感じじゃないですか、なんか、お互いの意見が。でもすごい、終わるとみんなすごいなんか、優しくしてくださって、あ、本当にみんないい人なんだなっていうのはすごく感じますね。はい、そこに助けられます」

では、なぜ道重さゆみはあそこまでやるのか。こればかりは私には分からないが、何か偉大なことをやり遂げる人というのは、凡人には理解不能な原理原則で動いているものである。当初、私は、明らかに集中するであろう多数の非難の声に道重さゆみが押し潰されてしまうのではないかと心配していた。道重さゆみは、何でもケータイサイトで調べる習慣があり、「ロンドンハーツ」に対する誹謗中傷も分かった上でやっているに違いない。そこにどのような使命感だったり証明すべき理想があるのか。道重さゆみを誹謗中傷している大半の人達が誤解し、また、道重さゆみが意図的に誤解させているのが、道重さゆみは本当に自分のことを一番可愛いと思っているということである。道重さゆみこそコンプレックスの塊である。小さい頃から体が弱く、性格も地味でおとなしく、運動が出来ず、テニス部に入っても1人だけ新人戦に出してもらえず、中学受験には落ち、モーニング娘。に入ってやっとそれまでの不遇の日々が報われると思いきや、同期がソロ写真集やDVDを出すなかでなかなか自分だけ出せなかったり、歌のパートがもらえなかったり、デビュー当初の可愛い妹系キャラも後輩に奪われたり、本当に自分に価値はあるのだろうかと悩み苦しみ、その中でも自分に自信を持たせるために「よし!今日も可愛いゾ!」をやったり、ファンの応援に力をもらったりしながら、なんとか頑張ってきた。そして、3年前辺りからソロラジオが始まれば常にメモにトークのネタを書きため、明石家さんまのラジオのアシスタントに抜擢されれば、初めのうちは酷いこともいろいろ言われながらも果敢にチャレンジを繰り返し、いまやさんまが認めるまでになった。写真集やDVDが出る頻度も高まり、デビュー6年目にして初のソロ局ももらい、バラエティー番組単体出演というチャンスも掴んだ。道重さゆみのメッセージとは、こんなコンプレックスだらけの自分でも、自分は可愛いと言い聞かせて、何事も前向きに積極的に自分らしく取り組めば、みんなもっと幸せになれるはず、ということではないか。

私が道重さゆみに出会って一番良かったと思うことはやはりこの部分であり、人はちょっとしたことでネガティヴになったり自分を卑下したりするものだが、謙虚な姿勢はあくまで持ちつつも、あくまで自己を肯定し、良い所を伸ばしながら足りない所を補っていくというのが正しい。同じ人はいないんだ、みんながオリジナリティーということで、その場面でビビっちゃいけないのである。他人に対してそのように接しれば、それは自分にも返ってくるし、自分がそのような姿勢で生きていれば、自然とそのような人達が周囲に集まってくる。そして、自分の生を心から肯定できるようになり、それは周りをも幸せにする。これは人が生きる上での原理原則のようでもあるが、実行するのはなかなか難しく、私は道重さゆみに出会うことによって、これをリアルに自分のものとして取り戻すことが出来たし、このことは本当に感謝している。

道重さゆみの真相や深層、家族や地元を愛する素朴な心を持ったきわめて人間らしく気配りも出来る子であるという部分はまだ広く知られてはいない。3層構造のほんの表面に過ぎない。道重さゆみが明らかにしたものとは、今日のインターネット上のコミュニケーションというものが、いかに表層的なものに過ぎず、しかもあたかもそれが本当のコミュニケーションであるかのように誤解されているか、という現実である。ここからこれをどうしていくのか、というのはこれからの問題だ。

この文章を書いている間にも現場での問題が解決したので、そろそろ梅田の方に出かけてくる。まだ串カツもたこ焼も紺野あさ美が大好きな551蓬莱の豚まんも食べていない。しかし、梅田に着いたらまずはジューススタンドでミックスジュース。あと、水都大阪2009というのをやっているらしいのだが、どうなのだろうか。中之島の方でライトアップとかをしているらしい。だがしかし、新世界の方にもやはり行っておきたい。悩みは尽きない。では、また後で。


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全開で行こうかな(「ロンドンハーツ」の感想など)。

「ロンハー」おもしれええええええええええ。
いやー、もう期待の遥かに上をいく振り切れ具合、感動した。

前回放送時から、道重さゆみのヲタ以外の一般向けの戦略をどうすべきかなどをあれこれと考察していた私だが、そんな必要は一切無かった。当の道重さゆみ本人が一番ちゃんと分かっていたのだ。その根底にあるものはいまだによく分からずにいるのだが、とにかくこの爽快感というか疾走感は本物であり、道重さゆみにこんな潜在能力があったという事実に改めて驚かされた。

本日放送の「ロンドンハーツ」を見ていない方には何の話やらさっぱりだとは思うのだが、要はまたしても、「格付けしあう女たち」に道重さゆみが出演したのである。アイドル枠初出演から2回連続というのもすごいが、前回のインパクトを考えればそれも納得である。

道重さゆみはモーニング娘。に加入以降、ピュア系清純派の見た目に似合わぬ天使の毒というギャップがあった訳だが、あくまでこれはモーニング娘。のファンの中でこそ受け入れられたキャラクターである。今年初めの「教科書クイズ」から始まった単体テレビ出演ラッシュにおいては、この対ヲタクと一般視聴者に向けてのセルフプロデュースのギャップに、結構苦しんでいるように見えた。だが、その葛藤こそがリアルであり、ゆえにますます目が離せなくなった。そして、前回の「ロンドンハーツ」である。青木さやかや国生さゆりといった先輩大御所芸能人達に対して怒涛の毒舌攻勢、更に自分大好きなブリッコナルシストキャラの徹底アピール、misonoとのプロレス的バトルなど、ファンを冷や冷やさせ、一般視聴者に圧倒的なインパクトを与えた。

mixiやブログなどに道重さゆみを批判する言葉が溢れ、一時的に、「道重さゆみ」がGoogle検索ワード第1位になる。私は一般視聴者向けにまずはインパクトを与えるという目的では今回のアプローチは成功だと見ながらも、あまりにも大きい一般人からの否定的な意見に、道重さゆみ本人が精神的ダメージを受けないだろうかということが心配でもあった。明日発売の「TVガイド」に掲載されるインタヴュー記事によると、やはりネットで「道重さゆみ」を検索したようだ。そして、いろいろな意見があったようだと言って笑っている。

道重さゆみのいわゆるブリッコナルシストキャラというのは、本当は自信がない自分をポジティヴにする為にやっているものであり、ファンであればこのあたりのことはよく分かっている。ところが一般視聴者がそんなことを知るはずもなく、容姿のコンプレックスはタブーとしてスルーするのが暗黙のルールでる同調圧力を前提としたコミュニケーションにおいては、徹底的に排除されなくてはならないものである。よって、気楽に憂さ晴らしや暇潰しでテレビを見ていたいわゆる一般視聴者は、その聖域をよく知らない若くて、別に超絶に可愛い訳でも実際にはない、モーニング娘。ごときに侵されたことに対し、強い反感を覚える。もうちょっとうまいやり方もあるのではないか、などと私も思ったのだが、ここまで覚悟を決めていたとは。

高校時代に聴いた泉谷しげるの「スカー・ピープル」という曲には、「すぐ出る釘は打たれるが 出すぎる釘は打たれない」というフレーズがあり、なるほどと思ったことがある。先々週の「ヤングタウン土曜日」において、明石家さんまは、道重さゆみのキャラクターについて、典型的な女の子に嫌われるタイプとした上で、それを貫くき通せば一目置かれる存在になるというようなアドバイスをしていた。今日放送された「ロンドンハーツ」は、道重さゆみが20歳の誕生日を迎えるちょうどその瞬間にも収録されていて、このさんまのアドバイスはずっと後のことである。もう分かっていたし、決めていたのだ。

共演していた番組レギュラーのベテラン方や同じくアイドル枠で出演していたスザンヌ、misono、初出演の浜田ブリトニーらが自分の弱い面をアピールしたり、好感度を上げようという意識が見られたのに対し、道重さゆみがヒールキャラともいえるブリッコナルシストキャラを徹底していた。後半はMCの田村淳をも完全に味方に付け、「圧倒的に可愛い」「道重の言うことは絶対」などと言い出す始末。これによって、いわゆる一般視聴者の感情をさらに逆撫でしたであろうことは想像に難くない。アンチのみなさんはまたしてもこういういわゆる一般視聴者の想像力の乏しい道重さゆみ批判ブログやら日記をわざわざ探してきては、「道重さゆみはこんなにも一般人に嫌われている」だとか「モーニング娘。のイメージを落としている」などと騒ぐのだろうが、もうただただ愉快である。

この痛快さには、どこか既視感がある。それは、安全きわまりないアイドルやニューミュージックや演歌の歌手しか出演しない人気歌番組「ザ・ベストテン」にRCサクセションが出演し、ガムを噛みながら股間に手を入れて歌う忌野清志郎のカッコよさに通じている。また、これは過去の映像記録や伝説によって追体験したに過ぎないが、1970年代後半、当初の反体制的な態度は後退しすっかり巨大産業化したロック音楽界において、テクニックではなく冴えたアイデアと原初的なアプローチによって世間を怒らせ、一部から熱狂的な支持を得たセックス・ピストルズ。テレビに出るアイドル、芸能人というのは、私の昔の感覚だと、一般の人とはちょっとかけ離れた世界観だったり雰囲気を持った存在だった。テレビの中のアイドルは輝いていたが、一般にはあんなフリフリの服を着ている人はいなかった。私にとって芸能人とはそのような物で、これはロックンロールのルーツが性を強烈に意識させすぎるという理由で下半身をテレビに映すことを禁じられたエルヴィス・プレスリーの暴力性、攻撃性だったことに例えることが出来る。ロックンロールは時の経過と共に、お茶の間で楽しめる安全な娯楽に堕したが、芸能人もいつしか等身大のぶっちゃけトークだとかガールズトークだとかいう恋愛プライベート切り売りが主流の全く面白くもなんともないものになった。そこで、道重さゆみである。20歳にもなってあんなブリブリの衣装で頭にリボンを付けて、「よしッ、今日も可愛いゾ!」である。いまどき誰もやらないであろう、典型的アイドルキメポーズを恥ずかしげもなくノリノリでやる。ブレてない。カッコよすぎる。そこに理由なんていうのはない。ただ可愛いからやる。素晴らしい。初期衝動の発露が停滞した常識を破壊し、本当の真実はいわゆる良識派を怒らせる。しかし、確実に伝わる。そして、広がっていく。これはまさにパンク・ロックである。

産業ロックが大嫌いでパンク/ニュー・ウェイヴ好きの私が道重さゆみに魅かれる理由というのは、もしかするとこういうところにあるのかもしれない。

ところで、やはり明日は関西方面へ出かけることにしたので、そろそろ寝ようと思う。ちゃんとノートパソコンも持って行くので、大阪は本町辺りのホテルの部屋から「今夜もうさちゃんピース」のテキスト起こしも行う。いかんともしがたい事情でここのコメント欄は閉じているのだが、そのような直接的手段を使わずしても、分かっている人にエールを送ったり送られたり、そのことがちょっとした生きる上での喜びや励みになるということはあるものだ。慣れ合いが得意ではない、どちらかというとネコ系の傾向を持つ私ではあるが、あくまで自分の為に綴っているこの駄文の幾つかが、少しでも人の心と時間を満たすことがあるのだとすれば、それはとても嬉しいことだ。

関西方面へはちゃんとした目的があって行くのだが、せっかくなので、オーサカキング会場で本物の道重さゆみを目撃したことから全てが始まり、私自身が全開で行こうかなモードであるいまだからこそ、OKステーション跡地である大阪城近辺を巡礼してみようかなとも思う。あと、あの評判のうどんには果たしてありつけるのだろうか。明日は、「こんうさピー」テキスト起こし以外に余力があれば何か書きます。おやさゆみん。

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「生きる」ということ。

ここ数十年間でこんなにもテレビを見た週があっただろうか。とにかく先週からずっと毎日、道重さゆみが何かの番組に出演していた。単独のものもグループで出演したものもあり、これ以外にレギュラーのラジオも2本あった。例えば去年の今頃、こんな状況が想像できただろうか。願ってはいたが、まさか本当に次々と実現するとは。

道重さゆみが音楽バラエティーだけではなく、ゴールデンタイムに放送される人気番組に出演している。これはただ単に自分が好きな人をたくさん見られるという楽しみは勿論なのだが、それ以上の「生きる」ことに大切な何物かを私に与えてくれる。道重さゆみと共に同じ時代を生きられることを、本当に幸せに思える。

必要な物は全て与えられ、守られている幼年期を過ぎて、人は大人になっていかなくてはいけない。そこからが本当に自分自身として「生きる」ということであり、それまでは準備期間に過ぎない。国や時代、色々な条件があって、その中でよりよく「生きる」やり方を求め、人々の歴史は繋がっている。自分に与えられたそれは運命であり必然であるから、それを最も良い状態にすることこそが使命なのだ。悔いても羨んでも無駄なこと。

自分にとって快適な物だけに囲まれて、安全に満たされて「生きる」ことこそが優位であるという思想、快適さを犠牲にしてまで努力や忍耐や一生懸命をやることが徹底的に否定された時代というのが存在する。しかし、それは国自体の経済が潤っていて、貧しさというものの存在が無くなりつつある、あるいはそのようなことに出来る、という背景があってこそ成り立った価値観だ。それでも刷り込みは強烈である。要領よくお手軽にやるのが美徳で、真面目に地道にやるのはダサくて暗い、そのような価値観。「おいしい」という言葉が、現在のような意味で用いられるようになったのはこの頃である。大学や専門学校を卒業しても就職しなかったり、30歳を過ぎても職に就かず親と同居なんていうのは、一昔前であればかなり異常な状態だった。ところが、この頃から、就職をせずに「自分のやりたい事」を続けるのが、あまりにも軽々しく美徳化されていく。

アルバイトをしながらバンドや演劇などを続ける人達というのは確かにその前からいくらでもいただろうが、そこには世間に対する後ろめたみたいなものがあっただろうと思うし、当人達も相当の覚悟があってやっていただろう。

ところが、初めは皮肉っぽいニュアンスで用いられたフリーアルバイターという言葉がフリーターと縮められ、職業欄に書き込める位に流通した頃、そこにはある種のお気楽さがあり、時代の最先端をいっているという気分すら漂っていた。真剣にその道を究め、一人立ちしようと考えていた者もいたが、大半は就職して大人の世界に自分の未熟で無力な実態を思い知らされるのが怖かっただけなのではないかという感じがする。

それでも当時は仕事があった。いつでも「自分のやりたい事」を断念して、就職することが出来た。国の経済が潤っていたから。同じ大学で授業にはほとんど出ず、週末ともなればお揃いのジャンパーと衿を立てたポロシャツで渋谷109の前に集合し、ユーロビートをヒューヒュー言いながら踊っていた御仁達にも、一部上場企業の内定が次々と決まっていた。他の会社に行かれないように旅行に連れていってもらったりもしていた。道重さゆみはまだ生まれてすらいなかった。そんな時代である。

世界的な不況が深刻に襲う昨今、真面目に就職をしたいと思ってもなかなか出来ない。麻薬がはびこり、犯罪が増える。夢や理想が持ちにくいご時世だといわれている。それでも人生は続いていくが、またしても人身事故で電車が止まった。

外に出ることにはリスクが伴う。但し、内に篭っていたとしても、虚しく死んでいく。人生とは虚ろな物であり、心身を痛めてまで獲得すべき物など本当は無い。貧困や困窮はさまざまな思想や哲学を生み出す。一体、いかに「生きる」べきか。よく「生きる」とはどのようなことなのか?

道重さゆみが毎朝鏡を見て、「よし!今日も可愛いゾ!」と言うことは、ブリッコナルシストキャラ設定上、ひじょうに分かりやすいエピソードとして、語られることが多い。同調圧力を前提としたコミュニケーションにおいては、自信の無さや不安は極力触れないようにする為、自己愛の強調がデフォルメされたネタとして通用せず、自分自身の存在を脅かす恐怖で不安な存在として、自己防衛の為の攻撃性を誘発する。実に不健全だ。それはそれとして、これの元はといえば、おとなしくて体が弱かった子供の頃の道重さゆみが、自分に自信を持つ為にやっていたものである。このやり方というのは、ビジネスパーソン向けに書かれた自己啓発本などにも書かれているものであり、実に現実的なものなのだ。自己を肯定するということ。

例えばどのような状況に置かれていたにせよ、そこから自分がどのような者を目指し、それになるのかという思考は生まれるはずだ。それを獲得するには、どうしなければならないか、という課題も、実際に行動する上で、次第に明らかになっていく。失敗をしたり、自信を無くしたりしながらも、真摯な情熱と謙虚な姿勢は、自分に必要な他者の心に響き、環境が整い、道が開けていく。これに真剣に取り組んでいる限り、心と体は満たされているし、生は充足している。それに足るだけの意味や目的というのが必要なのかもしれないが、それはどのように努力して得られるとかいうものではなく、日々1つ1つの選択を本心で行っていれば、ある日突然、それに出会えるのではないだろうか。

「ポケモー」のプロフィール欄で、「座右の銘は?」という項目があるが、道重さゆみは「くるもの拒まず」と書いている。人間はいつか死ぬし、人生は1回である。この現実を意識して「生きる」かどうかというのでは、その中身の濃さに格段の違いがあるだろう。普通に健康で生きている20歳位の若者に、そのようないわゆるタイムリミット感というのを持つのはなかなか難しいだろう。それでは、なぜ、道重さゆみにそれを感じるのか。お母さんの体が弱くて、40歳まで「生きる」のが目標だったというエピソード、広島コンサートでの「生きていてくださいね」というファンに対してのメッセージ、「積極的に生きるんだ 人生は1回」という歌詞を持つ「みかん」への共感...その他、それを象徴する断片というのは幾つもある。そして、ステージで見せるガムシャラで必死なダンスである。

長い間、どちらかというとメンバーの中では干されていたに近い状態だった道重さゆみが、ラジオのレギュラーから始まり、ソロDVD、ソロ曲、単独でのテレビ出演など、どんどんと活動の場を広げていった。事務所の方針という部分は大きいだろうが、道重さゆみ本人が地道に努力を続けてきた。正直、こういうのは運とかタイミングとかいう部分もかなり大きい。しかし、いざそれが巡ってきた時に、後悔しないように精いっぱいやりたい、それがテレビの画面からリアルに伝わってくる。

道重さゆみがまだ単独でバラエティー番組に出たりしていない頃、「ヤングタウン土曜日」で、明石家さんまから「お前はファンだけに好かれていればそれでいいのか?」という内容のことを聞かれて、「イヤです」と答えていた。その時は、現在のような状況を想像していなかったのだが、いま思うと、そのような思いがあったからこそ、機会が訪れたのではないかという気もする。また、貪欲にさんまからトークの技術を吸収しようとしたり、番組を面白くしようと色々と工夫したり、それ以前からソロのラジオではトーク用にネタ帳を付けていたり、バラエティー番組に出るようになってからは、思うようにいかなかった時にそれを反省して葛藤したり、そういうことをずっと続けている。私たちはそれを知っている。だから、経験不足や世間への認知度が低いがゆえに生じる問題、現在のバラエティー番組とハロープロジェクト的世界観との間の乖離した価値観を埋める役割を果たすことになってしまった現状、そのような現実は不可避なものとして受け入れつつも、道重さゆみの本質を知っているので、いつか全ては必ずあるべき状態に収束すると確信している。

同調圧力を前提としたコミュニケーションにおいては、無理して自分の価値観を前面には出さない。「空気読め」という言葉のポピュラー化が、その薄気味悪い現実を表現している。自分の考え、価値観よりも場の空気を乱さないことを優先とする。そこで生のリアルな欲望だとか感情というものは抑圧され、それは匿名掲示板で吐露されて、ある時点でブチ切れて過激な行動に及んだりもする。そんな事をする人には見えませんでした。心地よいコミュニティに引き篭もっているだけでも何不自由なく暮らせる時代。付き合いたくない人とは付き合わずにいられる、やりたい事はやらずに済む。これは果たしてユートピアか?

勇気を持って外へ出る。そのことのリスクは大きい。自分の未熟さ、無能さを嫌というほど思い知らされる。しかし、かつてはそれが大人になるという事だった。その過程を経て、恥をかいて嫌な思いをして、色々な人達に助けられながら、能力を開発し、得意なことが見つかり、その分野での技術を高め、生を充足させる。そこに飛び込まずに何を語ることが出来るのだろう。否応なくそうせざるをえない状況ではない時に、あえてそれをするほんのちょっとの勇気が肝心。座右の銘は?・くるもの拒まず。自分の実娘であってもおかしくないような年齢の小娘が、私の魂を鮮やかに蘇らせる。復活し、「生き」直す。わずか2年前に始まったこれとは、すなわちそういうことだったのか。完全に理解したぜ。

ここ数年のハロプロ、モーニング娘。が置かれた世間から蔑まれる一部の気持ち悪いヲタクにしか通用しない価値観、世間の流行とは真逆の退行した集団、コント番組でデフォルメされて笑われたり、オーサカキング会場でも一般女子中高生から汚物でも見るようなまなざしを浴びていた。しかし、我々はそこにある真実のリアリティーを知っていた。それは他の何とも代えられない物。時代の流行に乗っかって、同調圧力を前提としたコミュニケーションから疎外されることを恐れるがゆえの、そういう価値観ではあるはずがない。だがしかし、その先には何があるのか。よく「生きる」というのはどのようなことなのだろうか?

外に出て戦う。アイドルにとってはタブーの恋愛暴露話が主体の現場で、考えに考えて、緊張して、悩んで、葛藤して、でも決めて、自分を勇気づけて、自信を持って、頑張る。反省はしても後悔はしない。ラジオやテレビ、雑誌、舞台などを通してでしかないが、道重さゆみを見てきた私達にはそれがよく分かる。痛いほど伝わる。ハラハラドキドキしながらテレビのモニターにかじりつく。かつてこんなにも真剣にテレビを見たことがあっただろうか。もう何週間も前に収録されたものなのに。よく頑張っている。心が熱くなる。この思いこそが、まさしく「生きる」ということ。ありがとう。本当にありがとう。

私にとっての道重さゆみとは、不器用に葛藤することそのものが美でありうるような概念のことを指している。私は自分が思ったように物事を選択してきたし、そこに妥協は無かったはずだ。その結果が、なぜ、カタルシスの無いすれっからしで不承不承な人生になっているのか。しかし、そんなことすら意識をしていなかった。こんなふうに続いていくのだ。そういうものだ、やれやれ、なんていうふうに思っていた。2年前の大阪で道重さゆみを見た。ラジオやテレビで知っていた、私の中ではあくまで概念に過ぎなかったその存在が、肉体を伴った現実として、圧倒的に私の前に現れた。この衝撃には計り知れないものがあった。新大阪に向かう電車の中で、かつて何十年間もの間、感じたことのない悲しみが急速に押し寄せ、鼻の奥がツーンとなり、泣き出す寸前のような状態がずっと続いた。ワクワクするような夢や理想、本当に求めていたもの、それは一体どこに行ってしまったのだ。忘れたままでいても、平穏に生活は続いていったのだろう。しかし、私は気付いてしまった。これは本物ではないということに。

いまの自分とはそれではどれ程のものなのか、その事実と直面し、初めからやり直すという気持ちによくもなれたものだと思える。しかし、それから私の「生きる」ことに対するスタンスは劇的に変わった。そして、それまでは想像もしなかったような行動を自然発生的に起こすようになった。内面での革命はすでにほぼ完了し、ふたたびあるべき生を生きはじめた。そして、いよいよ本格的に外へと踏み込んでいく時が訪れ、胸騒ぎがする。そんな時に、ベテラン女優や人気タレントと自分の持ち味を忘れず、しかし果敢に戦いを挑む道重さゆみの姿が、どれだけ心に響いたことか。番組の細かな感想を書く時間がなく、こんな文章になってしまいました。

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ごきげんよう2日目のことなど。

とりあえず某駅の待合室で、ケータイのワンセグ機能を利用して見た。

1日目の流れもあり、司会の小堺一機が道重さゆみの自分大好きナルシストキャラをネタとして処理してくれたおかげで、かなり流れがスムーズになってきた。
女性が圧倒的に多い観覧者との間の距離も、初日分収録時に比べると随分と縮まったようだ。ステージに道重さゆみが登場すると観客席から「可愛い〜」という声があがり、それを小堺一機が拾い、道重さゆみがブリブリのポーズ付きで「ありがとうございます」と返す。これがしっかり笑いに繋がる。小堺一機も「自分が大好きですから」と説明を加える。極端にデフォルメされた形で、あくまで濃厚にトゥーマッチに徹底されることによって、それがキャラクターとして笑ってもいいものなのだという認識に変容していく。こうなればしめたものだ。すでに気が付いた一部の女性一般人の中には、このブリッコナルシストキャラの深層や真相を理解した上で、賞賛する声なども出てきている。女性の多くが抱えている身体的なコンプレックスというタブーをかさぶた剥がしするかのような道重さゆみのブリッコナルシストキャラは、同調圧力を前提として成り立つコミュニティにおいては、何が何でも排除しておかなくてはならない。しかし、これを徹底することによって、その根底にある、自分も本当は自信がない、でもみんなもっと自分を愛して認めて幸せになるべきなんだという思想や哲学を確実にしんとうさせ、世界をより良く変えていく。その為ならば誤解は恐れない。そのような覚悟を感じるのだが、勘のよい一部一般人女性のブログや日記、「ごきげんよう」における観覧者の反応を見ると、これはきっとうまくいくのではないかという気がしてくる。

しかし、気になった点が無い訳ではない。いや、かなり気になった。初日放送分でも少し感じていたのだが、特にそれほど深刻だとは思わなかったので書かなかった。しかし今日はとても気になった。

他のゲストが話している間にただ黙っているのは芸がない、出来るだけ相槌を打ってリアクションして番組に参加しようとする前向きな姿勢は素晴らしい。しかし、特に今日のように他の出演者が全員男性という状況ではなおさらなのだが、ただでさえ存在感を主張しすぎてしまう道重さゆみの声だ。稲川淳二の怖い話の場面などは、特に雰囲気が重視される。恐怖のピークのは場面でのリアクションは勿論やるべきだが、話している最中に声が被るようなリアクションは控えるべきだろう。せっかくトークの構成など、アイドルにしてはなかなか上手いしキャラも面白いという好印象が出来そうな状況だったのに、あれは本当に勿体ない。安全な場所で見ているだけの傍観者が生意気言って本当に申し訳ないが、道重さゆみの潜在能力の高さを信じているからこそ、実に惜しいと思ったのだ。

番組オープニングの、何かに対して疑問を訴えるコーナーでは、お母さんに対して、どうして卵かけごはんを教えてくれなかったのか、というネタをチョイスしていた。初日に続いて、お母さん絡みである。やはり、この番組がいつものファン主体の現場とは異なり、一般のしかも主婦層を主体としたターゲットを想定した上での戦略が練られていると推測される。しかも、自分とお母さんとのキャラ設定をきっちりしながら、微笑ましいエピソードとして構成し、ちゃんと笑いを取っている。たいしたものだ。月曜日に放送されるあと1日分を見るのが、俄然楽しみになってきた。

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道重さゆみの覚悟と葛藤。

道重さゆみがモーニング娘。第6期オーディションに合格し、晴れてデビューを飾ったのは、いまから6年前、2003年のことだった。当時の私はモーニング娘。どころか、日本の芸能界だとか流行歌にはほとんど興味がなく、仕事上必要な情報だけを仕入れているという状態であった。ひょんなきっかけから、とっくに全盛期の勢いはなく、世間一般的にも落ち目と見なされるモーニング娘。に興味を持ったのは、2006年の初夏のことだった。道重さゆみは、「ヨシ!今日も可愛いゾ!」というナルシストキャラを売りにする16歳だったが、正直、個人的には苦手なタイプで、痛いコだという印象しかなかった。しかし、レギュラー出演番組の心理テストのような企画で、親友の亀井絵里に実は利用されているだけという診断結果が出て、それを真に受けて涙目になっている姿が印象に残っていた。

そして、翌2007年2月、「笑顔YESヌード」という楽曲が気に入り、初めてモーニング娘。のCDを買ったことをきっかけに、インターネットでメンバーのことを調べたり、出演テレビ番組を毎週欠かさず見たりするようになった。当時、道重さゆみは歌えない、踊れない、ブリッコナルシストキャラも後輩の久住小春に奪われつつあり、ひじょうに微妙な立ち位置にいた。しかし、前年の秋から東海地方ローカルでスタートした「今夜もうさちゃんピース」というラジオ番組での面白トークが少しずつ認められてきてもいた。そこで、私は、道重さゆみが小学生時代は暗くておとなしい性格で、友達もいなく、通学路で拾ったダンゴムシを教室の机の引き出しで飼い、紙ですべり台を作って遊ばせてあげたり話しかけたりしていたというエピソードを知る。そして、男子から「みちし原人」などと呼ばれ、からかわれ、それが本当に嫌で家に帰って1人で泣いていたという。これを知って、道重さゆみのブリッコナルシストキャラというのは、そのような現実の裏返しとして存在することを理解した。また、当時の番組ホームページにアップされていた私物のウサギの髪飾りの写真があまりにも可愛く、それは遠い遥か昔に我々にはけして踏み入れることの出来ない女の子だけの可愛い世界への憧れを呼び覚ますものであった。つまり、それまで知っていた道重さゆみに関するいくつかの事柄、趣味はシール集め、お姉ちゃんが大好きで一緒にお風呂に入って可愛い自慢をしている、黒髪を一度も染めたことがなく今後もそのつもりがない、といったものが単なるキャラ設定ではなく、真性のものなのだと知るに至ったのだ。その後は、自分でも信じられないぐらいにどんどんその魅力にハマっていき、それは私自身の人生に対しても良いことをいくつももたらした。

数年前の本当に干されていた時期を考えると、現在のテレビ、ラジオ出まくりの状況というのは本当に信じられない。その間、藤本美貴のモーニング娘。脱退というきっかけから明石家さんまの「ヤングタウン土曜日」アシスタントに抜擢され、葛藤しながらも力をつけ、番組の雰囲気そのものを変えてしまうまでの存在になった。それまではなかなか発売されなかったソロ写真集やDVDも次々と発売されるようになった。そして、私のように明らかにそれまでのモーニング娘。やハロープロジェクトのファンとは異なったタイプのファンも少しずつ増やしている。

2007年初夏、デビュー5年目にしてやっと初めて出すことが出来た初のソロDVD「17~ラブハロ!道重さゆみDVD~」の中で、夜の砂浜で焚き火に照らされながらインタビューに答えるシーンがある。ここでは、いつも自分がかわいいなどと言っているが、実は自信が無い時も多く、そう言い続けることによってかわいい自分をつくっていきたいのかもしれないと話していた。他のメンバーと比べたり比べられたりして自信を無くしたりネガティブになったりすることも多いが、そういう時は自分は自分なんだと言い聞かせ、またファンがそんな自分をちゃんと見てくれていることを実感することによって、また自信が湧いてくるということも話していた。

そんな経緯があって、やっとつかんだチャンスである。後悔はしないように精いっぱい頑張ろうという前のめりの姿勢がうかがえる。

「ごきげんよう」出演のことを知ったのは、このブログの読者でもあるハロプロファンの方からのメールでだった。しかも、その時、私は道重さゆみの出身地である山口県宇部市にいた。雨が降ってきたて傘を持っていなかったが、それが気にならないぐらいに嬉しかった。その時には気が付かなかったのだが、実はこの番組はとんでもないアウェー現場だ。平日昼間の放送であり、視聴者、及びスタジオ観覧者は主に主婦層。夏休み中ではあるが、おそらく見ているのは道重さゆみのファン層と全く被らないだろう。そこでどこまで戦えるのか。戦うなんて何を大げさな、ただの出演番組の1つではないかと思う向きもあるだろうが、道重さゆみは「収録現場は戦場」なんていうことを言ってしまう人であり、この出演がどのような意味を持っているかもきちんと理解していると思われる。

番組が始まる。いまだにこの番組に道重さゆみが出演することが信じられない。感無量だ。ピンクのワンピースで登場、観覧者は思ったとおり女性ばかりであり、他のゲストは季節的にも旬な怪談を得意とする稲川淳二とイケメン俳優の細川茂樹。道重さゆみの存在はこの現場では明らかに異質であり、分が悪いように思われる。いつものヲタ現場で盲目絶賛してくれるタイプの客はあそこにはおそらくほとんどいなかっただろう。

冒頭で、○○が好き、○○が嫌い、○○にこだわるといった自己紹介的なフリップボードが用意される。道重さゆみは、「自分が好き、自分以外の可愛い人が嫌い、角度にこだわる」と回答。やはり、このキャラ設定でくるのか。これは先月末放送の「ロンドンハーツ」出演時に大きなインパクトを残し、女性や若年層を中心とする批判コメントを多数誘発し、一時的にGoogle検索ランキング1位になってしまった時のと同じパターンだ。これは茨の道である。確かにインパクトは残せるだろうが、特に女性客が中心の現場でこれをやるのは得策ではないだろう、と私は思った。のだが...。

道重さゆみのブリッコナルシストキャラはその真相や深層を知り得てこそ味わいが深いものである。しかし、ヲタク的でマニアックなファンと異なり、そこまで理解することを欲していない一般視聴者に対して、このアプローチは有効だろうか。明らかに誤解ゆえの反感を生むことを承知でこれをやることで、自分の心が傷つきはしないのだろうか。いろいろなことを考える。安全な場所で勝手に考える。傍観者とは本当に無責任なものである。

最近の道重さゆみの雑誌インタヴューで印象に残っているものといえば、「フォトテクニックデジタル」である。あれは写真も実に美しかったし、最高だった。少し長いが、重要と思えるので引用してみる。

「シンはすごくイイ人なんですけど、覆い被さってるものが黒くて(笑)。けど、よく見せたいから、その上にもう一枚薄っぺらい”イイ人”が被さってるんで、最初はよく見えるんです。でも、しゃべっていくとドンドン黒いものが見えてきて。本当にわかってくれる人は、ちゃんとシンまで見えるんですけどね(笑)。シンは真っ白なんですよ。真っ白→真っ黒→薄っぺらい白なんですよ!」

道重さゆみのコアなファンというのは、このシンの真っ白なところを愛している。特に、人生の辛酸をなめ、表面の薄っぺらい白だけではやっていけないという現実にぶち当り、黒くならざるをえない。しかし、やはりシンの真っ白い部分をしっかりと育んでいかなくてはダメだ、というタイプの人が多いように思える。

現在のバラエティー番組や芸能界において、道重さゆみのルックス、姿勢、感性などは、どこか異質であり、それが見ているものに何らかの引っかかりであったり居心地の悪さを感じさせる。予定調和や空気を読み過ぎたりバラエティー慣れしたそれとは異なる、小宇宙的だったり突拍子もない発想というのが時として露見される。正月の「小学生クイズ」だったり、突然なんでもない言葉をセクシーに言う「妄想セクシー日記」なんていうものを考案したり、「ヤングタウン土曜日」の「道重親方のコーナー」番付にさんまがふと漏らした未知の単語、「真髄」を即座に加えてしまうようなところ。とにかく何かがある。気になる。番組出演後のmixiやブログでのコメントや検索ランキングでの急上昇、さらにはこのブログのアクセス数急増まで、明らかに何らかの印象を残している。

大半の女性は自分の容姿に何らかのコンプレックスを持っている。他人から見れば羨ましいばかりの容姿の持ち主でさえそうである場合が多い。そこはタブーであり、触れてはいけない。お互いの良いところを誉め合って防御する。そういう同調圧力的なコミュニケーションが常態化し、これを乱す者は排除しなければならない。道重さゆみの「よし今日も可愛いゾ!」はだからこそ、大人の男性が大半のヲタク現場では笑って済まされても、同調圧力的コミュニケーションの中で生きる一般女性やmixi的コミュニティ価値観に生きる若年層に嫌われる。それは道重さゆみ本人にも分かっているはず。であれば、なぜにそうする。

もしかして道重さゆみは、これまでにも幾度もそういうことがあったように、私の予測や期待値の斜め上を、またしても志向しているのではないだろうか。つまり、こんなに自分が可愛い可愛い言っている道重さゆみ自身も、本当のところは全然自信がない。だから、自分に自信が持てない女の子も、もっと自信を持って、そしたらいつかもっと幸せになれるはずだと、そんなエールというかメッセージを発するつもりなのではないだろうか。シンの真っ白な部分が知れ渡った時、明らかにイメージは覆るだろう。そうなるまでは、どんなに誤解されてもこれを貫く。なぜならそこには信念があるから。

ファンの人に応援してもらったりメンバーに助けられたり、そして家族や親戚、友達などに対しても感謝の気持ちをたくさん持っている道重さゆみである。時々、メンタルが弱ることもあるが、トータル的には自分を肯定して生きている。しかし、果たして自分がそんなに恵まれているのかといえばそんなことはない。性格も暗かったし、体も弱かった。モーニング娘。なのに歌も踊りも苦手で運動音痴。それでも負けずに自分を肯定し、努力をして、そういう頑張りは必ず伝わるから、そういう人達に支えられて何とかやれている。つまりは気の持ちようであり、みんな誰もが等しく素晴らしいんだ。だから自分を卑下したりつまらないことで落ち込むことはやめて、もっと自分を愛して認めてあげようよ、そんな壮大なメッセージ、人生哲学を伝えようとしているのではないか。

いや、これは単なる1ファンの妄想に過ぎないかもしれないのだが、私はそんなふうに受け取ることにした。また、これが真実だとしたならば、本当にすごいことだ。

そう考えると、主婦層が主なターゲットと思われる「ごきげんよう」で「お母さんはフランス人」のネタを持ってきたのも深く考えた末のようにも思えるし、その後に「消極的なお父さん」を持って来て、最後に「歌が苦手で音程がもらえない」の自虐ネタで締める。最も反感を買いそうなナルシスト発言を初めに持ってきたが、これも計算した上なのではないかとすら思えてくる。歌が苦手なのになぜモーニング娘。に入れたかという質問に対して、「可愛いから」というオチに繋げるあたりも偶然か計算か、見事である。番組の中で明らかに異物感があり、大きな印象を残したが、トークではしっかり笑いを取っていた。初めは拾い方が噛み合っていないように思えたMCの小堺一機とも、番組が進行するにつれて、うまく絡めているように思えた。元相方の関根勤は「教科書クイズ」で道重さゆみにサインを求めているし、盟友の明石家さんまからも毎週ラジオで鍛えられているので、間違いはないはずだ。

「秘密のケンミンSHOW!」では、やはり異彩を放っていたが、番組の流れにいまひとつのっていけないジレンマを感じた。MCも編集も、道重さゆみ本人も、化学反応を起こすには至っていない。しかし、こちらもこれまでそうしてきたように、葛藤の末に乗り越えていくことだろう。地元への愛着というのはひじょうに素晴らしい。それは自分自身を育ててくれた環境に対する感謝の念でもあるからだ。地元山口県を愛する道重さゆみの大きな魅力の1つも、ここにある。だから、それが万人にとっても共通の価値観であり、ゆえに他の出演者の地元愛をより思いやり、尊重し、その上で番組に参加できると、道重さゆみの良い部分が活きるのではないかと思った。傍観者の無責任な感想に過ぎないが。

「ごきげんよう」と「秘密のケンミンSHOW!」の合間に、世田谷文学館に行ってきた。自宅からそれほど遠くなく、妻に誘われたので、ちょっとした散歩気分で出かけたのだ。デザイナーで絵本作家で旅行者であった堀内誠一氏の展示会を行っていたのだ。自宅でフリーデザイナーのようなことをやりながら本屋さんでバイトもしている妻がぜひ見たいということで行ったのだが、すっかりハマってしまった。「POPEYE」「an・an」「Olive」「BRUTUS」といったマガジンハウス全盛期の雑誌の多くは、この人のデザインだったのだ。また、子供の頃に読んだ記憶がうっすらとある絵本もいくつかあった。道重さゆみの母親は、幼少期の道重さゆみに対して自分はフランス人だと言っていたらしく、道重さゆみにとってフランスという国はまだ見ぬどこか素敵な国という印象になっているようだ。道重さゆみは、両親の影響かどうかよく分からないのだが、アイドル、少女マンガ、ファンシーグッズなど、どことなく昭和の感性を感じさせる部分がある。実は、その昔、憧れの異国といえばフランスであった。私の高校時代などはオリーブ少女全盛であり、私もそんなオシャレで可愛い女の子にモテようとして、アニエスBのボーダーのシャツだとかベレー帽だとかを愛着していたような過去があるのである。実はこれは、当時パリ在住でマガジンハウスの雑誌デザインに深く関わっていた堀内誠一氏の影響も大きかったのではないかと感じた。展示されていた雑誌連載記事やエディトリアルのいくつかは、間違いなく私が北海道の地方都市で中学生や高校生だった頃に見覚えがあった。道重さゆみのお母さんは私とは世代が異なるが、おそらく70年代半ばの「an・an」などで堀内誠一氏がパリから連載をしていた頃に青春時代を過ごしたと思われる。そんなことに思いを馳せながら、展示を楽しんだ。

これ以外にも常設されている世田谷区ゆかりの作家にちなんだ原稿や私物、小説の舞台になった現場などが紹介されていた。山口県出身の女流作家、宇野千代にちなんだ物も多数あった。そもそもが本好きで大学では文学部に籍を置いていた私にとって、かなり楽しめる場所を見つけた。京王線芦花公園という地味なロケーションである為、あまり混んでいなく、落ち着いてゆっくり見られるのも良い。この近所には元フレンチシェフのアメリカ人がやっている評判のラーメン店、「アイバンラーメン」もあるのだが、平日は営業が夕方からということで、今回は見送った。そこから4駅分を歩いて帰宅したのだが、途中、千歳烏山に大きなごぼう天が入った筑豊うどんのお店が出来ていることを知ったり、昔懐かしい本屋さんに15年ぶりぐらいに入ったり、仙川では1個10円のミニまんじゅうを売っているお店があり、20個買っても200円だったりして盛り上がったりした。道重さゆみも言っているが、やはり歩くっていうことはとても大事だ。

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山口放送の高橋アナがさゆみん術にかかってしまったようだ。

はい、「今夜もうさちゃんピース」第146回テキスト起こしは午前中には何とかします。
とりあえず早く寝て明日起きたら作業に取り掛かろうと思っていたのだが、どうしても記事を上げずにはいられない面白いネタを手に入れてしまった。
月曜日の山口県での握手会の前に道重さゆみとジュンジュンが出演していた山口放送の「熱血テレビ」、可愛すぎてリピートして見た。特に最後のCM前に「熱血テ〜レビ♪」の「テ〜レビ♪」を口ずさんでいるところとかもう本当にヤバい。
番組の司会を担当していたのは、KRY山口放送の高橋裕、脇田美代両アナウンサーだったようだ。道重さゆみファンの方のブログで、この両名のブログに番組の様子がアップされていることを知った。共に地方のローカル番組に現役アイドルが出演という興奮が伝わり、ファンとしてはもちろん嬉しい内容になっている。

裕のダメだコリャ No.155 サプライズ!
ワッキーの読んでミヨ アイドル

高橋裕アナウンサーはフレッドペリーの紫色のポロシャツを着た、誠実そうでかつクールな印象があり、ゲストの道重さゆみについてもよく調べて準備してくれているように思えた。そして、新しい記事が更新された。題名は「ただいまぁ」。確か道重さゆみがカメラに向かって「ただいまぁ〜」って言っていたなと思い記事を開くと、いきなりお馴染みさゆうさのイラストが目に飛び込んできた。そして記事を読む。高橋アナ...ひょっとしてあなたも...。

ブログのプロフィールによると、高橋裕アナは山口放送のアナウンサーだが、出身は東京都東大和市で大工さんの次男坊とのこと。結婚もして現在はマイホームのローン返済中らしい。東村山市は西武ドームが近くにあるが巨人ファンであるという記述もある。また、ブログのタイトルが「ダメだコリャ」、プロフィールの趣味欄に「東村山音頭」が入っていることから、ドリフターズをリスペクトしているのではないかということも推測できる。東大和市は現在の私の勤務地から近いこともあり、これだけでも親近感を抱く。

放送終了後、楽屋で道重さゆみ直筆のイラストを発見したらしい。ファンにはよく知られているさゆうさ、そして、「ただいまぁーheart」のメッセージ。これを見て思わず写メを撮ってしまった高橋アナ、実は20年以上前にアイドルの追っかけをしていたらしい。しかも、Babeというあたりがシブいことこの上ない。この道重さゆみの直筆イラストを見て、「かなり自分の中の『アイドル追っかけ魂』が揺さぶられ」ていて、「静まっていた追っかけ魂の鐘がガンガン鳴っている」そうだ。これは、私が「今夜もうさちゃんピース」ホームページ内「うさピー写真館」にアップされていた道重さゆみ私物のうさぎの形の髪飾りを見て、何ともいえない切なく狂おしい気分になり、以来、加速度的に道重さゆみの世界にハマっていった現象にどこか似ているのではないだろうか。やはり、道重さゆみは80年代に青春を送り、酸いも甘いも噛み分けたナイスでメロウな大人の感性にこそ訴えかけてくる何かを持っているのだよな。

裕のダメだコリャ No.156 ただいまぁ

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熱血テレビ、Ameba Studioなど。

今週は木曜日からの「ごきげんよう」、その日の夜の「秘密のケンミンSHOW!」に道重さゆみが出演し、更には来週火曜の「踊る!さんま御殿」へと繋がる特別週間となっている訳だが、その前に17日月曜日、山口放送の「熱血テレビ」という番組に出演していた。これは山口県で開催された道重さゆみ、ジュンジュン握手会のついでに、同局ラジオの「お昼はZENKAIラヂオな時間」と共に出演したものである。

握手会参加者のレポートから察するに、握手会は女学生や家族連れを含む一般人が微熱気味に興奮するという、地方に芸能人が来た時によくある状態だったらしく、なかなかよい雰囲気だったようだ。地元女子から「可愛い」などという声援もあったらしく、道重さゆみ自身もさぞかしご満悦だったことだろう。

この日の私は定例の会議終了後に個人的に沖縄料理店で話しながら呑むという用件が急遽入り、その後、カラオケBANBAN明大前店で「雨の降らない星では愛せないだろう?」「その場面でビビっちゃいけないじゃん」、そして、以前から歌ってみたかったのだがいままでカラオケに入っているのを見たことがなかったBerryz工房の「蝉」などを歌った。他には山下達郎のアルバム「FOR YOU」収録曲の「Love Talkin'(Honey It's You)」も復活していたので、安心して歌った。あとは岡村靖幸「ペンション」やサザンオールスターズ「夕陽に別れを告げて」も。RCサクセションはまだちょっと歌える気分ではなかった。いや、そんなことはどうでもいいのだ。

道重家の「男ども」のように「ヘタレ」呼ばわりされるレベルではないものの、近頃めっきり酒類摂取量が減ってしまった私であるがゆえ、頭がグルングルンしながらやっとこさ帰宅した。山口県地元民の心ある方のご厚意により、「熱血テレビ」出演部分の捕獲に成功した。頭が痛くて翌朝も早かったのだが、倒れながらパソコンの電源を入れ、視聴した。いや、素晴らしい。

局アナと思えるフレッド・ペリーのポロシャツを着た司会者と普通に素朴で可愛らしいアシスタント的な女性、そしていかにもローカル番組でよくあるような、どこか懐かしさを感じさせるスタジオセット。スペシャルゲスト、サプライズゲストと紹介され登場、「みんな~、おいでませ山口へ!ただいま~」とカメラに手を振る道重さゆみの表情は、収録現場は戦場モードから解放された、リラックスして素な感じで、実に可愛らしい。地元ということで、かなりテンションが上がっているのがよく分かる。この前に出演したラジオ番組では近くにある徳山動物園の話をしていたが、このテレビ出演との合間にジュンジュンと一緒に行ってきたようだ。道重さゆみにとっては小さい頃に行って以来だったらしく、暑かったが楽しかった、おサルさんがブサイクだが可愛かったと嬉しそうに話していた。この日の朝に山口宇部空港に着いたようなのだが、ジュンジュンは4月にコンサートで来たことを覚えていなくて、山口県に来るのが初めてだと思っていたようだ。画面には「宇部市出身 道重さゆみ」というテロップがずっと出ている。オーディション合格を第1面で報じた「やったね!!トップアイドルの仲間入り 中1の道重さん」の「宇部時報」も取り上げられた。曲紹介で流れたPVも道重さゆみが映っている部分をわざわざ選んで流すという素晴らしい編集。

出演部分は10分程度だが、かなり充実した内容だった。そして、出演が終わり、CMに入る時に流れていたジングルを道重さゆみが口ずさんでいた。調べてみると、この「熱血テレビ」という番組は、1999年4月、つまり道重さゆみが小学4年生の頃から放送されていて、山口県に住んでいた頃に見ていた可能性も高い。だとすると、これはかなり嬉しかったのではないだろうか。

せっかくの里帰りも束の間、翌18日火曜日には、午後から原宿のAmeba Studioに出演があった。この企画は、18日~20日までの3日間に渡って、各メンバーが40分間ずつソロでラジオ公開放送を行うという趣向。道重さゆみは初日18日の最後のメンバーに選ばれていた訳だが、これが19日とか20日だったら、もうちょっと山口県でのんびり出来たかもしれないし、何よりも私が観覧に行くことも可能だった訳だ。しかも、番組終盤で話していたが、握手券付きCDがまだ残っていたとか。

番組の動画を見たが、視聴者からの相談に応えていくというスタイルを取っていて、「今夜もうさちゃんピース」の「さゆの小部屋」を映像つきで見ているようで、なかなか楽しかった。しかも生なので編集も出来ず、なかなかスリリングな発言もいくつかあった。この日の1人として出演していた田中れいなが「貧乳キャラはさゆやろ」みたいなことを言っていたらしく、このことを受けてのメールが早くも寄せられていた。これに対し、実際に自分は貧乳と認めながらも、自分の胸を手で隠し、「あんまり見ないでキャー!」とか、昭和の少女マンガのようなアプローチ。この子は本当に天才。最後のサイイン入りグッズを紹介する時には、Ameba Studioのオリジナルキャラクターのような物がギターを持ってノリノリなイラストを見て、「浮かれてますね」。「さゆみの華麗なサインをシャーっと」などと、またしても私のツボを刺激する言語感覚をいかんなく発揮。

途中、地元山口県の自慢を話す部分があった。「ポケモー」のプロフィール、そして、山口放送ラジオでも、緑がきれいで空気がきれいで自分のペースで時間に追われてないということを挙げていて、それは私が感じる山口県の印象とも一致するものでひじょうに嬉しく思っていた。なので、またこれが聞けるのかと思ったのだが、今回は空港の駐車場料金が日本で唯一無料なことだった。憎いぜ。あとは視聴者からリクエストがあった目ざましセリフを可愛く言うという場面もあった。とにかく特に今週は出演コンテンツを捕獲及び試聴するだけでもかなり大変なのだが、そのどれもが面白いので楽しくて仕方がない。

「なんちゃって恋愛」は久々にプロモーションに本気で力が入った感があったせいか、久々の第1位となった前作よりもセールスを伸ばしたようだ。残念ながら第1位は浜崎あゆみに阻まれたものの、堂々の第2位で40作連続トップ10入り。このこの記録を達成したのは、SMAPとモーニング娘。の2組しかいないらしい。ところで、カップリングの「秋麗」がなかなか気に入っている。夏大好きの私としては、実は秋なんかは永遠に来ないでほしい。半袖の腕に初めて肌寒さを感じる瞬間は、今年の夏も終わりかと、かなり悲しい気分になる。だがしかし、秋が来るなら来るで、それならばその感傷を思う存分楽しんでやろうではないかという方向に切り替えを行うのだ。この「秋うらら」という曲は、そんな気分にピッタリな予感がする。まだ夏をあきらめずにいたい為、集中してちゃんと聴き込むのは、もっと後の楽しみに取っておきたい。私のこういう感覚は、夏が本当に短い北海道で生まれ育ったことにも関係があるのかもしれない。夏の音楽の代表格ともいえるビーチ・ボーイズへの愛着が、アメリカよりもイギリスの方で、より深く屈折したものに感じられるのもそのせいかもしれないし、そうではないのかもしれない。

道重さゆみが山口放送で本当に嬉しそうだったのが印象的だが、私は一連の聖地巡礼活動において、その緑が多くて空気がきれいで自分のペースで時間に追われないといった感じの意味の濃さ、及び大切さを思い出し、同時にその時点での自分に欠けていたものなども炙り出した。私が道重さゆみに強く魅かれる要素のひとつとして、地元や家族への愛着というのがある。地元を愛するということは、自分を育ててくれた両親祖父母や環境に対して感謝の念を持っているということであり、正しい愛情に恵まれてきたと思える。私は道重さゆみに出会うことによって、人として根本的に大切であるはずの事柄のいくつかについて強烈に思い出すことが出来た。だから、2007年8月8日の夕方ぐらいに、宇部岬駅の付近をボロボロと涙をこぼしながら歩いていたのである。それは、昨年、12年ぶりに実家に帰省することに繋がった。さらにはそれを契機に、妹が交際相手を初めて家に招待した。両親とも初対面という緊張の場面だったのだが、そこは私独自のナイスでメロウなお調子者ぶりをいかんなく発揮し、その場を大いに盛り上げた。そして、どうやらこの11月に結婚するらしい。このように、道重さゆみは私や私の周囲に、あまりにも多くのよいことを次々と起こしている。本当にどれだけ感謝してもその思いが尽きることはない。

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AKB48を偶然生で目撃その他の雑感。

日本の夏といえば花火な訳で、ナイスでメロウなお調子者の私としてもやはりこれは押さえておかなくてはならない。だがしかし、花火大会の予定表なんかを見るとほとんどが土曜とか金曜とかお盆休み真っ只中とか、私の都合がつかない日取りばかりである。そんなこんなであきらめていたら、東京の花火大会の中でもかなりメジャーだという神宮外苑花火大会が、なんと8月6日木曜日開催ですよ。有料かつかなりの人出ということだったが、この機会を逃す手は無い。しかも8月1週目といえば、一昨年から恒例の巡礼イベントもあった訳だが、それも予定通りにクリアーしての参加となった訳である。「今夜もうさちゃんピース」の昨日のテキスト起こしは現地で行ったので、まさしくアリの行列の元となった現場の近くでやっていたという訳である。だがこれは今は関係が無い。

この神宮外苑花火大会というのは何せ大規模であり、会場もいくつかに分かれている。そして、花火の前にアーティストや芸能人のステージなどもあるのだ。入場料が高めのメイン会場はすでにとっくにチケットが売り切れていたのだが、ここでは郷ひろみだとか東方神起だとかがメインアクトを務めている。私共は当じ日で楽勝でチケットが買えて、かつ安い、芝生にシートを敷いて勝手に見るタイプの庶民にやさしい軟式野球場で見ることにした。ここにも最年少の演歌歌手ということでテレビで見たことがある人やかつて「頭文字D」の主題歌とかが売れていたmoveとかがパフォーマンスをしていた。そして、トリを取るのがAKB48.これを知って若干テンションが上がった。

会場にはすでにぎっしりと人が入っていたのだが、ほとんどがどうみても一般人であり、しかも浴衣のカップルだとか小洒落た若者達も多い。花火大会から連想される荒くれた感じの方々の姿はあまり見られず、この辺りはひじょうに安心出来た。だからこそ、こういう現場にいきなりアイドルグループが登場するとかなり微妙な空気になるんではないかという懸念があったのだ。一般観覧者がいる番組にハロー!プロジェクトのメンバーが出演した時に流れる、あの雰囲気である。

ちなみにすでに数組のアーティストや歌手の方々がパフォーマンスを披露していたが、ステージ付近を除いて客の反応はほとんど無かった。moveのステージが終わる頃にはすでにかなり暗くなっていて、花火開始時間にも近付いていた。そして、ステージにAKB48のメンバーが登場し、「会いたかった」が流れる。さっきまで無反応だった人々がポツリポツリと立ち始める。見るからにヲタクという感じの人は皆無で、見た目普通の人達だ。デジカメやケータイでムービーを撮る人も表れる。正直、こんなに一般に浸透しているとは思っていなかった。今や新曲を出せば10万枚を売り上げる、これは今日の音楽業界においてはかなり凄いことなのだが、熱心なファンの複数枚買いだとかそれを助長する販売戦略などがよく取りざたされることもあり、半信半疑なところもあった。しかし、この状況を見て確信した。AKB48は売れている。

お父さんに肩車された小さい子供もノッテいる。私共のすぐそばにいたOLグループらしき方々もリズムを取っている。そして、やっぱり曲が抜群に良い。この後は「10年桜」「涙サプライズ!」「言い訳Maybe」という今年発売のシングル曲連発だったのだが、なんというかアイドルの曲に感じられる独特のダサいクセのようなものが無く、いずれも普通に会場に受け入れられているように見えた。そして、曲間のMCだが、典型的な優等生的アイドルといった感じで何のヒネりも無いのだが、それが清々しくて潔く思えた。すごく頑張っているな、という感じも伝わった。そこにはある種の爽やかさがあり、近年のアイドルを取り巻くシーンに付随する世間とかけ離れたヲタクにしか通用しない気持ち悪い感じが一切無かった。最後の曲の途中から花火が打ち上がるという、おそらく偶然なのだろうが、最高の演出もあった。いや、AKB48のCDが売れて、ハロプロから流れるファンが多いということにも納得がいった。

アイドルポップスが醸し出す独自の魅力というものは、技術的には未熟であるが、行き場の無い情熱はハチ切れそうであり、それが優れた楽曲と出会うことで奇跡的な化学反応を起こしているような状態にこそ宿る。ゴスペルのような壮大な愛を歌うにはそれに見合った高度な歌唱能力こそがリアリティーを与えるように、青春の不安定で危険な情熱を歌うアイドル歌謡には、やはりそれにふさわしい表現が必要となる。オリジナル・パンクがテクニックが未熟で楽曲がシンプルであったからこそリアリティーがあったように、ポスト・パンク/ニュー・ウェイヴが技術よりもセンスを重要視したように。一方で、ヘヴィーメタルやプログレというのはテクニックは超絶的に上手いのだが、初期衝動的な情熱は薄い。それぞれ趣味嗜好があるので、どちらが優れているという比較は一概には出来ないのだが、私のポップ観に近いのは間違いなく常に前者の方である。

また、その時代のセールスのみで比較するなどということが、一部の論争好きのアイドルヲタクの間では未だに行われているようだが、これにも殆ど意味は無い。たとえば、現在のオルタナティヴ系アーティストのほぼ全てに影響を与えたのではないかといわれるヴェルヴェッド・アンダーグラウンドというバンドがあった。アンディー・ウォーホールによるバナナのジャケットが有名な彼らのデビュー・アルバムは、ロック名盤ガイドの類には必ずといっていいほど選ばれている。しかし、発売当時はビルボード・アルバム・チャートに一切ランクインしていないのだ。このような例はたくさんある。それだけその時代に何枚売れたかとかいうのは流行とか風俗とかに左右され影響されたものであり、その本質的な価値とはほとんど関係が無い。価値はひじょうに高く優れた内容だったにも関わらず、その時の時代背景や販売戦略などによって、正当に評価されなかった。また、その逆も実に多く、何の斬新さもなくそこそこ安全で耳触りがいいだけの音楽が、何かの拍子で圧倒的な支持を得て高いセールスを記録する。しかし、数年後には懐古趣味でしか語られることがなく、その価値も高く評価されてはいない。1990年代にグラミー賞主要部門を独占し、全米N0.1ヒットを連発したミリ・ヴァニリのように。一方、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドなどは当時の一般層には売れなかったが、その価値を理解する先端的なファンが存在し、それは流行っているからとか人気があるからとかいうくだらない理由ではなく、それが本当に好きだからという純粋かつ深い愛情や高いレベルの審美眼によって評価されていた。だから、しかるべき時がくれば、真実は明らかになったのだ。

しかし、AKB48の「10年桜」だとか「涙サプライズ!」だとかはセールス的にも成功していて、しかも内容も優れているという幸福な例である。

話は変わって、常盤駅を降りてすぐぐらいでケータイがメールを着信したので開いて見ると、私のブログを読んでくださっている方からで、道重さゆみの「ごきげんよう」出演を知らせてくれた。急に雨が降り出したが、それが気にならないぐらいに嬉しい知らせだった。また、花火大会の帰りに四谷三丁目、サンミュージック近くの本屋さんに寄ったのだが、確か道重さゆみが載っているはずの「ハイパーホビー」という雑誌を探した。ヒーロー物のフィギュアだとかを扱っている雑誌らしく、私には一切縁が無い物だ。付録が付いているか何かで紐でくくられていて、雑誌の中身が見ることが出来ない。しかも値段も1,000円近くして結構高い。道重さゆみが載っているかどうかもはっきり確認出来ないのでスルーしようと思った矢先、表紙の誌名「HYPER HOBBY」のロゴの上のコピーに目がいった。「ドロッセルから道重さゆみまでこれ一冊でOK!!」。ドロッセルが何のことかさっぱり分からないが、道重さゆみという文字が唐突過ぎて笑った。数ヶ月前には盗聴とか違法電波のことなんかが載っている「ラジオライフ」の表紙に取り上げられたり、明らかに道重さゆみのメディア界における存在が大きく、かつ独特なものになりつつある。和やかな郷土ローカル番組に出たかと思えば、親が子供に見せたくない番組で初出演にして大反響、Google検索第1位。とにかく面白すぎる。このスピードに振り落とされたり、畏怖する感情を攻撃性で防御したりする者も多数あるだろうが、そんなものは取るに足らない。道重さゆみの本質的な面白さに比べるとちっぽけすぎる。だからもういいんじゃないだろうか。本人はもうとっくに分かっているだろうけれども。

HYPER HOBBY

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道重さゆみの妄想系セクシーという新機軸。

道重さゆみが何でもない単語をセクシーに読む「妄想セクシー日記」は、そもそも「おじぎでシェイプアップ!」共演者との罰ゲーム用に考案されたものらしい。これを初披露したのが「今夜もうさちゃんピース」番組内でだったのだが、本人が自信満々だったにもかかわらず、そこで発表された「蒟蒻ゼリー」というネタの良さが、正直、私にはよく分からなかった。でも、道重さゆみ本人が楽しそうなのでまあいいか、とも思ったのだ。

「今夜もうさちゃんピース」と「ヤングタウン土曜日」には共通のリスナーが相当数いて、マッチポンプ式に「今夜もうさちゃんピース」での発言内容などを「ヤングタウン土曜日」の明石家さんまに投稿でチクるというのが恒例になっている。よって、この「妄想セクシー日記」もリスナーが投稿したセリフをセクシーに読む「リスナーを癒せません」改め「高橋愛を癒せません」のパクりとして、さっそくチクられていた。ここで、道重さゆみは「チュッパチャップス」というネタを披露する。これは明石家さんま、村上ショージに大いにウケた。私もこの単語のチョイスには感心した。明らかに語感と対象となっている現物そのものの性質が、道重さゆみの極甘ヴォイスによってセクシーに発語されることにより、あるイメージを喚起する。これは素晴らしい。それまで、この番組内で明石家さんまが話す下ネタに反応したり笑ったりしている部分を取り上げて、「意味を知っている。幻滅した」などと関連掲示板にチマチマと書き込んでいたネガティヴヲタ役なり済ましアンチ等のレベルを遥かに超越する見事な技である。そもそも女子中高生なんていうのは経験があるなしに関わらず、こういうエロなネタが好きで仕方がなく、頭の中は妄想でパンパンなものである。現役時代から現在に至るまで、なぜだかリアルやネットでその時々の10代女子と常に交流がある私の印象ではそんな感じである。この回では、「ヤンタンのネタをパクるな」という認識でやんわりと注意するさんまに対し、「何でですか?」と悪びれず返したところも面白かった。

「高橋愛は癒しません」のコーナーは、いつしか2本のネタのうちの1本をこの「食べ物の名前をセクシーに読む」というものに変わった。高橋愛はリスナーから投稿されたものを読むが、道重さゆみは毎回自分で考えてきている。7月25日放送の「なめたけ」も秀逸だったが、今週のにはさらなる飛躍を感じさせるだけの力があった。

土曜日の夜は毎週ラジオを聴いたりパソコンを立ち上げたりが出来ない状況にある為、真夜中過ぎの就寝前にケータイで実況スレッドをまとめ読みし、だいたいの感じをつかむ。そして、翌日に録音されたものを聴く。今週最も気になっていたのは、「踊る!さんま御殿」の出来栄えだったのだが、こちらは番組冒頭で早くもさんまから「大活躍」のお墨付きをいただき、ほっと胸を撫で下ろした。これ以外にもモーニング娘。の舞台裏などにも触れる内容もあったりして、実況スレッドは大いに盛り上がっていた。そして、最後の「高橋愛は癒せません」のコーナー、今週の道重さゆみの考えてきた単語は「いくら」だった。これを実況スレッドの書き込みで読んだのだが、よく分からなかった。しかし、実際の放送されたものを聴いて納得した。「いく...ら」だったのだ。「経験がないのになんでそういうのが分かるんだ」というニュアンスのさんまのツッコミに対しては、「妄想の世界」「漫画でこういう単語が出てくる」などと説明する。素晴らしい。これはくだらないようでいて、かなり画期的な瞬間のように思えた。

道重さゆみがいかにケータイ依存症でありファンのサイトやブログまでチェックしているとしても、なかなか検索されないようになっているここにたどり着けているとは思えない。仮にたどり着けていたとしても、このような画像も絵文字も一切無い気持ち悪い長文がダラダラと垂れ流されているようなブログに興味を示すはずがない。しかし、道重さゆみは、私がエロスだとかファンタジーだとかについて私がダラダラと書き連ねた駄文の中で何となく示唆した新しい妄想エロキャラみたいなものをよく咀嚼し、それを理想的な形で体現しているように思える。あたかも私という消費者の嗜好を徹底的にリサーチし、それに見合うプロダクトとしての自己をプロデュースしているかのようであり、これは私個人的にはかつてない程の盛り上がりであり、現在のところ、私の道重さゆみ好き度数は歴代最高値を示している。今さらなんだが、この子はガチで天才かもしれん。

さて、もうちょっと一般論的なお話をすると、アイドルっていうのはやはり10代でデビューし、主にリアルでモテない男子の疑似恋愛ファンタジーを満たしたりして人気を獲得し、ただしかしその状態というのはうまくいっても2,3年ぐらい続けばいい方であり、ハイティーンから20歳にさしかかるぐらいにはかなりのこの路線というのも立ちいかなくなる。やはり若い子はどんどんデビューしてくるし、本人も加齢によりそういったキャラクターをやり切ることがキツくなってくる。特には現実の異性関係であったりが現実のも影響を及ぼし、ファンというのはこういう雰囲気みたいなものにはかなり敏感である為、否応なしに人気低迷に直結する。ここでセクシーだとかアダルト路線に転向したりする訳だが、まあ擬似恋愛ファンタジーを満たす存在としてのみにしか価値がないアイドルにとって、こういう性愛や異性の影というものは致命的であり、これは悲しい末路を辿ることが多い。こういう価値観がキモいだとか、時代遅れだとかいう一般的な意見は御尤もなのだが、そもそもがそういう商売である。これは厳然たる真実。

ここを打ち破ったアイドルがかつていたのだろうか、と考えるといまひとつ思い浮かばないのだ。例えばアイドル全盛の80年代の人気者達は現在は40歳前後な訳だが、当時も恋人はいたとか番組スタッフと実は付き合っていたとかいうことを今さらながらに告白暴露して小銭を稼いだりしている。これは実に悲しい。一方で、アイドル時代の恋愛話は当時のファンを裏切ることになるのでするべきではない、という考えの元アイドルもいる。アーティスト路線で活動が縮小してフェイドアウトしたり、過激なグラビアやセミヌードといった方面へ進出していつの間にか引退しているというケースも多い。最近はママドルという復活の仕方もあったりもする。

道重さゆみに関して、こういうのは別にいいんじゃないかと思っていて、アイドルとして切羽詰まる前に一般人と結婚して子供を産んで、ブログだとかラジオだとかエッセイだとかそういう細々とした活動でいいので、何とか存在が確認できればいいと、そんな将来的なビジョンを私は勝手に抱いていた訳だ。やはり数多い芸能人の中で、私が唯一この道重さゆみという存在だけに心を魅かれるというのにはそれなりの理由があり、そこは根底にある人間としての真っ当さみたいなものであり、その核の部分というのはおそらく芸能界の深刻な部分とは最終的には相容れないのではないか、または相容れた時があったとして、その時にはすでに道重さゆみは私が愛する道重さゆみではなくなっているのではないか、というそんな気がして。今、バラエティーにもどんどん出て面白いけれども、別に大御所芸能人になってほしい訳ではないし、私はそもそも芸能界なんか嫌いだし、などとよく分からない思いがいろいろと駆け巡る訳である。まあ、要は道重さゆみ本人が幸せでどこかで笑ってくれていればそれ以外のことにはたいして意味はないのだが。

それぐらいアイドルというのは難しいなと思う訳だ。道重さゆみが大好きな小倉優子などは個人的には全然好きなタイプではないのだが、こりん星とか言っていた時は面白いと思ったし、あそこまでの徹底したキャラ設定はプロの仕事として素晴らしいなと感心していた部分もあったのだが、結局はファーストキスのこととかをテレビで告白するという、よくいる自分の性愛経験を切り売りするタイプの凡百のタレントみたいなものにならざるをえないという、こういうのが本当に心底悲しいと思うし、こういうのはもう本当に腐る程見てきたし、中には生命を自ら絶ってしまった子なんかもいたし、その責任の一端は自分にも確実にあると思ったから、だから、まさか芸能人にファンタジーを抱くような事態が私に再び訪れるなんていうことは考えもしなかった訳で、だからこそ道重さゆみはまさに特別すぎる存在という訳だ。何を言っているかよく分からんが(いや、私自身は分かり過ぎるぐらいよく分かっているのだが)、ここをさすがに20歳になって何も知らない振りをするには無理がある、私流の言い回しをするならばリアリティーが無くてファンタジーが崩壊するという事態を回避する為に、妄想で頭がパンパンという設定で来たと。もうこれには感動した。「チュッパチャップス」とか「なめたけ」ぐらいでは、もしかしてそうなんじゃないか程度の思いだったのだが、そうじゃなかった時のがっかり感を和らげる為に過度の期待は自粛していたのだが、「いく...ら」で確信した。もうこうやって一生道重さゆみに釣られる人生でいいやオレはもう。

もうちょっと話を続けます。

私にとってのエロティシズムの根源というのは、ビジュアルではなくて音だった。エロメディアの主流がAVになる前はエロ本であり、その前にはエロテープというのがあったらしいのだが、この辺りはさすがの私も知らない。私が小学校高学年の頃、「笑福亭鶴光のオールナイトニッポン」という番組があり、ナウなヤングに絶大な支持を得ていた。今日であれば明らかに各方面からクレームが来るであろう過激で生々しいエロ話を明るく楽しくやっていた訳だが、今ほどエロメディアが発達していない当時において、その衝撃度はかなりのものだった。ましてやちょいと背伸びをして聴いていた私にとっては、意味が分からない単語なども多数あり、大人の秘密の世界を覗き見るようなスリリングな感じもあった。中でも人気のコーナーが「ミッドナイトストーリー」というもので、これは前述のエロテープのパロディーだと思われる。淫靡なBGMに乗せて、笑福亭鶴光が男女の情事を思わせるストーリーを読み上げ、喘ぎ声を上げる。それはどんどんエスカレートし、フィニッシュを迎えるのだが、最後に実は男女の情事とは全く別のことをやっていたというオチがつく。そして、とぼけたようなジングルで締める。これが文字になったものが書籍化されていて、それを親に隠れてこっそり読んでいた。また、ラジオも録音して、夜中にイヤフォンで聴いていた。スペシャル企画の時などは、このコーナーに日活ロマンポルノの女優やセクシー系声優などを迎えるのだが、これなどは録音永久保存版であり、寝過ごして3時過ぎに目覚めた時の失望感といったらそれはひどいものだった。当然、投稿サイトだとかアップローダーなんていうものは無いから、聴き逃したら永久にそれっきりである。つまり、私にとってエロスの原点とは声によって喚起され、そこからイマジネーションを勝手にあれこれ膨らませていくようなものだった訳だ。普段、性愛至上主義の平成ニッポンを嘆いたりしている私だが、一通りのエロメディアというのは当然経験はしているし、ある意味携わっていたりした頃もあった。だがしかし、原点はやはりこれなのだ。声から広がるイマジネーション、セクシーと見せかけてオチがあるというのがこの「ミッドナイトストーリー」の特徴なのだが、道重さゆみは「いく...ら」の3文字で見事にこれをやり遂げてしまったことに気付き、眩暈を覚えた。素敵すぎる。

俺さゆのことが好きすぎてどうすればいいかわかんねええええええええええ。


失礼いたしました。おやさゆみん。

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道重さゆみの「踊る!さんま御殿」出演に寄せて。

ついにこの日が来た。感無量である。7月25日放送の「ヤングタウン土曜日」、前略のコーナーにおいて道重さゆみのバラエティー番組単独出演ラッシュが話題になった。その流れで、さんまが他にオファーが来ている番組はないのかと聞き、「秘密のケンミンSHOW!」に出てダジャレをかましてきたと答える。そして、来週は「踊る!さんま御殿」にも出演することを発表する。これはさんまも知らなかったようで、一瞬沈黙の後、「とうとう『御殿』に来るか?」と言うのだが、それがまた実に嬉しそうなのだ。出演はモーニング娘。のジュンジュンと一緒で、来週の火曜日に収録があるようだ。

今年初めの「小学生クイズ」を皮切りに道重さゆみの単体でのバラエティー番組出演が相次いだ訳だが、ファンの間ではやはり「ヤングタウン土曜日」で共演している明石家さんまの番組に出ることを望む声が多かった。さんまが番組に呼ばないのはやはりまだそこまでの実力が認められていないからだとか、いやさんまには番組のキャスティング権は無いだとかの議論もあったが、この放送を聴く限り、やはりさんま自身はゲストのキャスティングには関わっていないように思われる。それにしても、ラジオでさんざん聴いてきたさんまと道重さゆみの絡みがついにテレビで見られるかと思うと、今から楽しみで仕方がない。

ラジオをやっている時とは雰囲気が違うから気をつけろというさんま。そして、村上ショージは、道重のことだからすぐに切り替えられる、いろんなチャンネルを持っている、初めて明石家さんまがうろたえるかもしれないなどと、どんどんハードルを上げていく。さんまも、「踊る!御殿」は芸能人のオーディション番組といわれ業界人が注目していて、この番組がきっかけで人気者になっていった人がたくさんいる、これでうまく行ったら次は同じスタッフが制作している「恋のから騒ぎ」への出演もありうる、などと言っていた。

「ロンドンハーツ」の話もしていたが、もちろん収録の裏側では他の出演者達ともうまくやっていたようで、放送終了後、金曜日の収録だったが、特に落ち込んでいる様子も全く無かった。いわゆる一般の視聴者の批判の数々を知らないだけなのか、それすらも想定内の覚悟でいるのか、それは定かではないのだが、とにかくケータイ依存症の道重さゆみのことだから自分が出演した「ロンドンハーツ」の一般視聴者の反応などは調べて、もしかすると心を痛めているのではないかなどと心配もしていたのだが、その必要は無かったようだ。よかった。

さて、今週の「ヤングタウン土曜日」も実に面白い放送だった訳だが、道重さゆみがこの番組のアシスタントに抜擢されたのは、一昨年、2007年の6月のことだった。私が本格的に道重さゆみのファンになってからまだ3ヶ月ぐらいしか経っていなかった。当時モーニング娘。のリーダーだった藤本美貴が現在の夫である庄司智春との熱愛発覚でモーニング娘。を脱退、そして「ヤングタウン土曜日」のアシスタントも降番することになり、その後釜として出演することになったのだ。これを知った時は本当に嬉しかった。当時の道重さゆみといえばラジオ「今夜もうさちゃんピース」はあったものの、写真集やDVDもなかなか出せず、歌割も少ないという状況だった。そんな中で決まったレギュラー番組、しかも明石家さんまという大御所との共演である。

レギュラーになった当初はまだまだお客さん扱いもあり、小学生時代のダンゴムシが友達だった件やお姉ちゃんネタなどが受け、番組にも新鮮さが出て歓迎されていたように思えた。しかし、番組最後の「リスナーを癒せません」のコーナー、これはいまや道重さゆみ考案の何でもない単語をセクシーに言うというのを喜んでやっている訳だが、当時は嫌がるアイドルに無理やりエロ台詞を言わせてオッサン2人が喜ぶというセクハラ的なコーナーだった。高橋愛や道重さゆみがうまく言えないと、明石家さんまの舌打ちや小言が入る。また、高橋愛が明らかに嫌がっているのにさんまとショージがエロトークを延々と続けるという場面も多々あった。さんまのファンの立場で聴くならば面白いのだろうが、高橋愛、道重さゆみの立場で聴くと苦痛で仕方が無い。しかし、出演しているので聴かない訳にもいかない。そんな感じで義務的に毎週90分間を過ごしていたのだ。

その年の8月、宇部の実家に帰ってきた道重さゆみはおばあちゃんのおいしい料理をたくさん食べたりして、少しぽっちゃりしていた。これをからかって、さんまが道重さゆみのことを「親方に似ている」と言う。親方とは当時世間を騒がせていた朝青龍問題でメディアによく出てきていた大相撲の高砂親方のことである。道重さゆみは本当にこれを嫌がっていたが、さんまはしつこくしつこくこれを言い続け、ショージは同調して笑い、高橋愛は怒りで無口になるという地獄のような放送になった。私はこの放送を聴いていて、道重さゆみのことがかわいそうでかわいそうで仕方がなく、眠れずに夜中に「ポケットモーニング娘。」のメールフォームを利用して道重さゆみ本人に初めて励ましのメールなどというものを送った。

道重さゆみのこの番組出演をどのように乗り切るべきか、私は真剣に考え、明石家さんまについて調べたり、さんまファンになりすましてファンスレッドに潜入したりした。そして、さんまには特に悪気はないが仕方がないという結論に達した。そして、道重さゆみはこの番組に出演することで不愉快な思いや辛い経験もたくさんするだろうが、それでもさんまという大御所と仕事が出来るのは大きなチャンスであり、自分自身の為にもなる、ではどのように臨むべきなのか、ということについて、このブログの前身である「卒業-さゆみんに向かって」で発表した。当時は初めて実物の道重さゆみを見て感動したり、彼女が生まれ育った山口県宇部市を体験しに旅に出たりといった時期で、テンションが相当高かった。

今週のヤンタンを聴いて思ったこと。(2007年8月13日)
ヤンタンについてもっと考えてみた。(2007年8月15日)
オレがさゆを好きな理由がまた分かった。(2007年8月16日)
先週のヤンタンを聴いたわけだが。(2007年8月20日)
ヤングタウン土曜日8月25日放送分。(2007年8月27日)
ヤングタウン土曜日9月8日放送分。(2007年9月10日)

いやー、なかなかいっちゃってる気持ち悪い文章の数々で感慨深い。当時は道重さゆみのことを「さゆ」って書いたり自分のことを「オレ」と書いたりもしていたな。道重さゆみブログを立ち上げてまだ1ヶ月も経たない頃で、モ娘(狼)のハロプロ系の面白いブログスレに「マジヲタブログの極致」なんていうふうに紹介されたのも確かこの頃。途中ブランクもあったのだが、よく続いているものだ。そして、この間のさんまと道重さゆみの関係性の変化。そして、ヤングタウンの道重さゆみを語る上でもうひとつ外せないエピソードがある。有名な「鉛筆投げ事件」である。

道重さゆみは何となくさんまやショージからも気に入られ、積極的に話に入っていったり気の利いた合いの手を入れようとすることが多くなった。もちろん番組を盛り上げよう、自分に与えられた役目をしっかり果たそうという、先日の「ロンドンハーツ」でも見られた道重さゆみの真面目で一生懸命な本質の表れである。しかし、2007年10月13日の放送では、道重さゆみが何かを言うと、「余計なことはいらんねん」「いらんこと言うな」などとさんまとショージが暗くつっこむ。ここにおそらく悪意はないのだが、道重さゆみは精神的にかなり追い詰められ、ある時点で爆発して、「しゃべっていいのか分かんない」と言って大御所のさんまに鉛筆を投げつける。さんまは笑い、エンディングでは説教めいたことを言うが、結局は番組の面白エピソードの1つとなった。翌週、スタジオの鉛筆には道重さゆみが投げてもいいようにテープが巻かれていたらしい。この時も「ポケットモーニング娘。」のメールフォームを用いて励ましのメールを送った。後にも先にもこの2回だけ。

今週のヤンタンをオレはこう聴いた。(2007年10月15日)


このような歴史を経ての「踊る!さんま御殿」出演である。道重さゆみ出演以前の「ヤングタウン土曜日」を私はよく知らないのだが、アシスタントで出ているハロプロ・メンバーのファンにとってはかなり辛い内容だったらしい。ある時期から、明石家さんま、村上ショージ、高橋愛、道重さゆみ、この4人のトークの雰囲気が実に明るく感じがいいものになり、普通に笑って楽しめるようになった。一時期は本当に苦痛で胃が痛くて、私などはさんまのことは小林繁投手の形態模写の頃から知っているし、もちろん中学生の頃は「オレたち!ひょうきん族」で大いに笑った、そんなさんまをなぜに憎んだり恨んだりしなくてはならないかという悲しい思いもあったのだが、それより何より一生懸命頑張っているのにそれが空回っている道重さゆみのことがかわいそうで仕方がなかった。私は必ずいつか伝わると思っていた。道重さゆみは最高に面白くて可愛くて優しい女の子だから、絶対に大丈夫だと信じていた。勇気と感動をありがとう。放送を楽しみに待ちたい。

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20's time 道重さゆみDVD。

道重さゆみ 20’s time [DVD]

写真集「20歳7月13日」に続いて発売された道重さゆみ3枚目のソロDVD「20's times」がAmazonから届いた。とにかく約60分間、道重さゆみだけをずっと見続けていられるという視覚のキャンディー、脳のドラッグな訳だが、もうこれを見ている間は至福の極みである。

写真集のメイキングだとかロケ地でのゲーム、イメージ映像などで構成されている。ゲームは20歳にちなんで、ストップウォッチを目で見ずに20秒ジャストで止めるというもの。その誤差によってご褒美のレベルが変わるという趣向だ。このゲーム自体は別に奇抜なものではないのだが、この20秒で止めるまでの間、道重さゆみがストップウォッチの表示面をカメラの方に向けたまま、じっとこっちを見つめる。この仕掛けは素晴らしい。また、後半のゲームで沖縄料理を食べるシーンがあるのだが、見た目に反してクセがあり苦手だった場面での露骨に拒絶する表情なども見どころである。同じくゲーム企画でボクシングジムでリフティングやスパーリングにチャレンジするというのもある。ここでは運動が苦手で体力がない道重さゆみが一生懸命体を動かす姿に良いものを感じる。

イメージ映像ではよくあるパターンで、カメラの向こうの視聴者を恋人と見立てて演じてみせるというのをやっているのだが、ここでも道重さゆみの脳内妄想における理想の恋人像というのがうかがえる。その表情のつくり方や所作というのがなんとも昭和のアイドルのようで味わい深い。この路線はいまどきのイケてるグラビアのポージングとは全く異なるものであり、実に個性的である。また、今回のDVDには水着シーンも多いのだが、改めていまどきのグラビアアイドルの主流であるる痩せていて胸が大きいというのとは真逆の体型であり、このプニプニした子供っぽい丸みもきわめて独特である。一般的なグラビアタレントを基準とした場合に明らかに異質であるが、これが現実感覚を鮮烈なものにしており、ニッチのファン層を獲得しているともいえる。

道重さゆみの内面にある個性は懐かしさを覚えさせると共に、終わりなき日常の中で忘れかけていた正しく生きていくために必要なことを思い出させてくれる。それはまるでタイムスリップしたかのような田舎で家族や祖父母の愛情をいっぱいに受けながら育ってきたという環境に大きな要因があると思える。このような育ちがよく気配りもできるという前提でのちょっとした毒舌というのが、意外性もあり面白かったのだが、やはり先日の「ロンドンハーツ」のようにある役割を与えられると、根っからの真面目さと現場は戦場という闘争心から、それをきっちりやり切ってしまう。このような葛藤の数々をこれまでにも幾つも乗り越えてきた道重さゆみならばきっと大丈夫だ。分かっている人はちゃんと分かっているし、本当のことはきっと最後には伝わる。

このDVDの中で、道重さゆみは10年後、30歳の自分へ向けて手紙を書く。「30歳のさゆみ、大丈夫ですか? 大丈夫じゃないこともありますか? その話を聞いてくれる人はいますか? でも、さゆみは大丈夫だよ。なんかそんな気がするの。心配とか不安とかあっても大丈夫。本当にそんな気がするから。20歳のさゆみがいま思うことは始まりがあれば終わりもあるから。たとえば1ヶ月後には過去のことになってるから。いま20歳のさゆみは30歳のさゆみへお手紙書いてるけど、それを読んでいる30歳のさゆみからしたらそれは過去の話だし。楽しいことも辛いこともさゆみのペースでやってください。だから大丈夫!」。ちゃんと分かってくれているようで安心した。誤解されたりなかなか認められなくて味わった悔しさや悲しさは、これまでもすべてプラスに変えてきている。それを何度も見てきたし、そんな姿に心を打たれた。そのようにしてこれからも物語は続いていくのだ。



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ふたたびロンドンハーツのことなど。

いやぁ、想定していたとはいえすごい反響である。昨夜の「ロンドンハーツ」に出演した道重さゆみのこと。Google検索ランキングでは上位に入るし、例の雑談系掲示板には道重さゆみ関連スレッドが乱立という大盛況ぶり。他にもやる事ややらなくてはならない案件が多数ある為、とてもじゃないが全部に目を通してはいられないレベルなのだが、可能な範囲でざっと見てみた。

予告編の感じとこれまでの流れから、批判が多いことはあらかじめ想定内だったし、あるスレッドにも書き込んだように、私は例え1億人を敵に回しても道重さゆみを応援し続ける覚悟が出来ている。何せ道重さゆみに対しては死にかけていた魂を救ってもらったという借りがあるので。またしてもどうかしている感じになってきたので一息入れる。

いわゆる知名度の低い若い女性アイドルが自己愛バリバリの毒舌キャラで初登場というところからして、いわゆるmixiだとかブログだとかの一般視聴者からの集中攻撃は当然として、もっと身内というかハロプロファンの間でも批判一辺倒になるかと思っていた。私が1億人を敵に回してもなどと息巻いていたのもそれゆえのこと。ところが意外にも健闘を称える声も意外にも多く、これにはなかなか肩透かしを食らった気分だった。

一般視聴者の感想とはいわゆるブリッコキャラがイラッときたとか歳上の出演者に向かって毒づくところから礼儀がなっていないとか、あと特に多かったのが、たいして可愛くもないのに自分のことを可愛いとか言っていてキモくてウザいといったもの。これは若い女性に多かったのだが、よっぽど美しい方ですらほとんどの女性が自分の容姿にコンプレックスを持っており、そこに触れないようにタブー視しながら生活を送っている訳である。そこで自分が可愛いという発言は、空気が読めないと取られるのは当然であり、同調圧力的な社会環境ではそれはなおのことである。そこで自分のタブーとしている領域を侵される恐怖に対抗する為、防御本能としての攻撃性が生まれ、「可愛くない」「misonoの方が可愛いし」という世論を形成しようと働く。至極真っ当。

道重さゆみはこの仕事を引き受ける上で、ある程度の覚悟は決めていたのだろう。収録現場を戦場と捉え、与えられたチャンスに対しては貪欲に食らいつく性分だ。これはモーニング娘。内部において長いこと干されていた間に形成されたものだともいえる。そして、今回の出演においても自分が果たすべき役割というのを定め、それを全うした。番組は面白く盛り上がったし、道重さゆみという新キャラクターも十分に印象づけられた。田村淳の番組進行や他の出演者の絡み、テロップや予告編の編集も含め、どの段階で生まれたものかは定かではないが、今回の放送には、明らかに道重さゆみという新キャラクターの鮮烈デビューの演出という意図があったと思われる。道重さゆみにイラッときたとかムカついたとか言っている一般視聴者もほとんどは番組そのものは面白かったと評価しているし、視聴率もここ最近の中ではダントツだったみたいだ。そういった意味で、道重さゆみはしっかりと自分がやるべき仕事をしたし結果を出したといえる。

道重さゆみのナルシストブリッコウザキャラというのは多面性の一面にしか過ぎず、これも元をたどれば暗くてさえない自分に自信を持たせるために幼少期からやっていることである。また、道重さゆみが自分が可愛いということを必要以上に強調するのは、自分が可愛いもの大好きでありながら常に自分自身は可愛いのかどうかということに不安があるからに他ならない。これをタブーとして触れないことによって気にしないようにするのか、自己啓発的に自分に可愛いと言い聞かせるポジティブシンキングでいくかということの違い。世のビジネスマンやOLの方々が真剣に読んでいる自己啓発本には、毎朝鏡の自分に向かって「私は素晴らしい」「私は出来る」ということを唱え続けるといったことがごく当たり前に書かれていて、道重さゆみはお母さんの教えで小さい頃から自然にこれをやっているということ。このコンプレックスと表裏一体の自己愛というところが道重さゆみの人間性の魅力の一つであり、ここが分かってもらえないとなかなか厳しい。しかし今回はあえて最も分かりやすくキャラ立ちし、番組が盛り上がる側面を強調し、ある意味身を削ってそれをやり切ったようなところがある。そもそもモーニング娘。の中でも礼儀正しく気配りができる方なのに、役割を理解して本当によく頑張った。

しかし、道重さゆみは根性が据わってはいるが、実はメンタルがそれほど強くないところもあり、かつてはモーニング娘。内での自分のポジショニングに迷い悩み、マイナス思考にずるずると落ち込んでいたこともある。そう考えると、いくら分かっていて覚悟を決めて臨んだ現場とはいえ、もしかして迷ったり凹んだりしてはいないだろうかという心配もある。「みんなに誤解されていても1人が理解してくれていればそれだけで大きな力になる」という旨の発言をしていた道重さゆみだけに大丈夫とは思うのだが、そこは全く気にならない訳ではない。しかし、国生さゆり、杉田かおるといったアイドル的お姫様的扱いから一度地獄を見てそこから復活した系のお姉さま方から高い評価をされていたのはなかなか心強い。道重さゆみにはぜひ移り気で無責任な一般視聴者なんかよりもこういう先輩方の言葉に耳を傾けていただきたい。昨夜の道重さゆみを批判している一般視聴者達にしても、道重さゆみの自己愛の根源だとかその他の面を段々知っていったり、世間における道重さゆみの位置付けなんかが変わればコロコロ意見が変わるものだ。若い男女というのは基本的に芸能人の悪口とかを言うもの。いまはそれがブログとかmixiとかで外に発信されてしまうというのが違い。デビュー当時の松田聖子に対するクラスの女子の罵詈雑言なんていうのは半端なかった。本当に気にしないでもらいたい。道重さゆみ本人が読んでいる可能性0のこんな所で何を言っても仕方がないのだが。

私はモーニング娘。どころか日本の芸能界とか芸能人にある時期から一切興味を無くしていた。他にやらなければいけない事や興味がある事があったからだ。しかし、夢や理想を失いかけた不承不承続けられるそこそこの終わりなき日常の暇潰し時間稼ぎぐらいの意味しかない、そんな日々の中でかつての国民的アイドルグループの地位から徐々に退き、B級感が漂いはじめたモーニング娘。は格好の興味対象のひとつになった。たまたま見ていたテレビ番組で「逃した魚は大きいぞ~♪」と歌い踊るモーニング娘。だったが、吉澤ひとみ、高橋愛、藤本美貴以外に誰一人として顔と名前が一致しなかった。下世話な興味から閲覧していた掲示板の書き込みからモーニング娘。6期メンバーの亀井絵里という名前が気になり出した。日曜の昼間にたまたまテレビでやっていた「ハロー!モーニング」でどのメンバーかが分かった。その天然っぽいキャラクターと容姿に興味を魅かれたのと誰が誰やらよく分からないようなアイドル達がガヤガヤ楽しそうにやっていて、そんなくだらないものをいい大人の自分が楽しんで見ているという韜晦的な楽しみに一時的にハマった。「Ambitious!野生的でいいじゃん」の頃。それから昔の映像とかも探して、亀井絵里が松浦亜弥の「1000回のKiss」をカバーしたやつとかは大のお気に入りだった。当時やっていた「ギャグひよっこのからくりBOX」というブログにも大絶賛記事を書いたし、亀井絵里の歌声はいまでも大好きだ。心理テストの企画があり、道重さゆみは親友の亀井絵里に利用されているだけという結果が出た。これを聞いて道重さゆみは涙目になっていたが、亀井絵里はヘラヘラ笑っていた。道重さゆみはナルシストブリッコキャラで、どう考えても私の好みのタイプではなかった。衣装もヒラヒラでブリブリのものが多かったり17歳(当時)にもなって小さい女の子が好きな「おしゃれ魔女ラブ&ベリー」にハマっていたり、ある意味痛いキャラの子といった印象しか持っていなかった。当時、モ娘(狼)なる雑談系掲示板にも出入りするようになったのだが、そこで立っていた「さゆはコンビニの店長さんがやりたいの」とかいうネタスレッドが好きだった。道重さゆみのナルシストブリッコキャラをデフォルメしたようなネタが炸裂してなかなか笑えた。ここで好きではないが痛くて何となく気になるという印象が私の中で形成されていたと思われる。しかし、元来が移り気な私であるがゆえ、その年の秋、「歩いてる」が発売される頃にはモーニング娘。への関心もすっかり失われていた。それでもモ娘(狼)だけは暇潰し程度に閲覧していて、秋の社員旅行の帰りのバス車中では道重さゆみのソロラジオが決まった件と俗にいうケツ毛バーガー事件のスレッドを読んでいた記憶がある。

翌年2月、何気なくYouTubeで見た発売前の新曲「笑顔YESヌード」の「うたばん」でのパフォーマンス映像を見て、そのアシッドジャズ風のカッコいい曲調とソロパートがクルクル入れ替わる面白い歌割が気に入り、生まれて初めてモーニング娘。のCDを買った。そして、モ娘(狼)も頻繁に閲覧するようになったのだが、その中で道重さゆみのソロラジオ「今夜もうさちゃんピース」での発言に関するスレッドがいくつか立っていた。そして、道重さゆみが小学生の頃は暗くておとなしい性格で、ダンゴムシが友達だったこと、男子から「みちし原人」とからかわれてそれが悲しくて家に帰って1人で泣いていたということなどを知った。気になって開いたラジオ番組ホームページで、お気に入りの私物の髪飾りの画像を公開していた。それはウサギの形をした本当に可愛らしいもので、小学校高学年ぐらいの頃の女子を異性として意識しはじめた頃の原初的な胸騒ぎを思い出させるようなものであった。その瞬間、それまでは苦手だと思っていた道重さゆみのナルシストブリッコキャラが本当に愛おしいものへと変化し、あとはどんどんその世界に引き込まれていったという訳である。要は一般人の印象なんていうのはその程度ということだ。

ということで、今後の道重さゆみにますます期待。今晩もラジオ「今夜もうさちゃんピース」があるし、Amazonに予約してあるDVDも到着待ち。本当に楽しい。さっき寄って来たタワーレコード新宿店カウンター脇のハロプロコーナーにはすでに陳列されていて、添えられた手書きコメントPOPには「大人になってもブリッコキャラでいて」などと書かれていた。

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笑っていいともとロンドンハーツ。

モーニング娘。の新旧メンバーが出演みたいな情報があったから、どうせ出ないだろうとは思っていたのだが、とりあえずお昼時にはテレビが見られる場所にいた。「笑っていいとも」始めからちゃんと見るのなんて浪人生の頃以来ではないだろうか。そしたらなんと驚いたことに、道重さゆみが現メンバーで唯一の出演。笑けてくる。卒業メンバーからは中澤裕子、保田圭、矢口真里、吉澤ひとみが出演し、「LOVEマシーン」をちょっとだけ歌って会場を沸かせていた。

あくまで卒業メンバーの面白トークが中心だったが、コーナー司会の中居正広も適度に道重さゆみに降ってくれて、中澤裕子姐さんの怖いイメージなど、毒を交えながら面白可笑しく対応していた。

それにしても、エンディングで普通に「いいとも〜!」とかやっている道重さゆみを見るのはシュールというかなんというか、これは期待していなかっただけにかなり嬉しかった。

しかし今日のメインは何といっても「ロンドンハーツ」の「格付けしあう女たち」だ。このコーナー出演をかなり不安視したりビビったりしているファンの方々もいたようなのだが、私はただただ楽しみで、ワクワクドキドキしていた。

道重さゆみのブリッコキャラという、今日のぶっちゃけ等身大おバカがウケるバラエティー世界における異物感。しかしその役割をあえて自覚し、覚悟を決めているという信頼に揺るぎはなかったから、何も心配はしていなかった。しかし、放送時間が近付くにつれ、何だか不思議な胸騒ぎを覚え、結局酒を飲んだ状態で21時を迎えた。この為に自宅にも帰らず一人だけでテレビが見られる環境を確保するというまでの念の入れようである。

懸念されていたことの1つとして、予告編で演出されていたように、道重さゆみだけが完全に浮いてしまうというのがあり、これは私はおそらく無いと踏んでいたし、たとえもしそうなったとしても、それはそれでカッコいいじゃないかと思っていたのだ。ところが、蓋を開けてみると、番組冒頭から司会の田村淳や制作スタッフがこぞって道重さゆみをショーアップするような展開になっていて、あたかもこの番組の新たな名キャラクターを意図的に誕生させようとしているのではないかという感じさえした。青木さやかやはるな愛への毒舌、プロレス的ともいうべきmisonoとのバトル、どれもがおいしすぎる。格付けを発表するのがはるな愛でありながら、道重さゆみの方が圧倒的に目立ち過ぎてテロップも出まくりという状態。また、同じくグループアイドルのおニャン子クラブ出身の国生さゆりは、道重さゆみのことを、おそらくモーニング娘。の中でも後の方のメンバーだったが自分で力を付けてきたのだと思う、と好意的な評価をしていた。ちなみに、今日に体力を温存する為に昨夜は早く寝ようと思ったのだが、携帯電話でたまたま開いたある掲示板で、道重さゆみのロンドンハーツを語るはずがなぜだか国生さゆりからおニャン子クラブから南野陽子などまで語るような流れになってしまい、寝よう寝ようと思いながらもついついレスに講じてしまい、論争する気満々で訪れた若者に呆れられていた。

後半、一般男性の「一緒にいても楽しくない女」格付けが下位、つまりイメージが良い方から発表されるが、道重さゆみの名前はなかなか出てこず、見るからに凹んでくる。ついに上位3名にまで残るというおいしい展開。「泣きそうなんですけど」と涙目になるが、何とか3位で踏みとどまる。出演者の中で一般知名度が圧倒的に低いことに加え、やはりこのブリッコキャラが平成ニッポンのこの御時世には相当馴染まないのか。この私にしても、初めに「ハロモニ」で道重さゆみを見た時の印象は、なかなか痛い子だなというようなものであり、それから半年以上もしてラジオでの発言とか髪飾りの画像とかを見て、その表面的イメージの裏側にある正しく美しいさゆみ的宇宙を知り、どんどん引き込まれていったという訳である。

ここで再度、misomoとのバトルモードに入るが、道重さゆみの「よし今日も可愛い」を暴露した上で、「周りはハイハイって聞いてるんだよ」「勘違い」「高橋愛ちゃんの方が可愛い」など容赦ない。かなり追いつめられてメンタルに来ていながらも耐え抜いて言い返す道重さゆみに萌えた。もう一生付いていく。バラエティー的にもかなり面白い。田村淳から今後の出演を前提としたとも思える発言もあった。

ゴールデンの人気番組への単独出演というのは、いまのモーニング娘。だとかハロー!プロジェクトだとかを取り巻く状況からするとかなり貴重な訳だが、一方で親が子供に見せたくない番組であったり現実的にメンタルに来たりする部分があったりということから、否定的なファンの人達もまだいるのではないかと思う。ちょうど同じようなことが、「ヤングタウン土曜日」で明石家さんまのアシスタントを始めた頃にもあった。離れてしまったファンの人達もいたとは思う。しかし、あの番組での経験は道重さゆみに新たな自信と力を与え、その後の仕事の幅を広げることに繋がっている。

道重さゆみにはやはり幼少期からの自己愛というのが確固としたものとしてあり、それは自分らしさや家族や郷土を愛するスタンスにも繋がっている訳だが、自信が無いところを簡単にそれで紛らしてしまう傾向もあり、それは心地よくはあるのだが、自分自身を深めたり幅を広めたりすることを阻害する要因ではある。自分らしさには自信を持って、どんな状況だって「うさちゃんピース」はやり続けて、その上でもっと別な次元での葛藤や試練と闘う姿を見てみたい。そもそもの私にとっての道重さゆみとは、モーニング娘。の後列メンバーで歌もダンスも得意ではなく、妹キャラ的な可愛さも後輩の台頭によって脅かされ、自分の存在価値が分からなくなったり自信を無くしたり、そんな状況の中で自分を認めて愛してくれる人達の存在に力をもらい、自分自身の葛藤の中で道を切り開き続けてきた。そういう生々しさ、リアルなところがいいのである。だからこそ、この「格付けし合う女たち」という現場をどうやって自分のものにしていくのか、そんなドラマを見てみたいと思ってしまうのだ。

道重さゆみ、本当に好きだ。好きすぎる。こんな気持ち、うまく言えたことがない。同じ時代を生きることが出来て本当によかったと思うよ。そして、見て聴いて盛り上がっているだけではなく、私は私自身の道重さゆみを生きなくてはならないのだ。それにしても、1日のうちに「笑っていいとも」と「ロンドンハーツ」の中でうさちゃんピースがお茶の間に流れたなんて、不思議で可笑しくて笑ってしまう。

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山口発見!TOKYOツアー パートⅣ。

7月18日土曜日夕方放送の山口県ローカル番組に道重さゆみが出演していた。山口放送の「山口発見!TOKYOツアー パートⅣ」であり、今年3月に放送されたパートⅢに続いての出演となる。前回はちょうどモーニング娘。の周南市文化会館でのコンサートを控えた時期で、その告知もあった。出演時間は番組中のごく一部分だった。五反田にある山口県の食材を使った飲食店で料理を食べるという内容だったが、ファンとしては十分楽しめ、私は実際に後日、紹介されていたチェーンの別の店舗に行ったぐらいであった。今回は特に告知もなく、約45分間の番組中16分辺りから最後まで出ずっぱりであり、さらに結構おいしく編集されてもいた。

番組内容としては、山口県出身の芸能人、松村邦洋、宮本和知、斉藤まりあ(元日本テレビアナウンサー)、貞包みゆき(フリーアナウンサー)が2チームに分かれて築地の市場で食材を買い、それを用いて山口県の郷土料理を調理するというもの。番組の初めは市場での食材買付けのシーンに割かれているが、料理の会場に移り、判定の審査員のうちの1人として道重さゆみが登場した。ピンク色のノースリーブのワンピースに髪にはトロピカルな感じの髪飾りを付けている。収録は東京で行われているが、心なしか地元に帰ったようなリラックスした表情に思える。審査委員は2名なのだが、もう1人は山口県東京事務所所長の藤井哲男さんという初老の男性だ。オレンジ色のハッピを着ているのだが、道重さゆみとのビジュアルの対比がなかなか乙な感じである。

「よろしくお願いしま~す」とニコニコで登場する道重さゆみに対し、松村邦洋が「相変わらずハジけてますね、道重ちゃんね」と言うと、「ハジけてま~す!」。そして、司会の塚田文アナウンサーから「山口県が生んだスーパーアイドル、モーニング娘。道重さゆみさんです」と紹介される。テロップは「宇部市出身 道重さゆみ(モーニング娘。)」。さらに松村邦洋が「道重ちゃんに会えるためにこの番組出てますから」と完全にお姫様扱い。「今日このスタジオに来ていただいた瞬間に視聴率上がりますから」とも持ち上げられ、ご満悦の表情。

料理対決では、宮本・貞包チームが瓦そばと岩国寿司、松村・斉藤チームは瓦そばとけんちょうを調理する。宮本和知と松村邦洋が瓦そばで被っているのは偶然なのだが、一番作るのが簡単とのこと。この瓦そばとは瓦の上で焼いた茶そばに錦糸玉子や牛肉をのせ、レモンなどを入れたタレにつけて食べるというもの。私も昨年末の関門ツアーで初めて食し、すぐに気に入った。しかし、どうやらこれは下関の方だけでポピュラーな料理のようだ。熊毛郡田布施町という所が出身の松村邦洋は自分が住んでいた地域の食べ物ではないので山口県に住んでいた頃は食べたことがなかったと言っていて、宇部出身の道重さゆみも今回が初めてということだった。一方、下関出身の宮本和知は瓦そば屋さんでアルバイトをしていたこともあるということで、麺の選び方へのこだわりなども見せていた。ちなみに宮本和知とチームを組んだフリーライターの貞包みゆきという方を初めて知ったのだが、若奥様風のいい感じを醸し出していて、このチームが一緒に調理する様はよく分からない生々しさがあってなかなか良かった。宮本和知が「オレ料理でこんなに楽しいの初めて」とか言っていたがおそらく本心であろう。そんなことはどうでもよろしい。

この後、1品目の瓦そばの調理シーンが延々と放送されるが、それを身を乗り出して見ている道重さゆみの素の状態などが抜かれたりしてなかなかいいものだ。料理が完成し、いよいよ試食タイム。まずは松村・斉藤チームなのだが。どうやらあまりうまくいかなかった感がありありである。食べ方が分からずいきなりがっついてしまい、モグモグしながらレモンをタレの中に入れたりする。そばを口に運び微妙な表情ながらもとりあえずフォローする。続いてたまげなすの天ぷらなのだが、これが見るからに衣が足りなくてフニャフヤしている。「なんかもう乱れてますねちょっと」というコメントにテロップが入り、他の出演者にも拾われる。「見てください、デロンデロンになってる」と場内を和ませる。「小麦粉減らしました、体のことを考えて」「とろけるナスです」「プラスのアピールポイントをね」などと出演者達がフォローを入れる中、一口食べて、「でも、食べれます」。これで大爆笑。CM跨ぎでまで使われた名場面として扱われる。続いて宮本・貞包チームの瓦そばは見るからにおいしそう。明太子もトッピングされていて、「明太子大好きだから」と嬉しそう。「あ、ツユがあったかくておいしい」「ツユが濃くないです」「おいしい」「すんごい優しい味がします」と大絶賛。その一方で、「先程のチームは硬いだけ...でしたね」とブラック発言。実はこれは小声で言っただけだったのだが、司会の塚田アナがわざわざ「いま名言が出ましたよ。もう一度言っていただきましょう。どうぞ」と拾ってくださった。「瓦そばが初めてだったんで、『あ、こういうものなんだ』と思いながら食べてたんですけど、こっちがたぶんそうですよねきっと」。道重さゆみの判定は松村・斉藤チーム75点、宮本・貞包チーム90点。

続いて2品目調理に続いての試食タイム。松村・斉藤チームのけんちょうを食べて、「これ好き。おいし~」。松村邦洋が調理した白バイ貝の身が取り出せず、爪楊枝で取り出してもらう。「プリ、プリって...」と言う道重さゆみ可愛すぎてヤバい。そのままアーンして食べさせてもらう。「これモー娘。ファンからえらい怒られますね」と松村嬉しそう。宮本・貞包チームの岩国寿司はかなり本格的。押し寿司なのだが、ご飯が何層にもなっていて間に穴子だとかアジだとかが入っている。「本当に盛りだくさん...これ、グワーっていきますね」と箸をつける。これを見て松村邦洋が「理科の時間で習った地層を思い出しますね」と上手いことを言うと、道重さゆみは「本当ミルフィーユみたいですね」。「可愛らしい、ミルフィーユって...地層かミルフィーユかって話ですからね」と女性出演者に好意的に取られる。どなたかは聞き取れなかったですが、道重さゆみの表現を可愛らしいと言ってくれて本当にありがとうございました。道重さゆみが明太子が好きだというので、わざわざ明太子マヨネーズを入れたという宮本和知。いやー、なんて郷土つながりのあったかさを感じる番組なんだろう。ここでの道重さゆみの判定は松村・斉藤チームが100点、宮本・貞包チームが95点だったのだが、フリップには1度逆に書いてそれを矢印で引っくり返していた為、これが波乱を呼び、これまたCM跨ぎ扱い。道重さゆみはフリップで得点の0の字をハートで表していて、これがまた可愛らしい。総合得点で宮本・貞包チームが勝利し、道重さゆみが目録を渡す。締めのコメントも、「なんか私、本当に初めて食べる物ばかりだったんですけどすごくおいしかったんで、なんか山口県以外の人にもすごい食べてほしいと思いました」とソツなくこなす。

こういうのこれからもどんどん出てほしい。いつか山口県観光ガイド的なテレビ番組とかDVDとかが見てみたい気がするのだ。私が思うに道重さゆみの魅力には、地元山口県の環境というのが密接に関係していると思うし、初めて現地を訪れた時に、それは瞬時に理解できた。道重さゆみきっかけで山口県に興味を持ち、宇部や下関に観光に行ったり唐戸市場の林商店がやっているポッドキャストを登録して聴いたりしている私のような者もいるので、道重さゆみ起用による経済効果は幾分かはあるのではないか。地元メディアのみなさんにはぜひとも宜しくお願いしたい。

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DVD「モーニング娘。コンサートツアー 2009 春~プラチナ 9 DISCO~。

先日新宿タワーレコードに行った時にJ-POPフロアのレジカウンター脇にあるハロー!プロジェクトコーナーを確認したところ、すでにこれが陳列されていた。これまたAmazonに予約注文するのをすっかり忘れていたのだが、道重さゆみ写真集と違ってこちらは特に急ぎでもなかったのと、DVDはAmazonで買うと発売後でも安くなるので、その場で携帯電話から注文。それから道重さゆみ写真集を買ってそれを何度も見直したり、その他の用事を片付けている間にすっかり忘れていたのだが、ABCマートで靴を買ってインドネシア料理店でナシゴレンと焼ビーフンを食べて帰ってきたら、ポストに届いていた。そこで早速再生である。

いつもは通して見ながら携帯電話のテキストメモに気付いた点を打ち、それをGmailでPCに送って、それを基に作文するのだが、明日は早起きすることを余儀なくされており、深夜1時には就寝すべきなのは間違いない。しかしDVDは約2時間あり、見終わったら見終わったでなんとか作文したくなるので、再生しながら同時に作文していくという、名古屋のホテルで道重さゆみ出演のローカルテレビ番組を見た時以来の手法を取ることにした。

いまは田中れいなが亀井絵里の誕生日にメールしたエピソードを話した後でジュンジュンとリンリンが歌っている。コンサートはまだ前半のようだが、今年のシングル「泣いちゃうかも」「しょうがない 夢追い人」はすでに歌い終えている。もうモーニング娘。のコンサートDVDが出るたびに見続けている私にはお馴染みの開演前のファンの期待に溢れた盛り上がり、最新アルバム1曲目、メンバー紹介VTR、MCという流れで進行していくが、今回もダンスフォーメーションなど完成度が高くカッチリしている。もうこれはいわゆるアイドルのリサイタル的コンサートとは性質を異にするものであり、かといってアーティストのライヴとも違う、実にユニークな世界観が展開している。本当にこんなグループは他には無い。「みかん」のイントロがジャングル風にアレンジされていてドキドキしたが、曲に入るといままでとあまり変わらない感じだった。

光井愛佳の存在感がかなり増しているが、ソロ曲「私の魅力に 気付かない鈍感な人」の盛り上がりがハンパない。新垣里沙がソロで歌う「弱虫」も実にいい感じ。そして、曲目表によると次は「It's You」じゃねえか。ちょっと画面に集中する。

イントロでの妖艶な表情が早くも期待を高めるが、高橋愛、亀井絵里をダンサーに従え、80年代風のセクシー・ファンクにのって、極甘ヴォイスが直撃する。セクシー歌謡お約束のフィンガーアクションもしっかりこなしていて素晴らしい。大人のフォルムを獲得しつつ、全身のプニプニ感がかなりたまらんことになっている昨今の道重さゆみではある訳だが、セクシー担当宣言だとかエロキャワ路線推奨だとかがかなり具体的になってきた感がある。ちなみにこの「It's You」という曲だが、何かに似ているが何だかよく思い出せないモヤモヤ感があったのだが、ハロプロとかに全く興味がない某知人とWIRED CAFEで食事しながらiPodを聴かせ合うという恒例行事の結果、プリンス一家出身で後にジャネット・ジャクソンのプロデュースなどで名を成したジャム&ルイスであることが分かった。というかなぜすぐ気が付かなかったのだろう。

DVDの方は田中れいなとジュンジュンのMCに続いて、「LOVEマシーン」とか「恋愛レボリューション21」とかのヒット曲メドレー。そして、リンリンのソロ歌唱がめちゃくちゃ上手い。「青空がいつまでも続くような未来であれ!」、メンバーもファンのみなさんも実に楽しそう。続いて、亀井絵里、道重さゆみ、リンリンのMC。中国語講座的な内容。亀井絵里がオチに使われているが、「おじぎでシェイプアップ!」でも思ったのだが、彼女のコメディエンヌとしての才能は過小評価されすぎ。久住小春とジュンジュンという珍しいデュエットによるメロン記念日「香水」のカバー。割としっとりめの曲だ。久住小春といえば月島きらり名義の楽曲でのC調歌謡をひじょうに高く評価している私なのだが、このコンサートではこれがなくて残念。しかし、後ほどこのアルバムで最も気に行っている「グルグルJUMP!」があるので、それに期待する。

続いて田中れいなによる松浦亜弥「The 美学」のカバー。ちっちゃな体での溌剌パフォーマンスが実に可愛らしい。アイドル黄金期のソロコンサートを思わせる部分もあるが、後半にいくにつれ独特のグルーヴに包まれていく感じが気分いい。新垣里沙のMCはネールの話などをしているが、すっかり素敵なお姉さんという風情である。そして、高橋愛「夢から醒めて」のソロ。歌がうまいし、歌詞の微妙なニュアンスとかもちゃんと表情がついていて、グループで歌っている時以上に歌い手としての魅力が伝わる。こういうAORっぽい楽曲でソロをもっと聴きたいと思った。これもなんというか懐かしい感じがする。ヤマハ系というかコッキーポップ感覚というか。

高橋愛・新垣里沙・田中れいな「Take off is now!」。今回の「プラチナ 9 DISC」のムードを代表するような大人っぽいR&B調のナンバー。個人的にはあまり面白味を感じない路線なんだが、こういうのをこういった形でやっているグループというのもなかなか無い訳で、そういう意味ではユニークでいいかなという気もする。

さて、来ました。神曲こと「グルグルJUMP!」。久住小春・ジュンジュン・リンリン、衣装も弾けていてよい。これは現場で一緒に踊りたかった。しかし、きっとこのツアーっきりなんだろうな。停滞した元気のない時代にはこんなC調ソングがよく似合う。平成のクレイジーキャッツ的なご陽気かつノリノリな味わい。続いて、全員登場で「リゾナント ブルー」。改めてカッコよくて良い曲だ。久住小春の「グルグルJUMP!」の時とは対照的なクールで大人びた表情が素敵。ラストナンバーは「ラヴ&ピィ~ス!HEROがやって来たっ。」。いやー、本当に粒ぞろいに盛り上がる良い曲がたくさんあるな。道重さゆみと高橋愛の熱烈キスシーンもバッチリ収録されている。

アンコール1曲目は「その場面でビビっちゃいけないじゃん!」。「さゆみ行きま~す!」でスタートするが、久住小春のバカでかい麦わら帽子が実に笑えたり、リンリンが年齢相応の健康的なむくみ方をしていて好感が持てたりという点にも注目。「個性を愛して同じ人はいないんだみんながオリジナリティー」という歌詞はまさにモーニング娘。というグループの魅力そのものである。数ヶ月前、カラオケでこの曲を歌った時も、ここの部分がいいなと思った。続いて最後のMC、ジュンジュン、リンリンは本当に日本語がうまくなったな。久住小春はMCが普通になった感があるが、何か物足りなかったのか、客席を見ながら「小春ボード、タンバリン」などと見たまんまの物を言っていた。そして、本当のラストソングは「雨の降らない星では愛せないだろう?」。

実はこの曲はモーニング娘。40枚記念シングルとしてアルバムとは歌割りを替えて出し直すんじゃないか、などと勝手に思い込んでいたのだが、あっさりと外れた。これも先日初めてカラオケで歌ったが、これまた実に深いメッセージを持った素晴らしい楽曲である。途中でジュンジュン、リンリンによる中国語の歌唱が入ることによって、更にスケールが増している気がする。

約2時間はあっという間であった。実のところ、「プラチナ 9 DISC」のアルバムは前作「SEXY 8 BEAT」に比べるとあまり熱心には聴いていなく、そこからの楽曲が中心になるであろうこのコンサートDVDもとりあえず観ておこうぐらいの気持ちで再生したのだ。しかし、次から次へと飛び出す素敵な楽曲の数々と各メンバーの個性がいかんなく発揮されたパフォーマンスにすっかり夢中になってしまった。これからもコンサートDVDは出る度に買っていくのだろう。

それと、やはりこれはいつかは生で観ておかなくてはならないなという気が、改めてした。モーニング娘。のコンサートが開催される土日祝日などはまずスケジュールに空きが出来るはずがない現状、それは叶わぬことなのだが、こうやってDVDを観たるたびに、やはり生で観るのはDVDとは比べ物にならないぐらいもっともっと楽しいのだろうなと思ってしまうのだ。今回のツアーは山口県で道重さゆみの凱旋コンサートもあったので、我慢できずにコンサートも無いし道重さゆみもまだ来ていないのに、同じ週の予定が空いている日にわざわざ飛行機に乗って周南市文化会館を見に行ったりというよく分からない行動まで取っていたのだ。まあ、すべてが思い通りにいく訳ではないけれども。でも出来るところまで、やるだけやる。

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写真集「20歳7月13日」や「ロンドンハーツ」のことなど。

Amazonに予約していなかったので書店で道重さゆみ写真集「20歳7月13日」を買おうとしたのだが、タレント写真集をちゃんと扱っている書店が本当に少ない。道重さゆみが写真集を出すようなことでもなければけして買うことがないジャンルの書籍だけに、普段書店にはよく行く私もあまり認識していなかったのだが、いざ買おうとすると一苦労である。近所の書店には一切在庫がなく、結局のところ新宿高島屋の隣の紀伊国屋書店でやっと購入できた。ここも以前は3階あたりの目立つ場所で写真集を扱っていたと思うのだが、いつの間にか洋書と同じ最上階に追いやられていた。

今回はお化粧が薄めのナチュラルな雰囲気が魅力の作品になっている。表紙の黒水着のショットからして、いかにもアイドル写真といった笑顔は見せず、何とも抽象的な、それでいて深い内面を秘めたまなざしをしている。海辺での水着、レトロな町並みでの着物、部屋の中でのプライベートな感じ、コインランドリーなど、アイドルとしてだけではなく、1人の女の子としての道重さゆみのリアルが演出されている。

道重さゆみが今日の芸能人で只一人だけ私を魅了する理由とは、人口的に加工された芸能界的なマスコミ的な世界からはみ出る懐かしさだったり生々しさだったりな訳だが、グラビアアイドルやファッションモデルとは異なった、あたかも普通に知り合った女の子の水着や私服を初めて見るかのような現実感が、道重さゆみの姿態には宿っている。これが無限のファンタジーを実現し、目で見る脳で感じる楽園へと誘ってくれる訳だ。

付録のメイキングDVDは約15分間収録されているが、撮影時の道重さゆみの細かく移り変わる表情の美しさを存分に堪能することが出来る。

さて、話は変わって道重さゆみの単体テレビ出演はそろそろ一段落するかと思っていたのだが、7月に入ってメーテレ「バグルー!」、山口放送「山口県人!長州グルメ対決」といった地方ローカル番組、そして最も驚いたのはテレビ朝日系列「ロンドンハーツ」への出演である。

ロンドンブーツ1号2号の番組というのは俗悪番組というと必ず名前が挙げられるような類のものであり、特に田村淳といえば若手お笑い芸人がグラビアアイドルや女性タレントを食い物にするという現象の権化のような印象がある。長きにわたりゴールデンの番組を継続できているのは、今日の性愛至上主義の平成ニッポンの気分に、よく似合っているからという気がしてならない。かつては一般人(というテイ)のカップルの浮気調査や若手芸人を色仕掛けで誘惑するドッキリ企画などで人気を博した。人間の根本的な下世話さというかどうしようもなさ、形而下的価値観といったものをお茶の間に晒したことが人気を博し、また、いわゆる良識派の方々に嫌われる要因となった。「格付けしあう女たち」というのも人気企画であり、これは女性芸能人同士がテーマに沿って出演者のランク付けをし、その理由を面白おかしく話していくというものである。これもまた、一般的に職場や学校での女性同士の人間関係につきまとう嫉妬が渦巻く陰湿な内実をあからさまにするような内容であり、この生々しさによって人気があり、また、ある層には激しく嫌われている。このコーナーには女芸人やベテラン女優、グラビアアイドルなどが出演することが多いが、毒舌やぶっちゃけというキャラクターが重宝され、ここから芸能人としての人気がブレイクしたりした例も多い。杉本彩、飯島愛、梨花らの公的イメージを確立するのに一役買ったのがこのコーナーであり、また、かつてアイドルとして人気者だった青田典子や国生さゆりに再び脚光を当てることにもなった。青木さやかやハリセンボンといった女芸人のブレイクにも、この番組の影響が大きかったと思われる。

なんとこんなコーナーに道重さゆみが抜擢されてしまった訳だ。20歳そこそこの若いアイドルが出演すること自体が珍しい訳ではなく、グラビアアイドルなども結構出演している。しかし、たいていが自分の恋愛経験を切り売りするような種類の芸能活動を行っている者がほとんどであり、そういった意味で異例だという訳である。放送日には勿論見ようと思っていたのだが、先日放送されたわずか15秒間の予告編の反響が一部であまりにも大きいということで、私も早速見てみることにした。

予告編を見る限り、すっかり主役扱いである。見たところ、国生さゆり、スザンヌ、杉田かおる、青木さやか、はるな愛といったこの番組でおなじみの面々が出ているようだが、「次週は格付けで非常事態...モー娘。道重に先輩方がキレる!!」というテロップが入っている。さらに、「青木さんって特別可愛い訳でもないし」「かわいそうな子に見えてきちゃって」といった青木さやか、はるな愛にそれぞれ向けられたと思われる発言がフィーチャーされている。そのまなざしは実に強固なもので、この番組出演が持つ意味合い、そこで自分が果たすべき役割をしっかりと自覚し、覚悟を決めたと思わせる迫力がある。俗悪番組だとか過激さを売りにしているこの番組だが、実は決まり切った準レギュラー陣の慣れ合い的プロレスに過ぎないのではないか、本当のリアルっていうのはどういうものなのか、予算カットで保守化するテレビ界だが、そこに面白さでの優位性があるとすれば、その場の空気感や人の表情をそのまま伝えてしまうリアリティーなのではないか。70年代後期のイギリスの保守的音楽番組に突然出演して、その爽快な発言と態度で一夜にして時代の顔になったセックス・ピストルズの痛快さ。とにかく世間を徹底的に怒らせた。特に正統派ロックファンとでもいうような人達。これが時代の空気を大きく変え、後に大きすぎる影響を与えたのだ。道重さゆみの特性というのは、表面的には黒髪、ツインテール、ブリッコキャラに見られるように、今日の性愛至上主義的価値観に対してはアンチの立場を取っており、よって「お試しかっ!」におけるうさぴょん語に見られた時代感覚への違和感、ノイズとしての機能を果たすのである。パンク/ニュー・ウェーヴ的感性が最も多感な頃に刷り込まれた私が、道重さゆみに魅かれるというのは、こうやって考えると至極当然のことなのかもしれない。パンク/ニュー・ウェーヴがカッコよかったのは、それが時代の主流とされているものと違っていて、かつ正しかったからだ。そこに新しいリアルがあった。既定のバラエティーの枠組みとかキャラクター分類とかでしか考えられない連中には一生追いつけないよ。当時のニュー・ウェーヴ少年少女の合言葉は「ロックじゃなければ何でもいい」だったからね。また、当時のパンク/ニュー・ウェーヴのシーンに見られた初期衝動的ロックンロールへの回帰といった要素は、めちゃくちゃカッコよくて痺れるのだが、鈍い奴らには一見時代錯誤的にも見えてよく分からない、という点にも注目したい。

道重さゆみが今後芸能界でどう生き残っていくべきかだとかいう議論が一部ファンの間でなされているのをよく見かけるが、今後道重さゆみが40歳になろうと60歳になろうとブログだとか有料ネットラジオとかでも存在を確認できればいいし、ぜひ幸せな結婚をして経済的にも精神的にも苦労の少ない人生を送っていただきたいと思っている私には、あまり興味がない。たとえば道重さゆみが今日の日本の性愛至上主義的で即物的な感覚をよしとするバラエティー界のタレントとして生き残る為に、恋愛ぶっちゃけトークだとかガールズトークという名の露出狂的振る舞いを余儀なくされるとするならば、そんなものは全く出る必要がない。しかし、道重さゆみは根本的に「収録現場は戦場」の発言にも見られるように、幼少時に培われた確固たる自己愛を中心に世界と闘っている訳で、そんなものに流されるとは到底思えないのだ。むしろそんなものはメチャクチャにぶっ壊してほしい。予告編の最後の田村淳の表情が収拾がつかなくて慌てているようにも見えるが、おそらく演出であろう。もしそれが本当なぐらいに道重さゆみが暴れたのだとするならば、痛快この上ないのだが。お茶の間視聴者だとか同世代女性の好感度がどうのこうのという低次元のことは一切どうでもいい。

たとえば「ヤングタウン土曜日」に出始めた頃に、さんまの下ネタに対して反応していたいなかったで、昔の純粋なさゆみんはどこへ行ってしまったのか、というようなファンの嘆きがあった。初めはアンチのなり済ましかとばかり思っていたのだが、どうやらそればかりではなかったらしい。実際問題として、知識とか妄想とかで頭がパンパンの女の子であるというところが、道重さゆみの大きな魅力のひとつな訳で、先週の「ヤングタウン土曜日」で披露していた「道重さゆみのセクシー妄想日記」における「チュッパチャップス」「とろけるトリュフ」という単語のチョイス、及びその言い方にしても、実に素晴らしい感覚を持っている。ところが今日の性愛至上主義的風潮というのは、知識とか妄想とかが乏しい状態で実践だけが先走って、技術だけがどんどん先端化しているというファンタジーもエロスも何もあったものじゃない状況であり、それが私を限りなく萎えさせる。

おそらく10年前ぐらい、道重さゆみが小